第三話 初めてのデート
モニター上で手を伸ばし、茜を誘うイケメン男子。
茜はPCに繋がるVRゴーグルを掛けゲームを始める。
VRゴーグルを掛けると、何処か知らない公園のベンチに座っていた。
公園の広場では、少年2人がサッカーをしており、その奥では少女がブランコで遊んでいる。
物凄い臨場感だ。大学時代に友人の家でVRを経験した時は、景色など現実にはほど遠いアニメ的な感じが強くて『ドット酔い』をしたものである。
それが此処までリアルになっているとは、驚きである。
ブランコを漕ぐ少女のブランコから出る軋み音や、少年達の出すボールの音まで再現されており、もうすでに現実と言っても過言ではない完成度に驚いていると、
「どうかしたの?」
突如声を掛けられ振り向くと、自分の横には、先ほど設定が完了したイケメン男子の三上博也が不思議そうな顔をして私を見つめていた。
「いや、あの、その」
茜がこの世界で初めて発した言葉だった。
何を戸惑っているの! これはゲームの世界、落ち着け私・・・
気を取り直して、
「みっ、三上君はどうしてここにいるの?」
「ヒロヤでいいよ」
優しい笑顔で語り掛けてくるヒロヤ・・・
茜はそんな彼を直視出来ずに下を向く。
「君に会いに来たのさ」
くさいセリフをサラッと言ってのけるヒロヤに心臓の鼓動が高鳴って行くのを感じる茜。
「ひっ、ヒロヤは今楽しい?」
「どうしてそんな事を聞くんだい?
君と一緒の時間を過ごしているのに、楽しく無い訳無いじゃないか!!」
「そ、そうよね・・・あはははは」
男性とこんな感じに過ごした事の無い茜は如何して良いか解らず戸惑う。
そんな照れてる茜にヒロヤは語りかけて来る、
「茜、もっと君の事知りたいな!」
なんてこったい、こんな超絶美男子に呼び捨てにされた事など生まれて初めてだよー。
夢なら覚めないでおくれ・・・
そんな事を考えている時の事、
「危ない!!」
公園で遊んでいた少年の蹴ったボールが茜目掛けて飛んで来ており、少年の発した言葉だった。
突如ヒロヤが私に覆いかぶさり、飛んでくるボールから私を守り、片手で飛んでくるボールを払いのけた。
「大丈夫かい?」
「あっ、ありがとう・・・」
ヒロヤの顔が目の前にあった。
こ、これってもしや・・・
ドラマなどで見た事有る展開なんじゃ?
茜は目を閉じて待ってみる。
暫くして目を開けると、ヒロヤはボールを拾って少年達の所に届けていた。
そ、そうよね。いきなりそんな展開有るわけ無いわよね・・・
期待して損した。
少年達にボールを届け、なにやら注意をしてヒロヤが戻って来た。
「喉乾かない?」
突然のヒロヤの問いかけに、
「そ、そうね!」
何も考えずに答えた。
ヒロヤは私に手を伸ばした。その手を掴もうと手を伸ばすと・・・
(痛っ)何かに手がぶつかった。
現実世界でも手を伸ばしたせいでPCの横に置いてある本棚に手をぶつけたのだ。
VRゴーグルに搭載されているモーションセンサーが手の動きも感知してゲーム内に反映しているようだ。
周囲の安全を考え、PCから距離をとってゲームを進める。
ヒロヤの差し出した手を取り立ち上がると、二人は歩き出した。
公園を出て、閑静な住宅街を歩いていると、
「この先に、引き立てのコーヒーが飲める喫茶店があるんだ!」
ヒロヤの言葉に、
「この辺詳しいんだね!」
と返してみる私。
暫く歩くと、お洒落な喫茶店が見えて来た。
中に入るとダンディーな白髪のマスターが笑顔で迎えてくれた。席に付いたらヒロヤはマスターに向かい、
「いつものやつで」
常連客なのだろう雰囲気を出しながら注文をする。
「茜は?」
「あっ、同じのをお願いします!」
遠慮がちに注文をする私。
程なくして、二つのコーヒーカップが目の前に並べられた。
ヒロヤはコーヒーカップを手に取り、口元まで運んで、香りを楽しんだ後にコーヒーを一口飲んでカップをテーブルに置いてこっちを見た。
「美味しいよ! 飲んでごらん?」
「は、はい」
促されるままコーヒーカップを掴み口元に運ぶ・・・
VRの為、味はしないのだが、その気になってコーヒーを味わう。
「どう?」
ヒロヤの問いかけに、
「あはははは、とっても美味しいわね・・・」
「よかった、君には少し苦みが強すぎるんじゃ無いかと心配してたんだ」
心配げな表情から一転、優しい笑顔を見せるヒロヤ。
かっ、完璧だわ。ヒロヤ、あなたは何て素敵な男性なの、こんな小さな心配りが出来る男、見た事無い。
合格よ! いや、結婚して。そんな心と裏腹に控えめに会話を続ける茜であった。
時間を忘れて二人だけの時間を過ごしていると、どこからか聞き覚えの有るメロディーが流れて来た。
楽しい彼とのおしゃべりを続けていた茜はふと我に返る。
(やばい、もうこんな時間)
現実世界の茜の部屋にある時計から流れる深夜12時を告げるメロディーなのだ。
「ヒロヤ、ごめん。もう寝なきゃいけない時間なの。仕事に響くから・・・」
そんな慌てる茜に微笑みながら、
「今日は楽しかったよ。お休み、僕のシンデレラ。又いつでも遊びにおいで」
と返して来た。
「お休み、ヒロヤ。またね」
別れの挨拶を済ませてVRゴーグルを外し部屋の照明を落とし、ベットに入りPCを見ると。画面上でヒロヤが優しく微笑んでいた。
ヒロヤが写るモニターも自然に暗く成って行き、ついには真っ暗になった・・・おやすみなさい・・・
「おはよう! 時間だよ。茜、起きて」
聞きなれない声に茜は眠い目を擦りながら目覚まし時計に手を伸ばす。
目覚まし時計を止めようとボタンを押すが、茜を呼ぶ声は止まらない・・・
寝ぼけ眼で声のする方を見ると、ヒロヤがPCのモニターから呼びかけていたのだ。
「お、おはようヒロヤ・・・」
寝る前に目覚まし機能を設定していた事を思い出した。
ベットから出てPCの前に座る。
「よく眠れたかい?」
ヒロヤがモニター越しに話しかけて来る。
PCに内蔵されているウエブカメラで、茜の行動を認識して起きてきた事が解ったようだ。
「おかげさまで、よく眠れました・・・」
まだ寝ぼけた状態で答える茜。
「テレビが見たいんだけど?」
茜の要求に、ヒロヤは答えずに画面の中で微笑んでいる。
流石にそんな機能は無いわよね・・・
画面を切り替え、テレビを起動して朝の情報番組を付けて、お天気コーナーや今日の運勢などをチェックしてから朝食の準備を始める。
トーストを焼いて、昨日買っておいたサラダとゆで卵、それにコーンスープを並べてもぐもぐと一人で朝食を食べていたら、
「にゃーん、ごろにゃーん」
諭吉先輩も起き出して来て、茜の足に体をこすり付けて来る。
「おはよう、諭吉先輩。もうじき食べ終わるからもう少しまっててね~」
食事を終えて、諭吉先輩にも朝食を上げ、身支度を整え、玄関で、
「諭吉先輩! 今日もお利口にお留守番しててくださいねー」
寂しそうに見送る諭吉先輩に別れを告げて会社に向かうのであった。