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貧乏探偵 ロボを駆る─テン・コマンド・ノックス!─   作者: 我武者羅
7.探偵自身が犯人であってはならない。ただし犯人に変装するなどの場合は除く
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5. 妙に思う



「ふふふ、いいじゃないのいいじゃないの」


 空は晴れわたり、穏やかな空っ風は思わず鼻唄でも刻みそうになる心地よさ。

 街を歩くユリエルが上機嫌で見下ろすのは、ロックの手元。彼が抱え込む木の箱たち。

 そのなかには、花瓶や皿がいくらかほどかある。

 どれも、ギルボン・ブライスの店で買ったものだ。


「やっぱりなかなかいい店でしたね、ブライスさんのところ」

「気に入ってくれたのはいいがね、やっぱりああいう店は肩身が苦しくなる」

「あらあら、楽しそうだったのに」

「まあ、馬車から見てもああも繁盛するのも、納得だよ」


 ロックが退屈そうに首を回す。これ見よがしでわざとらしいが、それでも抱えた箱は揺らさない。


 朝に二人が訪れたのは、ブライス商店。まさしく此度の依頼人の店だ。

 入ってみれば、そこには茶器やら皿から、ちょっとした小道具まで多くのものがよく揃っていた。

 そしてその良さと来たら、ロックが目を見張り、ユリエルも目移りしてしまうもの。

 

 色とりどり、絵画のような、まばゆさは、馬車の仲から見た光景とはまた一段と違う。

 足を踏み入れて、ユリエルはため息を堪えられなかったものだ。

 弾む心は、足取りも軽くさせてしまう。


「いやあ、いいもの買えましたよねぇ」

「ま、こういうのもたまにはいいな」

「ロックも良いって言ってくれたじゃないの。……でもねぇ、わざわざお金出さなくてもよかったのよ?」

 

 多少値が張るが、”騎士”の部品と比べれば安いもの。

 ロックが乗り出して買わなくてもいい、とユリエルは思う。

 だが、当のロックは首を傾げていた。その顔は、疑問というにはあきれの色が強い。

 何をいってるんだと口にしなくとも、その顔色が大いに主張する。


「その、ね。まだまだ厳しいんでしょ、お家賃。頑張ってやりくりしてて」

「このくらい、問題ないさ」


 その涼しい顔に、ユリエルもとやかく言う気は起きなかった。

 ただ、ひとつ。


「いいお話、聞けたみたいね」

「店員たちはよく働いているよ。礼儀正しく、お客に辛抱強く接する。”ああいう”店に合う、レベルの高さだ」


 「依頼が終わったら」なんていっていたロックがブライス商店に向かったのは、調査の一環だ。

 ユリエルとともに向かったのは、そのついで、といったところか。それでもユリエルに不満はない。


「商品のこととか、色々聞かせてくれたわよね。それも誰にも分け隔てないんだもの」

「そういう品のいい店は、なにかしら欲の捌け口があるものだからな」


 ──あとは目を盗めばいいんだし。

 さも当然のようにロックは言う。

 実際、ロックがすこし”握らせ”ればあとは一押し。すぐに堰を切ったように、話が溢れだしたのだ。

 横目で覗いていても、それはもう鮮やかなものだった。

 

「まあよくあることさ。予想はできたよ。あんな応接室を見たらな」

「ずいぶんと大変なものよね。あんなにギラギラと見せびらかしていたんだもの。その分は欲しいわよねぇ」

「まあ、誰も考えることだ。誰だろうと稼ぎたいものは稼ぎたいさ」


 それは俺もだと、苦笑を漏らす。


 ──あの店主の金遣いの荒さときたら!

 店員数人が口を開けば、揃ってそう言った。思い返せば、そうだろう。

 あの応接室の金銀財宝の数々で、店の品まるごとがいくつ買えることか。

 そこにさらに重騎士を買おうと言うのだから、あきれても仕方ない。


「面白くも退屈な話だよ。上司に不満は抱くもの。さりとて態度の悪い客だなんて、良くいるしなぁ」

「いいんじゃないですか。色々とお話、弾んでましたものね」


 満足げに頷いておきながらも、ユリエルは頬を膨らませる。

 綺麗所の店員と楽しそうに談笑していたのが、やはり不満に感じてしまう。

 誰だろうと話を聞くからには、関係のないことだろう。

 なのになんでまた、と自問するが、落としどころは見いだせない。


「どうした」

「いいえ、ちゃんと運んでくださいね。割れ物なんですから」

「わかってるさ」

「ならばよし」


 満足げにユリエルも頷いて、踵を鳴らす。


「──と」


 弾む足が、止まった。ユリエルが見上げるのは小さな劇場だ。

 並ぶ家々のなか、てかでかと大看板で張り出す演目はなにやら恋物語のよう。

 ユリエルは初めて見るものだ。


「なんだ、ここにでも興味を持ったか」

「もう、こんなときに冗談言わないでください」


 ユリエルが口を尖らせるのも横目に、ロックは抱えた箱を置く。

 わずかに皿たちが鳴くが、静かなもの。


「わかってるさ。すまんが、しばらく見ててくれ。ちょっと野暮用だ」

「こちらもわかってます。──お目当てのはもうすぐ出てくるみたいね」


 そばの立て看板には、出演者や公演時間が流れるような美しい筆致で描かれている。

 懐中時計を見てみればちょうど劇の終わりの時間。


「裏口に行ってくる」

「はい、いってらっしゃい。しっかり見ておきますから」


 そう言い切る頃にはロックの姿はなく。暫し裏手への道を見ていても影もつかめない。

 相変わらずの早さである。どうやればああも動けるのか、ユリエルにはさっぱりだ。

 さりとてわざわざ真似しようとは思わないのだけれども。


 ポツンと一人残されて、足元に積まれた箱をじっと見つめる。

 どうしたものかと考えて、そっと己の腕に抱え込んだ。


「持てはするのよねぇ、持ては」


 ”騎士”をいじっていれば、自然と腕力はつくもの。しかし今は作業服ではない。

 さすがに、持って運ぶのは辛いもの。不意にも対応できそうにない。前にもそんなことがあったものだ。


 ポツンと道端に立ち、再び大看板を見上げた。その絵のなかには、演者の名前が添えられている。

 その一つを、ユリエルは視線でなぞった。


 それは、三番目。主役を、物語を支える援助役。ラクター・ブラン。

 リンファにその名を聞いたことがある。いわく、生きる妖怪変化。すなわち──変装の名人。

 そして、ウェインにも。それはたしか……


 




 カルマン劇団の役者ラクター・ブランは、公演が終わるなり着替えて、外に向かった。


 本日の公演も盛況、満足はできるが、やはり反省点はいくつか出てきてしまうもの。

 普段ならば仲間と根を詰めてのと反省会。だがあいにく今日は先約が有った。

 それでも軽く話はしたものの、得たのは勝手な勘違いの冷やかしばかり。さっと聞き流して、裏口を出る。


 だが、その足はすぐに止まった。目の前に立ちふさがった男が一人。


 黒々とした髪、細い体格。ラクターと同じ年頃の青年だ。

 6フィートある己を、真正面から鳶色の瞳がとらえている。

 どこか眠たそうな、読み取れない眼差しにラクターの心はざわめいた。


 ──出待ちか!?

 ああ、なんと嬉しいもの。今は邪魔なはずなのに、そんな気持ちは吹き飛ぶほどの高揚が身を包む。

 なにせ己の”ファン”なのだ! 毛嫌いする同業もいるが、気が知れない。これを歓迎せずしてなにが役者か。


 いくらでも、いつまでも接していたいもの。とはいえ、用事があるのもまた事実。


「出待ちとはあり難いね。でも申し訳ないが、忙ぐんだ。サインで良いかな。君の名前は? ──良い名前だ」


 だから、ラクターはそう言った。左手には万年筆。いくらでもサインはかける。描きたくて、腕がうずく。 


 がっしりとした手が差し出した手帳を引ったくるように受け取って、開かれていたページにさっと書き上げた。

 ああ、会心の出来映えだ!──いや、ちょっと崩れたか?


 ほんのわずかな後悔を抱きながらも、青年に手帳を返した。心は乱しても、その表情は崩さない。

 あくまで”ラクター”は役者なのだ。ああ、そうあるべき。

 ファンを落胆させてはならないもの──


「ありがとうございます。わがままかもしれませんが、もう一つよろしいですかな。友人の分ですが」

「ああ、そのくらいなら構わないとも」


 そう言って、彼がもう一つ差し出すのを、ラクターは受け取った。

 二つ目の手帳。見ることが叶うとは思わなくて、腕が震えそうになる。

 二人もファンができたとは、なんと喜ばしいことか!


 手帳を開いて、さっと後ろのページを見開きに。

 再び、ペンを構えた。

 ──おっと、大事なことを忘れるところだった。


「そうだ、ご友人の名前は?」

「ああ──メラス・カマスで」


 振りかぶったペンが、止まった。

 そんな素振りもなかったように、さっと手帳にペンを走らせる。

 だが、出来上がりには満足しなかった。できなかった。


 入りからしてぶれたペン先は、サイン全体にまで影響を及ぼしている。崩れ、震えて、暴れている。

 最初のものと比べたら、その落差は一目瞭然。ラクターにしても、ここまでのものは経験がなかった。


「あ、ああ──すまない、ちょっと、ミスをしてしまった。書き直した方がいいかな、これは」


 ずいぶん恥知らずなことを言っている。いけないとは思っても、つい言葉にしてしまう。

 表情が保たれているか不安になってきてしまう。

 だが、青年はいたって気ににした様子がないのが、ほんのわずかばかりの支えになってくれた。

 サインが貰えたからか、彼は()()()()()


「いいえ、構いませんよ」


 彼の言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。だが、手帳を掴み取った彼の言葉は、またも心をざわめつかせた。


「よろしければ、すこしお話できないでしょうか、ラクター・ブランさん。それともメラス・カマス。ターカー・トラス。どれで呼んだらよろしいですかね」

「……好きなのでいいよ」


 ──表情は、作れているだろうか。

 そう自問を繰り返しながら、ターカーはじっと目の前の青年を見る。


 眠たそうな、気の抜けた眼差し。だと言うのに、獲物をとらえた猛禽のように、鋭く輝いて見える。 


「なあに、探偵ですよ──先程の、忙しいことに関しても十分関わりあるはずですから。特に、メラスさんについてはね」

「話は、そこのカフェかな?」


 ──ああ、いざ来ると、心臓に悪い。

 ターカーは笑って、足を動かした。 




「戻ったぞ」

「あら、ロック。お帰りなさい」


 再び姿を見せたロックに、ユリエルは微笑んだ。


「待たせたかな」

「いいえ、そうでもありませんよ」

「そうかぁ……?」


 けれどもその笑みにロックの顔は浮かない様子。

 彼女の腕には、買い物の箱がいくつか。そしてさらにその上に、いくつもの紙が重なっている。


 ふぅ、とそよぐ風に舞った一枚を掴みとれば、曰くどこぞで花屋が開いたという。

 一枚、掴みとる。どこぞの雑貨店がセール中。

 一枚。騎士拳闘、新シーズン開幕。

 一枚。さぁよっといで、目の前の劇場にて恋愛劇──


 そのどれもが、広告だった。

 紙束の積み上がりたるや、薄い木箱が一つ増えたよう。これにはロックも、顔がひきつる。

 目の前の彼女はもう、まばゆい満面の笑み


「……待たせた、ようだな」

「いいえ、待ってませんとも!」


 手をかざしたくなる。それほどに、眩しい。それほどに、目を背けたくなる。

 ロックはそっと、ユリエルの持つ箱を支えるように、その下に手を回した。

 その手が底にしっかり触れた途端、ユリエルはあっさりと手放す。

 何も言わず、表情も笑みを張り付かせたままだった。


 のし掛かる箱と紙束の重みに、腕が軋んだ。


「さ、行きましょう!」






 事務所に戻り、二人は荷を下ろしたのもつかの間。

 

「じゃあやっぱり、あのラクター…ターカー・トラスでしたっけ。よくわかりましたね」


 テーブルを挟んで向かい合い、ユリエルは感嘆の息を漏らした。

 ロックの聞き取り結果は上々だった。

 手を握って離し、腕の具合を確かめるようにしながら、ロックは言う。


「まあ、字の癖が一緒だったからな」

「癖、ですか?」

「そうそう。こいつを見てさ」


 そう言ってロックが取り出すのは、手帳と、切れはしらしいメモ用紙。


「もらったサインの筆跡は、ギルボン・ブライス氏が交わした書類の署名と特徴的な箇所は一致する」


 メモ用紙は署名の写し。依頼の際に見せてもらった書面のものだ。

 何やら書き付けていたのは、こういうことかと、ユリエルは納得する。


「歪みにトメハネ。誰でも癖はあるが左利きは特に出やすくてな。動揺してたらなおさらだ」

「一体何をしたのやら」

「ちょっとおどろかしただけだ」

「それでお話は聞けたんですよね」

「もちろん、バッチリだ」


 二人がこの劇場を訪れたのは、ラクター・ブラン─ターカー・トラスに会うためだ。

 彼こそ、祖父母である老夫婦に仲介した当人。


「たしかにメラス・カマスは、ターカー・トラスを通じて、あの老夫婦に倉庫を借りた」

「でも、メラスとはターカー本人で……なんだって分けてるんです?」

「分けておけば、別人になる。探すには一手間増えて、撹乱になる」


 それもそうかと、ユリエルは一瞬納得するように頷いて。


「……そのわりに、お粗末じゃないですか?」


 首を捻ると、ロックも首肯する。


「居もしない名家に仕えていた老執事。重騎士の宿はそこらの家。ちょっと探せば、すぐにわかる」

「ぼろぼろメッキが剥がれてますねぇ……」


 どれもこれも、触れてみればあっさりとわかったこと。

 その道に慣れたロックとはいえ、合わせても一日かかったかどうか。

 ずいぶんと早く、感じてしまう。


「それにな、あのターカー・トラス、後の方じゃ自分から話していたようなものだ」

「最初は隠していたんですか?」

「練習にちょうどよかったと」

「なんのです?」

「演技、インタビュー、その他諸々色々とな」

「なんとまぁ……」


 自分事というのに、ずいぶんと大胆なこと。

 ロックも似たように思うのか、苦笑いを隠さない。


 はた目からはただ談笑しているようにしか見えなくとも、本職の探偵相手となると何か違うのだろうか。


「……ちなみに《ムーア》のことは何か」

「そっちはさっぱり。その分メラスのことはあっさりとしゃべったがね。頼まれたから練習がてら、だとさ」


 道具やら衣装は役者のツテで用意して、変装は腕の試しどころ。

 そんな風にターカーは言っていた。

 悪びれたりなどは微塵もなく、それこそインタビューでも受けるように自信に溢れていたそう。


「で、これを頼んだのは誰なんです?」

「ああ、それなんだが──」


 その名前に、ユリエルは目を瞬かせた。

 眉間を揉んで、唸る。


「それも、あっさり?」


 ロックは首肯する。

 そっか、と。天を見上げて息をつく。


「ねぇ、これって、まるで──」


 憮然とした神妙に、そっとロックに確かめる。

 ロックもまた、真剣な眼差しで頷いた。


「ずいぶん楽なことだな。ちょっと調べれば、こうしてすぐにたどり着く」

「今、二日足らず─合わせて一日にもなってないわね。それでその正体まで行った」


 ──簡単すぎるのでは?


 その懸念を確かめ合うなり、ロックはコートを手に取った。

 ユリエルは、その背後に飛び付くように付き添う。


「じゃあ、早速次の捜査といこうじゃないか」

「えぇ、そうね!」


 情報を手にして考えるのは、大切なこと。ならばこそ、その結果たる推論を問うための、情報を。

 目指すは、トラス駐騎場。今日も彼らは、そこにいるはずだ。


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