土産
シルビアは帰路の途中に、領地にいる母親に婚約の報告に寄っていた。
シルビアもロイスも、母親には心労をかけている自覚があるので、時々領地に顔を出している。
久しぶりの母親との対面ということで、ヒューマは別室で待機している。
休憩なしでワイズバーンから駆けてきたのだ。
シルビアは馬車だが、馭者と騎乗のヒューマは一睡もしていない。
馬も休ます必要があった。
領地の屋敷に着いて荷物を運び入れると、シルビアから休養を言い渡された。
それほど急いで領地に来たのだった。
ワイズバーンからの土産の中に大きな衣装箱があった。
「母上、客間を用意していただきたい」
そう言ってシルビアが箱から取り出したのは、大きな人形。
「シルビア?」
シルビアが抱き上げた人形をよく見ると、人形ではなく人間だとわかる。
ぐったりとして動かない様子に、公爵夫人フローレンスが駆け寄る。
「拐ってきたのですか!?
熱があるではありませんか!」
箱の中に入れられて運ばれるのは、隠密に運ばないといけないからだ。
フローレンスは娘が誘拐してきたとしか思えない。
シルビアを客間に誘導しながら、人形に見えた人間の様子を伺う。
通された客間のベッドに寝かすと、黒髪がシーツに広がる。
熱が高いのだろう、白い肌は紅潮し、息はあらい。
「誘拐したのではなく、貰ってきました」
重かったとばかりに、シルビアが肩を回す。
「王太子殿下と私の暗殺未遂で毒を飲まされましたが、死体になる手前で貰い、解毒薬を飲ませました」
箱に入っていた人間は、ゾフィ・サンド元侯爵令嬢。
「盗んだわけではありませんよ。王太子殿下の許可も得てます。
死体を遺棄するのを、死体になるちょっと手前で処分されただけです。
飲ませた毒の解毒薬を与えたのですが、本人に生きる意志がないので回復が遅れてます」
マーベリックは、解毒薬で助かる見込みは五分五分だろうと言っていた。
服毒させる毒は、それほど猛毒なのである。
「シルビア!」
娘の言葉に信じられないとばかりに、フローレンスが悲鳴をあげる。
それには驚きもせず、シルビアがにっこり笑う。
「母上へのお土産です。
いつも可愛い娘が欲しい、と言っていたではありませんか」
それは、シルビアへの愚痴だ。
犯罪者を連れて来られて困るが、意識のない若い娘を放り出すことも出来ない。
それを分かっていてシルビアは連れて来たのだ。
普通の貴族夫人ならば、箱から人が出てきた時点で卒倒していたかもしれない。
だが、フローレンスは、常識を逸脱した娘と息子のせいで、耐性が出来ている。
「罪を犯し、侍女が一人亡くなりましたが、彼女も哀れな令嬢なのです」
シルビアは、ゾフィの事情をフローレンスに話す。
「もう今さら、返せませんから」
ゾフィの話に思うところがあったらしく、フローレンスの瞳は濡れている。
フローレンス自身が、第2王子の婚約者であったのだ。
どこの国も、婚約を決めるには簡単にいかない。
「わかりました。シルビアが私を頼ってくれたのですから、預かりましょう」
フローレンスも、結婚前に王子妃教育を受けた。
今、ゾフィを王都に連れていけないぐらい分かる。
「婚約おめでとう。
婚約者の王太子殿下はどのような方ですか?」
婚約の報告に来たはずが、とんでもない土産が先になり、このまま帰るつもりの娘にフローレンスが問いただす。
「私を妃にと望むぐらいの変人かな」
シルビアが一瞬戸惑ったのを気が付かないふりをするフローレンス。
「よかった、望まれて嫁ぐのですね」
フローレンスは嬉しそうに言うが、念を押すことを忘れない。
「ロイスが付いていくと言っても、拒否するのですよ」
「当たり前です!
兄上は、この国に必要です」
答えながらも、ありうる、と思ってしまうシルビアだった。
シルビアは馬車をワイズバーンに帰し、ヒューマを伴い騎乗で王都に向かった。
フローレンスはそれを確認してから、医者と侍女を呼んだ。
「この令嬢を着替えさせてちょうだいな」
ベッドに眠るゾフィは、教会にいた時のままである。
蛇を投げ込んだ侍女に扮したままなのだ。
教会から牢に連行され、尋問、服毒、ネイデール王国のレーベンズベルク領まで輸送、着替えることなどない。
薄汚れた姿で髪の艶も無くなっている。
お湯で髪と身体を拭かれ、薄い寝着に着替えさせたら、見違えるように美しくなったゾフィは、フローレンスのお気に入りになった。
「早く起きないかしら。
寝ていても奇麗な顔だから、目が開くのが楽しみだわ」
元気になったら、娘とは出来なかった刺繍をしながらお茶をしたり、歌会、花摘み、あれもこれもと夢が膨らんでいく。




