シュテフ伯爵家
足を組み、椅子に座るシルビアの後ろに立つのは、後ろ手を組んだヒューマ。
「呼び出して悪かったね」
全然悪くは思ってないと、態度が示している。
「司令官、直接のお呼びとはどういったことでしょうか?」
殊勝に俯きながら、ベルトルート・シュテフが司令官執務室の中央に立つ。
「この申請書の事だが、少し調べさせてもらったよ」
そう言われて、ベルトルートは思い当たることがあったのだろう。
顔には出さないが、肩が少し揺れた。
シルビアの方は眉一つ動かさない。
「私が着任する前は、ずいぶん失くし物をしていたようだな。
剣が2回、制服が1回、ブーツが2回。
今回は上着だ」
「司令官には、ご理解できないかもしれません。
激しい練習をしてますと、刃こぼれも多く、衣類も傷みます。
近衛として見苦しい姿では、王家の威信を損なうかと」
まるで用意していたかのようなセリフは、すらすらとベルトルートの口から出る。
「ほぉ、私には理解できないと?
理解できないな。
お前が売り払った制服は、近衛の制服だ。
それを手にする者の思惑を考えない気持ちが、理解できないな」
シルビアが、売ったと決めつける事にベルトルートが反論する。
「捨てたのです!
使えない物を捨てたのです!」
ガターン!!
隣の部屋の扉が大きな音で開かれ、飛び出してきた人間がベルトルートを殴りつけた。
「お前というやつは!」
「父上、止めてください! 司令官の恩情を台無しにする気ですか!」
飛び出してきたのはシュテフ伯爵だった。
それを長男が止めているが、激昂している伯爵は止まらない。
「近衛の制服は特別製で、着用すれば難なく王宮に入れるのだぞ!」
シルビアは、ベルトルートを呼ぶ前に、シュテフ伯爵と長男を呼んで事情を説明していたのだ。
決して罪を許すことは出来ないが、裁きに立ち会う事を許可したのだ。
自慢の次男だったらしく、最初は信じられないでいたが、隠れて聞いているうちに確信したらしい。
「父上」
長男が後ろから羽交い絞めにして止める。
「司令官、皇太子殿下の婚約者の令嬢としても申し訳ありません。
王家に危険を増やすような事になり、申し開きもできません」
長男の方は、いくぶんか冷静であったようだ。
「私はこれから陛下に報告をせねばならない。
もちろん近衛は退団となる。
それだけでは、すまないだろう」
ベルトルートが女性に貢いでいると噂はあったのだ。
貴族の子弟だ、多少の金品の余裕のある者も多く、不自然ではなかった。
「もちろんです。
どんな裁可も受けるつもりです。
そして、我が伯爵家は、この場に呼んでくれた恩を忘れる事はありません」
落ち着いてきた伯爵が、シルビアに深く礼をする。
「それは、王家へのさらなる忠誠と考えよう」
司令官として、婚約者として、王家を支えるシルビア。
「王への報告に同行願おう」
シュテフ伯爵が大きく頷き、ベルトルートを掴んでいた手を離した隙に、逃げようとしたベルトルートを長男が捕まえる。
シルビアが長男を見ているのを、ヒューマは気が付いていた。
嫡男は領地管理をしている者が多い。王宮で見かけることがないことから、彼もそうなのだろう。
「使えそうだな」
ヒューマにしか聞こえない囁きで、シルビアが言う。それだけで十分だった。
「ベルトルートはしばらく牢に入ることになるだろう。
購入者を吐いてもらわねば、ならないからな」
シルビアが手を挙げるとヒューマが動き、部屋の外に待機していた騎士にベルトルートを連行するよう指示を出した。
シルビアが司令官となって、軍の改革が進み、都合の悪くなった者も多い。
それは、シルビア自身に敵意を持つ者だ。
ヒューマは美しいシルビアの横顔を見ていた。
これほど、王家に尽くしているシルビアを王太子は守らない。
夜会での婚約破棄の件を聞いて、ヒューマは王太子への信頼はなくなった。