ネイデール王国のシルビア
ユークリッドの戴冠式は、近隣諸国の王族列席のもと厳かに行われた。
だが、令嬢達の注目を集めているのはユークリッドではなく、シルビアである。
細身の身体は司令官の正装で、盗賊討伐、ガイメル辺境伯鎮圧の功績で、戴冠式の後には勲章の授与式がある。
シルビアだけでなく、武勲のあった兵士が多数表彰され褒美が下賜されるのだ。
その中には、ヒューマもいる。シルビアに劣らない数の勲章が授与され、第1部隊長に任命されることになっている。本人が望んでいないのに、シルビアが軍を抜けた後の責任者とされるのだ。
ユークリッドの王位簒奪、前王の死は自殺と処理されたがグレーだと思っている者も多い。それを払拭するのに盛大な戴冠式は必要なのである。
豪華絢爛な戴冠式が終わると、褒章授与式、祝賀会と続いていく。
広間に集う女性達の熱い視線の先にいるのは、壇上の中央にいるユークリッドではない。
いくつもの勲章を付けた正装のシルビアが、ワイズバーン王国王太子マーベックと並んで座っている。時折、マーベリックがシルビアの耳元で囁くと、女性達からうっとりとした溜息がもれる。
そのシルビアもこの祝賀会が、軍人としての最後の仕事になる。3か月後に隣国に嫁ぐための準備が始まるのだ。
令嬢達が、シルビアの麗しい姿を目に焼き付けようと熱い視線を送っているのである。他国の王太子妃になれば、戻って来ることはないかもしれない。
何よりも、ユークリッド、ロイス、シルビア、マーベリックと、美形が揃っているのだ。
誰もが、新王の統治の元、豊かな未来を信じてやまなかった。
厳かな戴冠式、威厳ある褒賞授与式、華やかな祝賀会、その夜はいつまでも続くかのように王宮は灯りで照らされていた。
王太子マーベリックは、長く国を空けるわけにはいかず、翌朝ワイズバーンに向かい、ユークリッドとロイスは早朝から、執務室に籠っていた。
人事刷新、盗賊討伐の処理、ガイメル辺境伯制圧、軍の人事。何よりもネイデール王国の改革とやることがいっぱいである。
シルビアは第2部隊司令官の執務室から出てくると、後ろを振り返った。今朝、シルビアは司令官職を解任になった。
その足で、厩に向かうと愛馬と共に王宮を後にした。その後ろをヒューマの馬が追いかける。
ダダダ!
王宮の回廊を第3部隊長が駆ける。周りにいる者を撥ね飛ばす勢いで、手には手紙を持っている。
「陛下にお取り継ぎを!至急です!」
王の執務室の前で、警護兵に詰め寄る。
ヒューマ・アエルマイアから第3部隊長に宛てた手紙。
『しばらく王都を離れる。後を頼む』
「やられた!」
舌打ちしたのはロイスだ。
シルビアは、結婚式まで自由の身になったとばかりに、飛び出したのだ。
それをヒューマが責任感から手紙を置いていったのであろう。
今更追いかけても、追い付かないだろうし、何処に向かったのかも分からない。
「第3部隊長、ヒューマ・アエルマイアが戻って来るまで軍をまとめて欲しい」
ユークリッドの言葉をロイスが補助する。
「メイヤー・シュテフ、第3部隊長を補助してくれ」
メイヤーなら、軍のことも分かっていて信頼あるが、この忙しい時に執務室の人員が減るのはいたい。
きっとあの妹は、今頃すっきりしているに違いない。
こっちにその分、負担が回って来るというのに、とロイスはため息をつく。
「せっかくだから、楽しんでおいで」
結婚して王太子妃などになれば、窮屈な生活になるのだろうから。




