レーベンズベルク公爵
レーベンズベルク公爵家では、今朝も公爵が食後の胃薬を飲んでいた。
朝一番に報告を受けた公爵は、食堂で向かいの席に座っている娘を見る。
薬の量が以前より増えている。
何食わぬ顔で朝食をしている娘と息子。
朝から都の報告は入っている。
街では、何の証拠も残さなかった賊達は英雄扱いである。
気持ちがすっきりする、と他人なら言えるだろう。
自分も仕事が落ち着いたら、領地にいる妻の所に行こうかとさえ思う。
公爵夫人は精神疲労が重なり、領地で静養しているのだ。
「シルビア、少しの間シュテフ副官を貸してくれないか?」
ロイスは、食事が終わっても席を立つ気はなさそうだ。
「何故にとお尋ねしても?」
侍女にコーヒーをもう一杯言ってから、ロイスは答えた。
「最近は隣国とも友好関係にあるからね。国境警備のあり方を考えようと思っている」
それはガイメル辺境伯爵領のことだと、誰でも察することが出来る。
話を聞いているだけの公爵の胃が、キリキリ痛んでくる。
「それで、シュテフを?」
「シュテフ伯爵領は、ガイメル辺境伯領に近い。
メイヤー・シュテフの能力が高いのは、認めている。
話を聞きたいと思ってね」
「その友好関係とは、白々しいですね」
シルビアが冷たく言い放つ。
ああ、胃が痛い。
どうして、単純に辺境伯爵家に不審あり、王太子の時代では存続が危うく、メイヤー・シュテフの能力を買っていて協力を要請したいと言わないのか?
友好関係とは、シルビアの婚姻が前提の話だろう。
言葉の裏に他の意味を隠しての会話の駆け引きは、公爵の胃を痛める。
「兄上、盗賊団の情報交換でワイズバーン王国に行こうと思っています。
生きて捕獲した盗賊の尋問で、面白い事があったので」
どうして、ここに一家の長がいるのに、娘は息子に報告するのだ?
顔だけは無駄にいい王族の公爵は、胃の辺りを手で押さえている。
「司令官直々に行く必要もないと思うが、ほとぼりが冷めるまで国を出るのはいいことだろう」
だから、そのほとぼりというのは、街の支柱に縛り付けられた男の件の事だろう?
誰もが、犯人としてシルビアを思っているが証拠はない。
どうして、家長の自分でなく、息子のお前が許可を出すんだ?
公爵が水の入ったグラスに手を伸ばす。
「ああ、それと」
ロイスが思い出したように言葉を続ける。
「いただいた生地で、シルビアのドレスも何着か作っておいた。
持っていくがいい」
それに対しての返事はなく、シルビアは席を立つ。
「シュテフは置いていくように」
ロイスは確認するように、シルビアに声をかける。
食堂の扉が閉まると、ロイスは父親に声をかける。
「父上、母上のいらっしゃる領地に行かれませんか?」
公爵は少し考えて、ロイスを見る。
「お前の言いたいことは分かっているつもりだ。
領地には行くが、今ではない。
お前達を置いて行くのは、不安すぎる」
「父上、コーヒーのお替りは?」
ロイスが尋ねることに、公爵は首を横に振る。
胃が痛いのに、もうコーヒーはいらない。
ロイスは侍女や侍従を下げさせて、食堂に公爵と二人きりになる。
「父上、今の王家では国が危うい」
「分かっている」
だからといって行動しない自分達が、王の無謀を許してきたのだ。
時代は変わるべきなのかもしれない。
「ロイス、正道が正しいとは限らない。
だが、道が間違っている時は、勇気だけではダメなのだ。
それだけは、覚えておいて欲しい」
子供達の心配をするのは父として当然だ。
「はい、父上」
ドレス姿の息子が頷く。




