司令官シルビア
カキ―ン。
剣が跳ね飛ばされた。
腕を押さえてシルビアが、飛んだ剣を目で追う。
「参った。相変わらず強いな」
「司令官も腕を上げられました」
シルビアの相手として剣を受けていた副官のヒューマが言う。
「はは、まだまだだよ。
なかなかヒューマから1本は取れないな。
私は執務室に戻るよ。
皆は練習を続けてくれ」
練習場にいるたくさんの騎士に声をかける。
剣を拾いながら、シルビアが背を向けると、ヒューマも後ろを付いてくる。
観戦していた令嬢達の前を通る時に、シルビアが手を振ると、一斉に歓声があがり、令嬢達が手を振る。
「ヒューマは強くて、また負けたよ。
応援してくれていたのに、残念だよ」
ニコリとシルビアが微笑めば、令嬢達が頬を染める。
「シルビア様の剣技は舞う様で、美しかったです」
「アエルマイア様は、軍でも屈指の騎士様。互角に打ち合われるだけでも素晴らしいですわ」
令嬢達は観戦しているうちに、無意識に剣の知識がつき、希に的を射た評価を言うことがある。
「シルビア様は踏み込むのが速くて、綺麗でしたわ」
男性に体力ではかなわないシルビアは、先手必勝とスピード重視である。
細身の剣を手にすることで、スピードがあがったのだ。
新しく得た王家秘蔵の剣、練習用に同じ形の模造剣を作り試したのである。
令嬢達は、いつの間にか審判者となる程である。追っかけをしているうちに知識が身に付いていくのだ。
「ヒューマ、少し屈んで」
シルビアが横を歩くヒューマの耳に何か囁く。
「きゃああ!」
一斉にあがる歓声に、サービスとばかりにシルビアが微笑む。
「いつも応援ありがとう」
細身の身体を軍服で包み流れるブロンドを緩く結んで歩くシルビアに、シルビアより頭一つ高い恵まれた身体のヒューマが付き従い、二人が背筋を伸ばして通り過ぎる様は、乙女心をくすぐるのだ。
それを知っていて、シルビアは有効利用する。
今日もシルビアが、令嬢達の話題を独占である。
ヒューマ・アエルマイアは、一年前にシルビアが第2部隊司令官となった時に付いた副官だ。
司令官は、王族の名ばかりの地位であることが多く、実務は部隊長が務める。
シルビアにとって、堂々と軍の練習に参加するために望んだ地位だった。
自分が、職業軍人に劣らぬ剣技などとは自惚れていない。
そんなシルビアの警護を兼ねて、付けられたのがヒューマである。
軍でも5指に入る実力の持ち主である。
ネイデール王国軍には、大きく分けて3部隊がある。
第1部隊は、国軍の要。
幼い頃より剣技を磨いた貴族の子弟を中心に、第3部隊から選抜兵の精鋭部隊である。
第2部隊は、近衛隊と呼ばれ、王家の護衛、式典、儀式の部隊である。
貴族の子弟のみで、剣技はもとより、容姿も選抜基準になる。
第3部隊は、貴族、平民区別なく、戦場では前線部隊、平時では治安維持部隊となる。
技術に秀で、心身共に認められたものが、第1部隊に推挙される。
ヒューマは、男爵家の次男で、第3部隊から僅かな期間で第1部隊に上がった凄腕である。
近衛基準の容姿もクリアしている。
それが、令嬢達のシルビアの対として喜ばれているのだ。
シルビアが汗を流し、着替えて執務室に入ると、ヒューマは既に待機していてお茶をシルビアに差し出した。
「いい香りだ。
ヒューマの入れるお茶は、美味いね」
司令官の椅子に座り、片足を組み、お茶のカップを手に取る。
「当然です。
僕は司令官の副官ですから。」
ヒューマにとって、出世の足掛かりとしか考えていなかった司令官の副官という職務も、信頼しあう関係になっていた。
最初はお飾りの司令官と思っていたが、シルビアはこの1年で認識を変えさせた。
近衛隊であれば、十分に剣技は対等で、執務もこなす。
公爵令嬢のお遊びと考えていた重鎮達は、軍を掌握されてから事の重大さに気がついたが遅かった。
シルビアは第2だけでなく、王太子が司令官になっている第1の書類まで管理したのである。
しかも副官のヒューマは若手で最強の騎士であり、シルビアを守るように動く。
「ねぇ、ヒューマ。これ」
シルビアが出したのは、第2部隊から出ている武器補充の申請書だ。
これ、と言いながら答えはすでに出ている。
シルビアは、指先でけだるげに髪をかきあげ、ヒューマに視線を合わせる。
「2ヶ月前も、同じ物を見たよ」
ティーカップを横に置き、シルビアが書類を広げる。
「ねぇ、我が国は戦争していて物資が足りないんだっけ?」
ニヤリとシルビアが笑えば、ヒューマもニヤリと笑う。
「まさか。
それとも、無くしたのでしょうかね?」