5.ノックス、起動
開いた花弁が解け、金の粒となって消えていく。
はらはらと舞い散る光のなか、金の煙から飛び出した影は、そのまま《メカニクナイト》を殴り飛ばした。
『そ、れ、は──』
メカニクナイトとは異なる、磨きあげ洗練された鎧に身を包んだ巨人騎士。
蒸気もなく、静かにそこにあった。
『──重騎士!』
『その通り!』
『そうよ。重騎士よ名前は《ノックス》!すごいでしょ!』
二人の声はメカニクナイトの拡声器とは違い、はっきりと聞こえた。
『あれが、重騎士の”召喚”か!?』
『そうなのよ!』
よろめくメカニクナイトをベロムスが転ばぬように持ちこたえさせた時には、眼前に《ノックス》の拳が迫っていた。
殴る、殴る、殴る。
美麗な胴や兜と違って無骨なミトンの様な籠手に包まれた手は、まるで鉄塊。
殴る度にメカニクナイトの鎧はひしゃげ、悲鳴をあげて引き裂かれる。
『うおっ、おォっ、たあァッ!』
『ぐ、が、がぁぁ!?』
考える間もなく、鉄塊の連撃がメカニクナイトに襲いかかる。
衝撃の嵐のなかベロムスにできるのは、仰け反るメカニクナイトを下がらせ、必死に耐え逃れることだけ。
ベロムスがたたらを踏み、仰向けに倒れそうになって、必死にこらえたときだった。
『止まるな!』
『何だと!?』
慌てた声にみてみれば、仰け反った姿勢のまま迫るノックスの姿。
そのままのし掛かられて、もつれ合うようにまた別の工場へと倒れた。
『ぐおおぉぉっ……!』
崩れた木材に埋もれたメカニクナイトのなか、どこかぶつけたのか頭を抱えてながら、ベロムスはうめきをあげる。
『あいたた……大丈夫か』
『なんだって転ぶのよ……』
『いや、すまない』
膝をついたノックスは、立ち上がりながら腰から剣を抜く。腕ほどのショートソードだ。
『さっさと投降してくれ。こんな被害は増やしたくない』
言って、切っ先をベロムスへと向けた。
『──けるな』
『ん?』
『───ざ、けるな』
倒れたことによる、間隙の時間。
工場に沈むメカニクナイトの中、ベロムズはノックスの姿を目に焼き付けた。
それは、鎧をまとった巨人騎士。
広く厚い胴を被う、磨きあげ洗練された鎧。
対して手足は、胴から縄で括りつけたり縫い付けたり、布でまとめた無骨な装甲を纏っている。
美麗な兜のスリットから覗く光眸が、鋭くベロムスを射す。
──重騎士《ノックス》。
それが、巨人の騎士の名。
雑騎士には無い頭部からメカニクナイトを射すその眼差しは、暖かみすら感じさせる翠の色。
それが、余計にベロムスを刺激した。
『────ふざけるなぁ!』
ベロムスは激昂する。
『なぜだ、なぜそこに重騎士がある! やはり、あいつは隠し持っていた。それを独り占めしようと言うのか!』
『”やはり”……?』
『貴様らなんぞに、そいつは渡せん!』
ショートソードを振り払いながらよろめくように起き上がると、再び大剣をノックスへ向けた。
『お前のでもないだろう!?』
『そんなのが、ゴルフォナイトであるか!』
『《ノックス》ですよ!』
『知ったことかぁ!』
少女の甲高い叫び声と共に、剣がぶつかり火花を散らした。
●
「なんだ、これは!すごいな!」
「わぁ!きゃあ!きゃあっ!」
重騎士の中は、騒がしくなっていた。
操縦席に座るロックは、桿を動かす度に驚きの声をあげ、ユリエルは椅子にしがみついて艶めいた喜びの声をあげる。
絹を引き裂くような甲高い声に耐えきれず、ロックは不満に顔をしかめた。
「もうちょっと静かにしてくれないか!?耳を塞ぎたくとも塞げない!」
「あーら、じゃあ私が塞ぎましょうか?」
「危ないからいい。どこかに捕まって静かにしてろ!」
「この調子で、もっとやっちゃってください!」
「だからなぁ!」
ノックスの中、ロックは必死の思いで操縦していた。
急に操縦を任されたはいいものの、鈍重な雑騎士とはあきらかに違う。
すべての動作が軽く、早い。
雑騎士が、椅子を尻で磨いてばかりの中年のように思える。
(だから、使いづらい!)
殴ったり、剣を振るうどころか、走ることすら危なっかしい有り様だ。
現に、先程はつまづいてメカニクナイトを巻き込んで一緒に転んでしまった。
相手も転んだからいいものを、自分だけだったらあからさまな隙だった。
(これが戦闘用というものか!?)
そもそも、雑騎士を動かした経験は多々あれど、戦った経験などまともにはない。
それも猫の逃げ込んだ資材置き場を荒らさせないために無理にもみ合っただけだ。
手に余る。扱い切れるのか。
──それがなんだ。
師匠も、エリック・セイムズもまた何度も窮地を乗り越えてきた。
その弟子たるロック・ロー・クラームにできないはずがあろうか!
「やってやるさ!」
ノックスは腕ほどの短い剣で、メカニクナイトと打ち合う。
「あんな大剣なんてモノともしないパワー!びくともしない耐久力! やっぱり、すごい!」
振り払うように薙いだ剣はメカニクナイトの大剣を叩き、弾き飛ばした。
剣を取りこぼしたメカニクナイトはたたらを踏む。
「ようし、当たった!」
「いいですよ、その調子!」
「だから、うるさい!」
「胴体はがら空きです!」
行って、と応援を受けてノックスは剣を振りかぶり。
「──あれ」
一気に振り下ろして、メカニクナイトの足元を切り裂いた。
しっかりと固い地面に刻まれた軌跡に、ユリエルは呆然と声を漏らす。
「ちょっと、外してるじゃないですか!」
「すまん、タイミング間違えた!」
「ノックスは作業用じゃないの、雑騎士より早くて敏感よ!」
「わかっちゃいるが!」
●
『ええい、何をしているのか!?』
ベロムスは、憤慨する。
重騎士を使っていながら、あの体たらくはな何だ!
剣を地面にめり込ませ、転びそうなほどの千鳥足!
情けないその姿、あまりにも隙だらけ!
『──遊んでいるのかぁぁ!?』
ノックスへとメカニクナイトを走らせた。
寄越せ、ヨコセと激怒を露に、一気に掴みかかる。
空いた懐へとノックスが入り込むが、悪あがきとベロムズは判断した。
『俺のモノだぁ!』
僥倖とばかりに、捕まえようとその肩へ手を伸ばす。
剣を捨てたノックスは抵抗して腕をつかんでくるが、構わない。
使いこなせないパワーなど、メカニクナイトの敵では──
その時だった。ブワリ、とベロムスに全身をかき混ぜられるような感覚が襲った。
『は───?』
文字通りに”血の気が引いた”。だが驚く間もなく、椅子から尻が離れた。体が、浮く。
視界のなかで、重騎士が逆さまになっている。
天井に落ちる──!
●
「来る──!」
メカニクナイトが迫るのを、ロックも見ていた。
起こした行動は、抜き取ったノックスの剣を傍らへと突き立てること。
ノックスは空いた手を握りしめ、構える。
いささか無骨にすぎるミトンのような手を、軋みをあげて握りしめた。
「ちょっと、どうしたの。何で剣を置くのよ?」
「やっぱり剣はダメだ。殴る蹴るはわりと楽だったから、そっちで受ける」
「敵が来てる、来てますわよ!?」
ロックはじっと相手を見据えた。敵は腕を広げ、猛然と迫ってくる。
恐ろしいなんてモノじゃない。
──だけれども、こいつなら。
振り回されてばかり。だがその僅かな時間でも、ロックにはノックスのことが僅かなりに掴めた気がした。
──こいつなら、やれる。
『俺のモノだぁ!』
「──そこだぁ!」
手を広げたメカニクナイトの空いた懐へと、ノックスが滑り込む。
捕まえんとする腕を掴み、振り向きながら背をメカニクナイトに押し当てた。
ノックスの脚を踏みしめる。
一瞬、きしむ音が操縦席に響いた。
『ぬ、ぬおぉぉっ!?』
『なに……何をするの!?』
異音に青い顔をしたユリエルも、ベロムスの情けない悲鳴に驚き、その方を見て目を剥いた。
周囲すべてを見ることのできる操縦席。その空を覆う影。
それはノックスに背負われ、深い一礼と共に投げられるメカニクナイトの姿。
メカニクナイトはノックスの腕に導かれるがまま宙を泳いで、地面に背から叩きつけられた。
──それはまるで、東洋に言う背負い投げ。
「ほんとに投げちゃった……」
「こいつなら、できると思った。というか、そうやって動いた」
確かな感触に、ロックはいぶかしがるように桿を握る手を改める。
だが、ユリエルは不満げな顔を隠さず、口を尖らせていた。
「あんまり無茶させ過ぎないでよ!」
「いや、そういうものだと……それに、君も調整したとか言ってなかったか?」
「調整だけね。この子を蘇らせたのは、ほとんどおじいさまだったから」
「そうだったか。だがその調整で、投げられた。投げてくれたよ」
「だからってねぇ……」
背中から叩きつけられたメカニクナイトは、全身から軋みをあげている。
あちこちから蒸気を漏らしながら、動かない。
「──ふぅむ、通常の雑騎士より補助の蒸気機関を増やしてパワーを確保したのは違いないけど、どんな構造……それにあの”手”は……?」
「すまないけれど、分析はあとだ」
興味深そうに首を伸ばしてメカニクナイトを観察するユリエルをよそに、ロックは傍らの小剣をノックスの手に取った。
その刃をメカニクナイトの首へと渡す。
「さあて、これで終わりです。もうその改造雑騎士は動けないでしょう」
『メカニクナイトだ小僧ども!』
訂正するが、もはや虚勢。
ああだこうだと罵声や呪いの言葉をわめくベロムスの声を聞き流して、ロックは隣の少女に尋ねた。
「ところで、だ……こいつをどうするんだい? とっちめるとかいってたが」
「──あ」
神妙なその問いに、気の抜けた返事をした。
忘れていた様子。
「なら、どうするんだ。引きずり下ろして叩きのめすのかい?」
「いや、そんな……」
先程までの興奮も、冷めきってしまったように。
戸惑うように頭を振って、ユリエルは黙ってしまった。
遠く響く音が、ノックスを通じてロックの耳に入る。
警察のサイレンだ。
倉庫街の端から人混みを裂いて警察車両がやってくるのがみえる。その後ろに続く大きな影は警察騎だ。
「ようやっと警察のご到着か」
「──行きましょう」
「良いのか?」
「良いんです」
ノックスはメカニクナイトに背を向けた。
重い足跡を響かせて、マンチェスターを覆う夜霧へと姿を消した。