ワイズバーン王国
シルビアは背後にいるヒューマが怒りを抑えているのを感じていた。
盗賊団から引き出した情報の交換に来ただけなのに、いつになったらそれが出来るのだろう。
ワイズバーン王への謁見が組まれていたのだ。
謁見室に向かうシルビアに奇異の目が向けられる。
聞こえるように言われる言葉は同じようなことばかり。
「男装の女性だよな?
あんな姿で恥ずかしくないのか?」
「男女、あれで指揮官だと?
ネイデールの軍は女にも劣る軍とはな」
胸を張り先頭を歩くシルビアは、勲章こそ着けていないものの、飾りボタンにモール、司令官とわかる軍服である。
良い意味でも、悪い意味でも人目を惹く姿。
聞こえる声に、ピクリとヒューマの肩が動くのをシルビアが片手を少し挙げて制する。
横目で、人々を見てクスリと笑うとシルビアは通りすぎる。
王宮の廊下を奥に進んで行くシルビア達に人々は威圧されていた。
噂を聞いて見に来た人々は、言葉を飲み込むしかなかった。
「ステキ」
頬を染めた令嬢の小さな声がこぼれた。
久しぶりに聞いたな、とシルビアは思う。
剣の稽古を始めると、ドレスは危険だった。
幼い身体は体力もなく、ドレスの裾が絡まるとケガにつながった。
稽古着が男児用になるのは直ぐの事だった。
普段着もドレスではなくなり、人々の好奇の目にさらされた。
公爵家の娘のくせに、女が剣など、公爵夫人は止めないのか、公爵家の恥、公爵家の弱点を掴んだとばかりに言われた。
ロイスがドレスを着だしたのは、その頃だ。
既に王太子の学友として王宮に出入りしていたロイスは、シルビアとは比べものにならない程に目立った。
「女の子で僕以上にドレスが似合う子いるの?」
敵を作るのが大好きなロイスだった。
絢爛な扉の前に案内されて、謁見の間とわかる。
静かに扉が開かれ、シルビア達は中に進む。
カツン。
踵を揃え、騎士の礼をする。
正面には王が鎮座している。
「よくぞ来られた。
長年、両国を苦しめた盗賊団盗伐の協力、大きな絆となろう」
「陛下、すぐにでも情報交換に入ります」
王の横に立っていた王太子マーベリックが、シルビアの横に歩いて来る。
「それが、よかろう。
長旅で疲れているであろうから、歓迎は明日としよう」
王に穏やかな笑顔で明日は歓迎式があると言われ、シルビアは諦めるしかなかった。
武官を送れば済むことを、司令官の自分が来たからには、大袈裟になることは分かっていた。
情報交換したら、とんぼ返りで帰国するとは言えない。
王宮の1室で情報交換となった。
部屋には武官が大勢おり、討伐の時に見た顔もあった。
ワイズバーンとネイデール、それぞれで捕虜とした盗賊からは少なからずの情報をひき出せたが、大きな違いはなかった。
お互いが自国の襲撃に重きを置いて尋問している為、比べようもないことも多かったが、さほどの時間をかけずに確認を終えることが出来た。
王宮に部屋を与えられ、シルビア達は逗留することになった。
ずっと馬で駆けてきたので、一晩でもゆっくり休めるのはありがたかった。
「シルビア」
マーベリックに声をかけられ、部屋に行こうとしたシルビアの足が止まる。
「どうされましたか?殿下」
シルビアはヒューマに目配せすると、ヒューマはマーベリックに礼をして部屋から出て行った。
「明日の朝、手合わせしないか?」
マーベリックは侍従に茶の用意をさせると、人払いをする。
「ああ、それは楽しみです」
討伐の時に見たマーベリックの剣技は強かったと思い出す。
マーベリックとヒューマなら互角に打ち合えるだろうが、自分ではそうはいくまいと分かっていても強い相手は楽しみである。
「傷はどうだ?」
そっとマーベリックが、シルビアの傷のある腕の服に手を添える。
「ご心配、ありがとうございます。
手合わせするのに問題にはなりません」
川に流された時の傷は残っている。消えるまで時間はかかるが動きに支障はない。
「2~3日、ここに居てもらうことになる」
「どういうことです?」
兄に任せてきたが、第2部隊長のその後も気になる。
「先ほど、レーベンズベルク公爵から婚約了承の手紙をいただいた」
マーベリックは、家族に紹介が必要だから滞在してもらうと言う。
ワイズバーンからの縁談で可能性はあると思っていたが、状況が変わったからかと思う。
「私は司令官と言っても、さほどの情報はありませんよ。
王族として人質になる程の価値はありません。
期待外れで申し訳ない」
シルビアの返答にマーベリックは笑顔を見せ、シルビアの髪に手を伸ばす。
「そんなもの期待していないよ。
私がシルビアを選んだんだ」
そう言いながら、シルビアの髪を指にからめるマーベリック。
明らかに機嫌が良さそうである。
「嬉しそうですね?」
第2部隊長が放免となったことで、父も兄も自分を隣国に預けようとしているのだろうと思うシルビア。
「だから言ったろう。私が君を選んだんだ。
とても君を気に入っている」
そう言って、マーベリックはシルビアの髪の一房を口元に持って行く。
大きく目を見開いて、シルビアがマーベリックを凝視すると、マーベリックは声を出して笑い出した。
「やっと私と結婚するという現実を見たか。
婚約者殿」
シルビアが何も言わないからか、マーベリックが話を続ける。
「ああ、早く結婚式を挙げたいよ。
シルビア、必ず守るから」
「今まで私に婚約者がいないことは知っているだろう?」
調べていて当然だろうと、断定するマーベリック。
「子供の時に婚約者が2人も亡くなってね」
シルビアがゆっくりとマーベリックを見る。
「殺された可能性が高い」




