毒
シルビアに付いている侍女は、王宮の来客を担当する侍女で固定しているわけではない。
お茶を淹れてから人払いして話をしていたので、逃げる時間は十分にあったろう。
ヒューマが探しに行ったが、他国の王宮で出来ることは限られている。
しばらくすると、ヒューマから連絡を受けたマーベリックがダンディオンを伴って来た。
「シルビア」
「悪いね。
ここでは、私にはどうすることも出来なくってね」
これだ、とシルビアが差し出したお茶の香りを、マーベリックも嗅ぐ。
ダンディオンが用意していた金魚の入った水槽に紅茶を垂らしてみるが、異常はなかった。
カップ全部を入れると、金魚はばたつき始め、やがて横になりながらピクピク泳ぐようになった。
「致死量ではなく、即効性でない毒物が入れられているということか」
マーベリックはそう結論したようだ。
「飲んでいれば、お茶が原因とはわからない程度で体調を崩していた」
シルビアが続ける。
「だが、何回か続けば重症化していたろう」
「なあ、私は王家の客だ。
怒っていいよな?」
嬉しそうにシルビアが言う。
「申し訳ない。
シルビアが気づいて、飲まないでくれて良かった」
マーベリックがシルビアの手をとる。
それを振り払いながら、シルビアが言う。
「王宮の地図をよこせ」
それは婚約者とはいえ、外国人には渡せないものだ。
シルビアにも分かっている、簡単ではないことを。
「間違いなく嫁いできてやるから、安心しろ。
ネズミを追い込むのに地形を分かってないと、猫だって逃がすさ」
グイとマーベリックの胸元を引き寄せると、唇を合わせる。
「先払いだ」
情緒というものが欠けている、それがマーベリックの感想だというのに、耳元でシルビアが囁く。
「他の男とはないからな」
シルビアの頬が少し染まっているのを見てしまえば、マーベリックに勝ちはない。
ダンディオンとヒューマに至っては、静観を決めたようだ。
マーベリックが余韻に浸っている間に、シルビアは平常に戻っていた。
「私は毒を盛られて、逃げると思っているかな?
甘くみられたものだ。
今までが、そうだったんだろう?」
シルビアのそれは犯人を特定しての言葉だ。
「否定はしないな。
毒は初めてだ。
今までは、蛙とか虫とか」
マーベリックは過去にもあったと言っているのだ。
令嬢達はマーベリックに犯人の処罰を泣きついたのだろう。
マーベリックも、それを未来の王妃としての対応を見るのに利用したのかもしれない、そして犯人ではなく令嬢の方を遠ざけた。
「私が自ら妻にと望んだ令嬢は初めてだからか、やり過ぎだな」
「私はお前の婚約者だが、友好国の王家筋の公爵令嬢だ」
シルビアは犯人に手加減などしない。
そして、とマーベリックは目を伏せる。
「友好国の司令官に毒を盛ったということだ」
「そうだ」
犯人からすれば、体調崩してちょっと痛い思いすればいい、逃げだせばいい、ぐらいなのだろう。
弱い遅延性の毒でバレないと思ったか。
成功しなければ、最悪の手だ。
戦争になってもおかしくないのだから。
シルビアは、毒の入っていたカップを手に取る。
「未来の王妃として、毒は徹底して教えられた」
他国の人間であるシルビアが、犯人を見つけたとして処罰することなど出来ない。
「陛下には私から言っておく。
犯人はシルビアの判断に任せる。
王宮内の捜査も捕縛も権限を与える。
手足が必要なら、一軍を用意しよう」
マーベリックは、その捕縛にワイズバーンの軍組織を使っていいと言う。
「戦争をもくろんだとして、極刑にするかもしれないぞ?」
シルビアがこの場で死んだら、戦争に突入する可能性は高い。
「それだけの事をしたのだ」
マーベリックは首を横に振って、シルビアに許可を与える。
「何より私が、シルビアに毒を盛った事を許せない。
例え妹だとしても」




