第六話 告白
「ヒロヤ~、今度どこいこっか?」
デートを重ねた茜は、既にヒロヤの彼女になった気満々だった。
そんな時の事、
(ぴんぽーん)
誰かが訪ねて来た。
「ヒロヤ~、誰か来たよ?確認して~」
「・・・・・・」
あっそっか、モニター内にいるヒロヤに対応出来る訳無いか・・・
茜は来客に対応して戻ってくる。通販で何か買い物したようで手に持った袋から中身を取り出し、ヒロヤのいるモニターに向かい、
「ジャーン、新作のワンピース。どう?似合う!」
ウェブカメラで茜を認識してるヒロヤは、
「とっても似合ってるよ!何時もより大人びて見える」
「照れるな~、ヒロヤって正直!!」
同棲しているカップルの様なやり取りをしていると、
(ぐ~~う)
茜のお腹が鳴った・・・
「ヒロヤ~冷蔵庫の中、何かあったっけ?」
「・・・・・・」
だよねー・・・
茜はこの時、有る事を閃く。この事が後に大変な事態を巻き起こす事を知る由もなかった・・・
会社のPCの前でタコ口をしながら考え込む茜。周りを見渡すと一平と二人きりである。
ホクロ田は会議で筑波支社に出張中。ハルカは何か探し物が有るらしく、先ほど資料室に出かけて行った。
喉乾いたな・・・ハルカもいないし、たまには自分でコーヒー入れるか!
立ち上がり、給湯室に向かって歩き出す。
一平の席の後ろを通り過ぎようとした時、後ろを茜が通っている事に気づいていない一平は椅子を少し下げた。
その椅子に付いてるキャスターの出っ張りに躓いた茜は派手に転ぶ。
前方に派手に転んだ茜は、掛けていた黒縁のメガネが外れ、目の前に転がっていた。
その物音に気付いた一平は椅子に座ったまま、倒れたままの茜に手を差し出して、
「メガネを掛けてない水沢さんの方が素敵です」
「はあ?・・・」
何を言っているんだ、このモヤシマッシュルームは?
この情けない姿の私を馬鹿にしているのか・・・
なんだか腹が立ってきたぞ!
一平の差し出した手を掴み、怒りも込めて強く引っ張った。
その勢いに一平の座ってる椅子が滑り出し、茜の脱げたヒールに引っ掛かり一平はそのまま茜の上に倒れ込む・・・
茜の上に倒れ込んだ一平の顔は茜の顔の目の前だ。
(がちゃり)
ハルカが資料室から戻ってくる。
扉を開けたハルカの視線の先では、一平が茜の上に重なって見つめ合っているのであった。
理解出来ない光景を目の当たりにしたハルカは一瞬固まり、手にしていた資料を投げ出してどこかに走って行ってしまった。
「ちょ、ハ、ハルカー。ちっ、違うのよー」
二人の目線はハルカから再びお互いを見つめ合う。
「前から水沢さんの事が好きでした・・・」
「は?はい~~?」
突然の告白に激しく戸惑う茜。
「いっ、今はそれどころじゃないの」
上になってる一平を押しのけハルカを追って部屋を出る茜。部屋を出る茜を倒れたまま見送る一平・・・
茜は廊下を走ってハルカの姿を探し回る。しばらく廊下を進んでいるとエレベーターの前で発見した。
ハルカはエレベーターのボタンにもたれかかって、エレベーターを待っていた。
「ハルカ、聞いて!誤解だって、誤解なのよ・・・」
息切れしながら誤解を解く茜。
暫く説明して、ようやく誤解が解けた。
「もう、ビックリしたじゃないですかー!!
知らない間に先輩と一平君がそんな関係になっていたら、私バカみたいじゃないですか~」
「あはははは」
「はははは、は~あ」
茜は一平から告白された事を言う事が出来なかった。
部屋に戻った二人は何事も無く仕事を続けた。一平もいつもの様にキーボードを叩いていた。
仕事を続けていると茜の携帯にメール着信の合図が来た。
開いてみると友人の麗子から、『たまには遊びに来い』との事。たまには顔を出すか・・・
「先輩!うまく行きませんね・・・」
ようやく組み上がった茜のプログラムと、既に完成して改良を始めている一平のプログラムの合成作業をしているハルカが茜に話しかけて来た。
「どこが悪いんだろ?」
「どれどれ、フォルダ61~90まではどう?」
「ここは問題ないみたいです」
二人で問題点を探していると、終業のチャイムが鳴る。
「家でも問題点探してみる」
「助かります!」
茜は一平のプログラムと自分のプログラムをSDに落として鞄にしまい込んで会社を後にした・・・
タクシーに乗り、会社から30分走った所でタクシーを降りた茜。目の前にはお洒落な居酒屋が有った。
居酒屋の暖簾をくぐると、
「へい、らっしゃーい。お、珍しいね茜ちゃん」
「ご無沙汰してます。麗子は居ます?」
「お~い、麗子~茜ちゃんだぞ~」
奥から麗子が出て来た、
「茜~、ちっとも来てくれないんだもん。
もしかしたら彼氏でも出来たんじゃないかと心配したわよ!」
どんな心配だよ・・・・
「ごめん、今仕事で取り組んでる案件で手一杯で・・・
今日試験的だけど完成したの。そしたら麗子からのメールでしょ!
思わず飛んできちゃった!!」
「何にする?」
「取り合えず生でしょう!」
「了解! お父さん!!茜に生一丁~」
この威勢の良い女性、三千院麗子25歳は、古くからの幼馴染である。
実家が近く、幼稚園から大学までずっと一緒であった。
麗子は大学を出てから、都内のアパレルの会社に就職していたのだが、半年前に母親が病気で倒れ、親が夫婦でやってた居酒屋の手が足らなくなった事でアパレルの仕事を辞めて、花嫁修業を兼ねて父親と店を切り盛りしている若女将であった。
「麗子~、すっかり若女将が板について来たじゃない!」
「でしょ、でしょ。お母さんが帰って来ても女将の座は渡さん!!」
「あはははは」
「所で茜、彼氏出来た?」
「何をおっしゃる、麗子さん・・・・」
「そっか~、残念・・・」
麗子は昔から面倒見が良い親分肌で、いつも私を守ってくれていた。
たしか小学校低学年の時にはクラスのいじめっ子の男子に絡まれていたら、颯爽と登場してその男子に問答無用で張り手をお見舞いして、逆に男子を泣かせていた。
男子の間では『恐怖のおたふくカモメ』と呼ばれ恐れられていた。
見た目がおたふくに似ていて、眉毛が濃くて繋がっているからだろう。昔から体格も良く、私とでは、顔一つ分身長も高い。
私にとっては頼りになる肝っ玉母さんと言ったところだ。
二人共彼氏いない歴25年だったが、実は私に彼氏が出来ないのは麗子が私のお母さんに買収されて邪魔していた事をこの前告白されたのであった。
どういう事かと言えば、中学1年の頃である。
毎日のように家に遊びに来る麗子に対し、私の知らない所でお母さんが、悪い虫から茜を守ってほしいと麗子に依頼したそうだ。
振り返ると私と麗子に出されるお菓子が目に見えて麗子の方が豪華だったが、当時はお客だからだろうと気にしていなかったが、お菓子に釣られて引き受けたのだった。
振り返ると思い当たる事が何回かある・・・
中学の時、男子生徒が話しかけて来た時にも麗子が素早く現れ、男子生徒を無言のうちに威嚇していたから、男子生徒は要件を言わず、恐る恐る撤退したことがあった。
大学の時の合コンでも必ず私と男性の間に入って、男性との会話は麗子が通訳してる感じだった。
麗子から告白された時は少し腹がたったが、母親も麗子も私を思っての事だと思うと今は気にしていない。
女子高、女子大と出会いの機会が少なく自分自身も積極的に男性と話そうとしなかっただけだしね。
そんな出来事を思い出しながらビールを飲んでいると、おつまみを持ってきて茜の前に置いた麗子が、
「ところで茜! 私、彼氏が出来るかも・・・」
「えっ。すごいじゃない・・・どこで知り合ったの?どんな人?」
カウンターから身を乗り出し鼻息荒く尋ねる茜に麗子は、
「この店のお客さん・・・実は今日も来てるの・・・」
麗子は恥じらいながら目で奥の席に視線を送る。
茜はその目線をたどる。
奥の席では60歳位の禿ちらかったサラリーマン風の男がこちらに向かって手を上げていた。
「れっ、れっ、麗子~。本気なの?」
「先週告白されて、OKしようか悩んでいるところ・・・
だから茜にメールしたの・・・どう思う?」
「どどどどどどうって・・・麗子の気持ちが一番大事だよ。
麗子が良いなら、私は全力で祝福するわよ~・・・」
「ありがと、茜」
奥の席で手を挙げていた禿散らかったサラリーマンが、
「おね~さん・・・お~~~い」
「は~い。今、まいりま~す」
麗子は男性の元に小走りに向かうと何やら親し気に会話を交わし戻って来た。
「なんだって?」
「何って?」
「いや。何話してたの?」
「ビール追加とイワシだって」
「それだけ?」
「あっ、私の事、妻より可愛いって!!」
「つ、妻?」
「あれっ、もしかして茜、すっごい勘違いしてない?」
「だよね~、あ~びっくりした~、そうだよね~・・・さ~せん」
「さっき話してた人は、あのサラリーマンの右の席にいる人」
「あ~あの人か~」
ようやく麗子が言ってた人を見つけた茜は言葉を失った。
そこにいた男性はビシッとスーツを着こなしスマートな佇まいで、遠目だがかなりのイケメンだった。
「そうだ。茜にも紹介するね!」
麗子は男性の方に歩いて行き、男性を伴って戻って来た。
茜は席を立って男性と対面した・・・
ちっさ!
茜は普通の女性の中では小さい部類にはいるが、目の前に立っている男性は茜より顔一つ分背が低かった。
「初めまして、本山武と言います」
「あっ、初めまして、麗子の友人の水沢茜です」
「茜さんの事は、麗子さんからいろいろ聞いております。とっても仲が良いんですね」
「はい、長い付き合いですから・・・」
ひと通り自己紹介を済ませ、仕事の事や趣味について会話した後、男性は二人の邪魔をしないように気を使ったのか、自分の席に戻って行った。
茜は思った。もったいないなーあんなにカッコ良いのに、あの身長、しかもあんなに声が甲高いって、声変わりしてないのかな?
「どう、茜。武さんと私、うまく行くと思う?」
茜は勝手に頭の中で、真っ白なウエディングドレスを着た麗子にお姫様抱っこされた本山武の姿を妄想していた・・・
「茜、茜ってば!」
「あっ、ごめん。すごくお似合いだと思うよー
迷わずOKしちゃえ!」
そんな会話を楽しみつつ時間を忘れて盛り上がる二人であった・・・・・・
かなりの量の酒を飲んでふらふらの茜は自分の部屋に戻って来た。
「ニャーオン」
「ごめんねー諭吉先輩、遅くなっちゃった。すぐにご飯にするからねー」
猫にご飯をあげた茜はPCの前に座り、この前思い付いたヒロヤ強化作戦を実行に移した。
鞄からSDを取り出しPCに差し込み情報を読み込ませ始めた。
自分の作ったAIプログラムをゲーム内のヒロヤの人格プログラムに割り込ませ、より多機能のヒロヤにしようと言うのだ・・・
ゲームのプログラムに自分のプログラムを移植する作業を終えモニターには、
『実行しますか?』
もちろん、実行っと。
作業を終えた茜はそのままキーボードを抱いたまま眠りに落ちた・・・
茜はこの時、大きなミスを犯していた。自分のAIプログラムと同時に、一平のセキュリティー破壊プログラムも同時に読み込ませていたのだ。
その事が後に、茜にとんでもない事態を巻き起こす事に成るのだった・・・・・・