犯人の手がかり
シルビアの部屋に放たれた毒蛇は、南の地方にいる蛇であった。珍しい蛇ではなく、ある種の薬草の匂いを嫌がるので、猛毒であっても分かっていれば避ける事が容易な蛇であった。
蛇の入れられていた箱も、街の市場で菓子を入れるありふれた物であった。
王宮の廊下をこの箱を持って歩いても、街で菓子を買ってきたと誰もが思い、気にも止めないものである。
だが、王宮の深部、王家の居室と国賓などが滞在する客室通路は入り口に兵が配置されている。
見られずに進むことは出来ないのだ。
すぐに証言は見つかった。
「王女の指示で街で菓子を買ってきた」
侍女がそう言って、菓子箱も持ち帰って来たというのだ。
ソーニャが謝罪に来たタイミングで、毒蛇だ。
マーベリックはソーニャにも疑いをかけたが、ソーニャからは蛇の嫌がる薬草の香りはしなかった。
「犯人が王女の名前を利用したと考えるべきだろう」
マーベリックは、ソーニャを送って戻って来たシルビアに、説明する。
「蛇は、全部で12匹いた。
もういないはずだが、シルビアには部屋を移動してもらう。今夜は薬剤を撒いてこの部屋は封印する」
「わかった。
私でもそうするな。
犯人は焦っている?違うか?
私が帰国するまでに、婚約を失くしてしまいたい。
婚約自体が、犯人にとっては青天の霹靂だった、のだろう」
シルビアが言いたいのは、計画的な犯行ではないはずだ、必ず手掛かりが残っているということだ。
「同感だな」
マーベリックも蛇の搬入ルートが気になる。
「王宮はそんなに甘い警備ではない。
王女の元へ街の菓子を運ぶには、何重にもチェックが入るはずなんだ」
それは内部に協力者がいるということだ。
「布で包まれた荷物を手にした侍女が警備兵を連れて、王宮の奥に向かったと確認が取れている。
護衛の兵を連れている事で、王女の指示という言葉の信頼性が高まり通行が出来たらしい」
「警備兵?」
シルビアがいぶかし気に尋ねる。
「そうだ。
いくら軍が大きくとも、王宮を警備していた兵士の中には、その者を知っている者がいた。
本物の軍人だったからこそ、スムーズに通行できたが、我々に身元がバレることになる。
もうすでに確保に向かわせている」
王太子の婚約者を狙うには、ずさんな犯行だ。
「マーベリック、私も罠をしかけていいかな?
その兵士からどこまで手繰れるかわからないが、犯行を失敗して焦っているだろう」
シルビアが睨むようにマーベリックを見る。
「私は怒っている。
私を狙うのに無差別に毒蛇を放ったのだ。
侍女が犠牲になった。
もっと言えば、王太子と王女が部屋にいる事も知らなかったのだろう。
その少し前には王もいたのだ。
これは謀反といえる」
シルビアは苛立ちを隠さない。
「その罠はダメだと言っても無駄なんだろう?
話を聞かせてくれ。
シルビアの安全が最優先だ」
犯人は焦っているだけでなく、追い詰められているはずだ。
もう何年も疑ってきた。
だからこそ、陛下も侯爵に国の重鎮の役職は与えなかった。
侯爵が狙うのは、娘を王太子妃にするだけではない。
それによって、国の中枢に入る事だろう。
国の為に尽力するという気持ちであるならば、娘を王太子妃にすることに固執しないはずだ。
今まで、狡猾で証拠など残さなかったが、今回は慎重に計画する時間も余裕もなかったはずだ。
しかも、自分にはシルビアという心強い相棒がいる。
マーベリックにとって、シルビアの罠を止めるという方法はない。




