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貧乏探偵 ロボを駆る─テン・コマンド・ノックス!─   作者: 我武者羅
8.探偵は読者に明かしていない手がかりによって事件を解決してはならない
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8.壁なぞさっさと乗り越えよう

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 ロックとユリエルがともに語り合った、翌日。

 日が高くなっても、二人の姿はいまだ町の中にあった。


 共に砦に行こう、と言ったアルムは居ない。騎士と共に山に入っているのだ。

 とはいえ、二人を置いて砦に向かったのではない。見回りのためだ。

 原因はやはり、昨日の泥棒騒ぎ。アルムだけではなく、他の農夫らも何人か、銃や(くわ)を手に山に入っている。


 事件が起きたのは昨日の朝のこと。山狩りまでしていたのだから、さっさと遠くまで逃げているやもしれない。


 だが、だからといってすぐに矛を収めるわけにはいかないのだ。

 すぐに警戒を解くようでは嘗められて更なる被害が起きかねないのも、また事実。


 この近くに潜んでいる可能性だってあるのだ。眼を光らせておくにこしたことはない。


 それでも、町の人々の様子はいたって平穏。変わった様子はどこにもない。

 のんきに馬に荷馬車を引かせ、鍬を振るい、めいめいの暮らしに(いそ)しんでいる。

 しいて違う点をあげるなら、誰もがホルスターを提げたり、荷馬車から銃のストックを覗かせていたりするくらい。


 その町中を進んでいたユリエルは、すれ違った農夫とにこやかに挨拶をかわしてから、一人愚痴た。


「ずいぶんとものものしくなりましたね……とは言っても、ホントに警戒してるんでしょうか」


 誰もが、銃をそばに置いている。だが、それだけだ。

 なにかを怪しんだりするような気配はどこにも見受けられず、ただ始めて来たときと同じ空気が、町に満ちている。


「まあ、警戒するくらいがちょうどいいのさ」


 その背後から声をかけられて、ユリエルは飛び上がった。

 いつのまにやら現れたロックが、妙なものをみるような眼差しを彼女に向けていた。


「驚かさないでくださいよ」

「そのつもりはないんだがね、ずっと”見る”ことばっかり集中していたのがいかんさ」


 ユリエルは居心地悪いように、身を揺らす。

 アルムを待つ間、なんとなしに行き交う人々を観察していたのだ。


「観察するつもりというのなら、もう少し周りも見ておくといいぞ。不測の事態に対応しやすくなる」

「見れなかったりするから不測なのでは?」

「それは不意打ち、別問題だ」


 嫌なことでも思い出したように、ロックは顔を歪めて息を漏らす。


「それと、彼らも警戒してない訳でもないだろう。『銃を持つ』だけでも十分気を付けているのさ」


 言ってしまえば、銃は基本余計な荷物。それでも皆が持つと言うのは、その必要を感じているのだ。


「でも、さっきの人は持ってませんでしたよね。荷台にもあるようには見えませんでしたし」

「たぶん持ってたよ?」


 あっさりと観察をひっくり返されて、ユリエルは眼を剥いた。


「どういうことです。変な膨らみも見えませんでしたけど」

「挨拶に挙げた腕がね、ちょっとばかし変な動き方だったんだ。脇に邪魔物があるような感じでね」

「なるほど、そういった挙動からも見るんですか」

「慣れてないと肩が下がったりするから、そこも見るといいさ──さて、あそこだったか」


 ふとロックは立ち止まり、彼方を見やる。

 それは町の西。見上げんばかりの巨木と(こずえ)がまばらに根を張る、緩やかな丘。

 そっと、ユリエルが囁いた。


「”あの話”、本当なの?」

「危惧するに越したことはないさ」


 そう言うとロックは、さっと丘のほうへ向けて足を向けた。 


「あ、待ってくださいよ!」


 慌ててユリエルが追いかける。彼の足はどうにも早足であった。





 それは町の西。緩やかな丘の上の木立のなか。

 大切株のテーブルにして、数人の少年少女が集っていた。


 町長と同じほどの年頃とみえる彼らは農作業をさっさと抜け出したり、休憩中であったりと、思い思いに過ごしていた。


 そんな彼らの(いぶか)しげな視線をまとめて浴びて、ロックは肩をすくめた。


「お邪魔して申し訳ないね。さっさと帰った方がいいかな」

「そうだ、と言いたいな」


 ずいと立ち上がって迫ってきた金髪の青年が、苛立ち混じりにロックを睨んだ。

 ──『町長さまを助けに行こう』なんて開口一番言われれば、こうもなろう。


「アイツがそんなタマか。お前らで行けってんだ。それになんだって俺らに話す」

「ちょいと、急がなきゃ行けなくなったんでな。なんでも山菜採りに行った少女曰く、砦に白騎士が入るのを見たというんだ。町長さまが足元にいたまま、な」


 その言葉に、少年たちはかおを見合わせた。


「それは……おかしいな」


 誰かから漏れた言葉に、一同が頷いた。

 アイツが騎士から離れるものかと、みなが口を揃えている。

 彼がそれほどに白騎士に乗っているのは、周知のこと。


 それが誰かに騎士を任せているというのだ。何かがあったと考えるしかない。


 また、誰かがポツリと呟いた。


「──騎士が盗まれた?」

「さぁて、それならわざわざ町長さまが付き合う理由はあるのかな?」


 ロックの言葉にやはり一同は顔を見合わせる。

 盗まれたのなら、誰かに助けを求めるなりするのがまだ早い。

 だが、それにおとなしく付いていくとなると色々と異なってくる。


 ──それこそ、人質など。


「君たちに頼む理由は、いくつかある。まずお前たちが今の砦をよく知っていることだ」


 相手の”根城”は砦になる。調査のためならいざ知らず、潜入となると話が変わる。

 正面から乗り込むのは愚策、脇道から入るにも、詳しい案内人が欲しいのだ。


「君たちはよくあの砦を利用しているようだしね、なにかいい抜け道をしってるんだろう」

「まあ確かに、そうだけどさ」


 それに、とロックは言葉を継ぐ。


「君たちも宝探しに参加してるんだろう」

「なに言っている、あの町長サマはそんなものお望みじゃ──」

「だから、お前さんたちで、勝手にやってるんだろうさ」

「何を根拠に言ってやがる!」

「では説明しようかね?」


 ロックが昨晩ユリエルとかわしあった『日記と宝探し』の仮説を話せば、金髪の青年の顔色は面白いように変わっていく。


 やがて激昂するが、周囲のものたちは苦笑したり、感心していたりとそうでもない様子だ。


 青年が睨み付けてもお手上げとばかりに肩をすくめるものだから、ばつが悪そうに掴んだ襟を手放した。


「それに、日記を漁っていたのは君たちだろう」

「なんだって、そんな風にわかる」


 やはり、金髪の青年は睨み付ける。彼は常日頃から不機嫌で高圧的にな態度なのだろう。

 周囲の者たちも見飽きたように、その憤慨ぶりを眺めている。

 第一、彼の眉間の皺は非常に様になっていた。


「今話した日記とは、実に古いものでね。大体二十年前のことを書いている。先代が宝探しをしてたころだ」


 アルムは、古い日記が戸棚の上から頭に落ちてきたと言う。だがその場所に他の日記はなかった。


 荷馬車のトマスも、ひょっこりと古い日記を見つけたと言っていた。彼もすっかり忘れてたのがたまたま落ちてきたという。


「この二つとも、同じ先代のころのものだ。他人の日記をわざわざ漁るのは、二つに限る」


 一つ。ただ他人を覗き見たい、はた迷惑な趣味を持つ者。

 ──だが、これは違う。”今”の日記でも十分。わざわざ二十年も前のものに限定することはない。


 二つ。情報を探っている者。

 ──そこで浮かんでくるのは共通項。今回は『先代の宝探し』となる。


「犯人像を絞りこむと『日記の持ち主をよく知る』『宝探しの詳細をよく知らない』などと限られていく。その結果が──」

「俺たち、か?」


 自身を指差す金髪青年を称えるように、ロックは頷いた。


「そういうこと。もし外部の手によるならば入手はあまりに鮮やかで、あまりに始末はずさん。色々とチグハグだ」

「その三つって……担当お前だったよな」

「あ……なんだよ!?」


 一同から白い眼で見つめられて金髪背年が叫ぶ。ロックも、あきれた眼差しを向けていた。


「もとの場所に戻す努力くらいしなさいな」

「うるせいやい! よくもまあ、そこまで調べる」


 とはいえ自覚もあるのか、眼をそらしながらも


「なあに、そうやって考えるのがおれの仕事ってね。とまあ、そういうわけなんだが──」

「──わかった、わかったよ! 俺たちも宝探しに一枚噛もうとしてたんだ」


 ──一緒に宝探し、などと誘う間もない。

 ロックへとざっと右手を差し出した。


「誘ってくれるてんならありがたい。俺たちもどっぷり浸からせてもらおうじゃないか」


 その口ぶりは悔しそうで、苛立たしげな顔を見せる。なのに、その眼差しはずいぶんと嬉しそう。

 ロックも応じるように右手を出せば、その眼は確かに輝いた。


「おう、よろしく頼むよ」

「これで満足かい、探偵さんよう」


 分厚い手と握手をかわしながら、ロックは満面の笑みで頷いた。




 森は奇妙なことに静まり返っていた。

 虫の音も、鳥たちのさえずりもどこにも聞こえない。


 ただ、風が(こずえ)の間を吹き抜けて、木々がざわめくだけである。


 いや、その中に高く響く音がある。馬が、二頭。

 駆け抜ける蹄の規則正しい音が、森に響いていた。


 その背に乗るのはロック。共の馬には、あの金髪の青年がいた。


 ただ前を向いて馬を走らせていた二人だが、ふとしたように青年が言った。


「──なあ。邪魔するなとか言うんじゃないのか」

「何をだい」

「宝探しだよ。あんたも依頼を受けて手伝ってるんだろ。俺たちはあんたの邪魔モノじゃないか」


 (いぶか)しがるその眼差しに、ロックは得意気に笑った。


「むしろ漁ってくれる分には歓迎さ」


 この調査、”人伝(ひとづて)”という重要なラインがほぼ期待できないという問題がある。

 口伝だとか見聞といった情報でしか得られないものも多々あるのだ。


 とはいえ余所者が人の秘密を漁るというのは、非常に警戒されるもの。

 探偵はそこらの手練手管に精通してるとはいえ、常にそれが通るはずもない。

 相手が話す気がまったくないのなら、なおさらだ。


「お前さんらが、その秘密の懐に潜り込んでくれたから、話はずいぶんと進んでるだろうよ」

「……親父たちも、気を揉んでたよ」


 青年はじっと前を見つめたまま、言う。


「砦が燃えて、ヒントが消えたんじゃないかってな」


 ぼやくようなその言葉は、どこか疲れたような恨み節。


「言うか言わないか悩んでたんだと。そしたらあいつは一人で突っ走りやがった。昔からそうだよ。全部一人で背負い込むんだ」

「それなら自分たちの宝探しも自分たちだけで抱え込んで言わないでおこうって?」

「お返しにゃあピッタリだろう?」


 青年は大層不敵な笑みを、ロックに見せる。


「だから、俺たちも勝手にやったのさ。こんな面白そうなこと、独り占めなんてずるいだろ」

「ああ、それは同感だ」

「こうやって来たんだ。それに、俺たちも確かめたい」

「宝かい。それとも──」


 ──アルムが騎士を降りるだけの人質を、か。


「確証は、ないさ。だけど仲間が数人見当たらないのも確かなんだよ」

「ほう……」


 その言葉に、ロックの眼が鋭さを増す。

 アルムと同じように朝に山に行ってから、いまだ帰らない青少年も何人かいるという。


 あの切り株の周りで話していたのは、そのことに関してだったのだ。


「ようし、そっちもやってやろうじゃないか」

「なんだ、ついでみたいに。そもそもあんたにゃ関係ないだろうに」

「大有りだよ。探偵ってのは因果な商売だから印象は第一だ。依頼人も関係者も心象を変に悪くしちゃあいけない」

「それ、関係者に聞かせていいわけ」

「よくはない」


 相も変わらず機嫌の悪いその眼差しを向けられても、ロックは臆面もなく言った。


「だが、君なら言った方がいいと思ってね」

「そうかい」





 ロックは梢の影に身を潜めて、そっと砦を覗き込んだ。

 その真正面の崩れた入り口には、一人が気だるそうにたむろしている。


 くたびれた服装。腰には乱暴に回転式拳銃を押し込んでいた。

 その体は大柄で、荒事向きなのは一目でわかる。


「なんだあいつ、よそ者だな」

「少なくとも、ここ二三日で見た記憶はないな。その様子じゃあ出払っていたわけでもなし、と」


 ロックの向かいから青年が覗き込むなり、そう判断した。

 ロックも同意するのだが、彼を見る青年の眼差しは疑わしげ。


「本当に覚えてるのか?」

「このくらい、ちゃんと覚えなきゃな。おれは探偵だぞ」


 疑わしげな青年の眼差しに、ロックは自慢げに己の頭を示して見せれば、見事な悪態が贈られた。


 二人はそっと、その場を後にした。




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