制裁
ネイデールの騎士達は翌日帰国したが、その中にシルビアとヒューマの姿はなかった。
ワイズバーンとネイデールの情報交換で、盗品をさばくルートが判明したので、その捜査の為、他の騎士達は帰国させたのだ。
朝早く出立する彼らを見送って、シルビアは王宮の外れにある軍の練習場に向かう。
ここで、マーベリックと手合わせの約束をしているのだ。
練習場が近づくにつれ、シルビアと後ろを歩くヒューマに注目が集まる。
昨日対面して情報交換した騎士から聞いている者もいれば、知らない者もいる。
誰もが、見知らぬ二人に警戒しているようだ。
軍人の朝は早い。
練習場には、すでに多くの騎士が練習していた。
「女だよな?」
「あれじゃないのか? ネイデールからの使者に女騎士がいると聞いたぞ」
中には、明らさまにゲスな言葉を言う者もいる。
「あんな美人なら一晩楽しませてもらえるんじゃないか」
ガン!!
シルビアを侮辱した男がぶっ飛んだ。
「王太子殿下!」
シルビアを迎えに来たマーベリックが、怒りも露わに男を蹴っていた。
予想もしない王太子の出現に周りが膝をつく。
「殿下、隣国の騎士に申し訳ありません。
あいつらは、根性を入れ直させます」
上司らしい男が、マーベリックに謝る。
「おい」
おい、とシルビアに呼ばれてマーベリックが返事する。
「申し訳ない、シルビア」
「全くだ。
あれで騎士とは恥ずかしいな」
シルビアが侮蔑の目で男を見ると、蹴飛ばされた男か立ち上がるところだった。
「殿下、その男をそこに立たせておいてくれ。
私には制裁を与える権利があると思わないか?」
シルビアの言葉を受けて、マーベリックが男を立たすように指示する。
「他は離れてくれ。
動くなよ?」
歩み寄るシルビアは剣を手にして、楽しそうな表情をしている。
シュン。
シルビアの剣筋が見えたのは、騎士といえど僅かな人数だ。
パラリ。
男のタイが切れて落ちたが、男の身体にはかすっていない。
次の一振りで、髪が数本切れ落ちるが、頭にも顔にも傷はついていない。
男の息が荒くなっていく。
ようやく、紙一重で身体に触れる事なく剣が振り下ろされていると理解したようだ。
恐怖で男の身体が、僅かだが震える。
シルビアの踏み込みに、男は反応が着いていけない。
剣をさげているベルトが切られ、音を立てて剣が落ちる。
そうなって、やっと後退りして尻餅をつく。
「騎士殿、申し訳ありません。
これ以上の恥さらしは、私が鍛えなおしますので、どうぞお許しを」
シルビアと男の間に飛び込んで来たのは、男の上司である武官だ。
「シルビア、この男の素行は恥ずかしすぎる。
これが我が軍だと思わないで欲しい」
王太子にまで謝られては、シルビアも止めざるをえない。
大丈夫だと言うように、シルビアは片手を挙げて制する。
「分かってます。
盗賊退治で見たワイズバーン軍は精悍であった」
シルビアは剣を鞘に納め、もう男を見ていない。
「シルビア、この男を紹介しよう。
ミッシェル・ドルトル第3部中隊長だ」
マーベリックが紹介するということは、次代では軍中枢にと考えている人物なのだろう。
「私の前に飛び込んで来た動きは、かなりの腕と推察する。
いつか手合わせ願いたい」
シルビアが言えば、ミッシェルも礼をして答える。
「是非に。
騎士殿の速さには感銘しました。
部下の非礼、深くお詫び申し上げる」
「ドルトル、ここにいる諸君にも紹介しよう。
ネイデール王国の第2部隊司令官だ。
シルビア・レーベンズベルク公爵令嬢、私の婚約者となった」
驚きの怒声とも歓声とも言える声が練習場に響いた。
「お前バカか。
そんなに嬉しそうに言うことか?」
シルビアは、マーベリックの機嫌がいいことに呆れている。
「シルビアの剣さばきは綺麗だった。
見惚れていた」
これも惚気というのかもしれない。




