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貧乏探偵 ロボを駆る─テン・コマンド・ノックス!─   作者: 我武者羅
1.犯人は物語の序盤に登場していなければならない
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4. ”十戒”を唱えよ

 下半身にまとわりつく倉庫を蹴破りながら改造雑騎士(メカニクナイト)が歩く。

 引き裂かれる倉庫の悲鳴に耳を被いながら、ロックは必死に走っていた。


「ええい何よ、ただの改造雑騎士の癖に!」

「吠えるのは後だって!」


 腕の中には、憤慨しつつもつぶさに観察しようとするユリエル。

 逃げ出す周囲の作業員の波の中、ロックは考える。

 ──どこに逃げる?

 運河に行こうとしてと、ユリエルが泳げるかもわからない。

 町中に逃げ出すなんてのは論外。被害を増やすことにしかならない。

 だからといって道が広く見晴らしが良い倉庫を逃げ回っても、すぐに見つかってしまう。



 その時、ロックを突如影が覆った。見上げれば、そこにたつのは作業用の雑騎士(ワークナー)。それが、三機並び立つ。

 首の埋まった、丸太のような手足の太っちょな姿。頼り無さげな姿。《ブランパー》と呼ばれる種。

 だが鉄板を打ち付けた奇妙な鎧、もうもうと煙をあちこちから吐き出すメカニクナイトと比べれば、まさしく危機に立ち上がった勇姿である。


『なんだなんだぁ!』

『なにを暴れてやがる!』

『給料安いのかぁ!?』


 突然のことに苛立つ作業員が、周囲を構わず進むメカニクナイトの前に立ちふさがったのだ。


『あぁ、なんじゃお前らは、ワシの研究の邪魔するでない!』

『おめぇあのヘンテコ工場のジジイか! へんなもん作りやがって、作業の邪魔だ!』


 好き勝手暴れまくるベロムズに業を煮やしたように、気炎を吐くと、メカニクナイトへ向けてのったりと走り出した。

 雑騎士を取り押さえるには雑騎士を。それが対処の一番だ。

 だが、それは普段の時に限る。


『三機で敵うものかよ!』


 三機のブランパーは作業用のハンマーやそこらで壊された工場の鉄骨を手にすると、すぐに取り囲む。


「ダメよ、普通の雑騎士じゃ!」

『鈍いわぁ!』


 ユリエルの叫びが聞こえるわけもなく、三機は次々とメカニクナイトに迫る。

 正面、風を切って振り下ろされるハンマーを、メカニクナイトは振り上げた剣で腕ごと切り飛ばした。


『なんだとぉ!』


 切り飛ばされたハンマーと両手は遠くへと飛んで行き、運河へ落ちて三つの大きな音と柱を立ち上げた。

 

『覚悟ぉ!』

『ふんぬ!』


 背後から、二機目のブランパーが鉄骨を突き刺そうとする。

 だがメカニクナイトが剣の柄尻を鉄骨に叩きつけると、鉄骨は弾かれてそのまま地面に突き立った。

 ブランパーは勢いが止まらず、己の腹に鉄骨が深くめり込み、突き抜けて止まった。


『おぉ、こりゃあ面白い!』

『二人をよくもぉ!』


 三機目、いくぶんか若い男がブランパーを突っ込ませる。その手には、壊された工場から引き剥がした鉄板を構え、盾にしていた。

 ベロムズが剣を振ると、鉄板に深く食い込んで止まった。メカニクナイトが剣を動かそうとするが、鉄板が噛み合って動かない。


『これで剣は使えないだろ!』


 してやったり。喜びの声をあげた時である。

 ギチリ、と鉄板が鳴った。


『──え』


 剣が、さらに深く切り込んでいる。

 メカニクナイトが踏み込みながら力を入れると、金切音とともに鉄板が裂けた。

 そのままブランパーの上半身とともに地面に落ちて、”二つ”轟音と土煙をあげた。


 後に立つのはメカニクナイトと、寂しく立ち尽くす下半身。

 その刃は雑騎士までも届き、その腰をも切り裂いていたのだ。


『そ、そんな……ひひぃぃぃっ!?』

『逃げろ逃げろ!ちゃちな太っちょ(ワークナー)なんぞでメカニクナイトに敵うと思うのが間違いだ!』


 最後に残された腕なしのブランパーが、慌てて去っていく。

 その姿を見て、ベロムスは高らかに笑った。




「もったいないな、あんなものはもう警察がやりあうものだぞ」


 あっさりと三機のブランパーが退けられたのを見て、ロックは嘆息する。

 雑騎士が敵わないその力が、隣の少女に向けられていることに、戦慄する。

 ──このようなこと、探偵の領分ではないのでは。

 このまま荷物を捨てたい。そんなよぎる思いを振り払う。

 そんなことを考えたことを、恥じる。

 依頼人を見捨てないのが探偵と、師匠は言っていたのだ。頼れるものは頼ってしまえとも。


「これなら、警察が来るだろうさ」


 だが、ユリエルは首を振る。


「警察じゃだめ」

「──警察騎士がか? ……やっぱりか?」

「あいつの作り方からして、作業用と警察用も、力負けして当然なのがわからないの?」

「俺はわからん」

「補助動力の蒸気機関が増やされてるのは一目でわかるでしょ。力は増し過ぎても普通なら"新造部品が負ける"し、あんな繊細な四つ指なんて絶対無理」

「普通じゃないから、警察でも歯が立たないと」

「あれはただ強いだけの作業用だし……それに、警察には、伝えたくない」

「そうだったな」

 

 ついぞそればかり。だが、それほどにその意思は固いということ。


「だが、さすがにこの騒ぎじゃ、勝手に出てくるぞ」


 運河の対岸でも、ランタンの明かりが次々と点っているのが見える。

 周囲も人の怒号が響き、大きな騒ぎとなっている。


「でも、警察じゃどうせやられるわ。あれは色塗って灯りをつけただけの雑騎士だもの。だから──」


 見上げたユリエルが、ロックの顔を覗き込む。

 澄んだ青色の瞳がロックを見つめる。その青に吸い込まれるようで──


「──あなたが倒して」

「何?」

「策はあるわ──」


 手を差し出しながら彼女の口にした言葉に、ロックは目を丸くした。


 ──いま、なんといった、こいつ。

 ユリエルの言葉に驚いて、その手の中の”煙草パイプ”をロックは見つめた。

 




 逃げ回っているうちに日が沈み、辺りは暗くなっていた。

 一角の草原で二人は足を止めた。

 工事を予定していたのだろうか、周囲にいくらか資材が転がっているだけで大した遮蔽物もまったくない、雑草が生い茂るだけの小さな広場。

 光が、二人を照らした。《メカニクナイト》の眼光が強烈な灯りなっていた。

 メカニクナイトが、重い体を引きずるように迫ってくる。それでも、二人は動かない。


『こんなところに逃げるとは、観念したかぁ!?』


 目の前でメカニクナイトが剣を振り下ろす。しかし迫る鉄剣は、光の壁によって阻まれた。


『こ、これは、なんだ!』


 いくら殴ろうとも、光の壁は強固にその拳を阻む。

 その度に飛び散る火花に冷や汗を感じながらも、二人はしっかりと立っている。

 その光源は、ユリエルが手にする煙草パイプだ。ぼんやりと光を放つそれを中心に、光がドームとなって二人を包んでいる。


「破れないよな?」

「大丈夫──私に合わせて、教えた通りにお願いね」

「その……"唄"でできるのか」

「"十戒(テン・コマンド)"よ──《ノックス》を起こす()()()()()!」


 怪訝な顔であったロックも、ユリエルの自信に溢れた眼差しに意を決した。

 ユリエルがかざしたパイプに手を重ねる。

 金属製という奇妙な煙草パイプから、人肌とはまた違う不思議な暖かみがあった。


「──"さて、始めよう"」

 

 合わせて、言葉を紡ぐ。

 ギシリと、どこかできしむような音がした。


「──彼は明白な(チェック)()である!(ワン)

「──これは至るには、超常(チェック)()無きも(ツー)のである!」


 叫ぶうちに、地鳴りが響く。

 二人の背後に現れるのは巨大な、金属のつぼみのようなもの。

 それは目の前のメカニクナイトよりも、大きかった。


「──この解は、誤魔化し(チェック)()き明白(スリー)のものである!」

「──この解に至るは、明(チェック)()である(フォー)ものである!」 


 唱える度、幾重にも在る花弁がひとつ、またひとつと輝いていく。

 それは、何者も照らす金の色。


「──この解に至るは、妖魔(チェック)()わらぬ潔(ファイブ)白の道である!」

「──この解に至るは、偶然(チェック)()よらぬも(シックス)のである!」

「──この解に、我らに(チェック)()は微塵(セブン)も無し!」



『何を、何をやってるんだ、こいつらは……』


 ベロムスは、困惑を隠せない。

 よくわからぬ二人の唄。だが彼らが一言唱える度に、つぼみの光は増していく。

 一言唱える度に、そのつぼみから、目を放せなくなる。


『……まさか、貴様ら、持っていたのか!?』



「──ここに至る解法は(チェック)()てを明(エイト)かすことができる!」


 ポタリと、ロックの額にも汗が浮かんでいた。

 唱える度に、背後に迫る力は増していく。”つぼみ”では収まらない、何かがいる。


「──此度の問いは(チェック)()こに全(ナイン)て明かされた!」


 パイプを握り合う二人の手にも、汗がにじむ。

 汗ばむユリエルとも視線が合わさり、しっかりと握り直した。


「──ここに在るは己(チェック)()闘いで(テン)ある!」


 花弁の全てに光が灯り、輝く。


「──ここに十戒(オールチェック)()果たされた(グリーン)!」


 組み合った手を掲げ、共に叫ぶ。


「──ここに顕現、武偵機攻"ノックス"!」


 カチリ、と何かが外れる音がした。


 つぼみが開き、華が咲く。

 溢れた光が、マンチェスターの真夜中を割いた。





 気づけば、ロックは操縦席に座っていた、


「ここは、雑騎士(ワークナー)の操縦席か?」


 ロックには何度も見た、雑騎士の操縦席のように見える。

 だが、雰囲気が少々違っていた。

 桿やペダルには籠手や具足までも付き、周囲のボタンやレバーも増えている。


 金の煙から垣間見える周囲の景色は、工場地帯を越え、住宅街や中心部まで、明かりどころかその姿形までもよく見える。

 だが、普段の鉄管の枠とガラス張りの大窓はどこにもない。

 手を伸ばして触れればたしかに壁がある。叩く感触はガラスではないが。


「ガラスじゃない……?というか、俺はいつの間にここに……」

「外の風景が投影されています。投影機(テレビジョン)と言うそうですよ」


 操縦席に寄りかかって、ユリエルが答えた。


 鮮明な画面のなか、遠く遠巻きに民衆が眺めているのがちらほらと見える。その驚いた表情と来たら、どれも指差して、呆然と見つめている。

 その彼らの表情を見て、ユリエルにたまらないようにクスリと笑った。


「こいつは、まさか……重騎士(ゴルフォナイト)か?」

「ええ、その通り。重騎士ノックス。おじいさまの秘蔵っ子」


 自慢げに答えたユリエルは、そっと目の前のシステムパネルを撫でた。

 その手が触れるのは、型に填められたあの”煙草パイプ”。


「ありがとうございます。この子の勇姿を見れそうです」

「なんだかわからないが、礼は早い。まずするべきは──」

「──ええ、そうね。まずは突破しなきゃ」


 金の霧の中、相対する”敵”の姿が浮かぶ。

 衝撃からか、震えたようにしながら動かない。


 操縦桿を握る手を、ユリエルが触れた。


「操作は、ほとんど雑騎士と変わりません」


 細く、柔らかく、暖かな手のひらが、ロックの手に重なり包む。


「あなたに任せます、探偵。しっかり動かしてください」

「任されました、依頼人。しっかり捕まっていてください」


 敵を見据えて、ロックは一気に桿を押し込んだ。

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