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貧乏探偵 ロボを駆る─テン・コマンド・ノックス!─   作者: 我武者羅
8.探偵は読者に明かしていない手がかりによって事件を解決してはならない
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13.”蓋”を開けよう

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 闇夜のなか、山あいには時おり獣と風の声が響くだけ。

 そのなかに混じるように、ぎしり、ガシンと打つような鈍い音が響いていくる。


 音の源は、山あいにぽっかりとあいた空白のように広がる草原だ。

 あちこちが剥げて地の色がむき出しになったみすぼらしいくもある、その真ん中。

 雲間から覗くぼんやりとした月明かりのなか、眩しい光のなかで、二騎の騎士が寄り添うようにしていた。


 座り込む騎士を、そばのもう一体の騎士がその眼光で照らしている。

 草原に響くきしみのような音は、その騎士がうごめく時の関節の音らしい。


 その光のなか。膝を抱えて座る白の重騎士ホジスンの胸元に、ユリエルがいた。

 ユリエルは、そっと手元の工具を操って、目の前の留め金をひとつ外す。

 さらに異常がないことを確認すると、白騎士の操縦席へとかけあがり、中に潜った。

 動きやすい整備服ならではの動き。その一連の動作に、淀みはない。


「これで大丈夫です!」

『よし、動かすぞ』


 ユリエルの大声に応じて、そばの黒と白の重騎士ノックスが動き出した。

 その手で支えていた白騎士の装甲板をそっと動かし、剥がしていく。


 ゆっくりと地の剥けた草原に装甲板が安置され、ノックスも振り直ったのを確認して、ユリエルはまた外へと飛び出した。


 そしてまた装甲に取りついて、留め金を外していく。


 その光景を、白騎士の操縦席に座ったアルムはぼんやりと覗いていた。


「いやあ、ほんとすごいね……あっというまだ」

「あら、なにか仰いまして?」

「いやいや、それは見事なお手前で」

「当然、この私なんですよ! いよいよこの騎士に手を突っ込めるとなればそれはもう大興奮ですとも!」


 またも滑り込んできた少女はその顔を恍惚の笑みを浮かべて、外の作業を見やっている。

 ずしりと鈍い音とともに荷が下ろされて、騎士がこちらを見つめたのを確認すると、ユリエルは再び飛び出していった。


 ──白騎士の顔にこそ、お宝がある。

 そのロックの推測を、アルムは最初こそ信じられなかった。


 けれども、アルムはこの草原で”宝箱”を開けてしまうことにしたのだ。


 理由は確かにいくらかあったのだ。それでも端的に言えば、待ちきれなかった。


 今からやっては、町の人たちに迷惑になる、と考えたのもある。

 だがそれなら、夜が明けてからでもよかったこと。

 現にユリエルが頼りにしているのは、装甲に引っ掻けたランタンと、騎士の眼光となる探照灯。



 そのなかで彼女は汗水流して動き回り、どんどん白騎士を剥いていく。

 ロックはノックスを用いて、剥がした装甲を下ろしていく。

 その姿に、どこか申し訳なくなる思いはアルムの中にあった。

 それでも、何もできないのだ。


 騎士の部品を取り替えることくらいは、アルムもできる。だがそれも作業台に乗ってのこと。

 青空のもと行うような露天作業ができるほどは、経験がない。


 ああもきびきびと騎士の上を駆け回って工具を振るえるとは、アルムは思えなかった。


 結局は、こうして眺めているばかり。 

 できるのは彼女が万が一足を滑らせていた時に騎士の腕で支えることだけ。

 そんな機会は訪れてほしくないし、まったくと行っていいほどやってこないのだが。


 手持ちぶさたに眺めるしかないなか、二人は動き続けている。

 装甲板が支えられ、留め金を外されて、ゆっくり剥がされ、下ろされていく。

 それの繰り返し。


 小気味よく留め金を外す音が操縦席まで響いてくるなか、自嘲するように呟いた。


「結局、助けられてばっかりだね」

「そんなこと、言わないでくださいよ」


 その声は、頭上から掛けられた。


 よっ、と可愛らしい掛け声でユリエルは操縦席に滑り込んでくる。

 ユリエルがまた声をあげれば、ノックスがゆっくりと装甲板を持ち上げていく。


 今持ち上げられているのは、肩の外装。くっきりと空けられた細長い大穴が痛々しい。


「あれは、またあとで直さなくちゃいけませんね」

「だなあ。せっかくだ。あとでお願いできないかな。あなたなら任せられそうだ」

「ええ、もちろん!」


 ユリエルは、威勢のいい声とともに薄い胸を叩いて見せた。

 その時に浮かべる自信に満ち溢れた笑みは、なんとも頼りにそうで、思わずといったように口が開く。


「ええ。騎士をお願い致します。ぼくは部品を交換するか掃除するしか整備はできないんです。その分、きれいにしてやってください」

「お任せあれ」


 一礼した彼女は、どこか納得したように頷いた。

 なんだろうかとアルムが首をかしげていると、なんとなしに彼女は言う。


「それでいいんですよね」

「は?」

「助けられてばかりとか、色々悩んでたようじゃないですか」


 その声に、思わず彼女の顔を見やる。どこか穏やかな、和らげな微笑みがアルムを迎えた。


「自分にできることをして、できないことは任せる。それが当然です。できることを増やすために学んで、もっと任せられるように人と繋がっていく」


 その目は、外を向いていた。見上げるのは、あの白黒の騎士。


 だから、と彼女は言葉を継ぐ。


「結局、人間は助けられてばっかりなんです。助けられたならお礼をして、誰かを助ければいいんですよ」


 何をいっているんだろう、とばかりの、まっすぐな眼差しが、アルムを貫く。


「私たちのは”契約”ですが、口約束だって同じですよ。変に考えなくとも、全部同じようななものなんですから」


 ──もちろん、迷惑は考えなければいけませんが。


 そうまで、言ってユリエルは相手が呆然と見つめていることに気づいた。


「あぁ、……すみません、変なことを言ってしまいましたかね」


 これはいけないと彼女は頭を下げようとするけれど、アルムはその手で差し止めた。


「いや、いいよ……ありがとう。ぐちゃぐちゃになってた今日までが、ようやくはっきりした気がする」

「あら、そうですか。それはよかったです。どうも色々考えていたようですから」


 微笑むユリエルと、しばし重なりあった二人の視線。ずん、と鈍く響く”荷”の音が打ち切った。


「もうすぐ終わりますから。待っていてください! 騎士の中身を見れる機会なんてそうないんですからね!」


 それだけを言って、ユリエルは昇降口から飛び出していった。

 

 装甲板に取りついて手を動かす彼女を眺めながら、アルムは操縦席に身を倒した。


「あいつらに手伝ってもらっても、良かったかね……」


 一人愚痴て思うのは、先に帰らせていた青年団。


 彼らの手伝いがあれば、もう少し楽だったのだろうか?

 まあ騎士が一騎あるだけでも、こうして十二分の活躍があるのだが。


 彼らもまた宝探しをしていたのだ。なんと言われるやら、考えるだに恐ろしい。

 それでも、アルムはここでさっさと”箱”を開けていただろう。

 なにせ、いくらでも待ち望んだものが目の前にあるのだ。


 彼らもまた、独自の調査で先に進んでいた。

 ──少しだけ。ほんの少しだけ、『負けた』と心のどこかで思ったのだ。


 アルムの中にあったのは町長として、当主代理としての義務感立ったはず。だというのに『負けた』だ。


 ──ぼくは、自慢したかったのかな。


 意外なまでの対抗心をアルムはあっさりと受け止めた。その結果が、この”先走り”に導いていた。


 ぼんやりと思案に潜っていたアルムは、何度も出入りするユリエルとその度に響く鈍い音を流していた。


 それでも、ほら、と呼び掛ける声に身を起こした。

 昇降口から、ユリエルが顔を覗かせている。


「はやく来てくださいな。蓋を開けるんですから──そこにいたら閉じ込められちゃいますよ!?」

「それはいけないな。今から行くさ」


 ──悪いな、みんな。

 ──僕は一歩、先に行く。




 操縦席から顔を出したアルムは、”顔”の方を見やって、思わず息を呑んだ。


 ”そこ”にあるのは、白騎士の”顔”。けれども目の前には、金属の地の色があるばかり。


 周囲の純白とのギャップはひどい。

 着ぶくれた分だけ顔が一段と奥まっていることと、月明かりがか細い頼りなのもあって、まるで顔にぽっかりと穴が空いたのかと錯覚してしまいそうになる。


 思わずといったように、アルムは息をつく。


「はじめて、見たよ。こいつの顔」


 それでもよく見れば、しっかりと”顔”があるのだ。

 顔当てのように滑らかな一面だが、すらりとした顔立ちは端正。

 隠されているのがもったいなく思えてしまう。


 暫しじっと見つめていたアルムだったが、やがて満足したように頷いた。


 何度も、何度も頷いた。


「やってくれよ、お嬢さん。宝箱を開けておくれ」


 彼女があげた手に応じて、ノックスもそのミトンのような手を伸ばした。




 翌日。


 傾いた陽に赤く染め上げられた山あいの町、その外れにある丘の上に、人だかりがあった。


 幼い少年少女まで、町中の若者たち集まって取り囲むのは、丘の頂上の大切り株。

 そのなかに男が一人、立っていた。

 亜麻色の髪の青年アルムが、自慢げに胸を張っている。


「さあ、ご覧あれ」


 彼らが見上げるのは、アルムの掲げるその手の内。


「ここにお披露目しますは、本日発見いたしましたお宝でござい!」


 仰々しい口ぶりでその手を開けば、おぉと周囲からため息が漏れた。

 その手には、小さなペンダントが下げられている。


 星の十字をかたどった鈍く輝く金枠のなかには、透き通った十字の水晶。


「それが、宝か?」

「わぁ……きれい」

「そんな小さいものなのかよ!」


 そのお宝に様々なものが入り交じった視線が送られて、アルムは鼻高々。


 ペンダントは今も風に揺れ、陽の光を受け輝いている。

 何より、その金枠のどこかにぶい輝きときたら。

 青年たちはただただ羨みやっかみをあげ、少女らは黄色い歓声をかけている。


「で。それがお宝だってのかい」


 金の髪の青年が、意地悪げに口を歪めていた。

 その言葉に、周囲の少年たちもはっと気づいたように、互いの顔を見合わせた。


「たしかに、お宝だ」

「俺はたしかに、きょうの宝探しに参加した。だが、あんたが宝を見つけた瞬間は見てはいないんだがな?」




 それは昼過ぎまでに(さかのぼ)る。

 みなを引き連れてたアルムは、昨日悪党どもと同じように光の道筋をたどってみせたのだ。


 そして、同じように剣突き立つ草原へと行き着く。

 大挙として群がった彼らに剣の石碑のことが驚きをもって迎えられるなか、()()()()()()()()()()と、白騎士は走っていったのだ。


 そして若者たちが立ち止まった白騎士にようやく追い付けば、その足元で『見つけたぞ』とアルムが言う。


 領地の境界線であることを示す立て看板の足元に埋まっていたというお宝こそ、その十字星のペンダント。


 驚き、拍子抜け。様々な感情が青年たちに渦を巻く。それはこのお披露目会の中でも、変わらない。

 それどころか参加できなかったものたちの中にも”伝染”し、いっそう濃度を増している。


 ──どうなんだ?

 ──まさか、口だけなのでは。それらしいものを用意しただけなのでは。


 参加したが成果を疑うもの、家庭の事情に捕まり参加を逃したもの。

 一部の疑わしげな眼差しにも、アルムは怯むことはない。

 ただ、不敵に笑っていた。

 ”認めろ”と、命ずることも領主なら叶うだろう。だがアルムはそのようなことは好まない。


「当然、本物だとも」

「じゃあ、証拠を見せてくれないか」

「いいだろう。未参加の人に案内もできる。説明もできる。だが、それじゃあ時間がかかってしょうがない」


 ──けれど、そこまで暇じゃあないだろう?


 問われて、顔はみな苦い顔を浮かべている。忙しい中『宝探し』だからここにいられるのだ。

 終わればその分忙しくなるだろう。

 渋い顔の彼らをよそに、アルムはペンダントを握るその手を高く、高く掲げた。


「──では、もっとも単純で明快な答えをお見せしようじゃあないか!」



 ──あいつ……あそこまで興奮するやつだったか?


 いつになく、高揚したその表情に、周囲も驚きを見せる。

 だがそれ以上に、期待が満ちていた。彼ですら”ああなる”のだ。では、このお宝は。


 そして、ペンダントが輝いた次の瞬間。


 まばゆい閃光が巻き起こり、青年たちはおもわず目を閉じた。


「……な、なんだったんだ」


 閃光は、すぐに収まった。

 けれども瞼を貫きそうなほどの光に戸惑って周囲を見回し──


「──え」


 呆然と、その姿を見上げた。

 ほかの少年少女たちもその存在に気づいて、声をあげている。


 白騎士だ。いつのまにか丘の上に現れた白騎士が、膝をついて彼らを見下ろしていた。


 わずかに影のかかったその全貌も見えぬ顔が、えも知れぬ威圧感を見せている。


 いつ現れたのだろう。青年たちの思考は、それに埋まっていた。

 ──いや、いつかなんてわかっている。光に包まれた、その瞬間だ。


 その現象を、聞いたことがあった。


「──召喚……なのか」


 ”召喚”。

 重騎士が操縦者のもとへ、光とともに現れる。そんな馬鹿げた秘術。

 今の世にあっても解明されず、されど確かに存在する現代の神秘。


 重騎士の特異性をなお引き上げる極致の現象が、今目の前で行われたのだ。


 そして、召喚するために必須のもの。操縦者が呼び出しの笛として使うものこそ。


「お宝ってのは”鍵”なんだな」

「ああ、そうだ」


 ──いつのまに、騎士へと入っていたのだろう。

 その声に、アルムはにやりと笑う。

 白騎士の胸元から身を乗り出して、はっきりと頷いた。


「大冒険の末に、集めたヒントからこの”鍵”を見つけたんだ──ああ、まったく。大変だったよ」


 アルムは感慨深げに白騎士を見つめるばかり。


 そして、滑らかな足取りで白騎士を降り、再び丘へと降り立った。

 一同をはっきりと見つめて、口を開く。


「みんな、ありがとう。これで宝探しは成った。ぼくはヴィルム家をほんとうの意味で、ようやく継ぐことができた」


 じっと、静かに見つめる面々の顔を、一人一人眺めていく。


「皆に、感謝を。ぼくはこれからも一層の領地の、町の安定に、発展に務めていく! 至らぬことも多くあろう。けれど、それでもぼくは、皆を助ける!──よろしく、お願いする」


 そしてアルムは、深く一礼する。


 丘には、ただ風が吹くだけ。

 視線を感じながらも頭を下げ続けていたアルムだが、その耳に次第に違う音が混ざり始めた。


 拍手だ誰かが手を打ち鳴らし、それは彼らの中に広がっていく。

 やがて大きな拍手へとうねり上がって、丘に響いていく。

 そのなか、でアルムがゆっくり顔をあげれば、ひときわ大きくなった拍手が歓声とともに贈られた。



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