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貧乏探偵 ロボを駆る─テン・コマンド・ノックス!─   作者: 我武者羅
6.探偵は偶然や勘によって事件を解決してはならない
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9.眠るもの/目覚めるもの

9/9


「……どう、なった……?」


 再び倒れ伏して沈黙した重騎士(ゴルフォナイト)を、グラントは固唾を呑んで見上げていた。


 ワイヤーをかけられた《たてがみの騎士》が、ゆっくりと動き出した。

 軋みをあげて首を回し、グラントを見据える。

 すくみそうになった体を、必死に鼓舞する。


「お、おお……?」

『こいつはもう大丈夫だ、おっさん』

「警部と呼ばんかぁ!──探偵か?」


 おう、と目の前の重騎士が言うのを、眼を瞬かせて、グラントは見つめていた。


『乗ってた男は拘束した。とりあえず大丈夫だ』

「そうか。なあお前、そこから動かせるか」

『動かせるのはできるが、いまちょっと厳しいな。ワイヤーの拘束が残ったままだ』

「どうせ引きちぎれるんだろ」

『それもそうだな─いいのか?』

「構わんよ。時間が惜しい」


 そう答えたとたん、膝立ちのまま《たてがみの騎士》が両手を天に突き上げた。

 引き裂かれたワイヤーは地に引かれて落ち、大蛇のようにの垂れ来るって塵と残骸を撒き散らす。

 その所業に、周囲から悲鳴が上がった。


『おおっと、すまない』

「ちゃんとやってくれ。ううむ、さすがのお前でも重騎士は難しいか」

『いや、それよりも、この脚なんだが』

「──脚?」


 どうしたものかと、膝に矢を受けたかのように《たてがみの騎士》は膝を叩く。

 顔が二眼状になっていることもあって、妙に人間臭いような仕草が、やけに様になっていた。


『俺は地下組だったろう。だがこいつのせいで道が塞がった。次はこいつが天井をぶち抜いて道ができた』

「それなら好都合ではないか。さっさとみんなを引き上げてくれて構わんのだぞ」


『そうか? 地下は地下で捕り物の最中だった。漏れたのが何人か逃げ出すかもしれないが』

「その程度の余裕はあるさ。うちの部下は優秀だからな。お前さんが取り残されてる間にあらかた済ませてるはずさ」


『それなら良いがな。じゃあ、ちょっと動かせば──』


 慎重に、《たてがみの騎士》が脚をあげる。

 ミシリと異音が響きながら、塵と共に脚が見えていくのを、グラントは固唾を呑んで見守っていた。



 皆の視線が、ほぼ一点にあつまっていた、その時のことである。



 意識の外、劇場残骸の一部が突如として盛り上がり、ひび割れ弾けた。

 舞い上がった土煙の中に、”騎士”の影が浮かぶ。


『──なに!?』

「また重騎士か!?」

『貴様も抵抗するか?』


 ”三”の警察騎が一騎、振り向きながら答えた、その瞬間。

 立ち込める塵を切り裂いて、影が飛び出した。


『え、なんで──』


 油断なく構え、それでも驚きを隠せなかった”三”。影はその脇を一目散に駆け抜ける。

 向かうのは、膝を埋めた《たてがみの騎士》。──ロックの元へと一直線。

 その早さ足るや、まさしく風の如し。その強靭な脚は、重騎士の証左。


 その影を見て、グラントは呆然と呟いた。


「──”今さら”だと?」


 その背後で耳ざわりな甲高い悲鳴が、周囲に響き渡る。

 乱入者の拳が、《たてがみの騎士》の両腕で受け止められていた。

 失敗していれば、その拳は胸を貫いて”心”まで潰していただろう。

 にじむ冷たい汗を感じて、ロックは息を呑む。

 真っ先に受け止めてひしゃげた右腕が、その威力を雄弁に物語る。


『なんだ、お前は』


 ロックが、声をあげる。上ずったような気がしたが、気にもならない。

 足元の警官らにも、気を配る余裕などない。

 彼らも呆然と、その乱入者を見上げていた。

 乱入者は周囲も意にかさず、空いた左腕を振りかぶる。


 またも衝撃が突き抜けて。次いで浮遊感がロックを襲う。


『──ぐ、がぁッ!?』


 えぐりこむようなフックが重騎士の脇腹に突き刺さる。その勢いは止まらない。

 重騎士の体を押し込み、埋まった膝まで引きずり出して、吹き飛ばした。

 

 取り押さえようとする”二”も”三”もあっさりといなし、重騎士の方へもろとも投げ飛ばす。


 のし掛かった二騎に《たてがみの騎士》はもがく。だが退かす前に重い足音が、そばに寄った。

 衝撃に舞い上がった塵に紛れて、血のように怪しく赤い眼光が、じっと見下ろす。

 きしむ体の音は重く、静かに響いてくる。

 

 ──なんだよ、こいつは。


 舐めるようなその視線を受けて、ロックは歯を食い縛る。


 その姿は、まさしく。


「なんだって『マスクマン』がここにいる……ッ!」


 ──いや、あれはまだ修理中。いるはずがない。

 ユリエルの愛でる《ノックス》に、目の前の重機士はよく似ている。

 胴鎧も兜も、そこかしこが異なっている。手足なんて、似たようなものを使っているだけ。色使いはまるで逆。


 くすみ、澱んだ、枯れ枝のような灰白の手足。何もかも吸い込み飲み込むような、艶めいた漆黒の胴と兜。

 『マスクマン』とは─《ノックス》とは違う。


──この『マスクマン』は、偽物だ。


 それでも、そう唱えなければ目の前の重騎士は『マスクマン』に見えてしまう。

 それほどに、その”立ち姿”はよく似ていた。


『偽物野郎が、なんだってんだ』


 露骨なまでのロックはその姿に精一杯の気炎を吐いた。

 のし掛かる警察騎で、まともな身動きは望めない。

 彼らを壊してでも動くしかない。そう覚悟を決め、操縦桿に手をかけて──


 『”偽”マスクマン』が答えることもなく。手出しをすることもなく。

 不意に外れの方を向くと、一気に駆け出した。

 その巨体に見合わぬ軽い駆け足の音が響き、遠ざかっていくのが聞こえる。


『逃げた……?』


 呆然とその姿を眺めた。

 なぜ、逃げたのか。何を目的としていたのか。脳裏に思考が駆け巡る。

 追いかけんとペダルを踏み込もうとし──銃声が、その足を止めた。


 それはカークライト劇場跡。拳銃を掲げたグラントが、重騎士の脚が埋まっていた坑に向けて叫ぶ。


「逃げようと思うなよ、貴様らぁ!」


 操縦席の画面は時おり霞んだようにぼやけるが、それでもその光景をしっかりと捉えた。

 警官の囲む坑から、怯えたように誰かの煤だらけの顔が覗く。


 彼らが恨めしそうに見つめるのは、いまだ行われる大捕物。

 煤埃まみれの男たちが四方八方に逃げ回るのを、警官らが群がるように追いたてる。


 どうやら、重騎士の脚が埋めていた坑から逃げ出したものたちがいる様子。


 騎士同士の戦闘のなか、外に出るとは。

 衝撃を受けていたとはいえ、なんと目ざとく大胆なことか。


「よくもまあ、やるよな」


 おもわず感嘆の息を吐いて、ロックは操縦席に身を倒した。

 警察騎をぶつけられたときに壊したのか、時おり磨りガラスのように画面が霞む。

 それでもきれいに細月が写りこむ。


「俺の分はもうちょい後かねぇ……」


 脇に転がる男を見て、嘆息。それはまさしく”樽”を喜んでいたあの大男。ぴくりと、その眉が震えている。


「──ぐ、ぐうぅ……お、れは……」

「よう、起きたようで」

「んん?……あぁ、あんた、あの樽の!」

「やぁ、樽の」

「て、めぇかよ。おれの騎士を、とりしやがって」

「なぁに、あんたに樽を渡したろ、その礼にもらっただけだ」

「てめぇ!」


 わめくその姿は、大柄な体を詰め込んだスーツには、あまり見合わぬもの。

 がぁ、と迫るその口を塞いで、ロックは再び席に身を沈めた。


 うめき声が脇から聞こえてくる。鋭い眼光に冷や汗たらり。あぁ、早くおさらばしたいもの。

 逃げた男らも次々にとらえられ、周囲の騒ぎも収まってきているのだから、すぐだろうが。

 騎士を起き上がらせようとして─眉を潜めて、ため息をつく。


「そっちの操縦者─ああ、三番さん、動かせる? こっちじゃどっか引っ掛かったみたいでダメだった」

『ちょ、ちょっと待ってください。──これでどうです』


 悲鳴のような音を立てながら、”三”の腕が動く。

 ひどく酔ったあとのようなぎこちなさで《たてがみの騎士》を起き上がらせると、今度は”二”の手をとった。

 鈍くも”二”が立ち上がるが、すぐに膝をついてしまう。

 次いで”三”は自力で起き上がるが、明らかに動きが精細を欠いている。


 どちらも操縦席のガラスは粉々に砕け、その中で操縦者も居心地悪そうに体を押さえている。

 二人で違うのは当たりどころだろうか。


「大丈夫か」

『ええ、まぁ、これくらいは……とにかく、仕事です。まだみんな頑張ってるんだ』

「気概でできるもんかい」


 なんと健気なことだろうか。ロックも思わず感心した。

 その足元に、グラントが近寄ってくる。見上げて、叫ぶ。


「おぅい、貴様ら! 容疑者の拘束はひとまず完了した。待機していろ」

『や、良いのかい?』


 くいと騎士の親指を向けるのは”偽物”の逃げ去ったほう。

 「わかってるだろうに」と、霞む視界でも明らかなほどにはグラントが大きく肩を竦めている。


「その状況でやろうというのならな」


 ため息混じりのあきれた言葉に、今度は《たてがみの騎士》が肩をすくめた。

 その際に響く軋みの音と来たら、操縦席の中が震えるほど。ここまで痛めては、走れようはずもない。

 なら、直接走る──


「──わけにもいかねぇか……」


 もう、あの”騎士”の姿は無い。闇の中、まばらにガス灯が見えるだけ。

 不満げな面持ちで、浮かせた腰をそっと下ろした。


「どうせ大きな作業は日が昇ってからだ──お前たちは一度休め。”一番”はもうそうしてる。毛布もたっぷり貸してやるぞ!」


 

 グラントのお言葉に三人は見合わせて、揃って苦笑する。

 答えは、二つ。






 エリック・セイムズ探偵事務所の扉が開かれたのは、日が十分に高く昇ってからのことであった。

 ふらふらと入ってきたロックは、資料室から顔をだしたユリエルにも目をくれず、そのままソファに倒れこむ。


「あら、帰っていたの」

「あー……まぁ、色々あってねぇ」


 珍しく精彩を欠く口調から察するように、ユリエルは眉を潜める。

 だが、ロックの姿を一目見るなり目を剥いた。


「ちょっと、コートくらいは脱ぎなさいって。というか塵だらけじゃない。誰が掃除してると!?」

「俺とお前で3対7……」

「そういうことじゃないでしょ、もう!」


 抱えたいくらかの瓶を机に置くと、コートを掴み上げる。ロックは身を起こして、されるがまま。

 くたくたの身としては、文句のひとつも言いようもないのが本音のところであった

 けれども、そんなこともどうでも良いのも、また本音。


「まったく、色々大変だったんでしょうけど、もうちょっと身の整理くらいはしなさいね」

「いやはや、申し訳ないねぇ……」

「それじゃあちゃっちゃと埃を払う! ついでに着替えなさいよ!」


 掲げたコートの汚れを見て、鼻を鳴らす。煤と埃と土まみれ。

 どこかで冒険でもしたような”勲章”だらけ。


「まったく。ずいぶん楽しそうだったみたいですね、もう!」


 その憤りを聞き流しながら、いくつも置かれた瓶をロックは眺めていた。

 透き通ったガラス瓶の中には、ぎっしりとつまったいくらかの豆と茶葉。


「それは?」

「これ? 朝に問屋さんから配達が来たときに、ついでにもらったんだって。お礼だそうよ?」


 報酬はちゃんとくれてるから、と渡された包みをしっかり懐にしまってから、ロックは瓶を眺めた。

 何やら見繕ってくれたらしく、上物に見える。書かれた産地も、噂に聞く高級品が多い。


「それでさ、これだけ良いやつなのか、わからないのがあるのよね。大家さんったら困り顔でね」


 そう言って渡された瓶を見て、ロックはおもわず瞬き一つ。

 詰め込まれた豆は乾いた、きれいな緑の色をしていた。


「乾燥させたコーヒー豆よね。これを煎って、焙煎させるのでしょう?」

「そうなんだが……これをくれたのか?」

「そうだけど、そんなに良いもの? 手間だから大家さんも困ったのかしら」


 どうしよう、と頬に手を添えるユリエルを見て、ロックは口許を緩めた。


「良いや。だがそんな顔にもなるはずだ。スリランカ産のコーヒー豆ときた」

「そんなに良いもの?」

「まあもう”それ”くらいしか残ってないだろうしな」

「──え?」

「最後の一瓶……かもしれない」

「──ええ?」


 神妙なその物言いに、不意打ちでも食らったようにユリエルが固まった


「はは、まさか、そんな冗談……」

「スリランカのコーヒー農園はな、病害で全滅した。文字通り。一つ残らずな」

「えぇ……」

「使えるかどうかもわからんが、好きにして良いんじゃないか。焙煎して飲んでもいいんだし」

「……生えますかね」

「乾燥させてるだけだが……お前なぁ」


 唐突な思い付きには、ロックも呆れを隠せない。


「ま、そこらは後で良いでしょう。そんなにクタクタで、ご飯はちゃんと食べたんですか? 持ってきましょうか?」

「いや、ひとまず寝るからさ……」


 そう言って力なくソファに身を横たえるのを、しょうがないとユリエルは苦笑する。


「もう、それならたっぷりしっかり寝ててください。睡眠は万事を助けます」


 良いこと言った、とばかりに満足げに頷く。

 その言葉は実感に溢れていた。


「ほぉら、掛布ですよー」

「おぉ、ありがとう……いやあ、いつものソファがありがたくて仕方ない……」

「そんなに大変だったんですか──いや、言わなくても良いわ」


 珍しいロックの疲労ぶりからして、あからさま。ユリエルは嘆息する。


「どうせ夜通し手伝って、振り回され振り回しでしょう」

「まあな。美術品が一杯見つかって、警察は大わらわだよ。もちろん『ビルストイの騎士』もしっかり確保した」

「あぁ、それは良かった」


 そっと薄い胸を撫で下ろす。

 『ビルストイの騎士』を知り、見てしまった身としては、気がかりになっていた。


「それに重騎士が二騎も出張ってきたけど一つ乗っ取って、戦ってさぁ──」

「まぁ。ノックスもないのに無茶してますね。いったいどうやったのか、甚だ疑問に感じます」


 そう言った次の瞬間には、ぐいとユリエルは笑みを浮かべてロックに迫った。 

 うつらうつらと、彼は船を漕いでいる。鼻息がこそばゆい。


「それでどんな”騎士”だったのか教えてくださいよ、乗っ取ったのと戦ったの! それくらい良いでしょう? ねぇ!」

「……おまえさんは結局ぶれないねぇ。それが良いんだが」

「はい?」


 何を言っているのだろうかと、ユリエルは首を捻る。

 大きなあくびに涙をにじませて、ロックはポツリと呟いた。


「『マスクマン』の偽物とやりあってさ──」

「──はぁ!?」


 その反応は見事なもの。大口を開け呆然とした一瞬のうちに、ロックはもう夢の中。


「え、『マスクマン』? 偽物? どういうことよ。ねぇ、ちょっと、寝るなぁぁっ!?」


 天も地も貫く叫びが、事務所に響く。

 そんなことなど露知らず、ロックの寝息は非常に心地良いものであった。


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