懺悔
捕獲した兵は、侍女に声をかけられ王宮を護衛しただけだと言い張った。
侍女が部屋に箱を投げ入れるのを見て、よからぬ事に巻き込まれたと知り、逃げる侍女の後を追ったと言うのだ。
兵士が侍女に追いつけぬなどと、誰も信じるはずもなく、自ら協力者と暴露しているようなものだ。
そして、彼はサンド侯爵令嬢ゾフィに心酔している男性の一人であった。
毒蛇の入手ルートもお粗末なものだった。
若い娘が、毒蛇から薬を取る為に買いに来たというのだ。
サンド侯爵令嬢は、幼い頃から天使の如くといわれる美貌、王妃教育といわれる学習も習得し、心優しい令嬢と評判であった。
多くの崇拝者がいるとも言われ、サンド侯爵が王太子妃の地位に固執しなければ、すぐにでも縁付いたであろう。
教会に響く足音。
跪き祈る女性に近づく影。
ステンドグラスの柔らかい光がその影さえ色づかせる。
周りは人払いされ、祈る女性と近づく2つの影。
「貴女を罠にかけようと思ったのだよ。
だけど、貴女が王宮から向かった先がここだと聞いて」
蛇を入れた箱を持っていた侍女は、ゾフィ自身に違いない。
逃げるつもりはないのだろう、と思った。
その言葉に女性が顔をあげる。
黒髪がサラリと流れ、白い肌、青い瞳がシルビアを見上げる。
絶世の美女である兄を見慣れたシルビアも、これはと思うほどの美女だ。
マーベリックはこの美女でなく、何故に私?
自分を卑下するわけではないが、大抵の男性は彼女を選ぶだろう。
それこそ、今更だ。
シルビアの場合は、自分より強い女性を好まない男性が多いからだ。
「もう22よ。
どうして私じゃダメなの。
どうして貴女なの!
何故、貴女は生きているの?」
憎しみで瞳を細める。
「姿は美しいのに、醜いな」
呆れたようにシルビアが言う。
「美しいままでなんて生きていられない!
父も!誰も!王太子も!
私を苦しめるだけ!」
死ねばいいのよ、瞳は訴える。
ゾフィの手は短剣を持っていた。
シルビアの前に出るヒューマを、後ろに下がらせる。
「そんな剣では、私にかすり傷さえつけれない」
「その剣は、自分に使おうと持っていたのか?」
シルビアの問いに、ゾフィが答えるはずもなく、静寂が訪れる。
シルビアにはわかってしまった。
ゾフィは蛇が、シルビアや部屋に居た人間を殺したと思っていたのだろう。
だから、教会で祈っていた。
「私を殺しても、自分が死んだら王太子妃になれないじゃないか?」
ゾフィは首を横に振って、シルビアに答える。
「自分を好きになってくれない男の妃になんて、なりたくない」
子供の頃から、王太子の妃に相応しいように育てられたのに、王太子は自分を選ばない。
これほど美しくなければ父親も諦めたのだろうが、ゾフィは優秀で、さらに諦めがつかなかったのだろう。
ゾフィの言葉は、苦悩の長い時間を伝える。
追い詰められて、ゾフィは覚悟をしたのだろう。
「失敗した私を捕まえに来たのでしょう?」
犯人じゃないと言い逃れをしない潔さ。
「一つ聞かせて欲しい。
ずいぶん昔のことだ。
王太子の婚約者が亡くなったのは、貴女がしたのか?」
シルビアが聞きたいのは、子供の時のことだ。覚えているだろうか。
「私ではないわ」
私ではない・・・・・
事故ではなく、犯人がいると言っているのだ。
「蛇に噛まれて、侍女が一人亡くなった」
シルビアの言葉を聞くと、ゾフィの頬を涙が伝い落ちる。
声もなく泣いている。ここで懺悔をしていたのだろう、その祈りは神に届いたのか。
美しい。
姿も美しいが、人を殺しているというのに魂が美しくみえる。
この美しさなら、兄の横に並んでも引けをとらないだろう、もったいない。
シルビアは、またしてもロイスの嫁と考えている。
「シルビア様、すぐに我々を追って、兵達が来るでしょう」
ヒューマがシルビアに進言すると、シルビアはゾフィから短剣を奪い取った。
「サンド侯爵令嬢、私達と一緒に来てくれますね?
抵抗するつもりがないと、わかってますが」
シルビアを見上げて、ゾフィは立ち上がる。
「やっと、終わることができるのですね。
13年も王太子妃候補だったのよ」
恐れるでもなく、ゾフィは笑みさえ浮かべている。
涙が流れた跡が、頬にのこっている。
王太子が婚約者を決めないので、サンド侯爵も諦められない。
その王太子は自分に興味ないのに、父親からは期待をかけられる。
長い間、王太子妃候補というゾフィに、隣国から王太子妃を娶るという言葉が自暴自棄にさせてのかもしれません。
罪を許すことはできませんが・・・




