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貧乏探偵 ロボを駆る─テン・コマンド・ノックス!─   作者: 我武者羅
8.探偵は読者に明かしていない手がかりによって事件を解決してはならない
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12.”導”を求めん

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「──じゃあお嬢さん、ご協力感謝します」

「ええ、良かったです」


 草原のなか、警官が立ち去りその姿が見えなくなって、ユリエルはようやくといったように息を吐いた。

 ぐっと背伸びをして体をほぐせば、その顔も緩んでいく。


「なんだって警官のお話ってどうも息が詰まるんでしょうね。あの人の気の抜けかたでもこうですよ」

「そう話しているのかもしれんな? 望むか望まざるかは知らずともね。気にしないのが一番なんだが」

「職業病というのですかね」


 なにかしら切っ掛け等を話から掴むのは探偵でも警察でもよくやることだ。

 とはいえ、相手を威圧させてしまうようでは、情報をつかみようがないもの。


 ユリエルも首をかしげている。


「ロックと話してるときはそうでもないんですけどねぇ……」

「さて、制服なのもあるかもしれんな」

「なるほど。それは一理ありそうです」

「もしくは後ろめたいことでもあるか、だが」


 そう言えば、彼女は心外とばかりに口を尖らせる。


「ちょっと、鍵をとってきてあげただけですよ?」

「……中で取り落として探してる間に、雑騎士は持っていかれてたな」

「ぐ!?」


 図星とばかりに彼女はうめき、目をそらす。


「いいじゃないですか! この騎士、要所だけを守る軽装甲の剣戟(けんげき)特化! とにかく剣を振ることばっかり考えて!」


 この草原に来てからというもの彼女がこの騎士に心奪われているのは明白。

 さりげなく近寄り観察しては眼を輝かせ、ロックの話を聞いてはため息を漏らす。


 その喜びようはまるで新しいおもちゃをもらった子供のようだが、こと彼女ならそれも納得がいくものだ。


 なにせ重騎士。それも改造品ときた。同じ品はまたとない一品もの。

 そうと聞けばはしゃぐのも、わからなくはない。


 操縦者が逮捕され、取り残された青騎士はいまも横たわって、陽射しのなか。

 周囲をうろつくユリエルのことなど気にしてないかのように、その手を天に向けている。


「あなたからこの騎士のことを聞くだけでも面白いんですから、雑騎士の方も聞いてみたいんですが……」

「すまんが、それは依頼人なんだな」

「でも今、いませんからねぇ……」


 依頼人─村長アルムの姿は、この草原にはいない。駆る白騎士も、当然。

 彼こそ今ふたたび森に潜っている。目的はやはり、宝探し。


「ロックは行かなくてよかったんです?」

「ま、ご希望もありましたからね」


 問われてロックは苦い顔。痛いところを突かれたとばかりに、ほほを掻く。


「ずいぶん張り切ってましたね、あの青年団」


 あぁ、と納得して、眉を潜める。一緒に向かったのは、あの金髪の青年たちの幾人か。

 馬に股がり、白騎士とともに飛び出していったのがつい先程のこと。


「まさしくその青年団がついてるからな。それに、この事後処理もしなきゃならん」

「仕方ないです。帰ってくるのを待ちましょう。騎士の点検もしないといけませんし──」


 青の騎士を見上げてユリエルが、ふっと静まり返った。

 キョロキョロと周囲を見やったかと思うと、その眼差しは一点の森に注がれる。


「噂をすればってのですかね」


 やがて、遠く鈍い足音が、木々のざわめきが聞こえてくる。

 飛び立つ鳥のなか、森を割くようにして、白騎士が、現れた。


「ようやくお帰りだ。戦果は──なし、かな?」


 騎士から降りるアルムと、供の馬に乗る若者たち。彼らの一様に暗い表情に、ロックは呟いた。





「なにも、無かった」

「はあ」

「必死に走って目を凝らして、間違えたのかと逆戻りして……」


 草原のなか、散らばった装甲の欠片を机にして、アルムは突っ伏した。

 歪な装甲に石を噛ませて無理矢理に机へと仕立てあげただけの即席の代物。

 平坦というにはたわみ、不安定極まりなく、梨地の塗面は肌触りも悪いと不評。

 しかしアルムはその冷たさは気に入ったようで、慰めるように身を寄せる。


「なんにも見つからなかったんだよなぁ……」


 ようやくといったように起き上がって肘をつくのだが、漏れる吐息は非常に重い。


「聞いてくれる? お嬢さん。光が示す方に行ってみたんだよ」


 悪党たちを倒し、彼らを拘束を終えて、再び騎士で光の方へと向かったアルムたち。

 その方に行けば何かしら見つかるのでは、という期待は確かにあった。だが結果は空振り。

 領地の端まで行き着いてもなにもなく、見事に裏切られた形となった。


 艱難辛苦(かんなんしんく)を乗り越えたというのに、その期待との落差を思えば、その心中察するに余りある。


「本当になにも無かったんですか?」

「あったともあったとも。何の変哲もない森と山と岩と草と……」

「それ、何もないってことですよね……」


 首を傾げるユリエルに、アルムもはっきり頷いた。


「砦で騎士に差し込んだ光を進むんだ。同じように先にいけば、何かしらあると思ったんだがな」


 ぼやくアルムに、周囲で青年たちも同意していた。

 ロックもまた、それもひとつと首肯する。


「あの騎士のように、仕掛けでなにか見えていてもいいかもしれんな」

「確認しておきたかったんだ。『今でもまだ見えるかもしれない』そう考えてな」


 だから、アルムは騎士で走った。


「”あんなの”がわざわざ仕掛けてあったんだ。他にもなにかあるかもしれないだろ?」


 それは騎士の、砦のあの光。

 とはいえアルムの自信たっぷりの笑みも萎え、肩を落とす。


「まあ見つからなかったんですけどね……」


 馬にまたがり同道した青年たちも、口々に同じように言う。

 彼らの低い視点からも、そのようなものは何一つ見つかっていないのだ。


 その辺りになにか─それこそ”砦”のようなものがあるでもない。

 手がかりもなく、当てもない議論ばかりが紛糾する。


「なあ探偵。あんたならどう見るよ」


 アルムから話を振られて、ロックは肩をすくめた。


「さあて、まだ何が正解かもわからんが──時間が問題かもしれん」

「ほう?」


 ぽつりとロックが呟けば、一同の視線が集う。


「どういうことだい?」

「いやまあ、ひとつの仮説なんだが……ひとつ確認しておきたいのは、砦に作られた天井は正確なのか?」

「間違いないよ。砦の内装をいじったときの解析図がそっくり残ってたから、あそこから線を引いた」


 青年のなかの一人、大工の子の言葉に、ロックは納得するように頷いた。


「砦の天窓から入る日差しが、ヴィルム家当主の席に座った白騎士に入って、道を示す。それでいいな」


 その確認に、アルムも頷いた。


「──《あるべきところに、光を》歌のまさしく歌の通りだ」

「騎士が光に照らされる時間は駐騎場の天窓次第なら、次の導もその通りなのかもしれん」

「光が窓に入り込む時間はある程度限られている。ぼくはなにも見つけらなかったが、それも時間、か」


 然り、とロックは首肯する。


「歌の次は《それは共にあるべきもの》。別の何かしらが道を示す仕掛けがどこかにあるかも知れん」

「なるほど、これでまた一歩、か!」

「あくまで、導がそこにあっても見つからないなら、というだけだ」


 ロックは念押しするが、アルムはそれで十分とばかりに笑みを浮かべている。


「とはいえこれも、案のひとつに過ぎない。様々な可能性を考えなきゃあな」

「とはいえ一歩進んだのは違いないさ! ──明日も晴れれば、行けるかね?」


 ロックは肩を竦めるだけだった。



 ──明日に、もう一度。


 彼らは至った結論に一同揃って頷いた。


「これで決まりだ。明日を待つ。一同解散、町に帰って家業を行うぞ!」


 やはり、アルムは町長なのだろう。

 命を下す彼の姿は、堂々たるもの。

 迷いのない指示に青年たちははっきりと応じた。


 そのときの顔は、誰もどこか嬉しそうだった。





 帰り道の支度の最中、若者の誰かが愚痴をこぼした。


「──あぁ、畜生、あいつらが邪魔をしなければなぁ」


 なんとなしにぼやいたであろう、その言葉。聞こえたものはみんなが賛同する。


 気づけば、一同口々に不満を吐き出していた。

 得るものなしのあの騒動。あれがなければ今日この日で終わったかもしれないのだ。


 ある意味楽観的な話だが、今の今まで詰まっていたのが一気に進んでいたのも事実。

 二段三段と飛ばしてさらに行けたと思ってしまうのもおかしくはない。


 彼らの乱暴に人質にされたものもいて、それは不満も積もるもの。 

 だが、とうに彼らは警官の手の内だ。

 視線は次第に、残されたものに集まっていく。


 今も沈黙する、青の騎士だ。


 アルムもまた同じように騎士を見上げて、息を吐く。

 口々に称えているが、それは違うと言いたいもの。

 とはいえ肝心の恩人が他言無用と言うのだから、言うに言えない。


「騎士なんて出されちゃあ、おれらじゃやれねぇって。町長はよくやったよ」

「そう言うなっての。ぼくは生きてるだけ御の字なくらいの窮地だったんだ」


 讃えられ、アルムは苦笑を隠さない。


「あんなのと、やりあったんだろ。砦はグシャグシャだしな、あいつらがどれだけひどいってものか」

「あぁ、まったく素晴らしいものだ。さすがは依頼主だ、町長だ。騎士の扱いもお手のもの!」


 砦と天井の顛末を知る一部の者は気まずそうに目をそらしたが、ロックはおくびにも出さない。

 さらにやんややんやと褒め称え、周囲も乗って拍手が巻き起こり。アルムもその奔流に飲み込まれた。



 調子のいいことを、とわずかなりともアルムは不満に思う。

 ──秘密にしても、犯人の証言から辿れそうなものだがね。

 とはいえ当の本人が問題ない、とするならば良いのだろうと納得した。



 拍手のなか、アルムは腕をあげて応じる。


 今は彼の分まで、その賛辞を浴びるのだ。その分は、後で叩きつけてやればいい。そう思ってのこと。


「とはいえ……なあ。この有り様じゃあ素直に喜べない」


 けれども、いざ自分の分となれば複雑なもの。

 己の騎士を見上げれば、その気分も沈んでいく。

 白の装甲は歪み、へこんで傷だらけ。動けば裂けるような異音が耳をつく。

 思い返せば劣勢ばかり。勝利の勲章と言えど、反省ばかりがアルムのなかに浮かんでくる。


「……せっかく関節を交換したばっかだってのになぁ」

「でも問題はありませんよ」


 アルムの浮かべる悲痛な表情を、ユリエルがあっさりと否定した。

 意外とばかりに目を向ければ、ユリエルははっきりと頷いた。


「色々な事情はわかりますが、よくやりましたね、アルムさん」


 まっすぐな眼差しで、彼女は言う。


「今回やられたのは装甲ばかりです。中身も歪んで干渉する分を直せば異音も収まるでしょう」

「そうなのか」

「肩はしっかり直さなくてはいけませんが……でも、これだけで済んだのはあなたの腕ですよ」

「そうか。それは……よかった」


 アルムは、ただその一言を発するだけ。

 それでもどれ程に安堵したか、その緩んだほほを見ればよくわかる。


「それに、どれだけの戦いだったのか、この草原を見てればよくわかりますよ。ひどい有り様じゃないですか」


 そう、ユリエルは腕を広げて見せた。


 草原はそこら中で抉られて土がむき出し。土や草の山ができたり、窪地となっていたり。


 騎士が四騎も好きに駆け、思うように暴れていたのだ。

 一面の緑はもはや見る影もない。


 その光景にはおっとり刀で駆けつけた青年や警官も唖然(あぜん)としたもの。

 アルムも懐かしさすら覚えてため息を漏らすと隣からもまたひとつ。


「これだけ戦ってよくもまあ、あれで済みましたね」


 ユリエルは肩を落とし、明らかに落胆の面持ちであった。

 

「これじゃあ、色々漁ろうとしてたのはパァですよね……」

「そんなこと考えていたのか」


 何事かと彼女の顔を覗き込んだロックも、意外そうに目を見開く。


「ロックだってよくやっているじゃないですか。こうそういった破片やらを集めてヒントを得るっての」

「確かにそうだが……二年も残ってくれてるかね」

「騎士の装甲は割りと頑丈ですから、まあ。とはいえ期待半分でしたから。その半分も塵と消えましたが」


 一面を耕したのは騎士によるものだ。人の手ならまだしも騎士の質量と力では、むべなるかな。

 ロックもそのような苦労は何度も経験があるもの。思い返して、顔をしかめる。


「すまないな」

「いいんですよ。この剣は残ってくれました」


 振り仰げば、そこに見えるのは地に突き立つ剣だ。

 雑騎士に打たれてもなお、揺らぐことなくそこにある。


「アルムさんは助けられたって言うんだし、ほんとうに様様ねぇ」


 見上げた剣の趣は、ずいぶんと見違えていた。

 近くに寄ってはっきりと眼にしたこともあるのだろう。

 だが一番は、その身を覆っていた蔦やらがごっそりと剥がれ落ちていること。

 あの雑騎士が剣を当てたときに一緒に巻き込んで持っていったのだ。

 そのお陰で、剥き身のままの剣が一行の前に姿を見せてくれた。


 その刀身は、いまなお鈍く輝いている。


「ずいぶんときれいよねぇ……」


 ふらふらと吸い寄せられるように、ユリエルは剣に近寄っていく。

 相も変わらずの行為に、ロックは苦笑した。


「まったく、本当にきれいだよ」


 ロックもまた、頷いた。


 ロックの駆る重騎士ノックスはあの青の騎士にかかりきりであったのだ。

 アルムに助力に向かうことなど叶わず、何度窮地があったのかも、もはやわからない。

 それを救ったこの剣には、感謝せずにはいられない。


「おれも、助けられたな」

「本当ですよ。あなたの騎士は素晴らしいものを残してくれました」

「”あれ”はおれのじゃあ、ないんだがね」


 並び、見上げたアルムの言葉に、ロックは苦い顔。

 それでもアルムは「それは違う」と首を振る。


「今はあなたの騎士でしょうよ。あれほど十全に、巧みに操っていたんですから」


 まっすぐにロックを見つめた、その言葉。


「そうかい?」

「ええ」


 問い返しても、やはり目をそらすことはない。

 なにも言えず、ロックは再び剣を見上げた。

 なんとも言えない思いが、胸に沸き起こる。




 讃えられて、やはり嬉しくない訳ではない。それでも、複雑なもの。

 何度も戦い、改修補修を重ねてきたが、あれはやはり借り物なのだ。


 考えて、ふと気づく。


 ──そうも言われるのは、初めてだな


 《ノックス》も今は『謎の騎士』『マスクマン』なぞ呼ばれているが、所詮(しょせん)は覆面騎士。


 感謝も称賛もノックスに贈られているいが、さりとてロックがわざわざ望むものではない。

 それがこうもいざ面と向かって言われるとなると、むず痒くなるものだ。


 探偵稼業で何度も言われ慣れているはずなのに、どこか違う喜びがわいている。 


 目をそらすように見上げた先には、剣がある。二年前に《ノックス》が残していったという剣。

 その姿も、正体も誰も知らない重騎士だが、やはり操縦者はいたはずで。

 ──”あんた”は、どうだったのかね。


「……お褒めいただき、感謝するよ」


 剣を見つめたまま、どこか気恥ずかしくて、そっけなく答えた。


「あの騎士をそうも言ってくれるのなら、ユリエルも喜ぶだろうさ」

「やっぱり彼女が整備していましたか。いっそ全身整備(オーバーホール)も依頼しようかな……」

「あいつは喜びそうだ。ちゃんと料金は払ってもらいたいがね」

「そこはちゃんとしますとも」


 彼女のことはアルムもわかってきたらしい。

 それでもその認識が被るようだから、ロックもアルムと同じように、苦笑するしかない。


 それでも、アルムの言には驚いてしまった。


「宝が金だったりするなら、そこからぱあっと出してもいいかも知れませんね」

「良いのかい、せっかくのお宝だろう」

「さあて、どうだか。義務がほとんどですから。正直、お宝そのものはどうでもよかったんです」


 彼の一番の目的は、伝統だった。

 『ヴィルム家次期当主はお宝探しをする』ただそれだけ。それを、成すだけ。


 それも最近違うけど、とも彼は笑っているけれど。

 

「大体あの悪党たちも焦り過ぎです。お宝がなにかもわかっていないのに」

「何代も”残ってしまっている”のなら、現金化できない、難しいパターンかな?」

「それを見に行くんですから。ちょっと、ワクワクしてるんですよね」


 熱意は、そのまま。されど、その顔は期待にうち震えている。

 楽しみで、堪らないようで。


「想像しているときが、一番楽しんでいるのかもしれんな」

「それは……そうかもしれませんな!」


 アルムは不敵な笑みを静かに浮かべて、白騎士を仰ぐ。


「あぁ、明日の光が楽しみだ!」


 アルムもまた騎士に向かい、ロックはひとり風を浴びる。


 草原のなか立ち尽くして、空を見上げた。

 暗くなった空の向かい、茜色に染まる夕陽が、眩しく草原を照らしている。

 剣も、白の騎士も等しく光を浴びて、草原の端まで届くほどの、長い長い影法師を作っていた。


 そんな影を、先ほども見たものだ。

 あの悪党との戦いのなかで、突如放たれた閃光。

 あれは駆け引きやら集中やら、色んなものを引き裂いてくれた。


「あの時の光は、白騎士だったか」


 白騎士が兜から放った光が、すべてを照らしていた。

 ──あれもまた、光だったか。

 ──自分で光を出せるのか。


 重騎士は時たまとっぴな”仕掛け”を持っているものらしい。

 以前にやりあった重騎士は、鎖に繋がれた手を飛ばしてきて、それはもうノックスに痛打を与えたものだ。

 白の重騎士ホジスンは頭部から(おの)ずから光を放つ”仕掛け”があるようで。


 ──光、ねぇ。


 どうにも引っ掛かるものを感じて、考える。


「──ねぇ」


 ふっと、ロックの思考が浮上する。遠くから彼を呼ぶ声が聞こえてきた

 突き立つ剣の方から、ユリエルが手を振りながら走ってきている。

 スカートをたくし上げてまで走るその顔は、どこか焦っているかのよう。


「どうした、そんなに急いで」

「いやあ、あのちょっと見てもらいたいものが──剣の方に!」




「ほら、これよ」


 ユリエルの指し示した剣の根本。剣の添えられるように埋められた石に、なにやら文が彫られていた。


 ──『探し人へ。代わりの(しるべ)をここに置く』


 どこか荒々しい筆致で、そのように彫られていた。


「これは、なんだ」


 アルムもこれを目にして、ただ呆然と呟いた。驚きのあまりに、うち震えている。

 ロックやユリエルと、その岩を行き来するその眼差しは怪しむように揺れ動く。


「なにって……」

「次へのヒント……なのかしら、たぶん」

「これが、次に繋がるのか……?」


 据えられた岩は小さく、まるで石碑のよう。

 生い茂る草葉と土に埋もれて、こうも近づかなければ見えることはなかったであろう。


 彫られた文字も、そもそも工具かなにか、そこらにあるものでやったような手荒なもの。

 アルムが疑わしい目で見るのも、仕方がない。


「まあ、わざわざその文面で彫ってあるなら、一考も良いだろう。せっかくの手がかりなんだからな」


 ロックの言葉にアルムは納得したように頷いた。


 これもまたひとつの道筋になることに違いはない。

 とはいえ剣を見つめる眼差しは、どこか苦々しげだ。


「あの騎士め……この剣は、落とし物じゃなかったんだ。わざわざ置いていったんだ」

「だがこれが宝じゃないってことは、明らかだな」

「だよなあ。あの歌、光の次は《共にあるもの》。騎士が最初の鍵なら次は剣。一見ありそうだが、この剣ではな」

「この剣は二年前に立てられたんだからな」


 剣を眺めるアルムをよそに、ユリエルが、そっと石に工具を向けた。

 岩の根本、生い茂る草葉そっと工具でかき広げる。


「あぁ、これ。まだ前文ですよ。下に……ほら、こうも書いてますし」


 下の方、押し広げられた草葉が、隠された言葉を露にしていた。

 言葉が、続く。


 ──《再び、構えよ。光に求むるものはある》


 一読して、アルムは目を瞬かせる。


「《構えよ》。これはやっぱり《あるべきところ》……光が、ねぇ」

「それって、砦よね。次はこの剣……剣?」

「依頼人。以前この草原は森だったそうだが、ここに何かあったかい?」

「いいや、そんなものは全く覚えがない」


 アルムいわく、昔からこの辺りは遊び場としてよく使われていたらしい。

 それなりに伸びた木々と岩場が、周囲の山や森と比べてもなだらかでちょうど良いものだったそう。

 それでも特筆する場所はなかったはずと、彼は言う。


 まあロックが確かめようにも、二年前にすべて消しとんでしまったのだが。


「それらしいのがあるなら、粘って探すなりしてたさ。だがまったく思い当たらない」

「──ふむ、ありもしない」

「だからこうして手がかりにはすがるわけなんだから。さしあたって、光のことを考えましょうや」


 肩を竦めて、アルムは石碑を見つめていた。


 ロックも視線を同じくしながら、思考する。


──また、光だ。光をどうするっていうのかねぇ。


 剣を見上げて、ロックは思う。


──《光のなか》。ここでの光って白騎士の光で、砦の光……


 思考する。思考する。思考する。

 脳裏にめぐるのは、数日のこと。紡がれる歌、砦の仕掛け、白騎士。まばゆい閃光。

 様々のなことが、浮かんでは、消えていく。


 はっと、ロックは面をあげた。


「──ありもしない。光に、ある」


 砦から行った先にも、この森にも、なにもありはしなかった。

 それでも、光にはある。


 ポツリと呟いたかと思うと、頭をかきむしった。


「ありも、しないか──ああぁッ!」


 ロックは叫び、頭を掻く。整えた髪が荒れることなど気にもせず、両手で一気に掻き散らす


 二人があっけに見つめるなか、一人愚痴た。


「──変にぐちゃぐちゃと考えすぎたかな」

「はい? どういうことですか」

「”あいつら”は砦で光を取り込むことを考えていたな」

「砦に専用の場所があるんだから、そこじゃないのか。光が差す場所なんてそこくらいだろ」


 念を押すとばかりの今までの確認に、アルムも怪訝な顔を浮かべている。


「道なんて見つかったものだから、先に先にと続くものだと考えてしまった」


 それも、ロックの次の言葉で、彼方へと消えていったのだが。


「あれはあるべきところ──()()さまがいるべき場所って、どこだろうな?」

「そんなの、自分の領地に、自分の町。自分の──」


 ふっと、アルムの言葉が途切れた。己の顎に手を添えて、俯き黙る。


 信じられないように見開いた眼を瞬かせて、しばし。アルムはそっと背後を振り仰ぐ。

 じっと、見つめるのは──


「──()()()()()

「《あるべきところに構えよ、光のなかに示される》だったか」


 ロックもまた、その姿を見上げる。

 ああ、そうだろうと、アルムの口が開かれた。


《──己があるべき所に構えよ。それは光のなかに示される》


《それは共にあるべきもの》


《それはすべてを映すもの。それは純粋なるもの》


《遠く臨むこと限りなく。輝くこと果ては無く。濁ること底はなし》


 歌を紡ぎながらも、アルムは心あらずといったよう。


「この歌は宝探しの何を示している?」

「それ、は………」

「なあ、依頼人」


 そっと、ロックは呼び掛ける。戸惑っていたアルムもはっと気づいたようなのを確かめて、聞いた。


「あいつの”眼”も、”光”だったな。自分で光を出していた」

「あ、ああ──いや、おい、待ってくれ。それは──まさか」

「ちょっと、頼みたい」


 じっと、ロックの鋭い眼差しが、まっすぐアルムをとらえていた。


「あいつの仮面を、開けさせてもらえませんかね」


 戸惑っていたアルムは、訳もわからず曖昧に頷いた。

 ロックはそれを見るなり、間髪入れずに檄を飛ばす。


「──よし、ユリエル!」

「はい! わかっていますとも!」


 答える彼女のその細い手には、しっかりと握られた道具箱。

 その小さな口は、はしたなさなどは構うものかとばかりの、獰猛(どうもう)な笑み。

 その眼は刃物か猛禽(もうきん)かと見まがうばかりに、目前の巨人に狙いを定めていた。




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