第十二話 二人静か
一平の母親から齎された衝撃的な事実に、頭が真っ白になった茜だったが、自分を取り戻し、パジャマを脱ぎ捨て素早く着替えて外に飛び出して行った。
一平の母親の話では、車で交通事故を起こして都内の救急病院に搬送されたらしいが容体は不明との事。
茜は電話で聞いた病院を目指して駅に向かい走っていた。
途中で何度も靴が脱げて転びそうになりながら、茜の横を走り過ぎようとしていたタクシーを捉まえて一平の運び込まれた病院を目指した。
「運転手さん、急いでください!」
額の汗を拭いながら、真っ直ぐ前を見つめる真剣な女性の申し出にタクシーの運転手は、
「しっかりつかまっててくださいよ。飛ばします!」
「お願いします!」
女性の表情と行先で事態が逼迫してる事を悟ったタクシー運転手は、タイヤを鳴らし知りうる限りの近道を選んで病院へと急いだ。
病院へと到着したタクシー。
車の扉が空くと飛び出そうとする茜に、
「お客さん、お代!」
慌てている茜は財布から一万円を取り出し運転手に渡すとそのまま病院へと走り出した。
「お客さん、お釣り~」
叫ぶ運転手に対し、振り向かず茜は、
「結構です!」
茜はようやく病院の正面玄関にたどり着いた。
病院の正面玄関は明かりが落とされ人の気配が無く、暗闇の中非常誘導灯の緑の明かりが仄かに輝いている。
営業時間の過ぎた病院は不気味に静まり返っており、遠くから近づく救急車のサイレンの音だけが空しく響いていた。
どうしていいか解らなくて辺りを伺っていた茜は救急車の赤いライトが病院の側面に入って行くのを見た。
救急車の後を追って行くと明かりの点いた入り口を発見した。救急搬送口である。
救急搬送窓口で受け付けの女性を見つけた茜は、
「すみません!」
「はい。ご家族の方ですか?」
「あっ、いえ。友人なんですがここに先ほど運び込まれたと聞いて」
「お名前は?」
「の、野村一平です!!」
「今調べますので、お掛けになってお待ちください」
椅子に座る気すら起きない茜は受付カウンターに身を乗り出さんばかりに返事を待っていた。
「野村一平さんですね。先ほど検査を終えて今は三階の302号室にいます」
「容体は?」
「ここでは分かりかねます」
「302ですね、ありがとうございます」
「あっ、面会をご希望ならこのノートに記入を・・・・」
茜は相手の話が終わる前に302号室へ向かった。
エレベーターのボタンを押す。エレベーターは七階で止まったきり動かない・・・
何度もボタンを押すがエレベーターのランプは七階を示したままだった。
周囲を見渡し非常階段を見つけた茜はエレベーターを諦めて階段を駆け上がる。
三階の非常扉を開けて302号室を探す。
302号室を見つけた茜は勢いよく部屋に飛び込んで行った。
そこにはベットの上で林檎をかじっている一平の姿があった。
「茜さん、どうしてここに?」
茜を見た一平は首を傾げながら笑顔で茜に問いかけた。
「どうしてじゃないわよ」
元気そうな姿で気の抜けるような一平の問いかけに、足の力の抜けた茜は一平のベットに倒れるようにうつ伏した。
「心配したんだからね・・・・・・バカ」
目に涙を浮かべている茜が、自分の為に駆けつけてくれたと悟った一平は、
「ごめん・・・」
すすり泣く茜を優しく抱き寄せ一平は茜が落ち着くのを待った。
二人だけの空間には時間が止まったような静寂が訪れていた・・・
昔、大切な人が事故に遭って深夜の病院を訪れた事を思い出しました。
その人は怪我はひどかったのですがベットの上で笑顔で私を迎えてくれました。