1.馬車に揺られ悪意に揺られ
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ごろごろと車輪が音を立て、山道を馬車が行く。
イングランド西部。山は萌え、荒涼とした風が吹き下ろす山道は非常に心地よいものである。
普段住まう都会は煤臭いひどいものだということを再認識させられてしまうのは、どうなのやら。
だが悪く言うのもおかしなこと。
こうした滅多にないことを体験することも、旅の楽しみのひとつなのだから。
馬車に揺られて、のんびりするのもまた一興。
積み荷の山の上というのが少し危なっかしくはあるが、これも醍醐味なのだろう。
あくびをこぼし、ユリエルは目を擦る。
馬車の荷台には、山積みの木箱。その上に彼女の姿があった。
固い木箱が尻に痛くとも、この揺れはとても心地よい。
積み荷の山に身を任せて、天を見上げたときの晴れやかなこと。
乗り合い馬車だったら、こうもいかないに違いない。思わずその心地よさにはあくびもこぼれようものだ。
「風が気持ちいいですねぇ。このまま寝ちゃいそうです」
「まあいいんじゃないか。乗合馬車じゃあそう気楽にできるわけでもないからな」
その傍らで若い男、ロックが苦笑する。そういう彼もまた寝っ転がり、のんびり空を見上げていた。
「せめてコートは脱いでいただけませんかね」
「日差しがあろうと、このくらいがちょうど良いだろうて」
「シワになるんですよ……」
眉をひそめるユリエルに負けて、ロックはコートを脱いでいく。
そんな二人の言葉を聞いてか、からからと笑い声が馭者から響いた。
壮年の男だ。服にむりやり詰めこんだ恰幅のいい体を大きく揺らして、笑っている。
「乗合馬車よか荷馬車がいいとは、物好きだねお前さん」
「こういっちゃあなんだが、気楽で良いのさ。本当にありがとう。乗せてくれるとはな」
「なぁに、同じところが目的地なんだ。それくらいどうってことないさ」
同乗するロックの言葉に、また馭者は笑う。
ふもとの町で交渉したときから、この男はそうだった。
角のとれた柔らかな顔に、常に笑みを浮かべていた。
「こっちこそ、そんなところでずっと揺られてて良いのか心配になっちゃうね。お嬢さん、こっち来ないか?」
「いーや、よ!」
ふん、とユリエルはそっぽを向くのだが、そのわりに嫌そうと言うわけでもない。
「おぉ、そうかい。お尻が痛まないか心配だったんだけどね」
「このくらい慣れっこですよ」
「なら結構ですな!」
あえなく断られた馭者とて、それは同じ。これも戯れだ。
下衆じみた言葉も、この馭者ならあまり不快には案じない。
むしろ良い具合の茶化しとして、この旅を賑やかせてくれるのだ。
口元を隠し眼差しを緩めるユリエルにそっとロックも言った。
「そのわりには、敷物を引いているじゃないか」
「それとこれとは話が別です。それとも、ロックもほしいですか?」
「良いや、おれも慣れてる」
二人の言葉に、馭者は苦笑い。
「ま、こんな箱だらけじゃあ仕方ないですがね」
「気にしないで良いさ。わざわざ乗せてもらってるのだから、こちらでどうにかする」
「そうですか。しかしあなた方も運がいい。今回はモノは少ないですからな」
「これでも、か」
「ええ、これでも」
荷馬車には、小高い丘といえるほどに、木箱が積み上げられている。
それぞれにつまっているのは、騎士のパーツ。細かいものやら人ほどのものが、大小様々。
その全重量たるや馬四頭でようやくとろとろと進むほど。
「ずっとこんな金属の塊と付き合ってるのもつまらんものです。お客は願ったりですよ」
「ええ? 騎士のことを考えれば楽しくないかしら。どんな騎士に使うのか気になったりしない?」
「あいにく、私はそこまでは」
解せないように首を傾げたユリエルは、そっとロックに目線をやった。
その首が横に振られたものだから、わかってないと言わんばかりに肩を竦めた。
「私は気になって仕方ないわ。ここに一杯積んでいるのパーツは一体、どんな騎士に使うのかしらね?」
期待に小さな胸を膨らませて、彼女の細い手は、箱を撫で付ける。
その手つきはやさしい、慈しみあるものだ。
「見たところ関節の駆動系でしょう。どんな大きさ? どんな形式? どんな改造? 想像がとまらない!」
「そんなこと、言われてもねぇ」
熱意のこもった力説も、馭者にはピンと来ないようで、空回るばかり。
どこかすがるような視線を向けられても、ロックとしても困りもの。
ユリエルへそっと口を出す。
「無理に騎士を覗いたりするなよ。相手さんへの迷惑はこちらの方にも迷惑だ」
「しませんよ。相手の方にお願いして、整備まで見せてもらうだけです!」
「やっぱりそれか」
「あらぁ、いけません?」
たしかに、彼女は何度も誰かの騎士のもとへとお邪魔している。
騎士のことをずいぶんと誉めちぎるし、それ以上の喜びようには、持ち主も気を良くするというもの。
ロックも話を聞きに行く際には、彼女の行動が円滑材となることも多々あったから、感謝はしきれない。
とはいえ、今回は他の行商に相乗りする形だ。さすがにあっさり「はいどうぞ」とは言えない。
頬を膨らませる彼女に気を揉んでいると、馭者は顎を撫でながら言った。
「まあ、でも。気になるのでしたら、私からもお話はしてみましょう」
ずいぶんとあっさりとした言葉に、ロックは眼を丸くした。
諸手をあげてユリエルがはしゃぐのも脇におく。
「おいおい大将、こっちは相乗りさせてもらってるんだ。いくらなんでもそこまではやりすぎじゃないか」
「なあに、むしろそのお相手へのサービスですよ。あの人はそうそう客を嫌いません」
「ほら、良いって!」
「喜ぶのは話が通ってからだろう、全く。本当に申し訳ない」
ロックの言葉に、馭者は体を揺らす。やがて堪えきれないように、大きく笑った。
「仲の良いことで」
「あぁ、そうかな。そうかもな」
「もう」
からからとロックは笑うのにつられて、ユリエルも微笑み、その背を叩く。
なぜ叩くのか、不可解そうな顔をロックが見せるのがおかしくて、彼女も笑みを噛み殺した。
笑い合う二人の姿を不思議そうに見つめて、馭者は言う。
「それでご旅行、と言うにはちょっと目当てが妙な気もしますが。──あの写真のところに行きたい、と」
「ちょいと興味があってね」
そう言われてもしょうがない、とロックは苦笑する。
ロック・ロー・クラームは探偵だ。
英国中部マンチェスターに居を構える『セイムズ探偵事務所』に住まい、日夜依頼をこなしている。
相方に整備の学徒少女ユリエル、重騎士《ノックス》を迎えてからというもの、その依頼も増えてきたのが、嬉しいところ。
事務所の”名”である先代の”師匠”は、長きにわたって不在。
その代わりに残された多くの資料は、いまだ強い手がかりとして依頼解決にも一役買うことも少なくない。
今回の旅も、そうして残された古新聞がきっかけだった。
ロックが古い新聞のなかから見つけ出した、よく似た二騎の重騎士が山奥で争う写真。
その一騎がユリエルの知らぬ頃の《ノックス》と見たからには、動かない理由はなかった。
そもそも《ノックス》という名すら仮のもの。
ユリエルの死んだ”お祖父様”がどこかから持ってきたこと、その時に手足も失われていたことだけが、わかっている。
”名”も素性も来歴もわからぬとあっては、写真一枚でも手がかりになるやも知れぬのだ。
「記事を書いた記者を当たったが、たいした話は聞けずじまいでな。ならばいっそと、こうして乗り出したわけだ」
ロックは、傍らの大きなトランクを叩いて見せた。
マンチェスターから万全の準備と共に意気揚々と乗り出して、すでに一日。
列車を乗り継ぎ、こうして馬車に揺られている。
依頼が増えようがカツカツの生活が続く身。長旅は懐に痛いのだが、背に腹は変えられなかった。
「そっくりな重騎士なんて珍しいんだ。話があるなら、聞いてみたいんでな」
「はっはっは。そうやって飛び出せる事をお持ちとは、なんと良いことですな」
「まったくだ。そうも言ってくれるなら、何か知っていたりはしないかい?」
「そうですねぇ、あいにく私は噂を聞いただけなのですが、”それ”は向こうの山の原っぱだそうです」
その言葉を聞くなり、ユリエルは鞄から双眼鏡を取り出して、山々に向けた。
じっと食い入るように眺めるが、荷台から身を乗り出すあまりに落ちそうになる。
ロックが支えてなければ転げ落ちていただろうが、当の彼女も気にも止めずに双眼鏡を覗くばかりだ。
「興味津々なのは良いんですが、あいにく私はその時まさしくここに居ましてね」
そう言って馭者台を叩けば、乾いた木が、気の抜けた音を鳴らす。
「まさしく今のような具合で走らせてまして。そんな騒ぎは全く知りませんで」
「……それじゃあ、音にも聞いてなくて、ここから見えたりもしないわけ」
「ええ、ぐるりと山を回った先です。うまく見えても遠くですから厳しいでしょうな」
「あら……残念」
ユリエルはどこか不満げに、その手の双眼鏡を撫でた。
「それまでは風景でも楽しんでくださいや。都会とは全然違いますでしょう」
「えぇ、ほんとうに」
ユリエルは満足げに頷いた。
澄んだ空気に、のどかな日差し。見渡す限りの緑といい、素晴らしいとしか言いようがない。
何やら余裕のあまりある人たちが保養と言ってこういった山々や森に別荘を持つ訳が、はっきりとわかる。
また来よう、だなんてことをこの行きの最中ですでに思ってしまうほどには感銘を受けたのだ。
さりとて、不満もある。
「この景色を”騎士”で見たらまたひと味違うんでしょうけどねぇ」
やっぱりそれかと、馭者もロックも苦笑い。
「それは確かに良いものですが、ここらに輸送屋はあまりありませんからね」
「ほう、せっかくこんな広い道を取ってるんだ。やってそうなものだが」
馬車なぞ四つも五つも並べられそうな広い山道は、雑騎士を安全に歩かせるためのものだ。
いくらか風化して窪んだ足跡もあるというのに、馭者は首を振る。
「足りんのですよ。大抵は山で芝やら樹を刈るか、畑で鍬を振るってますよ」
「なるほどね、話は聞いていたけど確かにそう。今もどこかから聞こえてくるわぁ……」
ユリエルは瞳を閉じて、風に耳を澄ませている。
そのうっとりとした表情が、なんとも心地よさそうで。
「──聞かなきゃよかったかな」
一転、眉間にしわを寄せた。
「何が聞こえた」
「どこかの雑騎士よ。整備をサボった上に乱暴な扱い方をしている、耳障りなひどい音……2、いや3……?」
機嫌悪そうに吐き捨てたユリエルは、双眼鏡に目を凝らす。
見つけてやると息巻くが、はたしてほんとうに見つかるのやら。
「……聞こえたかい?」
「さぁ……?」
聞こえてくるのは、蹄と、車輪。風と、鳥。
どこにそのような機械があるのか皆目見当もつかず、馭者も、ロックも不思議そうに首をかしげていた。
●
「おんやぁ」
「何かあったのかい」
道行きをいって、しばらくのこと。
木漏れ日のなか、馬車に揺られていたロックは、馭者の声に身を起こした。
なんだと馭者が目を凝らすのは、さらに先の方。
「いやね、前のほうで馬車が止まっとるんですわ。なんか揉めてるようで」
「脱輪かしらね。車輪の回りでああだこうだと騒いでいるわ」
ずっと景色を眺めていたユリエルが、前方を双眼鏡で覗き見た。
「ほう、運が悪い」
「ぬかるみに足を持ってかれたかね」
「ええ、そうみたい。車輪が埋まってるわ」
昨日降った雨のせいか、所々で道はぬかるみ、緩くなっている箇所もいくらかあった。
危険な道のりだからこそ、大荷物で鈍足なこの馬車は余計に慎重に進まなければならない。
もし転びでもしたら、騎士のパーツに損傷が起きてもおかしくない。
しかしそれゆえ余裕を大いに持っていても当初の予定より遅れぎみではある。
馭者は悩ましげに顔をしかめた。
そして、ため息ひとつ。しょうがない、と嘆息する。
「私も手伝いましょうかね。このまま通りすがるのも気分が悪い」
向こうも気づいたように、こちらの馬車に手を振っている。
馭者がその方に馬車を寄せていくなか、双眼鏡の持ち主へとロックはささやいた。
「馬車の積み荷は見えるか?」
「待って。……錆びた金属部品、雑騎士のやつね。あとは木っ端に布切れ? 廃材集めでもやってるのかしら?」
見当もつかずに、彼女は唸る。その手から双眼鏡をもらい受け、ロックも覗き込んだ。
耳にした馭者も思い当たるものはなく、眉をひそめている。
近づくにつれ、馬車の姿がはっきりと見えてきた。
傾いた馬車の周囲に、四人の男。砂ぼこりで薄汚れた格好でこちらに手を振り、大声で呼び掛けている。
言うことは皆同じ。止まってくれ、助けてくれ。
彼らを示して、ロックは馭者へ尋ねた。
「彼らのなかに知り合いなり、見覚えあるのはいるかい?」
「いいや、いないな」
「ふむ」
その返事に満足するように頷いて、言った。
「速度そのまま。通りすぎた方が良さそうだ」
その言葉に首をかしげつつも、馭者は従い手綱を振るった。
そして手を振る一同に応じるように、ロックは声をあげた。
「どうしたんだい、こんなところで立ち往生とは」
「おう、ちょっとしたぬかるみと思ったら、引っ掛かるわでさんざんでな」
一団のなか、一回り上と見える壮年の男が答えた。濁ったような声が耳につく。
「抜け出そうにもなかなかうまくいかねぇんだよなぁ」
「さっさと行きたいんだよ」
「悪いが、あんたの馬車で引き上げちゃあくれねぇか。そうしたらさっさ行けるんだがな」
困り果てた様子で次々の口にする彼らをロックは一瞥し、
「悪いね、こっちも急いでるんだ」
やってくれ、とロックの言葉に応じて手綱が鳴る。
ぐんぐんと離れていく馬車の姿に、男たちは仰天。
なんだと肩を怒らせ、ぬかるみから踏み出す男らの形相は鬼気迫るもの。
それを見て、ロックは笑う。
「積み荷の木っ端を踏み台にすれば、簡単に引き上げられるさ」
残された言葉に男たちは不機嫌そうに互いを見合わせる。舌打ちを隠そうともしなかった。
●
「ほんとに良かったんですか?」
遠ざかりながらも聞こえてくる罵声を耳にして、ユリエルは怪訝な眼差しをロックに向けた。
四人の悪口は人でなしだのは優しいほうで、そのあまりの悪態と罵詈雑言には耳を押さえて苦い顔。
「降りたら最後、二度と騎士には触れないぞ」
「え」
「やっぱりあれ、盗人どもでしたか」
「え!?」
目を丸くし、慌てて双眼鏡を覗き込む。その先には、馬車の周囲で未だにくだ巻くあの一行。
車輪とぬかるみに苦闘する様子は、どこにもない。
「気だるそうにだらけてます……まさか、本当に?」
「彼らやその馬車に、なにか怪しいところはなかったか? せっかくだし、思い出してみて」
「思い出す……ですって?」
「ほら、今のことだし。なんでもいいから言ってみる」
いたずらじみた笑みをロックは浮かべていた。
──はて、何があっただろう。
ほんの先ほどのことなのだ。ユリエルは記憶をひっくり返し、見当をつけてみる。
「……そういえば全体的にあまり汚れてはいなかったような。泥とかあまりありませんでしたし」
なんとなしのものだが、ロックはにこやかに頷いた。その笑みは、出来のいい生徒を見る教師のよう。
それもひとつ、とロックは繋いだ。
「彼らの手足は大して汚れていなかった。ぬかるみで四苦八苦してたというには、泥ハネもほとんどない」
「──あ、本当。わりと綺麗なものね……埃まみれな感じはしますけど」
「ぬかるみに嵌まった車輪も完全に乾いていた。それほどに動かせないなら、服の汚れもまだらなはずだ」
まさかとユリエルは双眼鏡を向ければ、それは確かであった。
さて服の汚れは、ユリエルの記憶が間違いではなかった。
ならばと目を凝らして車輪をよく見れば、たしかに白くなっていた。泥に汚れたまま乾ききっているのだ。
双眼鏡を下ろして、感嘆の息を彼女は漏らした。
なるほど、馬車の男たちはたしかに怪しいもの。それなら今も動くことなく駄弁っていたのも納得がいく。
「あの男達はとにかくすべてがチグハグなんだよ。引っ掻き集めてポンと置いた、って具合にさ」
「こんな分かりやすいの、もっとちゃんと見とけば良かったわね」
「手足を見れただけ大したものさ」
そう言われながらも、ゆりえるは再び双眼鏡で男らを覗いた。
その姿に、ロックは嬉しそうに笑みを浮かべながら、何度も頷いている。
「そんな目配りとは、あんちゃん本当に探偵だったんだな」
振り向く馭者の言葉に、ロックの頬はひきつった。
馭者は意外そうに目を丸くしていたが、それはもう、魚のよう。
「信じていなかったのかい」
「言うだけなら簡単だろうよ」
「それもそうだな」
それもしかりと、ロックは嘆息。馭者と二人、笑いあう。
活気の声のなか、ふとユリエルも声をあげた。
「ねぇちょっと、ロック」
「どうした?」
「あの人たち、まだあそこにいますものね」
ほら、と手渡してきた双眼鏡を手にとって覗き込む。そこにはたしかに、あの馬車の男たち。
そして──
「一組、引っ掛かりました」
「あっちゃぁ……」
レンズのなかでは、気の良さそうな青年が馬の足を止め、男たちと言葉を交わしている。
今、降りた。
「誰だか知らんが、運の悪いのもいたもんだのう」
「えぇ、全くです」
「お前さんはわからなかっただろうに」
「それは言わないでよ」
茶化しながらも、ロックは馬車を飛び降りた。生乾きの地面が鈍い音をたてる。
「どうするの?」
「ちょいと歩きたくなっただけだよ。なあに護身の銃は持っている」
そう言って回転式拳銃を見せつけたかと思うと、さっと脇の森へと消えていった。
「おいおいどうするんだい、あの旦那は」
「それは、まあ……助けるのでしょうね」
「お人好しだな、旦那さん」
「まだ旦那じゃありませんからね?」
自分が避けた危険にわざわざ飛び込むなんてことを見れば、そう言うのも違いない。
そのことは、ユリエルも否定しなかった。
「でもお人好しなのは賛同します。私も前にそれを聞いたんですよ。そしたらなんていったと思います?」
「なんだって?」
「『そうでもなきゃ、探偵なんてやってない』って」
「なるほどねぇ……」
馭者は、納得するように頷くだけ。ただ、馬車馬の足は緩まり、止まった。
静かになった馬車の上で見ても、彼らの狼藉は続く。
若い男に掴みかかり殴り付け、押し入った馬車からは女性が一人、下ろされた。
さらに積み荷を荒そうというのか物色までもする始末。
そこにはまだ、ロックの姿はない。
相手は四人。ロックは拳銃を持っているとはいえさすがに不利だ。
はてさてならば、いかにして立ち向かおうというのか。不安と期待をにじませていた、その時である。
「──おおぉ!」
横合いの森からまばゆい閃光が、空に立ち上った。
あの閃光は重騎士の召喚の光だろう。
──そうか。ノックスを使うのか。
すいぶんと思いきったことをする。だがインパクトは絶大。男らも驚きをもってその光を見上げている。
木々を揺らし、空に飛び立つ鳥群のなか、森を割るように”騎士”が立つ。
雪か雲のようにまばゆい純白の装甲。その瞳は肩まで覆う大きな兜に隠されて窺えない。
その姿にユリエルは瞳を見開いた。
「──誰よ、あれ!」
ユリエルの記憶にあのような真っ白の騎士はいない。少なくともノックスでないのは、間違いない。
おもわず立ち上がって、彼女は叫んだ。あの騎士は、いったい。
その答えは馭者台から送られた。
「あれは、私の知ってる方です」
「誰かしら!?」
「ご依頼主ですよ」
呑気で、それでいてどこか誇らしげに積み荷の箱を馭者は叩く。
「あら……まぁ」
その言葉に、ユリエルは頬を染め、うっとりとした眼差しを白の騎士に向けた。
白の騎士は、甲高く関節を鳴らし、馬車の悪党へ向け一直線。
その青い眼差しが突き刺すのは、馬車の悪党ども。
高く掲げた両腕を馬車へと振り下ろし──悲鳴のような金切音。
そして全てを引き裂くようなけたたましい音が鳴り響いた。




