マーベリックの婚約者
マーベリックは、国に戻ると直ぐに動き出した。
目の前で、ロイスがシルビアの婚約を解消するのを見たからだ。
自国の制御は出来るが、ネイデールがシルビアを他国に出すのを渋るだろう。
シルビアが子を産めば、ネイデールの王位継承権を持つ子供になるのだ。
ネイデールに攻め入り、その子を王にする、考えられない事ではない。
問題は、あの王太子ではなくロイス・レーベンズベルク。
ドレスの姿で欺いているが、かなりの切れ者だ。
ダンディオンより使えるだろう、と自分の側近を見る。
能力はロイスの方が上かもしれないが、自分とロイスでは相容れないだろう。
「ダンディオン、陛下の予定を確認してくれ。
すぐにでも面会したい」
「殿下、軍人のスカウトじゃなく、嫁とりですよね?」
ダンディオンが確認してくるのは、今更である。
「素晴らしい腕前でしたが、嫁にですか?」
もう一度確認して、マーベリックに睨まれる。
ダンディオンにすれば、魅力的ではあるが嫁にしたいと思う男は多くないだろうと思う。
「いやいや、殿下どれだけ自信家なんですか。
普通の姫さんじゃないですよ。僕には手に負えません」
言いながらダンディオンは、ああそうかと納得する。
「あの姫さん、眩しかったですからね。
陛下の執務室に行ってきます」
マーベリックは他の事務官に決裁した書類を渡し、担当部署に配るよう指示する。
盗賊征伐に出動したこともあり、仕事が溜まってしまっている。
捕縛した盗賊の訊問は軍に任せているが、そちらも気になる。
だが、シルビアの事が最最優先だ。
もう顔も忘れてしまったが、幼い頃には婚約者がいた。
事故で亡くなってしまったのだ。
その後に決まった二人目の婚約者は病気で亡くなった。
それからは、婚約者はいない。
マーベリックは正式に婚姻を申し込むつもりだが、簡単にいくとは思えない。
他の方法も考える。
攫うのは無理だろう、本人が強すぎる。無傷で攫う事は出来まい。
ネイデールを制圧して手に入れるには、本人が軍人として突入してくるだろう。
生家を脅すには、あの兄が問題だろう。
関税引き下げの条件に、王家の婚姻をするならいけそうか。ネイデールに王家の血統の姫はシルビアだけだ。
マーベリックの頭の中で、申し込んだ縁談が断られた時の策が練られていく。
シルビアに他の婚約者を決められないように、あの兄の援助が必要だろう。
「殿下、陛下が時間を空けてくださるそうです。
執務室でお待ちです」
戻って来たダンディオンが、マーベリックの机の前に立ち報告する。
すぐに立ち上がったマーベリックの後をダンディオンが追い、警備兵が囲む。
あの剣と手合わせしたい。
楽しいだろうな、と思う。
舞の様に振るう剣、踊るように揺れるブロンドの髪。
光を集めたようだった。
あの濁流を自力で泳ぎ切った命の力。
眩しいぐらいだ。
シルビアの姿が思い出され、胸が熱くなる。
美しい女は他にもいる。蠱惑的な女も煽情的な女も、魅力的であると思う。
だが、シルビアは違うのだ。
王太子という自分の地位に媚びない女。
王家に準ずる高位貴族だからこそ、地位にこだわらない。
自分はみつけたのだ、シルビアを。
コンコン。
ダンディオンが王の執務室の扉をノックすると、静かに扉が開かれる。
そこには王だけでなく宰相もいた。
マーベリックにとっては都合がいい。
どうせ報告しないといけないなら、一度で済むからだ。
「結婚したい令嬢がいます。
国として正式な使者をたてたい」
マーベリックの令嬢という言葉に、反応したのはダンディオン。
令嬢・・・・・
「殿下のお相手となると、王妃になるという事です。
好きだけではどうしようもないのです。
ましてや、国としての使者、といわれるなら他国の令嬢なのでしょう?」
宰相は、確認せずにはおれない。
「宰相よ。
王太子が結婚する気になったのだ。難しい事はあとでよかろう」
王は父として喜んでいるようだ。
「陛下、宰相が言うことはもっともです。
王妃教育はすでに終えています。
今は婚約者がいません。急がねば他に取られてしまいます」
問題は、シルビアがマーベリックを結婚相手として見ていない、という事だがここで伝える必要はないとマーベリックは判断する。




