11.ここは”戦場”となった/再び騎士は立ち上がる
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ほんの少しだけ、時を遡る。
ここは、あの古戦場。双子騎士の争いがあった、大草原。
轟音をあげて森から飛び出してきた白の重騎士は、一変する光景に足を止めた。
緑に濡れた澄んだ空気、風にそよぐ草原の音が、ロックを出迎える。
「よし、下ろしてくれ」
「岩場にかい?」
「足元で構わない」
そう言って、岩山の方へ向かおうとするのを、ロックはそっと手で差し止める。
いぶかしむように、アルムはその顔を見た。
「なにかあるっていってたが、手はあるのかい?」
「それなら、このままでいいさ」
「は。何を──」
そして、ロックは懐から取り出したパイプを、自分らの来た道へと、差し向けた。
向こうからは音が響く。悪党の騎士が、迫ってくる。
それでもロックは悠々とパイプを掲げて、口を開いたのだ。
「『─さぁ始めよう』」
ロックは、呪文を唱えるのを聞いて、アルムは首をかしげた。
だが一節一節と唱える度に光が強まり、光のつぼみが膨らんでいく。
その光景に、アルムの記憶のどこかに引っ掛かるものがあった。
──あぁ、そうだ。それはたしか幼い頃のこと。
──普段やらない”それ”を、特別に見せてくれたことがあった。
──光の中から、瞬く間に呼び出した。
「──おい、探偵! それはまさか鍵なのか!?」
そして、光が溢れた。
●
アルムは窮地にあることも忘れて、呆然とその姿を見つめていた。
五体満足の姿、それこそ重騎士。だがしかし、あの美麗な兜と胴鎧の姿は、まさしくあのかつての騎士に違いない。
──あぁ、間違いない。
──二年前の、あの騎士だ。
──再び、この地に降り立った……!
青の重騎士はいきなり弾き飛ばされた親玉にか、相手である重騎士の姿にか、唖然と立ち尽くす。
敵はひとりが転び、自身は棒立ち。どちらにも明らかな隙だというのにアルムは動けなかった。
信じられないようにまじまじと、黒白の重騎士の姿を見つめている。
「おい、おい、おい……」
ようやく絞った声も形にはならない。どこか掠れ、震えている。
──探偵は、余裕があればどうにかできると言っていた。
だから草原に来るなり降りる求めにも、応じた。
その手だてが、これか。
閃光の中から現れた黒白二色の騎士。その姿は見覚えがある。色は違えど、間違いない。
「……なあ、探偵さんよ、あんた、それ……やっぱりあの、騎士だよな」
『見間違いじゃないだろうよ。そこいらを確かめるために、来たんだから』
騎士の柔げな翠の眼差しに見つめられ、アルムは思わず息を吐く。
あの眼差しは、不思議とどこか心が安らぐ。
「あんたが乗ってたんじゃないのかい?」
『あいにくこいつを相方にしたのは、ここ半年程度の事でな。細かいことはまだ知らんのだよ』
「そう……かい、そういうことなのかい」
──だから、ここに来た。
探偵の言葉に、アルムは納得がいった。
相手の重騎士は、やおら起き上がっていた。
思わずといったように支えようとする雑騎士をはねのけて、ノックスを一心に睨み付ける。
応じるようにノックスもその前に立ちはだかり、相手を見据えた。
『俺は重騎士をやる。あの手合いとは慣れているんでな。あとは任せた』
「重騎士とやりあうのに慣れるってのはどうなんだい。 こっちは普段どおりでいいのはありがたいんだが」
『油断はしないでくれ。あなたの実力はなかなかだが、前にみたのは錆びだらけのジャンク品なんでな。不安にもなる』
「そうかい、そうかい」
心配する彼の声に、アルムは笑う。口を押さえても、声を漏らしてしまいそうだった。
「なら、倒しちゃうぞ。いいんだな?」
つい、そんな事を言ってしまう。
あまり無茶はしたくない。だけど、そんなことも関係ないかのように心は高揚していた。
ノックスもまたその巨体をわずかに揺らす。驚き、吹き出したかのようで。
『自衛で済ませていいんだけどね……なら、任せた』
「よしきたッ!」
共に並び立つ騎士は、それぞれの相手へ駆け出した。
●
「──なんだ?」
広がる山のなかのどこかの村。
麓に広がる宿場町。
山あいの、領主のお膝元の町。
山岳一帯の誰もがその時、ふっと空を見あげた。
何か、音が聞こえてくるのだ。
にわかな地響きと激しい剣閃の音が、山々の遠くまで響き渡っていた。
その源は、山中にぽっかりと空いた、草原のなか。
湖のように広がる緑の中を鉄の巨人──騎士が駆け回る。
その数、四。
剣や拳。その鉄の装甲がぶつかり合ってはしのぎを削る、一進一退の攻防だ。
騎士が火花を散らし、装甲を削る迫力ある光景など、都の騎士拳闘でもなければ目にすることはないだろう。
特に激しく動くのは重騎士。
うち三騎が重騎士なのだから、見るものがあれば驚くに違いない。
なかでも目立つのは、重騎士同士でぶつかり合う二騎だろう。
大迎な剣を振るう青と、それに己が体を駆使して立ち向かう、白黒だ。
白と黒の重騎士の銘こそ《ノックス》。
人知れず探偵ロックの愛騎として活躍する騎士だ。
迫る相手の騎士剣をかわし、いなし、その隙間から確実に攻撃を加えていく。
剣を弾いて、手甲を、膝をその体に叩き込む。
そう派手ではない、堅実な動きで確実に攻撃を重ねていく。
相手の重騎士も、手練れであるのだろう。剣さばきもまた巧みである。
隙の大きい大振りは、確実であるときだけ。それも、非常に鋭い一撃だ。
受けてしまえばノックスがいなそうともダメージは避けられない。
ノックスは間一髪でかわすものの、掠める刃はその装甲に確実に傷を作っている。
だが、それだけ。
人でいうなら、服を切られた程度のこと。稼働に支障はまったくない。
「参ったなぁ、こいつは、なかなかのものだ」
ノックスの胸元、操縦席で駆るロックは、ただひたすらに感心しきっていた。
それは自身の─ノックスのこと。
ノックスを再び改修した現状、その動きはさらに淀みないものとなり、まるで己の体のようである。
絞られた手足は以前よりも動かしやすく、思うがままに操作ができる。
その動かしやすさとやりにくさは、初めてノックスに乗った時を思い出す。
この振り回される感覚は久方ぶりだ。
その滑りのよさには、思わず口許を緩めてしまう。
「雑騎士に乗ったときが大変だな、これは!」
それでも、ノックスを動かす手は止まらない。どんどん動かせと、心の底から高ぶっている。
とはいえそんな事は、相手にはわかりようがない。
良い一撃を与えられずに、苛立ちを口にするばかりだ。
『チックショウ、ちょこまか動くんじゃねぇ、遊んでるのか!』
「たちの悪い冗談だ。いたって真面目に仕事をしているだけだ」
そう言いながら、ノックスはがら空きの脚を小突いて見せた。
その軽妙な動き、まるでウサギが跳ねているかのよう。
「はしゃいでいるのは、否定せんがな!」
『テメェッ!』
青の重騎士が腕を振るえば剣閃鋭く走り、地を穿つ。
ノックスは大きく下がって回避しなければ、ひしゃげるほどの一撃だった。
だが、当たらなければ意味がない。現に土ぼこりが高く広く舞い上がっただけ。
土煙が晴れる間もなく、青の騎士はさらに一歩踏み込んだ。
再び繰り出す大上段の斬撃は見事に土煙を引き裂いて、ノックスに迫る。
だが、それほどにはっきり見える剣閃だ。容易くノックスはかわし、その胸元に腕を伸ばして──
「──おや」
『捕まえた……!』
その手を、青の騎士が掴み取っていた。押しても引いてもびくともせず、ノックスの手を握って離さない。
その握力は剣を握るに相応しく、目を見張るもの。
そのまま騎士は、剣を持ち上げたかと思うと、切っ先を天に高く掲げた。
『さっさと──』
そして、またもや剣を振り下ろした。
『──往生せいやァッ!』
「──それはごめんだ!」
重力までも加えた大上段に、三度”土が抉られた”。
舞い上がる土塊に、男は舌打ち一つ。
手応えはほとんどなく、ノックスはすでに間合いから離れている。
剣が振るわれる瞬間、ノックスは手首を拘束で回転させることで掴む手を振り払った。
左手首はめちゃくちゃにクだ得ているが、拘束を逃れられたのだからこれでいい。
ノックスは晴れて自由の身。
男は歯軋りとともに、土煙のなか佇むノックスの姿を睨んだ。
それはは、ロックとて同じこと。
「こいつは、ひどいな」
ノックスが撫でるのは、自身の左肩。
関節シーリングをさらに覆うその装甲には、大きな切り傷が一筋ついていた。
いまの大上段、かわすのが一手だけ遅れてしまったのだ。
──いや、それほどに相手が早かった、か。
心のなかで自嘲する。
相手の剣閃は、それは見事なものであった。
分厚い装甲板をあっさり切り飛ばしたその剣、直接当たればどうなってしまうことか。
以前のノックスのままであったなら、三度目の大上段は避けられたかどうか怪しいもの。
肩口深くまでえぐられるか、腕を斬り飛ばされるのか。
腕どころか胴を断たれてもおかしくないほどであったのだ。
そんな恐ろしい光景を、たやすく想像できてしまう。それほどの鋭さが、相手の剣にある。
──最初から彼の剣は鋭かった。だが振るう度、避ける度に磨かれるように、鋭さを増していっている。
この肩傷もまた、そのひとつ。
だが同時に、高揚は止まらないのだ。
ノックスと共にあるがゆえの、高揚が。
「本当に、良い調整をしてくれる」
ノックスは、その恐ろしい想像を覆してくれた。ユリエルのいじった、このノックスが。
「この頑張りには、答えなきゃあいかんよな」
ロックが操縦捍を握り直せば、ノックスも応じるように構えをとる。
冷や汗はかいているというのに、ほくそ笑むことはやめられなかった。
『チョコまかと避けやがって。休憩か?』
苛立ち露に、青騎士もまた剣を構えた。
『来いよ、もっとやろうじゃないか』
「あんたもずいぶんと楽しんでいるようで。その口で、よく遊んでると言えたな」
つい口にしたその言葉は、掛け値なしの本音。
男は苛立ちのなかに、どこか嬉しそうにしていたのだ。
『こんなに騎士を動かして、剣を振るって静かにならないのは久しぶりでね。いかんのかい』
「それは良いが、宝は良いのかい。あんたたちはあの町長さまを追ってきたんろう」
ノックスが親指で背後を示しても、青の騎士は鼻で笑う。
『言い出した親玉はあやつよ。おれには関係ないからな』
「あんたも雇われかい?」
『ああ、全く不出来な雇い主だよ』
「こっちは、自慢できると思うな」
『羨ましいねぇ』
男は嘲るように笑って、ふたたび剣を構えた。
闘志が溢れているのが、ロックの目にもありありと写る。
「やっぱり、やる気かい。そんなに暴れたいなら警察にでも入れば良いものを。騎士拳闘でもよかったかもな」
『それで収まったら、ここにはいないさ』
言葉は、それまで。
じっとノックスも腕を構える。どちらが動くのか、推し量っていた。
先に動いたのは青の騎士の方。
騎士は思わずといったようにその手で顔を覆うと、剣を振るって地面をえぐり、土を高く広く舞いあげる。
「──なに?」
なぜそのようなことをする。目眩ましか?
一見して訳のわからないその行動に、思わずロックは考える。
警戒と思考を繰り広げる間にも土煙が騎士の姿を包み、覆い隠す。
そして、土煙にその大きな影が浮かび上がった。
「──いや、こいつは……ノックスか!?」
違う。これは己だ。ノックスの影だ。
ノックスの足元から伸びた黒々とした影が高く、高く伸びて、土の幕にもその身を写している。
──背後から光だと!?
低く強烈な光が、背後にあるのだ。
青の騎士が土を巻き上げて目隠しをしたのも、その光から己を守るため。
──だが、なぜそんなものがある。
「あちらのほう──アルムがなにかしたってのかい?」
それしか、思い当たるものはない。
宝の仕掛けでもあったのだろうか。光が弱まり、ノックスの影が薄まるなか、思う。
だがそれ以上を考える暇はなかった。
土煙が揺らいだかと思うと、ノックスの影から騎士が飛び出してくる。
『シッ──!』
剣を肩ほどに構えて刺突の体勢。
土煙をたなびかせるその身は、矢であるかのように疾く、鋭く、遠く伸びて、ノックスへと迫る。
その切っ先が狙うのは心。胸元の操縦席ただ一点。
やや高めに放たれたその一閃を、ノックスは”頭上に置き去りにした”。
倒れこんだと見紛うほどの前傾だ。男がそうと気づいたときには、ノックスはすでに胸元に肉薄。
『また、近づく──』
性懲りもなく伸ばす腕を、青の騎士は空いた左手で掴みとる。
──これで、動きは止まるはず。
いや、それではノックスは止まらない。ノックスはそのまま体全身でぶつかってくる。
そしてミトンのような二指が重騎士の両肩をしっかりと捕らえた時には、重心を置く足を払いきっていた。
そのような細かいことなど男は知ることもなく、わかったのは騎士が背中から倒れていくことだけ。
わずかな浮遊感と、背中から突き抜ける落着の衝撃が体を突き抜けて、男の意識は薄れゆく。
霞む視界に写るのは、覚めるような一面の青空。
そのなかで伸びた青の騎士の手から、剣がこぼれ落ちていった。
●
「ちっくしょうめ、いっそ一気に来いってんだ!」
白の重騎士《ホジスン》のなかで、アルムは毒づいた。
アルムとて、悪漢騎士退治は慣れたもの。
暴れ雑騎士は意外と現れる。その対処に腕利きの農民らだけでなく、領主が出ることも多いのだ。
目の前の雑騎士も、いつものように対処していた。
立ち向かう相手はあの一味の親玉。奴が駆るのはただの雑騎士。
そこらにはびこるただの作業用。いたって取り柄のないものだ。
唯一、剣を持っていることだけが違った。
板のような広い指を目一杯使って握るその姿は、微笑ましさすら感じるもの。
雑騎士が武器を使うことは、ままある。
とはいえ戦闘の最中に精密な動きは期待できないから、棍棒や槌といった鈍器を使うのが一般的だ。
なにせ剣を十全に使うには「刃を立てる」という緻密な動作が必要になる。
普通の人でも難しい所作だ。重騎士ならともかく、雑騎士となると厳しいもの。
だが、この親玉の剣さばきはどうだ。なかなか堂に入っている。
雑騎士故に、その剣筋はむやみに振るってるかのような大雑把。
だがその実、アルムが踏み込む隙をほとんど見せていないのだ。
剣を振るって白騎士の拳を遮り、不意に踏み込んでは危ない攻撃を見舞ってくる。
何度か当てられた傷を見るに、”刃が立っていない”のが幸いなこと。
けれども”当たれば痛い”のは確かである。
大きい一撃をもらえば、あるいは。
そう思ってしまうほどには、この雑騎士は脅威であった。
決定打が出せない。剣を持っているだけだというのに、アルムは攻めあぐねていた。
『そら逃げてばかり、重騎士だってのにそれで良いのか! 宝も騎士も俺さまの方がピッタリじゃないか?』
「言いたい放題してなぁ……」
アルムの懸念は、もうひとつ。この男、なかなかにしつこい。
浴びせてくる言葉はいくらかあれど、統括すれば『騎士を寄越せ』の一点張りだ。
「しつこいな、そんなに宝が欲しいのか」
『あったり前よぉ! どんだけ長い家か知らねぇが、うん十年かうん百年でどれだけたんまり溜め込んだよ!』
「知らんと言っているだろう!」
いくら言おうが、親玉は聞く耳持たず。
居丈高、鼻持ちならぬ不遜な態度で言い放つ。
『ならばよし! この俺様がもらってやろうぞ!』
「代々伝わるものをよその輩にくれてたまるか。第一、何の権利がお前にある」
『テメェが手にいれてないからさ! 名前、家名、血統、騎士。テメェの手札は十二分よ! 役は最高だってのにこれだけ揃えて結果はそれか!?』
いくら剣を交えようが、親玉は魂胆曲げず。
振り回す剣は変わらず、白騎士は押されるあまり、膝をつく。
『膝を汚して手も出せず、怯え怯んだ姿をさらして、何が”騎士”よ! さっさとそこから”降りる”んだな!』
「べらべら喋って、満足か」
やかましいまでの文句に、アルムはポツリと呟いた。
──あぁ、うるさい。耳障り。思い上がったことを好き勝手言ってくれる。
「ぼくのことを貶すなら、好きなだけやれ。それだけの情けないことはやったからな」
スッと、一呼吸。
「だが、家も、”こいつ”も、ああだこうだと言いやがるんだ──容赦はしないぞ!」
『やってみやがれよぉ!』
白騎士は立ち上がり、雑騎士へと再び躍りかかった。
──とはいえ、手だてがなぁ
内心で、アルムはぼやく。
威勢よく飛び出したはいいが、まともに手出しできていないのもまた事実。
膠着はいまだに続いているのだ。
雑騎士との距離を測り、盛んに動き回っては隙を窺う。
だがいざ踏み込んでも、その足を剣が止め、切っ先がアルムへと襲いかかる。
「近づきたいんだが、な!」
間一髪かわしながらも、アルムは歯噛みする。
白騎士は無手。その手が相手に届かなければやりようがない。
『そうら、どうしたぁ!』
大きく、されど鋭い剣撃が白騎士に迫る。
「──くっそう!」
転げるかのように必死にかわした、その時だった。
甲高い音が、草原に響き渡った。
アルムは剣を当てられたかと思ったが、そんな衝撃はどこにもない。
不思議に思って見ると、雑騎士の振るった剣が何かに引っ掛かり、騎士のまさしく目前で止まっていた。
『何!?』
「こいつは──」
そこには、地面に突き立つ剣が一つ。
親玉は知らない。それが二年前の戦いで残されたものだと。
地に落ちただけだというのに、当てられても剣は微塵も揺るがない。
ただ、絡み付く蔦が散っていくだけだ。
雑騎士が剣を弾かれて、たたらを踏む。
『ちっくしょうめが!』
そのがら空きの体にアルムは一心に飛び込んだ。
「───ぃぃやあッ!」
一歩、二歩と踏み込み、勢いよく体当たり。
勢い余ってもつれるなか、甲高い音が鼓膜を揺らす。弾かれるような衝撃がアルムの体を突き抜ける。
それでも操縦桿は手放さない。いくらか動かせば、白騎士は見事その二足で立った。
──白騎士は、まだ元気に動く。
雑騎士は、被害が大きい。正面の装甲は歪み、あちこちの関節からきしむ音を立てている。
だがそれでも倒れず、踏みとどまった。
白騎士は重装型だが、その体当たりでも耐えるとは。アルムはその腕に驚きを隠せない。
ならばと、白騎士が目をつけたのは、その首元。
雑騎士に”首”はなく、代わりにあるのはガラス張りの操縦席。そこへと手を伸ばす。
──操縦者を直接掴みとる!
ガラスは柔いもの。いまの一撃でもひび割れ砕け、吹きさらし。
風の舞い込むなか、あの親玉は衝撃に朦朧としている。抵抗しようにも遅れは確実。
今のうちならば。
加減をしながらも手を伸ばし、操縦席の外枠にその五指が確かに触れる。
枠を押し退けるために広げた指の隙間から、こちらを睨む鋭い眼差しがはっきりと見えた。
白騎士を貫く衝撃が走ったのは、その瞬間であった。
「うっ──」
アルムが、呻く。体を大きく揺さぶられ、背もたれに頭を打つ。
それでも、漏れでる悲鳴は歯を食い縛り耐えた。
見れば、白騎士の肩口に剣が突き刺さっていた。
親玉が振り上げていた剣が、手首を返して突き入れられている。
いまも、剣の切っ先は動かされ、肩傷を押し広げている。
息も切らしながらも、嘲笑う声が聞こえてきた。
『危なかったが、これで問題ないな』
「腕は、動かないか」
操縦席に手を添えたまま、白騎士の右腕は固まっていた。
雑騎士が煩わしいように引き剥がそうとし、ならばと白騎士も残された左手で掴みかかる。
互いに取っ組み合う姿勢となって、押しに押されて、拮抗する。
ギリギリと関節の軋む音がやかましく響くなか、親玉は笑っていた。
『首なしと力比べで勝てないんじゃあ、ほんとにお前さんは何もできないんだな』
「なに?」
──ただの挑発だ。
だというのに、問い返してしまう。
『村のやつから騎士でほっつき回るボンクラて聞いてな。それが、俺なんかにも勝てないんだろぉ!?」
なんてひどいやつなんだ。親玉はそう、ケラケラわらう。
雑騎士が、おかしいように揺れ動く。擦れる金属音が、耳を突く。
『そんなんじゃあ、お宝は無理だろう、さっさと俺らに道を寄越すんだな!』
「それは、できない。ぼくのやることだ」
『なら、さっさとやってみろよ。どうせできないんだがな!』
嘲りながら、男は睨む。
『あの首を頼りにするかい? まあは無理みたいだがな! 助けられてばっかのお前はここで終わりよ!』
「そうか……そうか。助けられて、か」
その醜悪な笑みに、アルムは思わず息を呑む。
「──ははっ、ははは!」
そして──笑った。吹き出して、こみあげる笑いをこらえられなくなった。
ただひたすらに天を見上げて笑った。腹を抱えるように笑った。
唖然としている男の顔がおかしくて、笑った。
『な……なんだ、なんだよお前』
「いや失敬、人の顔を見て笑ってしまうとは。だが──」
またもこぼれた笑いに、男が顔を歪めている。
それが、いっそう愉快だった。
重騎士は、家の誇り。だというのに、それが少しだけ恨めしかった。
雑騎士なら、操縦席はガラス張り。こうも笑っている姿を見せつけられたというのに。
この笑顔を見せつけられれば、どれだけよかったことか。
「それが、どうした」
『──な』
「ぼくは、助けてもらってばっかりだ。それを呑み込むのもまた、結局町長として必要なんだろうさ!」
それは、掛け値のない本音だ。やれることは自分でと言いながらも、いろんなものに助けられていた。
町人たちにも、探偵たちにも。若者たちにも。
「そんなこともできなかったから、こうも回り道をした。そして助けられたからようやくここにいる! 」
──親父だって、そうやっていた。
「その程度気にしてどうするってんだ!」
白騎士が、唸りをあげた。軋む音が大きくなり、雑騎士は後ずさる。
『なに!?』
「だから、さ。その分はやってやるんだ──」
思うがまま、叫ぶ。
「──お前なんぞにかかずらってる暇はない!」
そう叫んだ、その時のこと。
「忠告してやる。眼ェ閉じてろ!」
『──は』
親玉が、ポツリと呟いた直後。
白騎士も、雑騎士も。草原にあるすべてのものが、が真白に染められた。
『──あぁ……あ?』
太陽のようにまばゆい強烈な閃光が、白騎士の兜の中から放たれたのだ。
破裂したかのような閃光を目の前で焚かれて、眼をそらさずにはいられない。
両手を手放し、眼を抑える。それでも呻かずにはいられないほどの閃光だった。
されどそんなことをすれば、あまりに大きな隙。
アルムがそのまま押し込めば、雑騎士は足を正す間もなく、ゆっくりと地に倒れていった。
光が弱まり、淡い虹色となって消えた頃には、雑騎士はもう動かない。
その操縦席でようやく視界を取り戻した男が、涙混じりに見上げて、悲鳴を飲み込んだ。
視界目一杯に写るのは、白騎士。無機質な兜の隙間から、わずかに単眼が覗き込んでいる。
『な、なんだよ……』
「おぅい、見えるか、大丈夫か?」
あっさりと、軽い口調でアルムは言った。
拍子抜けするその言葉に、親玉は苛立ち混じりに言い放つ。
『チックショウメ、まだチカチカしてよく見えねえよ! なんだそれは!』
「こいつはな、兜のなかが光るんだよ。召喚の光みたいに、ギラッギラにな──もっと見るかい?」
『ひぃっ! やめろ、光らせるなぁ!』
「なら、おとなしくしてなって」
先程までの威勢もどこへやら。怯え縮こまる親玉に、アルムは息をつく。
ずいぶんと自信たっぷりで、手こずっていた相手だった。
だというのに、あっさりと終わった気になってしまう。
『──そちらは、終わったようだな』
見れば、あの黒白の重騎士がアルムの方へ歩いてきている。
背後で仰向けに倒れた青の騎士には見向きもしない、堂々たる姿。
『無血で終わらせるとはやるじゃないか』
「それはどうも」
『ずいぶんと苦労したようじゃないか?』
「……しつこい、相手だったかな」
そうこぼすのが、精一杯。気疲れだろうか、アルムの体はどうにも重い。
──それにしても……
”彼”の姿を見る。
それはやはり、二年前に”ここ”で見たあの重騎士に違いない。
ふと、気づく。己の白騎士と、重騎士の目線は同じだ。
そして、目の前にその姿がある。
ああ、そうか。
──ぼくはいま、あの”騎士”と肩を並べているんだな。
「ほんとう、良い騎士だね」
「そうかい? なら彼女に言ってくれ。それはもう喜ぶだろうな」
そう言いながらも、あの騎士は光となって溶けるように消えていく。
なぜそんなことを、とアルムが口を開こうとしたとき。
──いま、何か。
おうい、と呼び掛ける声が、聞こえてくる
空耳かと思いつつを周囲に目を凝らせば、いた。
「おぉ……!」
白の岩場の影から雑騎士が二騎、やってくる。その足元には、馬車や馬も、いくらか。
それは、町の若者たち。荷台に身を寄せ、馬にまたがり、おういと手を振り、慌てたようにやってくる。
「さて、邪魔は退いた。宝探しの続きと行こうか」
探偵の弾むような声にアルムはたしかに頷いた。




