魔法学園の序列が下から3番目のオッサン、実は辺境最強剣士~東方の英雄が魔法学院に入学したようです
『今年もアレクトール学園の収穫感謝祭の最終日がやってきました』
【いつも最終日を飾る学園闘技ですが、今年は少し趣が違いますね】
『王位継承権4位のオーヴェンファルド家の長男グレイシア殿下と王位継承権7位のノヴァスロデア家のテレーザ姫の直接対決となりますからね』
【勿論、この結果で何かがあるわけではありませんが、まあやはり興味を掻き立てられますね】
『単なる闘技としても興味深いですがこのお二人はなんというか……』
【非常に仲がよろしくない】
『ハハハ……聊か率直にすぎますよ。まあ家風もかなり違いますからね』
【闘技は最大5人の編成で行われます。どのようなメンバーが集まったかも注目ですね】
拡声の魔法の声が控室まで聞こえてくる。それと歓声と。
「一つ訊きたいんだが」
そう聞くと椅子に座って項垂れていた子が俺を見上げた。
「人のために、とアンタは色々してきた。でも結果はご覧の有様だ」
今いるのは、闘技会場の控室。広い部屋はガランとしていた。
綺麗に掃除されて装備品を納めるためのロッカーも並んでいるが、それが誰もいない空間の広さを強調しているようだった
「アイツのやり方の方が正しかったんじゃないのか?」
これから、アレクト―ル王立魔法学院の秋の感謝祭の最大のイベントが始まる。
5人編成での実戦形式での試合だ。相手は学園序列の上位を並べたそうそうたる編成らしい。
一方でこっちの控室には俺と彼女以外誰もいない。
「皮肉を言っているつもりですか?」
その子、テレーザ姫が俺を見上げる。
今日は普段は流している亜麻色の長い髪を綺麗に結い上げて、動きやすそうな白い革鎧に華奢な体を包んでいた。
大きめの青い瞳が射貫くように俺を見上げる。かすかに紅潮した頬と整った鼻筋。赤い唇は引き結ばれている。
物語で語られる王子様は美男子、姫君は美人と相場が決まっているが、このお姫様も美人だ。
俺はお姫様なんてものはこの人以外に見ていないので今の所物語はうそを言っていないという結論にしている。
「いや、そうじゃない。済まないな。そんなつもりはない」
彼女は王族でありながら変に驕ることもなく、求められれば誰にでも力を貸していた。それはおそらく誰でも知っていると思う。
ただ、正直言うとそれが彼女に何の得があるのかさっぱりわからなかった。
それでも、今回の学園闘技会では当然しっかりとメンバーがそろうと俺は思っていた。彼女に助けられたものは多いはずだ。
しかし、結果は誰一人彼女の側には立たなかった。なんでも相手側、グレイシア殿下が水面下で相当色々と手をまわしたらしい。
「止めるつもりはないのか?」
「ここで逃げるわけにはいきません……私には守らなければいけない家名の誇りがある」
自分に言い聞かせるような口調で彼女が言って、刺々しい目で俺を見上げる。
「自分のことしか考えないあなたにこんなことは理解できないでしょう」
吐き捨てるように言って、ハッとした顔でうつむいた。
「言い過ぎました……無礼を許してください」
「いや、気にしてない」
別に間違っているわけでもない。
しかし、わざわざ平民に謝る王族ってのも珍しいというかやはり変わってるな。貴族は謝らないのが常識だと思っていたので、ここは俺の認識とは異なっているところだった。
「そう見えるか?」
「あなたは……不思議ですね。他人の評価も学内の序列も気にしているようには見えない」
まあ確かにそうだ。自分の実力を伸ばす以外にはさほど興味はない。
というか自分を鍛えるために来ているんだから当然だし、小さいころからそう教えられた。人は関係ない、お前の頂上を目指せ、と。
それにこの学院での序列は低いから、笑われるのも仕方ないだろう。
「もう一つ訊いていいか?」
姫が俺を静かに見る。無言の肯定と解釈した。
「後悔はしてないのか?無駄なことをしたと」
結果だけ見れば、彼女が人のためにしたことのすべては無駄だった。
人の為に手を貸す慈愛とか配慮より、権力や財力の方が強かった。
「我が家の家訓は高貴なる者には義務が伴うです……見返りを求めたわけではない。
それにこれで止めたら私の今までの行いも祖先の行動も違っていたことになる。この程度で曲げるのは誇りとは言いません」
「そうか……なるほど
それなら理解できる。人の為っていうより家名の誇りの為なんだな」
「……皮肉ですか?」
自分のために戦う、と言う意味では俺と似ているものを感じるんだが。
姫の顔が強張って、鋭い目が俺を睨む……何かまずいことを言ったかな
「すまない。そういうつもりはない」
「テレーズ姫。お出でください」
とりあえず謝ると、姫がため息をついて俯いた。
係員が呼び掛けてくる。姫が俺から顔を背けて席を立った。美しい細工を施したレイピアを腰にさす。
「俺に付き合わせてもらえるか」
そう言うと姫様が二重の意味で怪訝そうな目で俺を見た。
「あんたのためじゃない。俺が手伝いたいと思ったんだ、つまりは俺の為だ」
★
闘技場に進み出た。
普段はあまり使われることがない円形の競技場。俺も使うのは初めてだ。
中央には審判らしき仰々しい衣装をまとった男。向こうサイドには5人。あれが相手らしい。
戦場を観察する。足場は踏み固められた砂地だが所々に石畳が埋められている。
実戦を想定した障害物という意図なのか、それとも手入れがなってないだけなのかは分からないな。
大したものではないが足を掬われない様に用心すべきだろう。
円形で広さは直径で150歩程度ってところか。石の柱が数本障害物として立っている以外は何もない開けた空間だ。
周囲は歩兵の長槍程度の高さの壁。その上は観客席。
すり鉢のような観客席は人で埋め尽くされていた。
学園の生徒に貴族と思しきグループ、わざわざこれを見に来たのか。案外注目度は高いんだな。
俺たちが出てきたのを見てにぎやかだった観客席が静まり返った。
「おいおい、あの落ちこぼれオッサンかよ」
「そう言ってはならんぞ、君。実に頼もしい陣営ではないか。テレーザ姫の信望が窺われるというものよ」
静かになった闘技場の向こうのサイドからはやし立てる声が聞こえる。
まあ平均年齢が15歳から18歳の学校にあって、おれは唯一の20代後半だからオッサン呼ばわりも仕方ない。
姫が横で唇を噛むのが分かった。
「先鋒、進み出られよ」
審判が杖を掲げて声を張り上げる。
向こうの5人も何か話し合って、一人が出てきた。
「一人ででるのは辛かった……アトリ、あなたの配慮に感謝します」
姫が小さくつぶやいて、レイピアを抜いた。
俺の名前なんてよく覚えてたな。やはりこの辺も王族らしくない。
「私が敗れたら試合を放棄なさい。私は序列20位。少しは戦えるでしょう。怪我をする必要は……」
「いや、俺が行くよ」
姫様が俺を訝し気な顔で見上げた
「しかし、貴方は……」
そう言って言葉を飲み込む。勝てるわけないでしょう、と言いたいんだろう。
俺の序列は206位、下から数えて3番目だからまあ当然の反応ではある。
「まあ見ててくれ。これは実戦形式なんだろ?」
腰に佩いた愛用の片手剣の具合を確かめた。
★
審判を挟んで向かい合った。
目の前に立つのは学園の確か序列7位。長い赤い髪とそれに合わせたような赤い豪華なローブ。貴族の魔法使いだっただろうか。名前までは覚えてないが。
ちょっと太めの育ちのよさそうな顔には、バカにするようにニヤニヤ笑いが浮かんでいた
火の魔法を使うのを見たことがあるが、中々の火力と弾幕だった。正直言うと魔法戦闘では全く歯が立たないだろう。
「審判、一つ確認だが」
「なんだね?」
「これは実戦形式と聞いている。魔法以外も使って差し支えないよな?」
審判が不思議そうに俺を見た
「……特に制約は無いが?」
「それは助かる」
魔法戦に限定されたら流石に勝ち目はなかったから白旗を上げる算段をする必要があった。
大見えを切って出てきてそれは流石に体裁がよろしくない……と言う位は俺にも分かる。
それにあまりこういうことは考えたことはないが、あの姫様にも恥をかかせることになってしまうだろう。
「安心しろ、死なない程度に加減してやるよ。オッサン」
そいつが薄笑いを浮かべながら言う……まあ俺もそのつもりだが。
「生憎手加減には慣れてないんで、できれば防御に集中していてくれ」
何言ってんだ? と言う顔をするそいつをとりあえずおいて置いて開始線に下がった。
手加減に慣れていないのは本当だ。
今までそんなことする必要はなかった。ただ全力で敵を倒せばいいだけだったから。
★
「試合開始!」
指揮棒が振り下ろされた。
こっちは戦闘態勢になるために少し時間がかかる。大きく引いて闘技場の壁際まで下がった。
「おいおい、そっちに行っても逃げ場所はねぇぞ」
詠唱は終わったらしい。
中央に陣取った彼の周りには10近い火球が浮いている
「降参するなら跪けや、オッサンの防壁じゃ俺の炎は止められないぜ」
……即攻撃してくるかと思ったが、舐めているのか。
撃ってこないか……甘い。ただひたすら甘い。
まあ、だがそれならそれでこちらに損は無い。貰った時間は遠慮なく使わせてもらおう。
「【გახსენით კარიბჭე, რომელიც ძველი რიტუალით იყო დალუქული. ესით】」
剣を横に構えて呼びかけを始める。
「【მოდი აქ ჩემი მეგობარი. ძლიერი ქარის აფეთქებით.】」
この詠唱をするのも1年ぶりほど。
何千回も唱えた詠唱だが、これほど間を開けたのは初めてだ。
大丈夫かと少し心配だったが……詠唱が終わると、15歳くらいの少年が俺の横に現れた。
★
肩くらいまでで切りそろえた黒髪からはこれまた黒い毛におおわれた獣耳が生えている
抜けるような白い肌と整ったかわいらしい顔立ちは女の子のようだけど、切れ長の黒い眼はいたずらっぽい子供のものだ。
東方の伝統衣装の袷と袴に身を包んでいる。顔だちも衣服も一年前に見たのと同じだ。
「久しぶりだね、花鳥……しかし相変わらず君は諦めが悪いな。まだやってるのかい?」
やれやれって感じで彼が首を振る。
「僕が憑いているんだから君の魔法適性は低いって言ったろ?」
「それと努力しないのはまた別の話だ」
「まあ有限の時間をどう使うかは君の勝手だけどね。で、しばらくは休んでいいと聞いていたけど?」
「ちょっと必要になったんだ」
少年……ヴェジルの姿は12歳で初めて会った時と全く変わらない。俺はあれから15年たって大人になり、此処ではオッサンなどともいわれる年になったが。
まあ人間じゃないのだから経過時間をいうのは詮無きことだ。時間に縛られるのは人だけさ、とは彼の弁だ。
ヴェジルが周りの観客席を見回して、姫様を見て、俺の方を向き直った。
いかにも驚きましたって感じの顔で俺を見上げる。
「君が自分以外の為に戦っているのか……なんてことだ。頭でも打ったのか? 明日は恐らく火矢が降ってきて、三日後には世界は終わると見たよ。大変だ! 諸君! 今すぐここから逃げないと!」
悲劇を聞かされた場面の役者のように頭を抱えると、手を大きく広げて大げさな口調でヴェジルが言う。
人間じゃないのにこの辺の芝居がかったしぐさは何処で覚えるんだかお聞きしたい。
ただ、姫のため、というのとはちょっと違うんだが。
「違う。俺が戦いたいってだけだ」
「まあそういうことにしておくよ……じゃあやろうか」
ヴェジルの姿がぐにゃりと崩れて黒い毛に覆われた狼に変わる。その姿が片手剣にまとわりつくようにして消えた。
体を灰色の光が覆う。彼の魔力と自分の魔力が結びつく感覚。
久しぶりだ。力が湧き出す。体が羽根のように軽くなり、感覚が研ぎ澄まされる。
闘技場の向こうで火球を従えていた彼の表情が怪訝そうな顔から、青ざめて引きつった顔に変化するのもよく見えた。
流石に向こうにも事態の把握ができたらしい。最初から全力でくればよかったものを。
足に力をためて踏み込んだ。
何かの叫び声とともに無数の火球が飛んでくる。7つ目まではサイドステップで避ける。
目の前に来た残りは剣で薙ぎ払った。火球が消し飛ぶ。
彼の周りには、もう火球は無かった。
もう一歩、砂地を蹴る。風が耳元で鳴る。相手まで普通なら10歩ほどだが今なら一足。一瞬で赤いローブが目の前に迫る。
そのまま剣を振り下ろした。
「勝負あり!!!!」
★
一瞬遅れて大歓声とどよめきが起きた。
寸止めはしたが、剣圧の余波はそこそこあったと思う。そいつが地面に這いつくばるように突っ伏していた。
『なんということでしょうか! 今の動きは……』
【魔法ではありませんね……】
この学園で習う魔法じゃない。
これはヴェジルの力を借りて身体能力を強化しているものだ。魔術導師から言わせると狼憑きとか獣憑きと呼ばれる現象らしい。
「いずれは魔法使いとして騎士なり冒険者になるんだろうが……一つ実戦経験者として忠告すると相手のスキはついた方がいい。勝ち誇るのは相手が地面に倒れてからでも出来る」
「テメェ、今まで手を抜いていたのか? バカにしやがって」
序列7位の彼が俺を見上げる。
「違う」
「何が違う!」
「俺は魔法の訓練をしに来た。この能力を使っても仕方ないだろう? ……魔法の訓練なら使わないが、これは実戦形式だから使っているだけだ」
少なくともバカにしたわけじゃない。
剣術の道場に来て魔法の訓練をするのは何の意味もないことだ。逆もそうだってだけの話。
7位の彼が項垂れて、よろよろと戻っていった。
「次は誰だ?」
向こうの陣営の余裕な顔がなくなって、何やら話し合っている。
一人が進み出てきた。
短めの黒髪に鍛え上げた長身。腰には短めの剣を二本さしている。
さっきの豪華な赤ローブとは正反対で、簡素な革鎧にシンプルな円の文様を入れたマントを羽織っている。
服の上からも鍛えられた体つきがわかる。鋭い目つきと精悍な顔立ち。魔法使い然としたやつが多いこの学園ではどちらかというと異端の武人タイプだ。
「そうか、お前が……アウグスト・オレアス東部辺境領の人狼」
「ああ、そっちの名前は知ってるのか」
「当たり前だ」
本名も顔も知れていないけど異名の方はしれているらしい。
まあ賞金首とかなら人相書きが回ったりもするが、俺はそうじゃないから顔を知る者もいない。
俺の居た東部辺境領は中央からは離れすぎていて、中央で俺の顔を知るものは殆どいない。
魔物の領域と敵国の国境線の間近に10日以上もかけてわざわざ出向いてくる暇な奴はいないのは当然だが。
「東方の魔獣討伐の英雄がなぜ今更魔法学院なんかで魔法を勉強しているんだ? 意味が分からない」
「俺の戦い方は、相手より速く動いて相手より強く切るっていうだけでね。技が無い。
魔法が無いから魔法しか受け付けない魔獣にも対抗策が無い。飛び道具もない。魔法が必要だから来た」
この点に嘘はない。
ヴェジルの力で身体能力を底上げできるが。魔法しか受け付けない相手には対抗策は無い。
とはいえ、俺の魔力はヴェジルの魔力と強く結びついているらしく、魔法への適性はあまりないらしいんだが。実際この学校では落ちこぼれと言われても仕方ない成績を取っている。
「なるほどな」
そいつが首を振った。
「おい、審判! これはアレクト―ル魔法学院の闘技だろう! 魔法以外を使うのが許されるのか」
そう声を張り上げたのはグレイシア卿だ。わがまま坊やって感じの顔が見える。
王族の証のきれいな金髪と金糸を織り込んだマントが目立っているな。
審判がどうしたらいいのか分からないって感じで教官席の方を向く。
「いや、このままでいい。このままやらせろ」
目の前の彼が言った。
「本気で来てくれ。俺の力を試してみたい。こんな茶番の結果なんてどうでもいい」
「ああ、そうなのか?」
「条件が良かったから参加しただけだ」
「何を申すか、貴様!」
グレイシアが後ろから抗議の声を上げるが。
「黙ってろよ、王子様。それともアンタがやるか?」
彼がそういうとグレイシアが押し黙った。王子様の序列は40位くらいだったかな。
王族が別に強くある必要はないから学内序列はあんまり関係ないが、俺に勝つのは無理だろう。
「アンタからすれば俺たちなんて半人前のガキだったかもしれないが……俺のことは知ってるか?」
「別にそんな風に見てはいない」
戦いにおいては見下すことも見上げることも意味はない。
ただフラットに戦力を評価するだけだ。強い弱いの評価はするが、それ以外の感情は持ち込まない。
強さに気圧されれば太刀筋が鈍る。弱さを侮れば隙を生む。
「序列1位、``円環``アステル・ステラメアリ」
「知っていてくれて光栄だ」
全員の名前を覚えはしないが、流石に序列1位くらいは覚えている。
平民出身の魔法剣士。複数の円弧状の魔力の刃を縦横無尽に操る戦い方は、多対一でも相手を寄せ付けない。
たしか序列一位を2年間守り続けているはずだ。卒業まであと半年だが、すでに騎士や貴族から士官の誘いが引きも切らないと聞いている。
将来の英雄候補だ。俺の目から見ても、今すぐ実戦に出ても素晴らしい戦果を挙げるだろうな。
「全力できてくれ」
アステルが真剣な目で俺を見る。騎士の儀礼とかなんて知らないが、こちらも真剣に応えるのが礼儀だろう。
これも彼の為か、自分の為ではなく。
偶にはこういうのも悪くない。
「分かった」