落とし穴
確たる証拠がない。
「今回のことは箝口令がひいてあるのだろうが、無用だ。
君達もだ」
シルビアは、マーベリックとダンディオンを見る。
一度表に出た噂は尾ひれを纏い、どのようになっていくか楽しみだ。
「それから、私はしばらく体調不良で引きこもりだ」
シルビアが楽しそうに言うのを、ヒューマが止める。
「シルビア様、ここはネイデール王国ではありません。
危険が大きすぎます」
ヒューマにはシルビアの思惑がわかっているようだ。
「私に侍女服を用意してくれ」
ニッコリ微笑んでシルビアがマーベリックに言う。
豊かなブロンドはシニョンにまとめた。
焦げ茶色のお仕着せは、王宮の侍女服である。
王太子執務室付きの侍女として、シルビアは勤務しているがマーベリックの視線がささる。
見とれているといって過言ではない。
婚約者がいるのに、新しく入った侍女が気に入りなどと噂がでそうである。
王太子執務室でのことが箝口令とはバカげている、とシルビアは思うが、侍女の姿で動くにはマーベリックの協力は不可欠なのだ。
そろそろ行くか、と部屋の外に出ると向かうは王女の部屋。
コンコン。
王女の部屋をノックすると、顔馴染みになった侍女が扉を開けた。
同じ顔をしているのに、髪をあげ化粧をしてドレスのシルビアを誰も同一人物と認識しない。
「ご苦労様。
今日も殿下から差し入れね」
シルビアは、王太子殿下からと言ってお菓子を毎日持ってきていた。
街の人気の菓子をヒューマが毎日買いにいくのだ。
そんな事を知らない王女は、兄の心使いに喜び、使いのシルビアを部屋に入れるようになっていた。
「お前はお兄様の使いだから、いろいろ話を聞いているのでしょう?
あの婚約者はまだ寝込んでいるの?」
王女は、当然のようにシルビアの事を聞いてくる。
「婚約者様のお部屋の担当ではありませんので、存じません」
毒の事は伏せたまま、シルビアが体調を崩して寝込んでから、1週間近くになる。
毎日、王太子が見舞いに行くが、芳しくないという噂が出回っている。
最初は、毒がバレるかと心配していた王女も、日にちが経つにつれ大胆な行動になってきた。
「軍人って言いながら、身体が弱いお飾りの司令官なんでしょ」
あれぐらいで、といいかけて言葉を止める王女。
「まぁ、そうなんですか?」
シルビアが何も知らなさそうに相槌を打つ。
「お兄様も考え直すに決まっているわ。
騙されているのよ。
今までお付き合いされていたご令嬢の方が、ずっと良かったわ」
ファビアーノ伯爵令嬢はダンスが上手かった、トラッティ男爵令嬢は刺繍が上手だった。
マーベリックの過去の女達を並び上げて比べていく。
バカげている、全てにおいて他人より秀でている人間なんていない。
王女という身分であるという傲慢。
ソーニャ王女の話を聞いている振りで、シルビアは策を練る。
王女を落とす穴。
深く深く穴を掘る。




