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貧乏探偵 ロボを駆る─テン・コマンド・ノックス!─   作者: 我武者羅
5.中国人を登場させてはならない
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5.衝突

5/6

 市庁舎前の大広場に、二体の騎士が並び立つ。どちらにも、しっかりと頭がある。重騎士(ゴルフォナイト)だ。

 舎を背に立つのは、銀の地を鈍く輝かせる大柄の重騎士『幅広帽』。

 南洋の大猿のごとき体格。分厚く、太い腕に対して小さな頭の鍔の広い帽子が目を引く。

 岩のような拳が、幹のように太い指が”これから”を期待するかのように、わなわなとうごめく。

 対するは無骨な黒の手足、美麗な白の兜と胴鎧、目立つ装いの重騎士『マスクマン』。


 片や街を壊し美女をさらった悪党、片や街を守ってきたヒーロー。

 片や猛然と闘志を燃やし、片や何事も無いように静かに佇む。

 その姿を周囲の野次馬は、固唾を飲んで見ていた。


『ようやく……ようやく姿を見せたな、マスクマン!』

『──彼女を降ろしてやれ』


 また、にわかに人々が沸き立った。

 『マスクマン』が喋った。

 ただそれだけの事が、驚きをもって迎えられた。

 『マスクマン』となって、話す姿を見せたことは無かった。


『お前、しゃべれるじゃないか。なんで今まで黙っていやがった』

『必要でもないからな。それで、こうして喋ることが呼び出した理由ではあるまい』

『ああそうだ、お前を倒す』

『なんのために?』

『ここにリンファ嬢がいるんだ。わからないわけではなかろう』


 そうして指し示す先で彼女は何やら叫んでいる。

 だが、その声は聞こえない。

 ──風に流されているだけだ、そうだろう。

 

『彼女は貴様に惚れているらしい。なら、俺がきさまを倒せば、お前よりも強いということ! お前を倒せば彼女のハートも射止められる!』

『……なぜそうなる』

『そんな姿を見せてきただろうが!』


 叫びと共に『幅広帽』は両手それぞれに斧を握った


『問答無用!』

『気の早いこと!』


 駆け出し振り下ろされた斧はノックスの籠手にいなされて、石畳を割る。

 そのけたたましい音がゴングとなって広場に響いた。





「もう……なんなのよぉ!」


 塔の屋根に縛り付けられたまま、リンファは吠えていた。

 ──天に神がおわすというなら、ちょっと近くに寄った私のことはしっかりおもんばかってくれないだろうか。

 あの男ら、人の恋路を何のためらいもなくああだこうだと言いやがった。


「まさか私をもっと見たいがためにこうしたとでもいうのかぁ!」


 ぐちゃぐちゃの感情でとりとめのつかない言葉ばかりが、脳裏でぐるぐる駆け回る。


 様々なものを呪おうかと考えていると、ごとごととなる物音に聞き耳をたてた。

 足元の方、覗き窓から聞こえてくる。

 音を立てて開いたかと思うとと、そこから慎重にユリエルが顔を覗かせてた。

 

「大丈夫ですかー、助けに来ましたよ」

「遅いわよぉ……」


 呑気な声に、さしものリンファも項垂れた。


「そんなと言われましてもね、結構大変なんですよ、階段上がるの」


 埃もたくさん。うんざりするように裾や前髪をはたいた彼女は、厚手のグローブに包んだ手を窓枠に伸ばした。


「苛立つのはわかりますからね、今助けますから」

「そんなことよりもねぇユリエルちゃん……」

「はい?」


 神妙な声にユリエルも首をかしげて、リンファを見上げる。

 なんだろうかと心配するその眼差しに、叫んだ。


「──みんなの前で暴露だなんてひどくないかしら!?」

「はぁ……あぁ、さっきの」

「人のコイバナをあんな往来だなんて私は恥ずかしい!」

「すごいですよね、あんなに注目浴びて。芸人なら最高なんじゃないですかね?」

「暴露を活かすでもなくただ喜ぶなんて、三流コメディアンだけよぉ……」


 真っ赤な顔で俯く。腕が自由なら顔も覆っていただろう滅入りぶり。


「とにかくさっさと助けましょ──わぁ!」


 眼を覆わんばかりの高所を眼下にしながらも身を出そうとしたユリエル。

 しかしその光景を眼にして、一気に身を乗り出した。


 足元に広がるのは、ぶつかり合う二機の重騎士。

 刃が火花を散らし、踏みしめる脚が石畳を割って弾ける。

 関節が甲高く軋みをあげて、動力が吠えるように唸りをあげる。

 剣と斧、拳と拳。

 突然起きた拳闘試合。値の張る試合をただで、目の前で観戦できるのだ。

 それも激闘とあって、民衆は余計に沸き立っていた。


「わぁ、すっごい。わりと結構いい席じゃないですか。上から見られる機会なんて全くといっていいほど無いんですから」

「ロープで縛られてなきゃねぇ……まぁ、確かにいい眺めだけどね。こんなに怖いんじゃあ」


 切り飛ばされたノックスの鎧の破片が跳ねて、二人の直下の壁に突き刺さって、二人は身を竦めた。


「……もうちょっと安全なら良かったですかね」

「庁舎の方ならまだ安全かしら」

「あっちは喧しいからいまいちですよ」

「そうなの?」

「ほとんどの人が後始末に悲鳴をあげてます」


 あぁ、とリンファも納得したように頷いた。

 金のやりくりの大変さというものは行政も変わらないらしい。

 それがよりにもよって目の前で荒らされているのだから気が気でないだろう。

 だからといって一挙一動に悲鳴や嗚咽を漏らされては気が滅入る。


「とりあえずあなたを助け──」

「ねぇ、ナイフ、無いかしら。ちょうだい」

「ありますけど……いま後ろ手でしょう」

「だから、こっち」


 そういって、リンファは細い足をこれ見よがしに降る。ひょいと脱いだ靴を器用に足で放れば、見事に窓に入っていった。

 それなら、と差し出された裸足にナイフを掴ませれば、器用に足を折り曲げて、体を縛る縄を切っていく。


「ほんとに切れてる……そんなに器用なら、いっそ縄脱けとかできないもんなんですか?」

「自慢じゃないけど私は楽芸一筋なのよ。躍りも歌も楽器もやれるけど、縄脱けは無理」

「一筋の幅がずいぶん広くないですか?」

「よくあることよ」


 あぅけらかんといいながらも、その眼差しは刃先に集中している。

 足を動かす度、少しずつ刃が進んでいく。


「だから、こんなところで動くのはまぁ得意、なの…よ!」


 ふつりと縄が切れたかと思うと、あっけなくほどけていった。

 急に自由になった彼女だが、片足はナイフを握ったまま。


「リンファさん!?」


 バランスを崩して転げそうになるのを見て、ユリエルは慌ててその体を掴もうとする。

 リンファが奈落に引き込まれそうになったかと思うとくるりと身を翻して、軽やかに屋根の上に立って見せた。


「ほうら、だいじょーぶ!」

「お……おぉ…!」


 勢い余って窓から転げ落ちそうなユリエルを支えて見せる余裕ぶり。


「だから言ったでしょ、躍りは得意って」


 そうは気軽に言うものの、ユリエルはただただ下を見つめて固まっていた。


「大丈夫だったかしら」

「おー……ちょっと、こわ……」


 あやうくずり落ちかけて、背筋を冷やす。

 間一髪だった。先程は興奮して気づかなかったが、なんと高いことか。

 奈落の底に集う民衆の形ははっきりしても、人の姿は砕けた茶葉のように小さい。

 そのなかでもはっきりと重騎士二機の姿はよく見える。


「──んん?」


 ふと、ユリエルは思った。

 鐘塔の高さ95ヤード(89メートル)。足元遠くでも、重騎士はきちんと見える。

 しかしかの騎士たちの全長は、15ヤード(14メートル)ほど。


 何かが、おかしかった。


「……どうやって、ここに来たんです? 脅されて上ったんですか?」

「あれ、見てなかった?」


 リンファが示すのは『幅広帽』。

 そして、今までと違う大きな金属音が塔の上まで響いてきた。


「それはね──あっちゃあ」

「あぁ──!」


 見つめる先で、『マスクマン』が大きくよろめいていた。

 装甲が切り飛ばされて、宙を舞う。


 二機の距離は、遠くから見ても明らかに離れていた。





 それは剣が相手の腕に弾かれて、ロックが一歩引いた時のことである。

 いくらか空いた距離に、踏み込む隙を探したその瞬間、ロックの眼には奇妙な現象が映った。

 太く大きな『幅広帽』の腕、その斧を握った大きな手が突如として目の前に現れたのだ。


「なに──ッ!?」


 ノックスの─『マスクマン』の警告など聞こえない。ただ直感を持って身を捻らせた。

 突如として襲いかかった刃が、ノックスの肩をわずかに切り裂いた。

 切り飛ばされた破片が、宙へと飛んでいく。

 

『まさか、これでやられないなんてなぁ!』


 ふらつく視界しかいのなか、ロックはうめく。

 この戦いでは初めて食らった大きな一撃に、民衆も沸き立っている。

 いまさらがなり立てるノックスの警告音を聞きながら、ロックは背後を見上げる。

 広場を囲う民衆も、一様に見上げていた。

 目ににしているのは、宙に踊る斧。だが、しっかりと大きな手に握られている。

 その手首から生えた大きな鎖に繋がれた先に、『幅広帽』の腕があった。


「腕が、伸びたか──!」

『まさか避けるとはな!』


 それ、と掛け声と共に鎖が突っ張り、”手”が勢いよく引き戻される。


 隙だらけのように見える『幅広帽』の姿。それでもロックは彼から目を放した。

 操縦席に映る全周囲の視界の中から捉えるのは”手”。

 その手の握る両刃の斧は、背後からノックスを狙ったまま迫ってくる。


 ノックスは数歩、横に跳ねた。

 危なげのない、タイミングを合わせたそのジャンプは、子供の遊びでも思い出す簡単な行為。

 宙で、脇の足元を勢いよく過ぎる”手”は斧と共に石畳を深くえぐっていく。その威力を浴びてはひとたまりもない。

 ──そう思っていたのだが。


『そぉれぇっ!』


 『幅広帽』が腕を捻ると、鎖の動きが、刃の軌道が変わる。

 ガン、とまた衝撃がノックスを走り、崩れた体勢のまま墜落した。


「──この手の遊びは変なちょっかいを混ぜるものだっけな。最近やってないから忘れてたよ」

 

 着地に失敗したノックスを起こす。足腰に問題はない。

 腕で防御をしなければ、”肉”まで刃に食われて地に沈んでいたかもしれない。

 現に籠手が大きく裂けて、その断面をさらしていた。


「切られたのは装甲だけか」


 ”手”を勢いよく受け止めた『幅広帽』は、よろめきながらも自慢げな様子。


『また吹っ飛んだ。これならいけそうだな!』

「──勝手に言ってろ」

「どうかな!」


 嬉々として”腕”が放たれる。今度は二本だ。

 並ぶように迫る刃を、ロックはひらりとかわして見せた。

 

『──まだぁ!』


 ──ジェイムソンの”手”さばきは、素晴らしいものだと、ロックは心から賞賛した。

 彼が振るうのは”手”と斧。そして鎖。

 鎖に絡ませようとする。拳を頭上から自由落下させる。斧をジャグリングのように宙に踊らせることもあった。

 前後左右。そして天地。そのすべてが、ロックの警戒範囲となった。


『お前はいつでも、肉弾戦で勝負を決めていた! それなら、近づかなければ良いだけだ!』


 拳と刃が空を裂き、鎖が擦れてけたたましい音を立てる。

 砕けきって砂利となった石畳の擦れる軽い音が騒々しい音楽の中、心地よく響いていく。


 そのなかに包まれながら、ふとしたようにジェイムソンが言った。 


『……正直な、一回やれば終わりと思ってたよ。なのに避けるなんて、よくわかったな』

「あんな()に人質がいるどうやって運ぶんだかなんて考えればわかることだ」


 推理に群衆の目撃証言も合わせれば、明らかであることは違いない。だがそれは言う必要のないこと。

 威力や速度も予想よりはるかに越えていたことも、言う必要はない。


「あんな絶景の場所に案内しようとして、わざわざ降りるほど殊勝なやつじゃないだろ、お前」

『何を言う!彼女のためだ。できる限り丁重に扱った! 縄で縛ることになってしまったが、安全のためだ仕方ない!』

「安全のためなら、そんな無茶することはないだろうが」

『やかましい。もとよりこの決闘も無茶を承知の上!』

「重騎士を盗むことも、か?」

『な、何を──』


 ジェイムソンが言葉を詰まらせる。たじろぐように『幅広帽』の挙動が鈍った。

 がら空きになった”手”の間を掻い潜り、ノックスが蹴りを叩き込むのにも反応が遅れた。


「図星だったか。そいつは」

『う……うるさい! こうでもしなきゃ、彼女には届かないんだ!まだ十数人しか足を止めない頃から彼女を見ていた! なのに、お前が出てきて!』


 叫び、”手”を引き戻しながら乱暴に振り回す。悪あがきのような滅茶苦茶だが、その圧にはロックも距離を取るしかない。


『お前を倒さないと、上には行けないんだ。お前を倒すしかないんだ! そうでなきゃ、あの人には釣り合わない!』


 幅広帽がロック目掛けて走ると同時に”手”を飛ばした。地を這うように次々と迫る刃を、踊るようにノックスは回避する。

 難など無い見事な回避。そこに幅広帽が迫る。


「こいつ──!?」


 だが、その速度が明らかに早い。

 飛ばした”手”を地面に固定していたのだ。あえてそのまま鎖を巻くことで己が引っ張られる、いわばパチンコだ。

 一気に加速した蹴りが、ノックスを襲う。

 ノックスが構えた腕に当たった。野次馬が逃げ惑ってできた隙間に、弾けた籠手の破片が降った。


「少なくとも、宝の持ち腐れにはなってないか!」

『それはありがとう!練習したからな!』

「そうまでしてか!」


 ──練習、か。 

 そして”手”を巻き取ると、姿勢を崩したノックスへ再び放った。

 鋭い刃をノックスは起き上がってかわす。受け身をとれていなかったら、またどこかを切られていたかもしれない。

 ロックは動いてくれたノックスに感謝を送った。細かいしぐさは、ノックスに助けられっぱなしだ。

 恩はもう、どれ程貯まっているのやら。

 背後へ伸びていく”手”の鎖を見ながら思い出すが、すぐに頭の隅に追いやった。


『またかわすか! だが、次は──』

「いや、これで終わりだ」


 その鎖に、ロックは剣を突き立てさせた。

 ぐん、と引っ張られる力に耐えるため、両手で柄を掴み、脚を踏みしめる。

 甲高い駆動音が、操縦席まで響いてきた。


「ぐぅ……ッ!」

『な、なんだ、引っ張ろうったってそんなこと!』

「俺に勝とうだなんてな──!」


 ──操縦桿が、重い。

 普段なら体の一部のように軽く、存在すら感じさせないというのに、今は握る手を振りほどこうとしている。

 鎖の、”手”の力にノックスの剣も腕も悲鳴をあげているのがロックも分かる。


「やることが──違うだろぉ!」


 それでも、桿を押し込んだ。


 傍らを過ぎ去ったまま、伸びきった”手”。

 そのまま切っ先で鎖を手繰る。繊細に、されども大胆に。”手”も合わせるように宙を動く。

 そのまま頭上へ振り回された”手”を、ロックは鎖を見事に操って『幅広帽』に向けて振り下ろした。

 それは即席の鎖鉄球(モーニングスター)。大鉄球が『幅広帽』へと襲いかかる。


「──それぇぇッ!」

『え、え──あっ』


 向かってくるのは、間違いなく自分の”手”。

 己の意思も通わぬ”手”の動きに戸惑って──


 衝撃音が辺りに響く。

 『幅広帽』の頭になった”手”が転げ落ちて、また重い音を立てた。

 ひしゃげた頭部を顕にしながら二歩、三歩とよろめいて、仰向けに倒れ込んだ。


 民衆も、警官も、リンファとユリエルも。皆が固唾を飲んでその姿をみた。

 大きな一撃。まだか、それとも──。

 だあ、舞い上がった土煙が風に散っても『幅広帽』は声も出さない。

 『マスクマン』がひしゃげた剣を下ろすと、鎖が石畳を打って鈍い音を立てる。

 にわかに民衆がざわめき、やがて大きな歓声が中心街に響き渡った。


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