ワイズバーンでの生活
ドレスを着たなら、美しいだろうに。
お前は、婚約者として式典に出るときぐらいドレスを着ないのか。
女が軍に入ろうなどおろかな。
お前と違い、可愛い娘だろう。
元婚約者のユークリッドの言葉が甦る。
「夢か」
朝の光でシルビアは目覚めた。
髪をかき上げながら、ベッドから降りてクローゼットに向かう。
「あいつ」
ポツンと零れる言葉。
「私を否定する言葉はなかったな。
変なやつ」
寝室の物音に気付いたシルビアに付けられた侍女が、ノックをして部屋に入ってくる。
「シルビア様、おはようございます。
お手伝いいたします」
「おはよう。
髪をお願いしようかな。
その軍服に合うようにして欲しいな」
シルビアがクローゼットから出した軍服を指しながら指示する。
ゆるく編み込まれた髪に軍服と同じ藍色のリボン。
「ありがとう、ステキだね。
今日は、君が編んでくれた髪と一緒だね」
鏡超しにシルビアが微笑めば、侍女が頬を染める。
迎えに来たヒューマと練習場に向かうと、既に令嬢達が集まっていた。
シルビアもヒューマも見慣れた景色だが、ワイズバーンの兵士達は、これほどの観客には慣れていないらしい。
いつの間にか、兵士達もシルビアとヒューマの手合わせに見とれた。
「速い」
ヒューマはともかく、シルビアを軽んじていた兵士も打ち合いのレベルに認識を変えざるをえなかった。
兵士の練習は生々しく、男臭いのだが、シルビアの剣を見ていると軽やかで美しいのだ。
令嬢や夫人達が、夢中になって声援していた。
時折、シルビアか彼女達に手を振るのが、さらに熱気に拍車をかける。
シルビアが剣を鞘にしまうと、令嬢達がいる方に向いて騎士の礼をした。
沸き上がる歓声に、シルビアが苦笑いする。
「応援ありがとう。
気をつけて帰ってくださいね」
シルビアはもう一度、今度は王妃に向かい胸に手をあて、深く礼をする。
王妃が警備兵に守られて王宮に向かうのを確認して、シルビアがヒューマに声をかけると、令嬢達から歓声があがるのを聞いてシルビアは練習場を後にした。
「相変わらず、お見事ですね」
ヒューマがシルビアに話しかける。
「処世術だよ。だが、気づいていたか?」
王女殿下は来ていなかったが、不審な令嬢が気になっていた。
もちろんです、とヒューマが答える。
「身元を探っておきます」
「私が女の子に、処罰を下すような事にならなければいいんだけどね」
笑みをうかべているのに、シルビアは笑っていない。
「女性だからといって、手を緩めたりはしないのは知っています」
シルビアの後ろをヒューマが歩きながら、会話が続く。
「私は、午後はワイズバーンの歴史を教わるつもりだ」
王太子の婚約者となった今、ワイズバーン国内の深い知識が必要となる。
「では、単独行動いたしますが、油断されませんよう」
ヒューマはシルビアの部屋まで送ると、自室に向かった。
「ゾフィ・サンド侯爵令嬢?」
情報収集から戻ったヒューマがシルビアに報告していた。
「はい、簡単に見つけることが出来ました。
何度も王太子殿下の婚約者候補として名があがった方です。
けれど、2度の婚約は他の家から出ました。
その後は、王太子が婚約者を決めるのを拒否されたために、候補のままでした。
侯爵が熱望されているらしく、令嬢に王妃教育を与え、他に嫁がせようとしませんでした。
子供の頃から候補として過ごしたために、今は女性の婚期を過ぎており、殿下しか見合う年齢や家柄の、婚約者がいない独身者はいない状態ということです」
国内でのサンド侯爵の立場です、とヒューマは書類を出してきた。
「ふーん」
シルビアが書類を確認しながら、お茶に手を伸ばした。
口に含もうとして、躊躇する。
「ヒューマ」
シルビアが名を呼んだ時には、ヒューマはすでに部屋を飛び出していた。
お茶を淹れた侍女を確保するためにだ。
僅かな違和感。
香りが気になった。知らない種類の茶葉かもしれない。
だが、何かがおかしいと感じた。




