10.逃避行
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森を、白騎士が行く。
重い体で足音を山に森に響かせて、それに見合わぬ軽快な走りで、進んでいく。
山や大樹が先を阻もうと、道行きはけっして変えず
矢のごとく突き進む。
「あいつらが、案内ねえ」
操縦席のなか、アルムはぼやいた。
山中の廃砦に、人質とともにとらえられていたアルムだが、助けに来たロックが頼りにしたのが町の少年らと聞いて、顔をしかめた。
『街の若者たちはここを根城にしてるんだろう? 彼らが裏道を知っていたから、案内してもらったんだ』
騎士の首もとに足をのせたロックの言葉が取り込まれ、操縦席に響いてくる。
走る騎士に揺られ、吹きすさぶ風にあおられながらも、彼に堪えた様子はない。
「よくもまあ、やれたな」
『存外あっさりだったよ。頼んでみれば、いけるものさ』
「道は、知ってたのか……」とどこか肩透かしでも食らったように、アルムはぼやく。
暫しの沈黙が続いて、ふいにアルムが口を開いた。
「どうして、助けたよ。かなり危なかったじゃないか」
相手は銃を持っている。だというのに敵の前に身をさらすとは。
なんと見事、なんと無謀。
そんな危険をおかしてまで助けることはなかったはず。
そうアルム思ったのだが、ロックの呆れた表情に、たじろいだ。
妙なものでも見るようなその目の色に、心なしか怖じ気づく。
『あんたは依頼人だからな。助けないわけにはいかないさ。それにあの若者たち、子供たちみんなから依頼をもらった』
騎士と連れ添って砦に行くなんて、なにかあったに違いない。それが若者一同の結論であった。
アルムが砦に連れていかれたのを追いかけはっきりと見たのは、山菜採りをしていた少女であった。
砦を裏道から案内したのは、不機嫌な青年であった。
彼らの行動があったから、ロックは砦に行き、アルムを助け出したのだ。
「そうか、結局、助けられっぱなしだな「」
仔細を聞かされて、アルムは小さく呟いた。
『良いんじゃないか? 先代さまだって何だかんだで当時町人を良いように使ってたようだしな』
「へぇ、そう言ってくれるのかい」
『おれだって、町の子供に情報を探ってもらったりとかやるさ。そもそも、探偵ってのは話を集める仕事だから助けられっぱなしさ』
「なるほどね」
『気にしてもしょうがないってね。その分対価を払ったり、働きに報いたりする。結局そうなるんだよ』
なるほど、と噛み締めるように、アルムはなんども頷き、唸っている。
それと、とロックは言葉を継ぐ。
『とくに上の方のやつらから伝えておくよう口酸っぱく言われててな。『いいかげん一枚噛ませろ』とよ』
「やれやれ。喜んで受け入れよう……まあ、複雑だけどな」
『おや、”喜んで”ではなかったのかい?』
「彼ら、退屈してたのにぼくの先をとうに行ってたんだぞ? ちょっと……ショックがねぇ」
それは大層、気落ちした声。
だがロックとしては、ある意味当然のことと思う。
なにせアルムはほぼ独りで宝探しに当たっていた。だが、青年たちは十数人のグループだ。
一人でできることには、限界がある。単純に行動力が違うのだ。
結局、ロックが言えることは──
『まあ当然の結果だな』
「そうか……そうかぁーッ!」
重い、重いため息が騎士から漏れていた。
●
──しかし、なかなかの腕前だな。
騎士の首もとで揺られながら、ロックは感心する。
ため息をつこうとも、アルムの騎士を操る腕は見事なものだ。
騎士の巨体で軽やかに木々を避けて、先へ先へと進んでいる。
なぁ、とようやく再び、アルムは声を出した。
『ぼくの宝探しに、ぼくと彼らの救助。依頼、掛け持ちしすぎじゃないか?』
「よくやることさ。まだまだ貧乏零細探偵なんでね、できる仕事はとにかくやらなくちゃ身が持たない」
『それはそれは……大層なこと。こっちもなにか礼をしなきゃと思っちゃうね。なにか依頼でも受けようかい?』
「あんまり安請け合いはしない方がいいよ」
懸命に絞り出したようなアルムに返す言葉は、実感のこもる重いもの。
だけどそれも面白い、とロックは笑う。
『助けられもしてるんだ。なにか言ってくれよ』
「では早速なんだが──もっと速度を上げてくれ」
『さっさと目的地を見つけたいってかな?』
白騎士は、丘も森も構わず、砦を抜け出してからも、まっすぐ突き進んでいる。
白騎士から延びた光が指し示した方角だ。森や丘が邪魔しようが、構わない。
肝心な道しるべとなる光が無いのだ。曲がってしま和ないか、不安になる。
さっさと行った方が確実なのだろう。
アルムも頷こうとした。だが、できなかった。
険しい顔で背後を見やるロックを見れば、当然のこと。
何があるのかと、アルムが振り向いたその時であった。
騎士の背後から飛んできた岩塊が脇をすり抜けていった。
木々をいくつも砕くその威力は、騎士とてひとたまりもないだろう。
下手人の姿はまさしく背後にあった。
砕け、なぎ倒される木々の合間から姿を見せたのは、騎士がニ騎。
『おいおい……重騎士がいるじゃないか』
「重騎士、雑騎士が一つずつ。悪党にしちゃあ贅沢なこって」
雑騎士のガラス張りの操縦席に写るのは、先程の一味の親玉だ。
『……そっちが雑騎士なのかい?』
「もっと上手いのがいたのかね。親玉は実力主義かな」
町に行く気もないのは好都合。だが懸念がある。
険しい山あいで足場が悪い。何より背後から岩を投げつけられて後手に回ったこの状況だ。
そして、何より”重騎士”だ。
雑騎士相手ならさすがに負けなし。だが、重騎士は、記憶にない。
これは”まずい”ことこの上ない。
アルムは不利をさとって、叫ぶ。
『これはいけない、はやく行こう!』
「だからもうしばらく行ってくれ。そのうち良い足場に出会えるはずだ」
『撒こうってのかい?』
「無理だな。あいつらは追い付いてきた。なかなかに足が早い」
ロックは険しい顔で首を振る。どうも相手も森には手慣れている。
雑騎士ですら追い付けるとは、かなりの練度だ。
『そこはぼくも賛成するよ。もっと進んだ方がやり合うのに都合が良いし、そこまで追ってきてもらおう』
「やれるのかい?」
『さあて、どうだか。数はともかく、質で同等かそれ以上は正直未経験でね。まして重騎士相手なんてとてもとても』
「なら、急いでくれ。こちらも準備を整える」
『準備? ともかく、わかった──あぁ、なるほどね』
不意に、アルムは納得するように頷くものだから、ロックは怪訝な面持ちで騎士の顔を見上げた。
「どうした」
『”これ”は依頼だったね。よしきた、依頼を受けましょう』
「──は、はは、ははは! そうかい!」
ロックは、思わずといったように吹き出した。
周囲になにやら色々飛んでくると言うのにも関わらず腹を抱え、大口を開けて笑っている。
『──振り回されないでくれよ』
「このくらい、なんのその。さっさと行くぞ!」
二人が不適に笑ったかと思うと、騎士はさらに速度をあげた。
重騎士ですら押さえきれない振動に、ロックは腕に力を込める。
『あのお嬢さんには、本当に感謝しかない。こいつは、走るぞぉッ!』
礫や幹に枝葉の雨のなか、白騎士は駆けていく。
どこまでも、どこまでも、白騎士が行く。
みるみるうちに、悪漢の騎士は背後に遠く小さくなっていった。
”男”にして見れば、ここしばらくは苛立ちしかなかった。
そもそものケチの付きはじめは、”お恵み”を託していた手下が一層されたこと。
山々をめぐって暮らす彼らの糧は、山道を行く人々からの”お恵み”だ。
食糧をいただいたり、服飾や金品をもらえることもあるので、それを売って慎ましく暮らす日々。
恵みというからには、ありつけないこともたまにはある。しかしそれも巡り合わせ。
山々ならそこらに野菜や肉がある。蓄えもちょっとはあるし、手下もいるからそう退屈もしない。
安定は遠くとも、満足な暮らしだった。
だが先日、手下たちが帰ってこなかった。
雑騎士を使って山道から馬車を直接掴みとってくる手はずだったのに、一網打尽にされたらしい。
そんなことを、雑騎士を捨てて帰ってきた手下から聞いたのだ。
これには大層困った。せっかくの雑騎士は一つおじゃんになってしまったのだ。
とはいえ、雑騎士は一騎ある。さらには重騎士もだ。
昔に運良く”先生”とともに拾い上げた”めっけもの”。これを”使ってもらう”のも一興か。
『どうせ犯人を捕まえた』と、住人は気を緩ませているだろう。もう一当てくらいちょうどいい──……。
男はそうも悠長に考えていたが、部下は違っていたらしい。
気が逸った部下が、町の家から”お恵み”を頂いてきた。
男は、怒った。それはもう、吹き荒れる嵐のように、怒り狂った。
悔恨ではない。そもそも法に背く身であることをわきまえている。
わきまえているからこそ、だ。事を荒立てず、慎ましく生きるのが最良の道。
だというのにわざわざ家に押し入り荒し回ってきて、片付けもせずに急いで帰ってきた。
結果が町総出の山狩りと来た。これではもう、この辺りの山にはいれそうにない。
部下とのコミュニケーションが足りなかったのでは、なんて悔やんでいる暇も無かった。
一刻も早く他の、もっと遠くの山に移るべき。
そう思っていたら、出くわしたあまり銃に手慣れてなさそうな男が、命乞いに面白いことを吐いてくれた。
領主の家に代々伝わる財宝が、この辺りにあるという。そのヒントも、男は知っていた。
──新天地への土産にピッタリだと思わずにいられなかった。
だからこそ、鍵だという町長さまにお越しいただき光の道を見つけたというのに、いい反応はいただけない。
それに町長さまは騎士と一緒に逃げ出す始末。
もう、苛立つしかない。吠えるしかない。
宝までの情報は一つ手に入っても、あの騎士は逃すのはいけなかった。
今回の情報を手にいれる手段が、あの白い騎士だったのだ。
またあの騎士がきっかけになってもおかしくはない。
逃して、たまるか。あれは俺の宝なんだ。
だから、青い重騎士に助けられて瓦礫から這い出た”親玉”は、負けじと自分の雑騎士に乗り込んだ。
鬱蒼とした森を抜けると、一気に視界が広がった。
抜けるような青空の下には、一面の草原。彼方には、白の岩場も見える。
こんなところに逃げ出すとは、なんと間抜けだろうか。どこに逃げたか丸見えだろう。
──あぁ、そこにいた。
あの眩しいまでの真っ白な重騎士が、そこにいた。
そっと、両腕を胸元に構えている。
対抗しようというのか。だが、重騎士もこちらにはいる。
「お頼みしますよ!」
『おうともさ』
──さっさと取り押さえちまえ。
親玉の求めに応じるように頷いた青の重騎士が、剣を構えて飛び出して。
その視界を閃光が埋め尽くした。
その光には、見覚えがあった。何それはまさしく、男も供にしている──
「──重騎士、だとォッ!?」
光の中に何かの影を見たのも、一瞬。光から重騎士は大きく吹き飛ばされていた。
そこには、腕を前に残心する重騎士が一騎。
目映く美麗な白の胴と兜。対照的なくすんだ黒の手足。
『ここなら、ちょうど良かろう』
それこそが《ノックス》。
再び、この地に降り立った重騎士の今の名であった。




