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貧乏探偵 ロボを駆る─テン・コマンド・ノックス!─   作者: 我武者羅
8.探偵は読者に明かしていない手がかりによって事件を解決してはならない
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7.夜も更けて、会議は踊る

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 ヴィルム邸。

 外もすっかり暗くなったころ、ヴィルム邸食堂にて、ロックとユリエル、アルムの三人が顔を付き合わせていた。


「ずいぶん疲れたようだな、依頼人」

「あぁ、そうだよ。結局日中は山々を動き回って注意と警戒に当たっていたからね」


 アルムがコーヒーを一杯あおると、大きな吐息が食堂に満ちた。

 先の食事のさいにも、その顔には明らかに疲れがにじみ出ていたものだ。


「結局捕まらなかったそうだな」

「どうも影も取れなくてね。同士討ちもしないですんだんだか」

「それはそれは、お疲れ様」

「どうも」


 そうして二人は、共にカップを掲げた。

 アルムはやはり、ため息をこぼす。


「とは言っても、これから本来の仕事だよ」


 肩を叩いて首を揉むアルムの顔は、なんとも気だるそう。


「ならお酒でもいれますか? 私のおじいさまは気付けだとか言ってウィスキーを垂らしてましたが」

「いやあ、あいにく酒はダメだったんでね。香り付けを越えるとぶっ倒れてしまう」

「そいつは気を付けないといかんな」

「まったくだよ。倒れたらどう仕事するんだか」


 からから笑って、アルムは再びコーヒーをカップに満たしていく。そのペースの早いこと。

 みるみるうちに減っていくから、執事は再び淹れるために静かに厨房へと向かっていった。


「それで確かめたいんだが、今回の犯人像は掴めたりできないかい? 一応周辺の町にもお達しをしたいんでね」


 ずいと身を乗り出したアルムの言葉。

 ロックはカップをそっと置いて、そっと指を組む。さらりと、言った。


「男性、身長は5フィート7インチ《170センチ》前後。足は11インチ《28センチ》、手も10インチ《26》は確実。体格は大きい。粗野だが足は早く身のこなしに長ける──」

「お、おぉ……?」


 矢継ぎ早に繰り出される言葉に、アルムは眼を白黒。

 語り終えてから、事も無げにロックは彼を見つめた。


「とまあ、そういうとこだと思うんだが」

「いや、それでも十分だ。身もしないのによくもそこまでわかるな」

「あの家を調べさせてもらったからね。汚れの跡は手の届く場所に残る。実際、ある高さから上はまったく手付かずだ」


 実際、壁に飾られた絵や装飾細工なども、天井近くのものは全く無傷だったのだ。

 けれども床一面はひどいもの。あれでは掃除は大変だろう。

 それでも、婦人はあとは自分でするといっていた。余計な手をとらせたくないとも言っていたか。


「なるほど。すまないね、町の都合ばかりで」

「なあに、こちらの都合でもあるさ。砦や山の調査もおちおちできやしない」

「まことに、申し訳ないな」

「気にしないでくれ、それより警告はしっかり頼むよ。まだ他にあんな被害は出ていないようだから」

「それも調べたのかイ? ほんとうに真面目だね、君は」


 それもそうだと、アルムも笑う。

 じゃあ、と立ち上がろうとしたアルムに、ロックが言った。


「そういえばあなたは、父の日記から今回の宝探しの詳細を見つけたと仰って(おっしゃって)ってましたな」

「ええ。あまり詳しいことは書いてありませんでしたが」

「ふと気になったのですが、どうやって日記を見つけたんです?」

「おや、なんだってまたそんなこと」


 面食らったようなアルムに、ロックは指をたててそっと言う。


「他人の日記の重要なことってそう見つけられるものじゃないでしょう。それこそ、自分からじゃないと」


 ──どうだったのか、気になって。

 ロックのその言葉に、アルムは宙を見上げて上の空。

 ポツリと、言った。


「あれは、文字通りの衝撃だったからね。今でも思い出せるよ」


 天井を見つめたまま、懐かしむように苦笑した。



 ──その時、アルムは父の部屋を掃除していたという。

 持ち主が居なくなってから、しばらく。まだ処分する気にもなれず放っておいていた部屋だった。

 普段なら小間使いに掃除させているが、命日が近づいていたこともあってアルムが(みずか)ら行っていた。

 

「気を紛らわしているのも、あったんだろうな」


 (あざけ)るように、アルムは言う。


 いきなり継ぐことになった領主としての責務。ヴィルム家として残された宝探しはヒントすら無い。

 積み重なる責務に忙殺される日々。そんな中のちょっとした憩いと慰めが、父の部屋を訪れることだった。

 故人をしのんでのことに文句をいうものはそういない


「そうして、机を掃除していたときにこう、ぼん、とな」

「ぼん、と?」

「頭の上にね、落っこってきたんだよ。あれは痛かった。角じゃなくて良かったよ」


 それこそ、父の日記だった。机の後ろの戸棚の上に、置いてあったのだろう。

 なにかの拍子に落ちてきたようだが、その時まで気づかなかった。

 こんなものがあったのかと、驚いたことときたら。興味にかられて、つい開いてみて。

 とあるページに、”それ”が書いてあったのだ。


「それこそが、あの歌だよ」

「確かこう、だったか」


 二人の声が、重なりあう。

  

《──己、あるべき所に構えよ。それ光をもって示す》

《それは共にあるべきもの》

《それはすべてを映すもの。それは純粋なるもの》

《遠く臨むこと限りなく。輝くこと果ては無く。濁ること底はなし》

《見渡すときこそ見えぬもの》


 ロックがそらんじたものだから、アルムは眼を丸くする。


「よくもまあ覚えてられるな」

「調べるからにはちゃんと覚えませんと」


 関心の吐息に、ロックは鼻高々。

 だが、すぐに顔を引き締めた。


「おっと、話の途中でしたね」

「良いですよ。これで話は終わりなんですから」

「ついでに聞いておきたいんだが、宝探しのことは他に何か書いていなかったのかい」

「歌以外はたいしてな。ただ、一言」


 ──あんなものとは、面白い。


「面白い、ねぇ?」

「そうとしか、書いてないんだよ」


 なんのことなのやら。三人揃って、首をかしげる。

 でも、とロックは口角を吊り上げた、


「まあ、そう書くからには、良いんじゃないか?」


 それもしかりと、納得するようにアルムは頷いた。


「さて、探偵。お宝のありかの見当はついたりしたかい」

「さあて。私はお手伝いをするだけですからな」


 問われてロックは、肩をすくめる。


「しいて勘を頼るならば、まずはなにか()()()()()()場所です」

「変化……?」

「あなたは昔から町を、領地を知っています。その時に昔からあるのはわかってる探し物─今回はその《あるべき所》に心当たりが見つからないなら、考えは三つ」


 仰々しく立てられたロックの指を、アルムの眼が追う。


「一つ。誰かの手もあってまず見つからないよう、まさしくしっかりと隠されていること──今も昔からの住人たちによって実感しているだろう。だが、宝を警戒するそぶりもないから、気にしなくてもいい。それなら簡単に見つけられそうだからな」


「二つ。いつも見ているから、それこそ宝だと気づかないこと──歌なぞ大層なものを長年継いでるなら、一番ありえそうなものだ。変化の少ない日常だからな。ある意味一番厄介で手間取る。これもまず脇に置いて良い」


「三つ。長年の変化によって、宝までの道筋が途絶えていること──二つ目とは別の意味でたちが悪い。それこそ流された橋の復旧のような、根本的解決が必要になる。だが同時に、問題点が分かりやすくもある」


「じゃ、あ……」


 はっと気づいたように、アルムは瞬きひとつ。

 ──以前と、変化のある場所。

 記憶を巡らせて、奥底にそれを見つけた。


「sprならたぶん、砦になにかある……ん、だろうな」


 その声はどこか絞り出すようだった。


「あそこは火事で焼けて、かつての姿が観る影もない。それこそ、何代も前から使っていたっていうのに」

「焼けてしまったときに一緒にヒントも飲み込まれてしまったとしてもおかしくない」

「そうだよなぁ……ここ十数年で大きく変わったのって、それくらいだものなあ」


 アルムは咀嚼(そしゃく)するように何度も頷いて、はっきりと探偵に告げた。


「ようし。明日、ぼくも行こう。」

「ほう? あまり気乗りしてない様子だったが」

「なあに、砦の去就(きょしゅう)を決めるために調べなきゃいけないしな。いつか踏み込むことにかわりないんだ」


 それが明日になるだけのこと。そう語るアルムの顔はどこか青白く、それでも眼差しは、強い。


「それに、これはそもそも僕の仕事だ。アドバイザーの進言をもとに、ぼくがやらなきゃいけない」

「ああ、その息だ。おれも精一杯助力しよう。それが依頼だからな」

「だが、地図とかはある訳じゃないし、覚えも微妙だ。被害も正直把握しきれてないしな……」

「なあに、心配要りません。それはこっちでもやっておきます」

「資料でも探すのかい?」

「あなたと”同じこと”をするだけですよ」

「ふうむ……? まあそこまで言うなら、頼むよ。僕もはやく仕事を済ませなくちゃあね」


 わけもわからず、アルムは首を捻っていたが、すぐに席を立った。

 彼にはまだ、たまった仕事が待っている。

 どちらにせよ、考えている暇はなかったのだ。早く仕事を終わらせて、はやく砦に向かうにだ





 それは、アルムが食堂を去ってすぐのこと。


「──ねぇ、ロック。落ちてきただけじゃない」

「ああ、そうだな」


 ユリエルの(ささや)きに、ロックも頷いた。


 アルムに日記のことを細かく聞いたのは、ただ気になっただけではない。

 まだ宝探しに関する情報が眠っているかもしれなかったのだ。


 だが、それもまたついで。


「でも、ほんとにそんなことがあるんですか? 日記がアルムさんより()()()()()()()()()()()なんて」


 疑わしげなユリエルの言葉。だがロックははっきりと彼女の顔を見つめ返す。


「俺だって確証があった訳じゃない。だが婦人の日記を見て、ちょいと気になったんだ」


 それは今朝に泥棒に荒らされた婦人の、放置された数少ない書物のこと。

 たまたま日記に目を通して勢い余って放り投げてしまったのは、苦い記憶だ。

 非常に丁寧に扱われていたのか汚れもなかったのだから、余計に心苦しい。


「犯人の男はかなり不潔な男でね、手の土汚れも気にした様子はない」

「ほんと、あちこち汚れてしょうがなかったもの。あの人も大変そうだったわ」


 そうだ。水洗いができるのなら、すべて水に流してしまいたいほどに、ひどい有り様だった。

 家主の苦労を思って、ユリエルは息をつく。


 ロックもまた同意するように頷いて、


「だが、だとするとおかしいんだ」

「……何が、かしら?」


 疑問に濡れたユリエルの眼を、じっと見つめた。


「日記は全く汚れてない」

「──あ」

「それに、他の本は荒らされた中に埋もれていた。でも日記は違った。手に取って放ったように、山の上だ」


 日記はほかの本と同じようにあったのだから、埋もれているはず。

 それが荷の山の上にあるのなら、触れていなければおかしいのだ。

 なのに、そんな跡はどこにもない。せいぜい、使い込んだだけ。


「それって、どういうことなんです」

「おれはこう考えた。日記は、家荒しの被害にあったんじゃない。その後から放り込まれたんだってな」

「そんなこと……ありますか?」

「とある絵が発表前に何者かにいたずら描きされても、そのまま発表されてしまえば観覧者はそれが作品だと受け止める。違うと知るのは本人たちだけだ」


 ──オレらは元を知らないんだ。いじられたって……なぁ?


 意地悪げなロックの笑みを、ユリエルは呆けるように見つめていた。


「い、や、それは……」

「はは、ほかに何かあるかい?」


 辛うじて絞り出すユリエルの言葉を、ロックは待ちわびたように身を乗り出して受け止めた。




 考えを突き詰めあって、しばらく。コーヒーを注ぎ込んいたユリエルが、ふいにため息をこぼした。


 激論と言うのは、楽しくも疲れるもの。

 緩んだ思考にコーヒーは染み渡っていくのだが、そうするとふと、何かしら考えてしまうことがある。

 今日このときもまた、そうだった。

 

「わかりませんねぇ」

「何がだい?」

「正直、色々と。そのお宝とかもそうです。なんなのかもわかりゃしない。でも一番は、その……」


 ユリエルはどこか歯切れ悪く、ためらうように口ごもった。


「日記を見たりとか……」

「それかい?」

「人の日記を見るなんてひどくありません?」

「ま、それもそうだがな。礼節を欠く行為だ」

「じゃあなんで、そんなことをするのでしょうね」

「依頼人は気になったんだろうな。故人の人となりを知るに、証言と共に一助となる」

「そういうものですかね」


 カップを受け取りながらのロックの言に、ユリエルは納得いかないように首をかしげた。


「お祖父様の日記なりは、見ようと思ったりしなかったかい?」

「そもそも書いた様子、なかったもの」


 ──書いていたとしても、どこに隠したのやら。

 半年経った今でも、皆目見当つかないのがユリエルの正直なところ。

 ”お祖父様”の秘密は、いまだ数知れず。


「そうやって一側面を知れるだけでも、羨ましいわ」

「そうかい?」

「そうよ。たいして言いもしないんだから。ノックスを持ち込んできた時だって急だったんだし」


 あの時も、あの時も、あの時も。

 口を尖らせて不満を漏らす度に、角砂糖を摘まみってはカップに放り込む。


「ならロックは見なかったの? お師匠様の日記とか」


 あきれた眼差しを向けていたロックへそう言って、角砂糖がまたひとつ。

 ロックは苦笑て首を振る。


「事件記録ならいくらでも見てるんだがね。そいつで十分だとか言って、他にはないんだよ」

「……そう。じゃあ私と同じね」


 ユリエルが放った角砂糖は、ロックの広げた手のなかに収まった。手元のカップにそっと落とす。


「ああ、そうだな。同じだ」


 二人はカップを手にとって、そっと掲げて、笑い合う。

 ソーサーの音が、やけによく響いた。




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