ロイス・レーベンズベルク
前王が幽閉されている西宮殿は厳重な警備体制になっていたが、管理者がその気になれば、僅かな穴は作れる。
ロイスは懐から猫を出すと、遠くに向け投げた。
「ニャー!」
ガサガサ!猫が着地しながら鳴き声をあげる。
警備兵は猫かと思いながら、不審者の可能性がないか確認するために持ち場を離れる。もちろん一人は警備場所に残している。
何度も頭の中でシュミレーションした通りに、夜の暗闇に紛れ、警備兵の反対側を壁に沿い進む。もうすぐ交代の時間で扉が開く。今夜は大臣を集めての会議の為に警備が手薄になっている。
第1部隊、第3部隊は辺境伯領に遠征にでており、第2部隊も会議の警護がある。そして交代の時間も少しずらし、幽閉した部屋の前に立ち番の兵士はいない。その時間が空白になる。
交代の兵が表の兵に気を取られているうちに、忍び込む。警備兵も有能な者を会議の警護に指定してあるのだ。
足音を忍ばせ、隠し持った鍵の束が音をたてないように慎重に歩くロイス。ウエストコート、ジュストコール、革のブーツ、髪はまとめて後ろに流されている。ドレス姿ではなく、男装のロイスと気づく者は少ないであろう。
ガチャン、と扉の開く音に前王が振り向くと誰かは分からないようだ。
「誰だ?」
「顔は変えてませんよ。服を変えただけで、こうも分からないとは」
その声で気づいたのだろう、ロイス、甥の名前を呼ぼうとして口を塞がれる。
ロイスの手には、シーツを割いて作ったと思われる長い布。前王は不審そうにその布に目をやるが、ロイスの動きの方が速かった。
「幽閉、それで許されると思っていたのですか?
シルビアを殺そうとした人間を庇い、放免した罪は重い。
ユークには出来ませんからね、私が来ました」
シュルリ、衣擦れの音がして前王の首に巻きつく。
ロイスは両端を持った長い布を交差させ締め上げる。
前王が両手で首を絞める布を緩めようとするが、力が及ばない。
ロイスは布を捩じりながら、梁に渡し吊り上げる。前王の身体が浮いていき、完全に足が床から浮き上がった。ロイスが布を壁の金具に固定した時には、前王は動かなくなっていた。
「ユークの治世の安泰の為にも、貴方は不安材料でしかない」
ロイスは来た時と同じように、足音を忍ばせ出口に向かう。もうすでに兵の交代は終わって警備に付いているはずだ。外からは入れないが、中からだと扉の鍵は開く。
頭の中の地図を頼りに、西宮殿の部屋を移動して行く。前王の部屋からは一番遠い部屋の窓の鍵を開け外に出る。移動した部屋の鍵はかけ直して動いたから、この部屋の窓の鍵が閉まってなかったこと以外、全ての部屋の鍵はかけられていることになる。
外からの侵入は考えにくいとしたら、幽閉された身を憂いたと結論されるかもしれない。
窓から部屋に戻ると、急いでドレスに着替え薄っすらと化粧し紅をさす。慣れた手つきは髪をまとめ上げて髪飾りを付ける。
懐中時計を見れば会議の休憩時間は過ぎている。刺繍の靴で床を歩けば、ドレスの裾が翻る。
化粧直しに時間がかかったとでも言い訳しようか、と考えて笑みを浮かべる。
事後処理をしたら、シルビアも帰ってくるだろう。




