14.”宝箱”には秘密が一杯
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数日後。
町の外れ、彼方に町を見下ろす丘にロックとユリエル、アルムの姿があった。
まだ日が上ってまもなく、辺りは今だ白いもやに包まれている。
二人のそばには大荷物。その様子に、アルムはどこか寂しそうな顔を見せた。
「もう行くのかい?」
「ああ。目的は十分に達成できたからな。あの二体の騎士も、付随する情報もな」
けれども満足げなロックの顔に、脈なしとアルムは判断。
ならば仕方なし、と笑みを浮かべた。
「もう少しいて欲しかったのだけれどね。君たちの話は聞いているだけでも面白い」
「ありがたいけど、これでも探偵なんでね。依頼がまだまだ待っているのだ」
「はて……来ているのでしょうか?」
心底不思議そうに首をひねるユリエルをロックは睨みつけるが、彼女はそしらぬ顔。
あきれたとばかりに息をつくその姿を、やはり惜しむようにアルムは眺めていた。
「惜しい、本当に惜しいねぇ。でも、仕事じゃしょうがないよね。たまには来てくれると嬉しいよ。客人として厚くもてなさせてもらおうか」
「そうまで言ってくれるとはね。だがそんな休み、いつとれるかな」
「では、私は長いお休みの時にでも」
すでにその時を想像しているのだろうか、口許を押さえる彼女からは、含み笑いがこぼれている。
「そういえば、あなたは学生でしたか」
「ええ。そろそろ戻りませんと。所用でしばらく休むとは言ってますが、授業に追い付けなくなってしまいます」
「それは大変だ。なおさら引き留めるわけにはいかなくなってしまったな」
「そんなつもりはないだろうに」
「いいや、ずいぶん惜しく思っていますとも」
三人の会話は弾んでいく。
その旅に、アルムの心に、重石が引きずられていく。
──ああ、ここ数日はいつもこうだった。
ロックの語る話は、アルムの心をかき立てるものが多かった。
落ちついた口調で語られる、心揺さぶる事件の数々ときたらたまらないものがある。
ユリエルの語るのは、騎士ばかり。それでも大いに参考になる。
いささか興奮気味に語られる熱意溢れる話の数々にはたじろいだものの、それでもそこから教えられた技術は、確かにアルムのなかにしっかり刻まれた。
これなら白騎士は、確実に性能を発揮してくれることだろう。
──それも、今日で終わりだ。
彼らにも日常がある。アルムにも、日常がある。
交わった二つがもとに戻るということだけ。
「あぁ、でも……それもよかったのかもしれないな」
そんな言葉が、口をつく。
惜しいものがある。まだ居てほしいと思っている。
こんな女々しい思いをするなんてと、自分に驚きを持っていた。
「本当に、参っちゃうね。君たちと一緒だと、なかなかに心が休まらない」
「聞いたかい、ユリエル」
「まあ、ひどいわね」
「そんな風にもできるんですね」
わざとらしく顔を歪めるふりがおかしくて、アルムは吹き出してしまう。
ロックも、ユリエルもつられたように笑いだし、三様の笑い声はもやのなかに響いていった。
なあ、と話の続くなか、ユリエルがふとしたように口にした。
「ところで、ひとつお聞きしたいのですけれど」
「なんですかね」
「結局、あのお宝はいいのですか?」
はっきりした言葉はない。それでもアルムはすぐにい示すものに思い当たった。
「あぁ、”あれ”ですか。問題ありません」
見上げるのは、白騎士の顔。
「みんなには言わないでおくってのは正直驚きでしたしわね」
「なあに、ちょっとした意趣返してものですかね? まああれは、変に広めるものでもありません」
アルムの言うのは、”宝”のこと。騎士の頭のなかに封じられた、先祖代々伝わるお宝。
皆に向けてアルムは、騎士の”鍵”たるペンダントを示して見せたのだが──
あの夜に見つけた”宝”のは、それだけではなかったのだ。
●
数日前、真夜中の草原。
「いち──」
ロックの声が、静かに響く
「にの──」
アルムも応じて、声を上げる。
数歩離れて、ユリエルも固唾をのんで見守っていた。
「──さん!」
がきりと重い金属音が響いて、白騎士の顔からノックスの手が引き出されていく。
その指が支えるのは、白騎士の顔面装甲板。
折り重なっていた今までの装甲と違い、この板だけは稼働部が作られて、蓋を下ろすようになっていた。
その分厚さと重量は、大人数人がかりのもの。
そのまま考えなしに留め金を外せば、勢い余って押し潰されかねない。
それをノックスはやすやすと扱って、やさしい手つきで鼻筋から板を支え、正面へと下ろしていく。
ずん、とまたも鈍い音が響いて、板が止まった。
騎士の肩口に身を寄せて見守っていたアルムは、この”解錠”が始まってからはじめて、顔の方へと足を向けた。
顔の前に床となった装甲板を足で何度か踏みつけて、揺らがないことを確認してから乗り上がる。
あまりにも慎重な動き。それほどに、アルムは緊張していた。
器のように湾曲していた板に立ち上がり、いざ”顔”の方を向いて──
「これは……」
言葉を失った。
板の縁からそっと覗き込んだユリエルも、ノックスをそっと寄せたロックも、なにも言わず、動かない。
それでも唖然としていることだけは、虚をついたような一瞬の驚きが示している。
ただただ”それ”を見つめていた。
中には、瞳が一つ。
騎士の顔全体に広がるほどに巨大な瞳だ。
わずかな月明かりですら輝くほどに透き通り、”穴”であった兜の中すら照らしている。
それは、大きな水晶珠だった。
傷一つないほどに磨かれたそれは、騎士でないと持ち上げることなど叶わないほどに、大きい。
その”お宝”を前にして、アルムは呆然と見上げていた。
「こいつは驚いた。なんときれいな……傷ひとつないじゃないか」
「とても大きい……頭なんて、これじゃ騎士がただの台座じゃないの」
ユリエルはふらふらと、吸い寄せられるように珠に近づいて、その周囲─水晶珠を掴む台座に、かじりつく。
「すごいわね、どの固定部もバネで保護されてるから、傷もない!」
「そこに注目します?」
『いや、本当にすみません、こんな子で』
「いや、まあ。ちょっと安心しましたよ。そっちに眩んでくれる方がましです」
きゃきゃあと固定部を観察し続ける彼女を見て、どこか安心するように微笑んだ。
●
「──あの水晶は、ほんとうに素晴らしいものだった。存在感もさることながら、あの透明度だよ」
あの巨大水晶珠を思い返して感心するロックに、ユリエルもまた同意する。
「裏に回り込んだら、普通に外が見えましたからねぇ……いったいどこであんなものを見つけたのやら」
「あれなら、代々”宝探しの的”として受け継ぐことができたのも納得がいく。動かしようがないからな」
「その通りですよ、探偵。あれを取り出そうと言うのなら、騎士をダメにする覚悟がなければいけませんから」
家に受け継がれる騎士というのは、血と同じようにいえがらの象徴だから、アルムが外すのは論外に違いない。
だが他のものがあの水晶珠を外そうとするのなら、どれ程の手間がいることか。
人手も、輸送手段も、その際の水晶珠の安全性も。考えれれば考えるほど、どれほど問題があるのかわかりようがない。
ゆえに、安全。気にしなくてもそうやすやすと取れようがないのが、あの水晶珠なのだ。
それでも、ユリエルは首をかしげている。
「それなら秘密にしなくてもよかったんじゃない? あれはやましい考えを起こしても、そう手だしできるものじゃないし……」
「そうなんですが……やましい考えのやつら、来ちゃいましたからね」
苦い顔でぼやくアルムに、ロックも肩をすくめた。
「やつらは町の住人を尋問して情報を集めていた。そこから誘拐までやってのけたからな」
「ええ。今度はどこからポロリとこぼれるやも知れませんからね」
アルムは領主となった。町長となった。だからこそ、一層思う。
また、町の人たちをこんな面倒に巻き込みたくない。
「まあ、またなにか起きるんでしょうけどね」
「今回の騒動しかり、二年前しかり。どこから火種がやって来るかなんて、誰にもわからんものさ」
しみじみと語るロックの眼差しは、なんとも重いもの。
どれだけ”冒険”してきたことか、滞在している間に語ったことでもほんの少しだろう。
”師匠”にも多くの友人知人、そして彼のとなりの彼女にも。多く助けられて、彼は今もここにいるという。
──だから、今度は。
「その時は、みんなと一緒にやっていきますよ」
「ほう? 最初は一人で抱え込んでいたというのに、言ってくれるじゃあないか」
「みんなの手を煩わせないのは変わりませんよ。必要な時だけです。──一人で抱えられる程度なら、問題ありませんから」
はっきりと言って、アルムは背後を見上げた。
そこには、膝をつく白騎士の姿がある。
白の装甲は薄もやに紛れるようになっているが、それでもなおはっきり見えるほど、その白は輝いていた。
「まあ、下ろしてしまっても良かったのかもしれませんが、あれを見てしまってはね」
あぁ、とロックも、ユリエルも納得するように頷いた。
●
それはまさしく、水晶珠を見つけた時のことである。
装甲板にしがみついていたユリエルが、唐突に声をあげたのだ。
「ねぇ、これ」
示すのは、アルムの足元。ようやく開いた、顔の装甲板の裏。
「なにか彫ってあるわよ。その足元」
「え──ああ、ほんとだ。いくつかあるな」
彼女の示す通り、足元にはいくらかの彫ったあとがあった。
ただ月明かりだけでは、気づくこともなかったかもしれない。
そばでノックスが暖かい、されどはっきりとした眼光を浴びせてくれたから、ようやく見えたもの。
その文字たちを、アルムはなぞった。
それは、名前だった。
水晶を見つけたものであろう名前が、顔面装甲板の裏のあちこちに彫られてあったのだ。
これは、記録だ。
宝探しに挑み、アルムのように白騎士の水晶の瞳に行き着いた者たちの名前である。
ご丁寧に、それぞれの名前には日付や所感までもが添えられていた。
日付は、ずいぶんと古い。百年どころか、に三百年は平気で下るものも散見される。
その数は十や二十ではきかないほど。
そしてその分だけの所感がある。
感激やら不満やら喜びに疲労に克己感謝驚愕告白──
名前の数だけの端的な思いが、装甲板の裏の至るところに刻まれていた。
その中心に白騎士の”鍵”が嵌め込まれていたのだが、もはや些細なことだった。
●
「全部確かめたんだ。あれはどれも、ヴィルム家代々の名前だった」
そう語るアルムは、感慨深げに微笑んでいた。
「色々な名前が、あそこにはあったんだ。なかには、欠けた代もあったが、それでも多くの人たちがあのなかに秘宝を見たんだ」
宝の来歴も、さだかではない。ただ、宝はずっとここにある。ずっと受け継がれてきている。
それは確かなことであった。
「代々伝わる騎士ってだけで貴重なのに、あんなのも隠してあったんだ。俺も、次へと繋ぎたい。義務とか使命じゃなくて、心からそう思った」
「そいつはいいな。応援するよ」
そっと、ロックの差し出した手を、アルムも握る。固く、固く握る。
「そのためにも、さっさと嫁さん見つけなきゃねぇ」
「式をあげるなら、呼んでくれよ」
「当然だとも」
そして、ロックはアルムに背を向けて、もやのなかへと進んでいく。
追おうとしたユリエルは、立ち止まってアルムに一礼した。
「これで、失礼しますね」
「また会いましょう。その時はうちの騎士をお願いしますよ」
「はいッ!」
眩しいまでに微笑んだユリエルは、ロックを追いかけて、もやに消えた。
じくじくと草葉を踏む音が聞こえてくる間、アルムはずっと手を振っていた。
やがて聞こえなくなっても、しばしの間は手を止めなかった。
手を止めたアルムは振り返り、騎士へと乗り込む。
また見回りに出ようとしたが、ふと思い立って、白騎士を彼らの方へと振り向かせた。
兜が、光を放った。
薄もやに光が満ちていく。
そして薄もやを貫いて、天高く光の柱が上っていき、やがてほころびるように散っていった。




