公爵令嬢シルビア
麗しい男装の公爵令嬢が、真実の愛を見つけることが出来るのか。
楽しんで読んでいただけるよう、ガンバリマス。
よろしくお願いします。
レーベンズベルク公爵家では、今朝も公爵が食後の胃薬を飲んでいた。
朝一番に報告を受けた公爵は、食堂で向かいの席に座っている娘を見る。
麗しいと評判の娘が、昨夜も夜会の話題を独占したのだ。
才能豊かな息子と美しい娘、次代は安泰なはずなのに、不安しかない。
王弟として、それなりの美貌を持つ公爵は、自分が平凡であることに安堵する。
普通というのは、素晴らしい!
公爵は、食事をしている娘の名前を呼ぶ。
「シルビア」
「何でしょうか?父上」
シルビアは食事の手を止め、クロスで口を拭う。
少し癖のある流れる金髪、明るい緑の瞳。
声まで麗しく、見る人が注目せざるをえない容姿。
シルビアは父親に向き直ると、長い足を組む。
父公爵よりも貫禄があるかと思うシルビアは、房飾りのついた軍服を着ている。
昨夜の夜会でのことだ。
レーベンズベルク公爵令嬢シルビアは、婚約者のネイデール王国王太子ユークリッドと対峙していた。
ユークリッドの腕には、小柄な男爵令嬢。
シルビアもよく知っていた。
「シルビア・レーべンズベルク。
お前は、公爵令嬢という身分を使い、か弱い令嬢に暴言をはき、虐めをするなど恥ずかしいと思わないのか!?
王太子妃として相応しくないと言うしかない。
ここに、私はお前との婚約を破棄する!」
ユークリッドは一気に言うと、少女を庇うように腕を取る。
クスッ、と笑いを浮かべてシルビアが一歩前に出ると、周りから黄色い声があがる。
「殿下」
そこで、わざと区切り息を吐く。
堂々たる様は、どっちが王太子かわからないぐらいである。
「私が虐め?
とんでもない、それはその女狐に騙されているのです」
「リーナを女狐だと!」
ユークリッドは、憤慨してシルビアを睨みつける。
「婚約者のいる男性に色仕掛けで近づき、婚約破棄させる。
しかも、相手は王太子。
国を混乱に陥れようとする作為が見受けられますね。
殿下は、それに引っかかったんですよ」
バカですね、と言わんばかりだ。
長い髪に指を絡め横目で王太子を見る様に、王太子ではなく、夜会に参加している令嬢からため息が漏れる。
「私はお前が、このか弱いリーナを虐めたと言っているのだ。
何度も人前で暴言を吐き、部屋から追い出したというではないか。
怖い思いをさせて泣かせるのが、公爵家のすることか」
王太子の言動は、周りの注目を集める。
「殿下、怖い。守ってくださいまし」
ユークリッドに縋りつくリーナに、王太子が笑みを浮かべる。
「あらあら。
か弱い令嬢というのは、そこの小鳥さん達の事をいうのですよ」
シルビアが、集まった人々の中から薄いピンクのドレスの令嬢の手を取ると、悲鳴にも近い歓声があがる。
「シルビア様」
手を取られた令嬢は頬を染め、シルビアににっこり微笑む。
「可愛い小鳥さん。
ピンクが良く似合っているね」
シルビアが彼女を選んだのは、ピンクのドレスだからだと誰もが分かる。
ユークリッドに縋りついているリーナもピンクのドレスだからだ。
王太子に贈られたのだろうか、リーナの方は煌びやかな宝石をこれでもかと付けている。
比べてみれば、気品の違いが一目瞭然である。
シルビアは夜会に相応しい黒の礼服で、襟元や袖口から豪奢なレースが見てとれる。
優雅、その言葉はシルビアの為にあるように思える程だ。
「暴言?
それは、どのことかな?
彼女には何度も注意したからね。それが暴言かな?
か弱いなんてとんでもない、何度言っても聞かない、図々しい、図太い神経の持ち主ですよ」
シルビアが周りに確認するように言うと、そこかしこから声があがる。
「シルビア様に落ち度はございませんわ。私見てましたもの」
「私もいましたわ。リーナ様はマナーが出来てなくて、シルビア様が忠告されましたの」
「恥ずべき自分を顧みず、シルビア様の忠告を暴言と言うなんて」
夜会に参加している貴族は、シルビアの味方はいても、ユークリッドに賛成する者は出て来ない。
「ああ、小鳥さん達、ありがとう。
潔白を証明してくれて、嬉しいよ」
シルビアが笑って片手を挙げれば、令嬢だけでなく夫人達も頬を染める。
女性に人気のシルビアに対して、婚約者でありながら他の女を侍らす浮気男の王太子。
人類の半分を敵に回したような王太子である。
「殿下はああいうお方だけど、顔だけは好みなんだよ。
許してやってくれないか。
そこの男爵令嬢は、報いを与えないとね。
私の婚約者に手を出したらどうなるか、思い知った方がいいだろうね」
男爵令嬢を王太子から離してしまえば、公爵令嬢のシルビアにとって、簡単に潰せる相手だ。
家が潰れる程の慰謝料をふっかけようか、誰もが嫌がる男性との縁談を勧めようか、楽しみはいくつもある。
シルビアは、それで興味を失ったとばかりに、何か言おうとするユークリッドを無視して、手を取ったピンクのドレスの令嬢に膝を折る。
「可愛い小鳥さん、どうか一曲踊ってくれませんか?」
「まて、シルビア!
お前との婚約は破棄だ!」
ユークリッドがシルビアを掴もうとする手を、シルビアは払いのける。
「去年も婚約破棄と大騒ぎされてましたが、あの時の令嬢はどうされたのです?
殿下の愛は、次々とたくさんあるのですね」
前回は、留学に来た他国の伯爵令嬢を妃にすると言い張ったユークリッドである。
調べると、伯爵令嬢でもなく他国の軍人であった。
ユークリッドは王太子として優秀ではあるが、女性に甘く、女運が悪い。