今更だった
こうなると、ユークリッドにとって全てが悪循環する。
執務はロイスがいるので問題ないのだが、どうしてもシルビアを意識してしまう。
軍司令官のシルビアは、王の執務室に出入りする事も多く、その度にユークリッドの心臓がイヤな音をたてる。
ドレスのシルビアを見た後では、軍服姿のシルビアが妖艶に見えてしまう。
軍服は身体の線が分かるではないか、ジャケットはもっと長くしなければダメだ、と妄想が止まらない。
なのに、シルビアは淡々と必要事項しか言わず、用事が済めば振り返る事もなく執務室を出ていく。
そういえば、幼い頃は、シルビアもドレス姿で手を繋いで歩いた、などと思い出してしまう。
「シルビア、ワイズバーンの王太子はどうしてる?」
執務室から出ていこうとするシルビアに、ロイスが後ろから声をかける。
ユークリッドに聞かせるべく、声をかけたに違いない。
「あいつなら、戴冠式に来るらしい」
シルビアに聞かなくとも、そんな事分かっている。ワイズバーン王国から正式な返事が来ているのだから。
「まったくバカだよな。ドレスとワイズバーンの軍服を贈ってきたぞ。私はネイデールの軍服で出席するのにな」
大きな石を頭上に落とされたようなショックがユークリッドを襲う。
シルビアが男装するようになってから、プレゼントなんてしなかった。男装のシルビアと歩くのが恥ずかしくて、エスコートもしなかった。
男装でも、こんなに綺麗だったのに。
あの女に贈った宝石もシルビアの方が映えただろうに。過去に付き合った令嬢達にプレゼントした品々が後悔される。
「シルビア、国の為に嫁いでいく必要はないのだ」
なんとか冷静さを装って、ユークリッドがシルビアに話しかける。
「はあ、相変わらずバカだな。そんなんだから、お前は女の趣味も悪いんだ。
アイツ、私を好きだぞ。お前も真剣に女の子好きになれよ」
シルビアののろけと、ロイスのバカにしたような視線が痛い。
シルビアが出ていった後も、メイヤーが気を使って茶を淹れる。
「おい、書類を裁く手が止まっている」
ロイスの手入れされた手が、ユークリッドの机を叩く。
「今更気がついても、自業自得だ」
「ナイーブなんだよ、気を使えよ」
ユークリッドがロイスを睨んでも、喜ばすだけだ。
「シルビア以上に王妃教育を受けている令嬢を探すのは困難だぞ。それを婚約破棄とか呆れてしまうな」
お妃教育を受けレーベンズベルク公爵領にいる罪人の令嬢が絶世の美女である事を、この時のロイスもユークリッドも知らない。
マーベリックがシルビアの剣技に惹かれ、人間性に惚れたのに比べ、ネイデール王家の人間は美しさに弱い、困ったものである。
「諦めて仕事しろ。戴冠式が終わるまで気を抜くな」
ロイスが新たな書類をユークリッドの机に置く。
「シルビアが置いていった軍の人事だ」
「今夜も寝かせないわよ」
女言葉になったロイスに戦慄を覚えながら、ユークリッドは戴冠式の警備の書類を読み始める。
失恋しようが、宰相にいびられようが、執務は待ってくれない。
「陛下、夜食を注文してきます」
メイヤーの気遣いに小さな幸せを感じて、ユークリッドはロイスを見る。
ドレス姿も麗しく、首元には大振りの宝石をあしらったチョーカー。赤い紅をひいた口元、手入のゆきとどいた豊かなブロンド、白い肌。誰もが振り返る美女に慣れてしまったユークリッドの感覚は、残念な未来しかない。
なのに、兄妹でも性格はシルビアの方がいいな、と懲りないユークリッドである。




