兄妹
町の倉庫街にユークリッドとロイスの姿があった。
ユークリッドは予定を変更し、盗賊被害にあった町の視察に来ていた。
幸いにして燃えた穀物庫は1ヶ所だけであったが、周りの倉庫も火を消すための水の被害を受けていた。
町民達の片付けを止めないように、お忍びで様子を見に来たのだ。
貴族よりは商家のようなドレス姿のロイスが横にならび、裕福な家の夫妻のようである。
よく知らない平民には、そう見えているのだろう。
「兄上、もう少し用心してください。
警護を遠ざけるなど危険過ぎます」
軍服を脱ぎ、剣だけを携えてシルビアが駆けてくる。
男性というには華奢な体格で、パンツ姿のシルビアは人々の注目を集める。
「女騎士さんだ、初めて見るな」
人々が口々に言うのがロイスにも聞こえる。
「目立ちたくないから、この姿で来ているのに台無しだ」
盗賊被害の状況は提出されているが、実情を知りたくてこっそり来たのだ。
「兄上の言われることも分かりますが、近衛の司令官として王太子殿下をお守りする責務があります。
ましてや、護衛を遠ざけて出かけるなど、止めて欲しいですよ。
私が目立つのは今さらです」
シルビアが睨むと、ロイスが笑いかける。
「それでも、私服で人数を控えて来てくれたんだね」
ロイスが優雅に手を出すと、シルビアは恭しく手を取り前に進む。
完全に貴婦人をエスコートする騎士である。
シルビアのファンが見たなら、歓声をあげる光景だ。
それでも、シルビアの視線はロイスではなく、ユークリッドの周囲に向かっている。
婚約がなくなって、顔を見ても今までと変わらない。所詮、それだけの関係だったのか、とシルビアは思う。
この顔は好きだったが、浮気ばかりするのには継承問題が絡んでくるから困ったと思っていたが、結婚相手でなくなったと思うと責任がなくなったようで気が楽になる。
王都に戻ったら、小鳥さん達と茶会でもして癒されよう。
「今年の備蓄が被害に遭っています。
殿下、税の猶予が必要かと思われます」
「そうだな、領主を呼ばねばならないな。
猶予より軽減がいいかもしれん」
ユークリッドとロイスが倉庫の状況を確認しながら話をしていると、子供達が走って来てシルビアの前で止まった。
「騎士様!
盗賊を退治してくれて、ありがとうございました」
親から教えられたのだろう、ペコリと頭を下げる。
遠くから親達だろうか、町の人達が同じように頭を下げている。
ユークリッドが王太子だということは、バレているようだった。
シルビアがふわりと笑う。
「それが仕事だからね。
みんなが安心して暮らせるように、これからも頑張るよ」
子供達の頭を順番に撫でながら、シルビアが子供達に名前を聞いている。
ドキドキ・・・・
ユークリッドは自分の心臓の音に驚いていた。
あんな顔して笑うんだ・・・・・・・・・
ロイスは横目でユークリッドを観察していたが、話の続きを始める。
「殿下、そろそろお時間です。
王都に戻りましょう」
「ああ、陛下に報告すべき事が多いな」
ユークリッドの言葉を受け、シルビアが先頭に立ち誘導を始める。
思い出したように、シルビアが子供達に小さく手を振ると、子供達が大きく振り返した。
ユークリッドが先に馬車に乗り、ロイスが馬車に乗る時には、シルビアが手を添える。
馬車の扉が閉まると、シルビアは馬に騎乗し、馬車の横に付き添う。
シルビアが片手を挙げると、隊列が進行を始めた。
王都では、ワイズバーンからの正式な使者が、レーベンズベルク家と王家に婚姻の申し込みを持ってきていた。
『ワイズバーン王国とネイデール王国の友好の証として、レーベンズベルク公爵息女シルビア姫を、ワイズバーン王国王太子マーベリックの正妃として迎え入れたい』
すでに決まったかのように、ワイズバーンの使者は結納の品を両家に納めた。
レーベンズベルク家には大量の絹織物が納品され、あて先がロイス・レーベンズベルクであった。




