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貧乏探偵 ロボを駆る─テン・コマンド・ノックス!─   作者: 我武者羅
6.探偵は偶然や勘によって事件を解決してはならない
33/63

1.散歩道

1/9

「『グリンウッドの展覧会』? なんだい、そいつは」


 頼みの綱のロックが首をかしげたことに、ユリエルは目を瞬かせた。


「あら、あなたも知らないの」


 高くなった日が穏やかに降り注ぐマンチェスターの町を、二人は歩く。


「どっかの美術館でやってるのか?」

「それがわからなくて聞いたのだけれどねぇ……」


 それは困った、とばかりに日傘をくるくる回す。


「いやね、さっきお客さんの話でね、そんなのがあるっていってたのよ」

「ならその人に聞けば良いじゃないか」

「それがね、港でそういう宛先の積み荷があったってだけで。美術館とかの宛先は無し」


 聞いてなんと大雑把なことかと、ユリエルはあきれたものだ。

 それでも受取人が来て引き渡したというのだから、なおのこと。


「結局場所は言わずじまい。わからなかったから、ロックに聞いたの」

「──ほんと、宣伝っていうのは大事だ。考えてやらなければ、事の成否にすら関わってきてしまう」


 たしかな事だと、ロックはしみじみと語る。

 己の言葉に感じ入るように頷くのを、ユリエルは冷たい目で覗いていた。


「結局知らないってことよねぇ?」

「いくら探偵だからってな、全てが既知という訳でもない」

「そう? 新聞とかよく読んでるし、町にもよく繰り出しているじゃないの」

「観察しても聞き耳を立てても、入ってこないこともある。それで知らないんじゃ、すぐにわかることじゃないな」

「うーむ……まだ公になってないわけ?」

「もしくはただの宣伝下手か。まあ美術館でも調べて、楽しみに待っておくといい」


 えぇ、とユリエルは微笑む。

 またもくるくる、日傘が回る。緩やかに、リズミカルなその動き。鼻唄でも聞こえてきそうな爽やかなもの。

 明日の誕生日でも心待ちにするようなその笑みに、思わずロックは聞いていた。


「だが、そんなものに興味があったのか」


 ひどい、とユリエルは口を尖らせる。


「いやお前さん、いつもいつも”騎士”だったろうになんでまた」

「それはまた別です。ほら、リンファさんの舞踊。ああいうの良いなぁって」


 思い出してか、ユリエルは恍惚の息を漏らして、細腕に肩を抱いた。


 主演女優が一騒動に巻き込まれたかの劇団は、以前の騒ぎも相まってなおのこと人気は増しているという。

 広場は満員御礼、人だかりは日毎に作られる大にぎわい。

 そのあまりの盛況ぶりには、ロックも面食らったもの。


「舞台の移転も考えてはいるんだったか?」

「そう、そうなのよ! さすがに人が来すぎってね!」


 溢れんばかりの状況にさすがに事と劇団らも感じたのか、どこか移る劇場を探しているらしい。


 ロックとしては、全方位に向けられる広場での演技形式は合うとは思う。

 しかし彼らが気にしているのは観客以外への迷惑。広場に留まらず溢れてしまっては、状況が変わってくる。


 ファンクラブも情勢緩和のために尽力しているようだが、人手が足りずトラブルも起きていると聞く。

 移転は混乱を収拾するためにも致し方なしと判断したのも仕方ない。


「あれ以上に群衆が集まってはな。なかなか厳しいものだろう。だが見つかるのか?」

「えぇ、そうでしょう。でも実際は”向こう”からも来ているみたいだしね。私も協力したんだからね!」

「へぇ、そうなのかい」


 ふん、と自慢げに鼻高々な様子。

 興味深そうにロックが声をあげて頷くのを、心地良さそうに聞いて口元を緩めている。


「みんな極東から来たから、マンチェスターには不案内なの。いくらか劇場調べたりしたのよ」


 ベルディと一緒に良いところ推したんだから、と笑顔を見せる。

 土地持ちの有力者でもある彼女の力もあって、繋ぎは上々だと言う。

 それならば、あとは劇団次第だ。どのような舞台を見せてくれるのか。楽しみなところ。

 そこまで考えて、はて、と首をひねった。


「だがそれがなんで展覧会に繋がるんだ……舞台美術か?」


 ユリエルが言っていたのは”展覧会”。なぜ劇場探しから美術館になるのだろう。

 ポツリと呟いたその言葉に、ユリエルは目を見開いて、小さく拍手もくれる。


「探してるときに色々見たけど、劇団ってすごいのね。森からお城までも作っちゃうっていうじゃない」

「あぁ、美術倉庫のことも考えたのか」

「衣装も劇団で自作してる気になって。服も、絵も、道具も。どれも綺麗なのよ! そしたらベルがもっと良い場所があるって言うの」


 だから、とユリエルは指を振る。


「それが、展覧会」

「そういうこと。気になったものから突っ込んでみればなにかわかるかなってね──よくわかったわね!」

「探偵ですから」


 帽子を眼深に会釈するのを、やんややんやと再び拍手。

 からかうようなその笑顔を見つめて、感慨深く頷いた。 


「あぁ……ベルディさまさまだなぁ」

「何よ、なんでそうなるのよ」

「”騎士”以外にも興味を持ってくれて嬉しいよ」

「私をなんだと思ってます?」


 しかめっ面も眼に入らぬように、ロックは感じいるように何度もなんども頷くばかり。


「ようし、後で調べてみよう。知り合いたちにも聞いてやる。まぁマスターは……どうだろうねぇ」


 どうしたものかと苦笑して、顎を掻く。その言葉に、ユリエルは瞬き一つ、首を傾げる。

 マスターと言うと《小鳥の宿り木》の雇われマスター?


「……え、なんであの人が出てくるんです。知ってるんですか?」

「まあ、そう疑問に抱くのも分かる。分かるんだがなぁ」


 ロックも大きくため息。自慢なのか、嫌なのか。複雑そうに口許を歪めている。


「あんなんでも、そういう”足”だけなら、俺よか広いんだよなぁ……」

「えぇ……?」


 ユリエルの信じられない、ということがありありと浮かぶ冷たい眼差しに、ロックも深く頷いた。


「まあ、そこらは後。帰ってからの話だ」

「そうねぇ、件の場所はまだなのかしら」

「まあ待て。この表通りを抜けて、もう少し行ったウィンストン通りになる」


 大きな通りには多くの人が集まっている。彼ら彼女らの目的は、両脇に軒を連ねた商店だ。

 どこもかしこも、客よ来い、あっちよりもこっちが安い、もっと安くしろ。

 どこもかしこもしのぎを削り、大きな声を張り上げている。


 猛獣同士のごとき勢いにユリエルは少し気圧されるが、構わず進むロックの後に従った。

 自然体、なにも考えてないかのような様子のロックに、茶化すように言う。


「スリには気をつけてくださいよ?」

「そっちもな」


 互いに笑って、雑踏の中に潜り込んでいった。







「ねぇ、二人とも、ちょっとおつかいを頼まれてくれないかしら?」


 そう大家から言われたのは朝方、喫茶店内の裏手で一息ついているときのことであった。


 先日、新聞にこの喫茶《小鳥の宿り木》に評伝が載ってからというもの、評判は急なほどに上がった。


 一気に増え外にまで溢れた客は、さすがに落ち着いた。

 ”紹介者”目当てだったようだが、それらは関知していない。

 しかし客足は絶えず席が埋まることも多くなった現状、以前と比べると明らかに盛況となっている。


 まだいくぶんか早いこの時間でも、席は大半埋まっているのがその証左。


 激務を迎えるのか、擦りきれたコートを翻し風のように入ってきて、流し込むように食事をする壮年の男。

 コーヒーを燻らせて老紳士が朝食を取れば、近くでは卓を囲んで活発に議論をしあう女学生ら。

 隅の一席で何やら思索に耽っては時おり書き留める若い男もいる。


 ──こんなにもいろんな人がいる。

 ユリエルがそう素直にも感心してしまうほどの多くの、様々な人の姿を、眼にすることができる。


 そして皆がオーナーの作る料理を頬張るときの笑顔と来たら!

 見たものすら喜びに溢れ忙殺されそうな日々を報われそうになる。


 だが、かといって肝心の人員は変わらない。

 そもそもはオーナー─大家の趣味でもあるような店なのが《小鳥の宿り木》。

 元々人員は少なく、かといって外部の者を招くこともあまり無い。


 それでも厨房の回転は止まらず、客の間をマスターが駆け回る。

 その惨状を見かねたロックとユリエルも、合間をぬっては手伝っていた。


 探偵として町を駆け回ったり、日夜を問わず”騎士”のどっぷり浸かっていたり。

 気まぐれな天気のような息もつかせぬ日々を過ごす二人をしても眼を回す、過酷な日々。

 しかしそれもようやくも落ち着いて、合間に一息をついていたそのとき。


 大家から、頼み込まれたのである。



「用事は別に構いませんけれど……お店は大丈夫なんですか?」

「なあに、このくらい大丈夫よ」


 このくらいの盛況も、楽しいものよ。そう、大家は口に手を当て微笑んだ。


「ちょっとね、いつも頼んでいる豆と葉のことなのよ」

「豆と……葉?」


 ユリエルは、手元に目線を落とす。その手のカップの中にはいくらか目方の減った紅茶があった。

 淹れてからしばらく経ち、湯気も減ったが、いまだに香りは高く美しい濃い赤の色を見せてくれる。


 休憩室に置かれていたものを自身で淹れたものだけれど、非常に良い味が出ている。

 分けてもらっている身だけれど、ユリエルはとても気に入っている。

 これは、良い”葉”だ。


「これも、ですか?」

「そう。店で出しているものから、普段使いのその”茶葉”もね」

「豆も茶葉も、全てが同じ問屋から仕入れているんでしたか」


 思い出すようなロックの言葉に、その通りと、大家は頷いた。


「盛り上がっていることもあって、毎日届けてもらうようにしているの。だけどね、今日はまだ来てないの」

「朝には来るはずでは」

「そうなのよ」


 どうしたものかと、大家は頬に手を当てため息ひとつ。

 ロックも合点がいったとばかりに頷いた。


「日の低いときから店先に止まる馬車の音が無いわけだ。正直静かで気持ちよく目覚められたんだが」

「そう言わないの。でも、それなら予定がずれただけじゃない?」

「でもいつも時間はずらさない人たちだからねぇ……あそこの家は馴染みだし、なにかあったら心配よ」

「だから、見てきてもらいたいと」

「その通り。商売道具のこともあるしね。じゃ──二人ともお願いね」


 満面の笑みで告げられた言葉に、二人はおもわず顔を見合わせた。


「ユリエルもか?」

「ロックも?」

「ええ、いってらっしゃい、二人とも」

「お店は、大丈夫なの?」

「そうそう、そのくらいなら俺が行くけど?」


 軽い言葉のわりに念の籠った口調が、ユリエルの言葉を継いだ。ひょっこりと顔を覗かせたマスターだ。


 がっしりとした太い腕に持つ盆には、湯気を上らせる紅茶が四つ。立ち上る香りが、休憩室にまた満ちた。

 心も穏やかにするような、透き通った香りにユリエルの頬も緩む。

 だけれども、大家はわかってない、とばかりに眉を潜めて、指を振った。


「冗談おっしゃい。そんなに忙しいのに何外に出ようというのよ」

「でもさ、二人もここの手伝いしてくれてるんでしょ、それなら任せてさ──不馴れなことはオレがやる!」

「あなたが接客で精一杯の状況で、なおのこと二人に任せきれますか。あなたマスターでしょう」


 眉を潜める大家の言葉に、マスターがたじろぐ。


「第一、あなた配膳の途中でしょうが! 冷ます前にさっさと行く!」

「はいぃぃっ!」


 悲鳴のように返事をすると、尻尾を巻くようにマスターはとびだしていく。

 力強くもがっしりとした体格のマスターも、大家にかかれば借りてきた猫のよう。

 しっかりと鞭打てる大家の手腕には、ユリエルも感心してしまう。


「全く、サボろうったってそうはいかないんだから」

「はは……相も変わらずなんですか」

「あの人のことは真似しちゃダメだからね」


 苦笑するユリエルにも大家も口を尖らせる。

 そして、得意気な笑みと共に、言った。


「というわけで、あなたたち、いってらっしゃい!」



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