譲位
「辺境伯軍と戦うなど、とんでもない。
しかも、王の意に反して謀反を起こす事になる」
第3部隊長の返答は最もだ。
罪を犯しても王が庇えば許されるのか?
答えは否である。
罪を許す王の存在を認められるはずがない。
シルビアの答えは決まっている。
「第2司令官」
第3部隊長が、シルビアに提示する。
「辺境伯の思惑を許せば、辺境伯は大きな力となり国の不安材料になるでしょう」
シルビアが川に落とされた事を知ってるのだ。
部下である第2部隊長が上官の第2司令官を、殺意を持って川に落としたのだ。
シルビアは助かったが、乗っていた馬は遺体で見つかっている。
「第3部隊は兵士として訓練しておりますが、王宮内は第2、第1部隊の管轄となっており、何かあっても出動はしません」
第3部隊長は、シルビアに付くと言っているのだ。
「レーベンズベルク王太子補佐官からの要望もありますから」
なるほど、既に兄上が手を回しているということか。
そして、気がついた。
メイヤーが入り込んでいるのはガイメル辺境伯と思い込んだが、事務官としてなのだ。
王の執務室ではないのか?
「謀反でなければ、辺境伯は討ち取れるという事だな?」
シルビアがニヤリと笑うと、第3部隊長イーサン・ナダルも笑みを浮かべる。
「第3部隊が、第1部隊に劣っていない事を御見せできますでしょう」
第2部隊は飾りの近衛だと言われているのだが、剣技においては第3部隊の方が技術は高く人数も多い、言われても仕方ないことだろう。
「ヒューマ、第1部隊の臨時部隊長がいるはずから呼んで欲しい。
それと頼みたいことがある」
シルビアがお茶の用意をしながら、ヒューマを呼び寄せる。
コンコン。
王太子の執務室に来たのヒューマである。
「シルビア様からこちらを手伝うように言われましたので」
ヒューマは国でも屈指の騎士だ。
「行くか?」
ロイスが問いかけると、ユークリッドも頷く。
「そうだな、シルビアも戻った。
軍を押さえてくれるだろう。
凄腕の護衛も来たしな」
ヒューマを先払いとして、ユークリッド、ロイスと続く。
「抵抗する者は俺が相手だ」
ヒューマが凄めば、近衛の警備は躊躇するところを更にたたみかける。
「レーベンズベルク司令官の意志である」
王太子ではなく、シルビアを出すところがヒューマらしい。
「なぁ、あいつ無敵じゃねぇ?」
ロイスに小声で話しかけるユークリッド。
剣の腕は言わずと知れた事だが、近衛隊基準の容姿を有し、知能が高くなくては司令官の副官は務まらない。
しかもシルビアの横で女性に対する扱いも見ている。
普段の無口がさらに好感をあげて、男に嫌われる要素もない。
「ユーク、浮気は許しませんよ?」
ロイスが艶やかな笑みを浮かばせる。
「違う、いや、それ変じゃないか」
これからすることに比べ、緊張感のない男達。
「扉を開けろ」
王の執務室の前でヒューマは、ユークリッドに目配せする。
念のために、扉が開く時は下がっていろということらしい。
剣に片手をかけての臨戦態勢で、扉の先に集中するヒューマ。
風が流れたことで、扉が開いたことに気が付いた人々が扉を見る。
補佐であるレーベンズベルク公爵が辞職したことで、王が大臣達を集めて次の候補を絞っているところだった。
大臣の中には、レーベンズベルク公爵を惜しむ者が多く、話は難航していた。
王が推薦する者が、能力に問題がある者であるから尚更である。
「ユークリッド、何用だ!?」
王が声を挙げるのは、ヒューマが止めようとする事務官や武官を払いのけて、ユークリッドの道を開けているからだ。
ユークリッドが前に出る。
「陛下はいささかお年をめされたようだ。
新しい補佐を決める必要はないだろう。
このまま引退されるのだから」
レーベンズベルク公爵が辞職したことは、メイヤーから連絡が入っていた。
「誰かユークリッドを拘束せよ!謀反だ!」
王が叫ぶのに反応したのは、僅かな者のみ。
警備兵士が飛び込んできたが、ヒューマに取り押さえられる。
王に同意した大臣は、メイヤーが拘束していた。
ユークリッドが前に進むのを止める者はいなくなった。
「陛下、後はお任せください」
すでに多くの大臣が、ユークリッドに賛同していたのだ。
ロイスが働いていたということである。
廊下を駆ける足音に気づいたのは、シルビアだけではない。
お茶という足止めを受けていた、第1臨時部隊長、第3部隊長も同じである。
駆けこんできたのは、メイヤーとヒューマ。
「シルビア様。
ガイメル辺境伯謀反の義あり!
ユークリッド・ネイデール陛下より、出征の命令が出ました」




