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貧乏探偵 ロボを駆る─テン・コマンド・ノックス!─   作者: 我武者羅
8.探偵は読者に明かしていない手がかりによって事件を解決してはならない
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15.巡り、巡りて

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 いまだ二人はもやの中で、荷馬車に揺られていた。

 馭者のトマスの駆る馬車は、行きとは違って軽やかなもの。

 しかし荷となった二人の周囲は濡れ、ほほを撫でる風は冷たい。

 そこらの木々も黒の柱にしか見えない中、はっきりと、されどぼんやりとした光を見つめ、ロックは口許をほころばせていた。


「ずいぶんとまあ、熱い礼砲だこと」

「砲……でいいんですかね、あれ」


 ユリエルは首をかしげているが、ロックはもはやどうでもいいことであった。

 歓喜に、わいていた。


 なんて、なんて熱い言葉だろう。声でなくとも、その思いは感じていた。

 そうまでの礼は、探偵冥利につきるもの。いたく感動しきりであった。

 表情もそう変えぬまま、何度も何度も頷いていた。


「そうも喜ぶのはいいんですけれど……」

「たまにはいいだろう。これくらい」

「いいのですけれどね、ロック。その──これ、道、間違えませんよね?」


 ユリエルは不安げに周囲を見渡した。

 二人が乗り込む荷馬車は分厚いもやのなかだろうと、変わらずのんびり走っている。

 がらがらと気の抜けたような車輪の音と、蹄の音だけが、静かに響く。


「なあに、心配要りません。いっつも通ってますからな!」


 馭者のトマスが笑い飛ばすのだが、彼は一切振り返ることもなく、手綱は固く握られている。


「ほんとうですかね……」


 いくら山道が騎士のために非常に広く、硬く作られていようとも、一抹の不安はぬぐえなかった。




 目的だった二騎の騎士の情報は、多くを得られた訳ではなかった。


 あの草原で暴れたこと、それが砦で家事のあった日であったことくらい。

 そして、そのときに訪問客として二人組の男が町を通りすぎていったことくらい。

 がっしりとした体格の、精気に溢れた方々だったと日記に記したことを山の猟師が教えてくれた。


 だが、これまで。

 情報そのものはあるだけでもいい。いくらでもあるならもっと良い。

 とはいえ、それが質を伴っているかはまあ別なのだが。


 ユリエルとしては判別つけるには見識も足りず、首をかしげるしかない。


「まあ不安になるのもわかるぞ。まともに得られたのは”剣”だけだからな」


 ユリエルにしてみれば意外だったのだが、アルムは宝探しで”導”となったあの剣─ノックスの騎士剣をあっさりとくれたのだ。

 

 たしかに当初要望はしたが、さすがに無理とまで思っていたのが、ユリエルの正直なところ。

 それが郵送しようとまで本気で言い出したのだから、慌てるしかなかった。


 直接ノックスに握らせて”送還”したから事なきを得たのだが、もし郵送となれば──

 思い返して、身震いが止まらなかった。


「あれ、もらっちゃてよかったんでしょうか」

「なんだ、欲しいんじゃなかったのか」

「いえ、それはもう欲しかったですけれど……あの伝統のための道標になっていたじゃないですか、あれ」

「当の本人が持ってけって言うんだ。それに代わりの道標は、置いてきただろう」

「あんな大岩で!」


 ──なだらかな草原にてかでかと大岩があれば、嫌がおうにも目立つだろう。

 この代替案。主導は当の町長さま(アルム)というのに、ユリエルはずっと不満そうに頬を膨らませる。


「何がそんなに嫌なんだ」

「……笑わないでくださいよ」


 そんな前置きをしたユリエルは、しばし口をまごつかせる。

 他にいるのは馭者だけだと言うのに、そっと周囲を警戒したかと思うと、そっとロックの耳元へ近づいた。


 こそばゆい細い吐息のなかで囁いた。


「──見つけるのがただの大岩だなんて、つまらないじゃないですか」

「剣のほうが、(おもむき)があったってかい?」


 その確認に、彼女は体を縮こませて、顔を真っ赤に染めながら、小さく頷く。


 どこか、すがるような上目使いで見つめられて、ロックは耐えきれなくなった


「フッ、ふふっ。は、ははは! そうか、そうか」

「笑わないでっていったじゃないですか」

「いや、すまん、すまん」


 どういうことですかと、一転詰め寄ってくるユリエルを、そっとなだめすかせた。

 その顔色は、やはり赤い。


「じゃあ、なんだって言うんです」

「お前さんなら、そんなこと気にしないものだと思ってたがな」

「まあ、ひどい」


 頬に手を当て、首を振る。落胆したようでも、その顔は明らかに笑っていたのだが。


「まあ、そうやって笑っているのが、ロックは一番ですよ。どうにも」

「──そうなのか?」


 意外、とばかりの口をついた疑問の声。

 ユリエルは「それこそ何を」と眼を丸くしていた。


「ええ、どうも、どこか張り詰めてましたから」

「心配かけさせるとは、すまないな」

「お気になさらず。──()()()()()、似たことを聞かされたら、私もそうなってたでしょうしね」


 そのやわらげな微笑みに、ロックもつられる。


「まあ……なぁ」

「えぇ、ほんと」


 二人の嘆息は重なりあって、鉛色のそらに溶け込んでいった。


「こんなとこで、なにやってたんだろうな──……」





 それは、二日前のこと。


「──やっぱり。探偵は見事なもんよ」


 詰め所のなかで駐在は、かっかと笑う。滅多にない手柄もあってか、ずいぶんな喜びようだった。

 それこそ、どこかから引っ張りだした酒をよその客人である探偵なぞに、好き放題に付き合わせる程度には。


 彼の口から洪水のように溢れ出るのは、事件のこと。宝探しのこと。

 

 誘拐やら騎士の対決やらそんな大事は、のどかに過ごしていた警官の心すら、揺さぶるものだったらしい。


 ポロポロと昔の事件やらを思い出して語り──その最中に、そんなことを言ったのだ。


「そうも言ってくれるのはありがたいですね」

「まったくだよ、感心したよ──ああ、()()()()()も見事だった」

「へぇ?他にも来たのがいるのかい」


 頭の片隅にとどめてはおきつつほとんど聞き流していたロックも、その話には興味をもった。

 まさか以前にも探偵が来ていたとは。

 ──なんだってこんなところに来たのやら?


 意識が向いたことを感じ取ったのだろうか、警官も上機嫌にグラスに酒を流し込む。


「あの人もこの町を見に来ていたんだよ。そんときゃあ、私が案内してな』

「あの町長さまはやらなかったのかい?」

「あのときは、まだまだやけっぱちでな。もう触るのも危ないってんでこの私が一肌脱いだんですよ」

「”火事”の日にも二人組の男が来たって言うが、それとは違うんだろ」

「当然だっての。それは燃えた日、こっちは半年くらいあと!」


 またグラスを仰いだ警官は、どこか苛立たしげに言う。テーブルに叩くグラスの底が、鈍いおとを響かせた。


「あのときはとなりの森の小屋で事故があってもう大慌てだったんだが、その人は殺しだと言うんだよ」

「ほう?」

「そしたらあっさり半日かからずえ犯人捕まえてな、ビックリしたよ」

「それは興味深い」

「まさか逆恨みでミツバチけしかけて、平気のへいざとは驚いたものよ!」


 いたく、感動したのだろうか。両手を振り上げ、天を仰ぐ。

 一緒に振り上げられたグラスから酒が飛び散り、天井の染みとなった。


「あの草原を見てな、しばらく泊まってなにかしてたらしいんだよ」

「なにかって、なにさ」

「さぁ、それはわからない。だけど名前はちゃんと覚え──ええと……記録、は……してあるな。うん」


 赤ら顔を歪ませて、覚束ない手足で引き出しを漁った警官は、すぐさま当時の日記を取り出した。

 いくらかページをめくり、納得いったようにその名前を示した。


「あったあった。こいつだよ……たしか──」


「──は?」


 思わず、ロックは声をあげた。


「なん……ですって? すみませんが、もう一度?」


 ロックは聞き返す。聞き間違いかとも思った。そう、思いたかった。


 臆病なまでに慎重に、噛み締めるように口にした、その言葉。

 けれど警官はあっけらかんと言ったのだ。


「──『エリック・セイムズ』。それが前にここに来た探偵の名前だよ」











 まだ日も昇らないうちに、アルムは自室の広いベッドの中で目を覚ました。

 薄闇のなかでさっと着替えて執り行うのは、領主としての仕事だ。


 税収管理、経営状況、町の公共事業その他諸々多種多様。確認べきことは多岐にわたる。

 素早く、それぞれに目を通し、筆をいれていく。


 書類や報告をいくらか確認しサインをしていると、コックが朝食を運んできてくれた。


 朝食を腹に収めるころには、日が顔を出している。

 ほかの町人と比べれば、まだ遅いその頃になってようやくアルムは領地に繰り出すのだ。


 それはもちろん、見回りのため。

 颯爽と白騎士に乗り込み、唸りを響かせて、意気揚々と彼は行く。



 山あいのある町としては、そばの自然はまさしく友であり糧だ。

 木々は薪や建材に。生い茂る草葉や実り、生きものたちは食卓に。流れる山河は恵みの水に。


 住人たちは当然のように多くを活用して生活している。当然、多くの人と出会うこととなる。

 それもアルムは、”騎士”に乗っている、目立つことこの上なく、通りすがりの人々のほうからやって来る。


 分厚い幹に斧を振るっていた手を止めて、気軽に挨拶をする木こりの青年がいた。

 自身ではじめて射止めた獲物を自慢してくる少年がいた。

 川辺で網を手繰っていた、深々と敬意を表するように頭を下げる老婆がいた。

 騎士で来るなと文句をいいに来る猟師の男がいた。

 集めた木の実を、嬉しそうにおすそわけしてくる少女がいた。


 今日も、どこにも異常なし。


 みな、今日もアルムと─白騎士と会えたのが嬉しそうにするだけだ。





「──ほんとうに、いつもどおりだな」


 丘の上、適当な岩に腰かけたアルムは、ぼんやりと呟いた。


 きょうの日差しはまぶしいけれど、背後で膝をつく白騎士が、いい具合の日陰を作ってくれている。


 その場所からは山あいの町が──アルムらの町が一望できる。


 今日もまた、いつもどおりの日々だった。


 仕事をして、見回りをして、みんなと楽しく話して──


 そんな、当たり前の日々。

 探偵が去ってから、そんな日々が続いている。


 退屈するようにも思える。それでも、近頃は変わったことがある。毎日が”新鮮”なのだ。

 騎士に乗ってようが、その足で歩いていようが見るものに何かしらの発見がある。


 宝探しをしていたときと比べれば、それぞれの時間も十分なまでに増えている。

 その分、多少はのんびりと仕事を行っているためかもしれない。

 だがあの時と比べても、周囲に目を凝らしたりなぞしていないのに、何かしらの発見があるのだ。


 明らかに視界が広がった、そうとしか言い表せない、そんな奇妙な感触だ。



 ──まさか、このために宝探しがあるのではないだろうか?


 不意に考えて、それこそまさかと一笑に付した。

 それならわざわざこんな手間をかけることもないだろう。


 そもそも装甲板には名を記して─記されていない代もいたが─それでもなおヴィルム家は繋がっていた。


 あんなことを考え出した初代は何を考えたのかやら。



 サプライズだったのか、純粋な思いをもってのことなのか、知ることも叶わない。

 ──初代の名のそばに『驚いた?』なんて書いているあたり、ろくでもないのは間違いないが。


 ただ確かなのは、後の代に脈々と受け継がれてきたこと。それだけだ。


「おやじも、なぁ」


 ふと先代(おやじ)の書き付けたものを思い出す。



──《息子に恥じぬ領主となろう》


 その名とともに記された日付は、アルムの誕生日よりも確実に後の方。

 アルムの─息子の存在に感化されて宝探しを始めたのか、いまとなってはわからない

 彼を知る古い住民たちに聞いてもよかったのだが、やめた。


 彼らはあっさりべらべらと喋るかもしれない。

 宝探しの情報のようにやすやすと漏らしてはくれないかもしれない。


 まあ、彼らにそこいらを明かしているのかもわからないのだが。

 それでも、一つだけ確かなことはある。



 ──あんた、たしかに恥じぬ領主だったみたいだよ。

 ──あんたのことを思って、みんな約束を守ってくれてるんだからな


 誰も、簡単に宝のことは言ったりしなかったのだ。

 脅されてようやく漏らしたくらいだし、その男もそのことを非常に悔やんでいた。


 当事者のアルムやロックどころか、部外者であったころの少年たちにも、漏らさなかったというのに。


 ──()()もそんなこと出来るかねぇ。


 アルムは考える。

 また次の世代がみんなが宝探しに挑み、そのなかでむやみに情報を明かさせぬなど。それも、とうの昔に自身が死んでいるというのにだ。


 死してなおその意に沿う。そんなことが自分にできるのだろうか。


 えも知れぬ不安も、アルムのなかに去来する。


 ぐるぐる巡る思考が、耳にした声によってふっと浮き上がった。


「あいつら……」


 丘の下で手を振る少年たちがいる。


 彼らはやはり、まぶしい笑顔で。まあその手振りは、どうにも後ろの”あいつ”を示しているようなのだが。


 いつも見ているというのに、動けとでも言いたげ。

 その動きを見て、アルムやおら起きあがる。


「……まあ、あのくらいやってやりますか」


 そっと、騎士を振り仰いでみるのは、その顔。その奥の”書き付け”を思う。


 アルムも、書いたのだから。


『なあ、依頼人。お前さんはなんと彫る』

『ん? そうだなぼくは──』




『──《みんなの誇れる領主となろう》』




 月並みだと、アルムは心のそこから思う。だからこうして記すのだ。


 領主となるに、一番曲げてはいけないことだと思ったから。

 あの宝探しのみんなの熱気は、そう決意するに十分に値するのだから。


「そのためにも、ね」


 ──とりあえずは、こんなことの積み重ねかね


 見たいと思うなら 見せてやろう。

 彼らに手を振り返し、アルムは騎士へと乗り込んだ。


 少年たちが、歓声をあげている。


 きしむ甲高い音は、山あい遠くまで澄みわたる。

 いつまでも、いつまでも。その音は響いていた。




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