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貧乏探偵 ロボを駆る─テン・コマンド・ノックス!─   作者: 我武者羅
6.探偵は偶然や勘によって事件を解決してはならない
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3.探偵十八番

3/9

 茶豆問屋の少年が一人、帰ってきていない。

 警官一人で探し回っても見つからず、家たる問屋に姿はない。

 共に居たという肝心の父親は、荷を待つ港で足止めときた。


 さぁ行きて来たりて人探し。少年は一体どこにいるのやら。

 ここが若き探偵ロック・ロー・クラームの腕の見せ所。


「ロックなら、大丈夫でしょうけど……」


 木陰のなか、ユリエルはくるくると日傘を弄くって回す。

 ロックならばお手のもの──とはいえ、何もしないというのもユリエルにしてみれば後味が悪い。

 そう思って彼に倣い、通りがかる人たちに聞いてはみたものの、その結果がこの待ちぼうけ。


 やはり蛇の道は蛇。木陰で遊んでいるのが一番なのだろうかよう。


 あくびを噛み締めて見つめる先では、ロックが女性たちと話し込んでいる。


 カフェテラスで茶会なんてしていたらしい、二人組。

 揺ったりとした淡い赤のドレスと白のバヨネット、黒髪がよく合う彼女は、眼をよく引く。

 もう一人も、まとめあげた金髪が、すらりとした細身に合うブラウス姿。

 クスクスと口許を押さえつつ、三人仲良く談笑している姿には、不満のようなものを感じざるを得なかった。


 暫し話して、別れたロックが、戻って来る。


「で、どうです。何かわかりましたか」

「あぁ、少年はこの道を港に通っていったそうだ……ずいぶんと機嫌が悪そうだが、どうした。眠いのか?」

「いいえ。ところでなんだってあの人たちに聞きに行ったんです」


 ふうむ、とうなり、腕を組む。そっと示したのは、彼女らのテーブルの上。


「バスケットやさらにカップと色々あっただろう。カップの紅茶の染みなんて時間を測るのにはちょうど良い。ふたりは染みが浮かぶまで、そこにいたということだ」

「はぁ……なるほど。わたしもたいして聞けていませんね。港に行ったとばかりで」


 あたりに馴染み深い住人たちとあって、かの少年のことに思い当たる人も多かった。

 だからといえ、みんなが今日に姿をみたわけでもない。そういったただの”外れ”は仕方ない。


 問題は”大外れ”。ナンパであったり、聞いてもいない世間話。

 ──あぁ、思い出すだけでも腹が立つ。


「よくやっていけていますよね、ロック……」

「こればかりは本当に慣れだ。探偵の仕事はいつもこういうのだよ」


 なんとなしに、ロックは頷く。得意気すらない、当然というほどに清々しいもの。


「その日の行動を、普段の傾向を加味して視界を広げて捜索していく。その繰り返しだからな」

「そういうもの?」

「気まぐれとか迷子ならな。知り合いなら尚良い─それに、ユリエルは良い情報をくれたよ」


 え、とユリエルはその顔を見上げた。

 彼の行方は聞けなかったというのに。第一、ロックもすでにこの情報は持っているだろう。

 それでも良いとロックは頷く。


「”港に行った”という話しかないなら、ここには彼は”まだ帰ってきていない”ってことになる」


 ユリエルは、まばたき一つ。

 なるほど、と飲み込む間にさっさとロックが港の方へ行くのを、慌てて追いかけた。





 二人は彼の行方を尋ねて回った。

 時おり聞ける話では、彼は港から真っ直ぐに帰っていくことがわかる。

 しっかりと、小さな樽を─”彼”にしてみれば十分に大きな樽を抱えていた。

 そうして、彼の道筋をたどり、ふらつくようにしてやって来たのは、二つほど脇道にそれた緩やかな坂。


「こんなところまで……来る? あんなに道を逸れているじゃない」

「たった道を二つだ。気まぐれでも良くやるだろ?」

「……まぁ……わからなくは、ないかな」


 歯切れ悪く口を濁しながら、坂を見上げる。


 石畳におおわれた坂は緩やかなもの。両脇は塀、周囲も建物の影になって日当たりも悪い。

 人通りも少なく手入れも悪くてあちらこちら崩れている。

 あまり近寄りたくはないよう雰囲気の場所。ロックがここに惹かれたのはそれゆえ、だろうか


「暗がり、本筋の道からは少し離れてる。人通りも少ない。なにかやるなら絶好の場所だね」

「うわぁ……まさかほんとに、なにかあると?」

「さぁ、そのために調べるんだけど……人はいるかな」


 そうしてロックが見上げるのは、周囲の建物。

 この坂を向く窓には、坂の上方に掛かる洗濯物なんてものもある。住人の証拠だ。

 とはいえ、それが目撃者であるとは限らない。


「また、根気強く探すしかないな」

「なんか落としていったりしてないかしら……」

「さぁ、どうだか」


 そうして、坂を昇ろうとしていた時である。

 感じたものに、ユリエルは思わず周囲を見渡した。

 ロックが首をかしげるのを横目に、鼻をひくつかせる。


 あまり吸いたくない、塵臭い排煙のなかに、引かれる香りがある。


「これって……紅茶ですか?」


 《小鳥の宿り木》でも嗅いだ覚えのある、甘くもしっかりとした良い香り。


「ほうこいつは……」


 ロックも気づいたように、周囲を探る。

 誰かがいるのだろう。

 ユリエルは単にそう考えたが、ロックは違う。元を辿ると、顔つきを変えた。


 香りの方にあるのは、割れた塀。

 その大きな割れ目からはみ出してまで生い茂る草木の奥から、香りが漂ってくる。


「よし、行くぞ」

「あ、ちょっと待ってください!」


 獣道のようにある隙間に、ロックは構わず分け入っていくので、ユリエルも慌てて追いかけた。


 スカートの裾が、枝葉に引っ掛かりそうになるのを気を付けて進んでいく。

 ようやく抜けるとそこはぼろの建物の一角、小さな広場。


 そこには木陰のなかに座る老人が一人。

 伸ばしっぱなしの髪と髭、ボロボロのその装いは、浮浪者そのもの。

 板作りの簡素に過ぎる小屋をそばに、傍らの焚き火で湯を湧かし、楽しそうに覗き込むには焼け焦げくすんだ銀のポッド。

 ふわりと漂う香りは、穴をくすぐる心地よい紅茶の香り。


 ユリエルまでも姿を見せて、老人はまるで初めて気がついたように顔をあげた。

 何とも変わった様子のその老人は、ふたりの姿を見るとそっと皿を取り出した。

 かちりと、陶器の澄んだ音が響くとその佇まいをぎこちなく直す

 体をちぢこませようとしているような、その男の前に、皿を挟むようにしてロックは座った。


「今日のお茶は、どうだい」

「嗅いでごらんなさい」


 世間話でもするようなそのことばに、老人も応じる。そっと彼の開いた手にしたがって、ポッドを扇いだ。

 ロックがしっかりと頷くのを替えが満足げに頷いた。


「”採れ立て”の上物でですからして」

「へぇ……どれくらい?」

「一時間ほどですかな」


 ──それは嘘ではないだろうか?

 悪戯じみた笑みの老人言葉に、ユリエルは思った。


 この英国では気候もあってまともに茶葉は採れない。

 ほぼ東の、インドのほうから輸入しているのだと大家やマスターから聞いたことがある。

 第一、紅茶葉にするまでの熟成でも、かなりの時間が掛かる。


 ロックもそれくらいのことはわかっているはず。

 だと言うのに、意外そうな掘り出し物でも見つけたような満面の笑みを浮かべていた。


「そんなところがあるなんてなぁ。それもこんな上物。気になってしまうな」

「知りたい?知りたいですかな」

「ええ、是非とも」

「そうですなぁ──」


 もったいぶるように、男は首を大袈裟にかしげる。

んん?と向かいにもう一捻り。ニヤニヤとした意地悪げな笑みは、どうにも癪にさわる。



 けれども、ロックが銀貨を取り出せば、急に変わった。空に放られたそれをじいっと見入っている。

 皿に落ちて、周囲に澄み渡る音を恍惚するように聞き届けると、ポツリと、言った。


「おぉ、おぉ、ありがたき恵み。これで今宵の夕げに彩りが……」


 楽しげにそうこぼすと、老人は傍らの屑山をまさぐった。空箱やら服やら、何かと雑然とつまれた山。

 ゴミを積んだだけに見えるかもしれないが、当人にはそうではない、のだろう。


 ──”おじいさま”もあんなもの作ってたっけなぁ。


 あきれたような、懐かしむような思いが、ふと胸ににじむ。

 けれどもその中からひょいと取り出されたものに、ユリエルは悲鳴を慌てて押さえた


 そんなことも気づかずに、老人はうれしそうに、ロックに見せびらかしている。

 それは─小さな樽。

 小柄な老人でも─それこそ少年でも抱えられそうな、小さなもの。


 ほうら、と嬉しそうに開けば、そのなかにはみっちりとつまった茶葉がある。


 彼ともあろう人が気づかずはずもない。

 だが、そんなことはおくびにも出さず、ロックも興味深げに、首を伸ばして覗き込む。


「たしかにこいつは、いいものだな。そのままでもよく薫る」

「えぇ、えぇ、わかりますか。これも、お恵み戴いたものにございますれば」

「へぇ、そんな良いものをくれるなんて、どんな人だい?」

「”愛らしき男の子”か、”巌のような男”が坂の上から私の方に恵んでくださったのですよ」


 その言葉に、ロックは首をかしげた。


「ずいぶん違うようだが?」

「どちらかと思うのですが、あいにく私には。二人が丘を上っていったのは確かなんですが」

「──へぇ?そいつは面白い」


 ロックが広角をつり上げるのをみたのか、老人はそっと樽を差し出した。


「もしや、その方たちをお求めですかな。でしたら、これを届けてくださいな」

「良いのかい。あなたの恵みものだろうに」

「なにせこいつは拾い物。ちょっとのおこぼれをくだされば」


 そう言って、老人は紅茶を一口含む。血のように赤く濃い紅茶を飲み下し、満足そうに微笑んだ。


「これで、よし」

「相変わらずだねぇ”あんた”」

「それはそれは」


 ほれ、と樽を受け取って、ロックはピクリと眉をあげる。

 その様子に、老人はまた笑う。


「あの人にも、よろしくお伝えくだされば、なおの事」

「さぁて、会えれば良いがね」

「世はめぐるもの。事を成せば、どこかで逢うこともありましょうぞ」

「──あぁ、そうだな。行くぞ、ユリエル」

「えっ……ええ」


 そっと一礼して、ユリエルは茂みに戻っていく。その間も、彼は手を振っていた。

 ロックはその姿も見ることもなく、空いた手をそっと挙げただけ。


 藪を抜けて元の坂に戻ってくれば、煤臭い空気が出迎えた。普段通りのマンチェスターの町の臭いが鼻につく。

 絡み付く葉を払い落とし、枝に割かれた布がないことにひと安心。

 そんな事もロックは気にする事もなく行こうとするものだから、ユリエルは食い止めた。


「なんだったんです、あの人。物乞いにしては違った様子というか……そもそも場所が悪すぎません?」


 それもそうだな、と。

 ひっつく枝葉を叩かれ落とされながら、彼は苦笑い。


「あの人はあの辺りの”ぬし”だからな。細かいことは聞くなよ。師匠のほうが知ってるから」

「あぁ、だから、さっき」


 ──”あの人”と。

 合点がいって、頷く。


「そういうこと。師匠はどれだけの人からツケをためてるんだかねぇ。そろそろ数えきれなくなってきたよ」


 そう言う彼の浮かべる笑みは、どこか寂しそう。


「そんな人なら、少年君の行方もしっかり教えて欲しかったですけれどね。見つけたのは樽だけじゃないですか」

「まぁ、そうだがな……」


 黙ってユリエルのはたきを受けていたロック。

 いくらかひっくり返したりと弄っていたかと思うとふたを開け、おもむろに樽のなかに手を突っ込んだ。

 かき回して、手を奥へ、奥へと沈めていく。茶葉がこぼれることにも厭わない。


「ロック? 何を? 茶葉が……ああ」

「いやなに、ちょっと……ね!」


 何かあったのか顔色を変えると、ゆっくりと腕を抜いていく。

 膝まづき、樽へと落ちる茶葉のなか、引き抜いたその手には、何かの像が似られていた。

 柔らかでいて、複雑な白の色。彫像だ。


「やっぱり、あったか。変に重いから何かあるとは思ったんだがなぁ、まさか『ビルストイ』とは……!」

「ええ……?なんです、それ」


 茶葉にまみれながらも、その彫像は薄日に鈍く輝いている。

 何かを片手で掲げるようなその像の姿をよく見る間もなく、ロックは再び樽のなかに押し込んでしまった。

 取り出してからというもの、抑えきれない笑みがロックを埋め尽くしている。


「『ビルストイ』を知らないのは色々もったいないけれど──」


 ユリエルには気になってしまうのだけれど、立ち上がると共にすうっと笑みが消え去ったっていたことで、機会を失った。


「──まあ、それはともかく」

「ちょっと、ともかくって……」

「もうすぐ人探しも終わりかな?」

「……え?」


 そう言って、見上げる先。

 坂の半ばの方で、うろうろごそごそ、端のごみ溜めを漁る男が一人。

 見上げるほどに大きく、グラントすら越すのではないかという体格に、思わずユリエルも怯む。


 そんな大男は二人の姿を見つけると、恐る恐るといった風に近寄ってくる。

 近寄って、わかる。二人まとめても叶わないような大きさには、向かい合うだけで気圧される。

 そっと、ユリエルの前にロックが立って、大男を迎えた。


「あのう、つかぬことをお伺いしますが、ここいらで樽は落ちていませんでしたかね」

「樽、ですか」

「ワインとか魚のとか、そういうでっかいのじゃないんです。あなたたち見たいな背格好でも片手で抱えられるような、小さいやつで──」

「じゃあ、これかな」

「──おお?おぉ!これだ、これ!」


 差し出された樽を見るなり、大男はおおはしゃぎ。

 彼の手にかかれば、ロックが脇に抱えていた樽も、その手に見合う大きなジョッキにしか見えない


「これだよ、これ、ありがとう!なにか礼をしたいが──」

「いや、いいよ。さっき拾ったところだ」

「むぅ、そうなのかい?」


 そう、と頷くロックの目配せに、ユリエルも倣った。あまりに慌てて、自身でも不自然に感じたもの。

 けれども、そんなことなど気づかないほどに大男は喜んでいる。


「では、気を付けてくれよ」

「ああ、ありがとうよ若人たちよ!」


 大層嬉しそうに笑みを浮かべて、大男は去っていく。


 彼の姿が坂の向こうに消えるなり、ロックは追うように駆け出した。


「先に帰ってて構わんぞ!」

「あ、ちょっとロック!?」


 戸惑うユリエルを置いて、あっという間に走っていく。

 追いかけようにも、長いスカートは裾が足にまとわりついて走りづらい。


「あぁ、もう!」


 構うものかとまくり上げて、ユリエルも追いかけた。



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