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貧乏探偵 ロボを駆る─テン・コマンド・ノックス!─   作者: 我武者羅
5.中国人を登場させてはならない
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2.試練

2/6

 依頼人は、若い女性だった。


 起伏のはっきりとした体を絞られた細身のドレスに身を包んでいる。

 髪は濡れたカラスのように艶めく、吸い込むような黒。

 細い面立ちに切れ長な瞳は緩み、上気した頬はまるで桃のよう。

 その小さな口が開けば、その声はまるで小鳥が歌うよう。

 この人ならば、きっとどこでも男は目の色を変えて飛び付くだろう。


 現にロックもほぅ、と口を開けて対面の彼女の姿を見つめている。

 それも仕方がないだろう、とユリエルは納得する。

 なにせ”初めて”見れば、同性でも禁忌に傾かせるほどの魅力が、彼女にあった。

 だがユリエルは、すでに彼女のことを知っていた。


「ダンサー、さん」

「あら、私のことをご存じなのかしら?」


 小首をかしげる動作も、目を奪う。彼女の所作は不思議なことに注目を集める。

 まるで毒だと、ユリエルは戦いた。


「知っているのか?」

「さっき言ったでしょう。広場で演舞をやってた人たち。そのダンサーでしたよ」


 とてもきれいなあの姿、今も胸に刻まれて、忘れることがあるだろうか!

 ユリエルの複雑な面持ちに、ロックは不覚とばかりに顔をしかめた。


「あいにくと見る機会がなかったのです。申し訳ありません」

「いいえ、構いませんとも」


 ロックの謝罪を、彼女は受け取らなかった。


「それは私たちの未熟です。路傍の芸で足を止めずは我らの恥。顔知られずもまた恥ですから」

「そうですか。それなら、是非見に行かねばなりませんか」

「あら、嬉しい。今日もまた公演がありますからよろしければ後でどうぞ」


 クスリと、彼女は微笑んだ。


「それで、あー──……」

「リンファ、と名乗っております」


 語り口からして、芸名だろう。


「それで、依頼はなんでしょう?」


 いつも通り、常通りの言葉。今までのは場を和ませる牽制だ。

 探偵としての、始まりの言葉だ。

 ──始めて、その言葉を悔やんだ。


「──なん……ですって?」


 思わずユリエルは聞き返してしまった。

 普段ならば決してやらないことであった。基本的に依頼人との問答はロックに任せていたのだから。

 だけれども、その質問は聞き返さざるを得なかった。もう一度しっかりと、聞かなくてはいけなかった。


「誰を……探してほしい、と」

「あら、聞こえませんでした?」


 冗談を聞いたように、扇で隠してクスクスと笑うその仕草は妖しいもの。まるで女帝か魔女か。

 男には困らないに違いないその彼女が、探し出してほしいという”方”。なんて罪な男か、と思っていたが。

 ──いや、まさか。

 脳裏に響く警報の中でどうにか絞り出した言葉も、にこやかな笑みで返される。

 

「『マスクマン』──ここいらで近頃、とみに噂のあの重騎士(ゴルフォナイト)──その操縦者ですよ」


 ──ただの覆面の変質者とは言いますまい?

 澄み渡る囀りのような声が紡いだ依頼に、ユリエルは心地よさとともに、ひどい落胆を覚えた。

 ──私の聞き間違いではないかと、思ったけれど。

 ユリエルのその願いは、儚くも崩れ去った


 思わずロックを見れば、目が合った。

 椅子に身を深く沈める彼もまた、ユリエルを見つめていた。

 その顔は真剣な表情を崩さない。それこそ、微塵も。

 ユリエルは自信の顔はにこやかな笑顔だと思っていたが、自信はなかった。

 きっと鏡があれば、震える唇やひきつった笑顔を見ることができただろう。

 それこそ、ベルディならば腹を抱えて笑っていたに違いない。

 恐らく、自分の顔も似たようなものとロックも思っている。彼の顔も、ひきつっていた。


 切なる願いを込めたその叫びに、ひめいを押さえずにいられなかった。

 表情を変えなかったことを、ユリエルは幸運に思った。


「かの重騎士、ですか」

「ええ!」


 はっきりと力強く、彼女は頷く。

 困惑を顕にしながら何度も見合ってしまったのはしょうがない。ユリエルは思った。


「依頼は、わかりました。ひとまずお聞きしたいのですが、何ゆえ、そう願うのですか」


 動揺も飲み込んだロックは、その言葉をすらすらと口にした。

 何を、リンファは眉を潜めるがロックは動じない。


「もし、万が一その人を害するなりが目的であるのならば、私はお断りいたします」


 人探しには、こう伝えるのが決まり事であった。

 もちろん、後で裏取りはするのだが。

 

「もしその方が多大なご迷惑や粗相なさったのなら、話はまた別──」

「──いいえ、そのようなことはございません!」


 その声に、ユリエルはまたその目を、耳を疑った。

 妖艶として微笑んでいた彼女が、迫るように身を乗り出したのだ。


「私は、あの方に何度救われたことか!」


 思わずのけ反る二人を前にして、思いの丈を”唄う”。

 ──曰く、何度彼の人に助けられたことか。

 芸事に行き詰まったときに彼の動きに教わった。命を救われたこともある。

 あの人をお慕いしてると、彼女は言う。


 その語りはまるで唄っているかのよう。

 切れ長の瞳も緩み、白い頬を桃のように上気させる。

 恍惚とした笑みで伸ばされた手の先には、何があるのだろう。


「想いを伝えたい、お話をしたい──それが叶わずとも、いままでの礼だけでも、お伝えしたい」


 その声は明るくも、切羽詰まっていた。耐えきれない、待ちきれないと吐露していた。


「あの方に、会いたい。あの人のように、()()()()のです──……」


 その潮らしいような姿に、ユリエルは目を見張った。

 妖しい魅力に溢れる彼女が、まるで乙女のように迫る。

 想う彼の人を求めて突き進むその姿はまさしく、あの演舞の”乙女”に違いなかった。


「……あ……申し訳、ありません」


 やがて彼女は、夢から覚めたように咳払い。


「私自身の手で探したかったのですが……いまも次の公演までの休憩中の身です」

「時間が無いのですか」


 えぇ、と残念そうに呟く。


「もうすぐ、公演の時間になります」


 壁時計が甲高い音を立てて鳴いた。

 ロックの”師匠”が時計職人からの殺人事件を解決したときに頂いたという鳩時計は、穏やかな響きを放つ。


 それを見上げたリンファは、さっと手荷物をまとめるとそっと一礼。

 それは広場の舞台で見たのと同じ、とても整った美しいものだった。


「申し訳ありません、長居しすぎたようです。失礼いたします」

「依頼は、お受けいたします」

「──ロック!?」

「ありがとうございます!」


 思わずユリエルが叫んだときには、リンファは玄関から駆け出していた。

 そして、右脇から延びる石段には目もくれず、真正面から宙へと飛び出す。


「──なにっ!?」


 慌てて追いかけたロックも、身を乗り出して塀から暫し地上を眺め、すぐに戻ってきた。

 いやぁ、と感服を隠さない。


「すごいねぇあの人。スカートで直接飛び降りて、何事もなく着地するんだもの。そのまま走ってくんだから」


 何度も頷くロックは、帰ってくる声がないことにいぶかしんでユリエルを見た。

 俯いて、何やら呟いている。


「──ぅ──ぉ……」

「なんだって?」


 ユリエルの呟きが聞こえずに、尋ね返した。


「──どうするのよこれぇ!?」

  

 突如起き上がったユリエルは、そのままロックに飛びかかった。

 慌ててロックは身を捻って避けたものの、その襟首を捕まれ、引っ張られてしまう。

 向かいのソファに一緒に飛び込んだと思えば、頭を捕まえて叩き始めた。

 痛い、痛いとふかふかの椅子に押し付けられたロックが訴えても、ユリエルは止めずに揺さぶり続ける。


「なんで依頼をうけちゃうのよ、ノックスのことはできる限り秘密にしたいの!」


 不用心に少女に見せたことは良いのか、とは思いつつも、ロックは黙っていた。


「対策は考えるさ」

「あなたが受けちゃったことでしょう……!」


 どちらにせよ受けるか否は”探偵”が決めることだから、ユリエルに口出しできることではない。

 だが、それでも嘆かずにはいられなかった。


 ──『マスクマン』は重騎士(ゴルフォナイト)《ノックス》である。

 その操縦者はロックであることは、ユリエルや”社長”ついでに少女が一人と、非常に少数しか知らない。


「まあ仕方ないだろう、いつかは聞かれるかも知れないことだったろう」

「そうかもしれないけど──……」

「俺がなんでそんなに隠すのか聞こうとして、ユリエルは答えるか?」

「あ──……」


 苦渋の表情を浮かべて、悶絶するように頭を振り乱し、終いには髪までもかき回す。

 砂漠で水筒から最後の一滴をようやく絞りきるような苦悶と共に、ようやく答えた。


「………やっぱり、言わない」

「それはなぜだい?」

「ぬぅ──…………」


 沈黙が暫し。やがて、小さく、おずおずと口を開く。


「……お、おじいさまの遺言で……」

「──良い機会だから言い訳考えようか」

「はい……」


 反論は、できなかった。




 広場には、多くの人が集まっていた。

 ユリエルが昨日見たよりも、囲う円はさらに厚い。

 時おり、静かなどよめきが鳴る。


「いやあ、すごい、素晴らしい!」

「でしょう、でしょう!?」


 広場に歓声が響く。

 ロックが叩く拍手の音も、加わって、広場の歓声は大きく響いていた。

 それはもう、割れんばかりというのが正しいだろうか。昨日よりもその音は一層膨れ上がっている。


「そのわりには、ずいぶん不満そうだな」

「いいえ、なんでもありませんよ」


 つん、とユリエルは口を尖らせる。


 あまりの雑踏に見えにくかったけれども、それでも来たかいがあったと、心から思えた。思えてしまった。


「ノックスを探る敵だというのに……!」

「ならチップを弾んでどうするんだ」


 文句を言いながらもユリエルの放るのはテヂギンス銀貨。

 ひゅう、と放り投げて、奏者が掲げる大器に見事入った。

  

「──良いものには、あげるだけのことです……!」

「そうも無理しなくても良いと思うがな……」


 そういう間にも、合わせて五枚放り投げた。

 もう一枚合わせればストランドが一冊買える。ちょっとと見るか、結構な大金と見るか。

 憎たらしいものでも見るような目でなければ、よほどのファンであったと快く思ったのだが。


 隣の男もそう思ったのか「それはいかん」と指を振る。

 不機嫌なユリエルを覗き込んだは、己の唇の端に両指を当てていた。


「お嬢ちゃん、もっといい笑顔で投げなさいな。こうやってグッと口角をあげてさ」

「でもねぇ……」


 短く刈った髪に大柄な体だが、不思議とあやすような物言いは手慣れたもの。嫌みも感じず様になっている。


「そのまま、ほうら……それっ!」


 男が鋭く投じた貨幣は、まっすぐ大器に入った。


 ──見違えてなければ、金貨だったような……


 ほらほらと、笑顔で男は次々と投げ入れる。

 多くの銀に混じって金もある。ロックは何度も目を擦ったから、見間違いではなかった。


「あなたはあなたで、いくら感銘したとはいえ、よくもまぁそんなに……」

「このくらい()()としては当然のことですよ」


 ロックから漏れ出た言葉を蔑むでもなく、むしろ光栄として、男は胸を張る。

 厚い胸板に大きな手を当てた姿は素晴らしいほどに綺麗で誇らしげ。だが、ロックは聞き逃せなかった。


「我々……?」

「ええ──なぁ皆!」


 おぅ、と聞こえたのはどの方からだったのか、わからなかった。

 それほど四方八方から応じる声は聞こえてきたのだ。 人混み雑踏すり抜けて、現れたのは十人ほど。

 老人がいれば、若者がいる。新品のような最新のスーツに身を固めたものがいれば、サイズも合わないシワだらけのコートを羽織るのもいた。


 彼らは、自ずと空に腕を掲げる。


「老いも若きも性も貧富も越えて集った我ら──」


 そしてその手を向けた先にいたのは、主演の彼女。


「──《リンファ女史を敬愛する友の会》!」

 

 静かに宣言すると、彼らは一斉に膝まづき頭を垂れる。その先にいたのは、もちろんリンファ

 人混みに紛れそうな彼らの礼も、さすがに舞台の上から見えたのか、手を振っていた彼女もそっとキスを飛ばした。


「──おぅ、おぉぅぅ……」

「……なにこれ」

「さぁ」


 俯き見えないはずの彼らが心を抑え、恍惚として悶絶する様に、ユリエルは戸惑いを隠せなかった。

 一人ポツンと立って取り残されて悪目立ちしてる状況では、なおさらであった。






「はぁいようこそ。舞台の上から見えたわよ。良い顔してたじゃない」

「あなたこそ、素晴らしい舞でした」


 楽団の控え室は、広場脇の路地にあった。

 ロックの言葉に、リンファもにこやかに微笑んだ。

 舞台が終わってまもないこともあって、リンファは未だ衣装のままであった。

 肌を大きく露にした衣装も、彼女が纏えば一体となった芸術品のよう。


「この場所を教えてなくて、ごめんなさいね」

「構いませんとも。お陰で面白い出会いもありました」


 そう言うロックは、後ろを見る。

 背後に控えていた《リンファ嬢を敬愛する会》の面々は、緊張した面持ちで整然と並んでいた。


 ここは楽団の控え室。

 広場の脇から延びる路地からすぐの場所なのだが、いこうと思わなければ気づかないような場所。

 リンファに会おうとしていたロックをせっかくのよしみと案内してくれたのだが。

 どうにも皆の顔色が悪い。


「どうした? せっかくのリンファが目の前にいるんだぞ」

「お、お前、何て恐ろしいことを!」


 一番若い男の言葉に乗るように、他の面々もそうだそうだと口にする。


「なんでそうもあっさり入れるんだい、君は……!?」

「彼らは、私の雇った探偵です」

「探偵……!?」


 驚く彼らを見たリンファは、困ったように微笑むと、音もなく立ち上がった。


「あなたたち、私のファンクラブなのね……いつも応援、ありがとうね」

 

 ゆったりとリンファが手を伸ばせば、ふわりと汗に混じって立つ香りが、鼻腔を刺激した。

 居並ぶ彼らに近づいて、次々に顔を覗き込んでいく。

 近づかれる度に彼らも思わず息を飲み、うっとりとため息を漏らした。


「あぁ、やっぱり良い匂い……」

「良い香水でしょ? 分けてあげたいのは山々なんだけれど……楽団特性らしくてね」


 ダメみたい、といたく惜しむように首を振る。

 淑女二人─女性もいるのだ!─もそろって残念そうに声をあげた。


「やっぱり欲しいわよねぇ……あなたは、欲しくないの?」


 はて、と小首をかしげて、ユリエルを見る。


「……別に」


 ふい、と顔を背けた。

 ユリエルは、控え室に通されてからも変わらず不機嫌な様子。

 緊張した面持ちの最初の男─ゴンツォと名乗った─も気にかけてくれていたのだが、とりつくしまもない。


「あら、残念。……別に取りはしないわよ?」

「な、何を、ロックは……!」

「違う違う……もう、私の胸の人は、お伝えしたでしょう?」


 頬を染め憮然とするそののを面白がるように、リンファはクスクス笑う。

 その柔らかな笑みを、ファンクラブも尊いように見つめていた。



「さて、皆さん。探偵だからって、別に心配は要らないわよ。ちょっと人探しを手伝ってもらうだけだから」


 何てことないようなリンファの言葉に、ファンクラブは目配せしあう。

 二三話し合ったかと思うと、おずおずと前に出たゴンツォが言った。


「そのお相手はもしや、あの『マスクマン』ではございませんか」

「あら、知ってたの」


 意外とばかりに目を見張るリンファだったが、ファンクラブの面々は動じた様子はどこにもない。

 やはりと得心言ったように頷きあっていた。


「わかったの、と言いますが……」

「マスクマンの出現場所に行ったり、そこに駆けつけようとしたり……」

「マスクマンの出現と公演が重なれば、終わり次第そこに走っていかれますもの」


 ユリエルもリンファが走っていた光景を思い出す。あれはまさしく『マスクマン』を追っていたのだ。

 「ねぇ」とファンクラブ一同は一斉に頷き合うものだから、リンファは恥ずかしそうに頬を染めた。



「あんたたち、ずいぶんと落ち着いているんだな」

「なにか問題がありましたかな?」


 意外そうに見ていたロックに、ゴンツォが答える。


「いや、この手のファンは相手が恋してるとなっては、心穏やかではないもんかと思ったが」

「それはひどい誤解です」


 意外そうだったロックの言葉に、ゴンツォは悲しげな表情を隠さない。 

 彼曰く、我らはいたって紳士的。


「ここにあるのは紳士淑女の心を持った方だけです。無理矢理迫ることとなど望まない。彼女の恋の道を行くよう、露払いをするだけのこと!」


 なぁみんな!と仲間に仰げば一斉に頷く。


「こういうことです。我らはそれ以上など望みませんとも」

「リンファ様が笑っておられるなら、それでええ」

「みんながそうなら、私も楽なのだけれどねぇ」


 だが、ため息をつくリンファに、ファンクラブも眉を潜める。

 人がいるだけ考えが変わるもの。

 それなら──


「迫ってくる人もいる、と」

「トースタンとかね!」

「そんなのもいたわねぇ」


 淑女の一人がぼやいた名前に、リンファも嫌々頷く。

 頬杖をつくその顔は苦々しいものだ。

 機嫌を悪くしたと慌てる淑女をリンファが宥める間に、ゴンツォが言った。


「トースタンとは?」

「熱心なファンの男なのですが……」

「直接的に迫ってくるやな男よ──」


 そう言って口を開けば、やれ変な贈り物だの、しつこいアプローチだの。

 よほど嫌なことがあったのか、つらつらと具体的な言葉が溢れ出てくる。

 若い男らは圧倒されていたが、淑女二人は大きく相づちを打っていた。

 はっと気づいたリンファがそれを止めたのはすぐのこと。

 取り繕うように微笑むとロックへ応援をかける。


「そ、それでは、お願い致しますね」

「まぁ色々あるようですが、マスクマン探し、やってみせますとも」

「大変でしょうから、そう急がなくても良いわよ。まだまだこの国には居るしね」


 リンファの言葉に、一番若い男が叫んだ。


「それなら、俺たちも探しましょうよ! 『マスクマン』!」


 目を見開いたリンファの先で、ファンクラブの面々が次々に応じる。


「ええ、私たちも探しましょう!」

「一人よりも二人、たくさんがいいに違いないわい!」

「それなら早く見つかるでしょう!」


 おぉ、と集った彼らは一斉に拳を突き上げようとして──

 じっと見つめてきていることに、ロックは気づいた。


「ありがとうね、みんな。せっかくだから……ねぇ?」

「それもそうですね」


 面白そうに小さな拳を丸めるリンファに合わせて、ロックも腕を出す。


「……むぅ」


 最後の一人、ユリエルも不満げながらもその手を丸めた。


「見つけるぞぉ、マスクマン!」


 おぉ、と声が合わさって、控え室を揺らした。




 

 控え室を出て、リンファ嬢を敬愛する会の面々を方々に走っていく。

 そこに言葉は必要ない。彼らは互いに分かりあっている。彼らが各々できること、すべきことを果たすだけ。

 だが、一人残っている男がいた。まとめ役らしいゴンツォだ。

 ロックへと近づいてくる。


「なんです?」

「『マスクマン』を見つけたら、警戒するようお伝え願います。トースタンは邪魔者には粗暴な男ですから」

「わかりました。しっかり伝えましょう」

「私たちが見つけたときも、お伝えいたします。我らと揉め事になったこともありますので危険です」


 そう言うとゴンツォも急ぎ足で町へと消えた。

 その走りには少しもブレがない。どこかで教練でも受けていたのだろうか。


「みんな本気なのね……」


 その様子を離れて見ていたユリエルが、あきれたような声を溢した。


「どうするのよぉ……」

「それを考えるのさ。依頼を受けたし、願いも聞いた。どうするのが 俺の仕事だ」


 弱々しい声と共に頭を抱えるが、大きなため息は吐いてあげた顔は、はっきりと前を見つめていた。


「そうね──そう。もうしょうがないわ。今までこうならなかったのが幸運なのよ」

「それでいい。さて考えようか。マスクマンのこと、ファンクラブのことと、色々な」


 ユリエルの顔色に、ロックはホッとした。ユリエルは割りきる時は、急旋回といわんばかりだ。

 どうもそこまでが長いようだが、さっさと決意してくれたのは、ありがたかった。


「あなたの方は良いの? トースタンは」

「なあに、彼らも心配してるんだ。しっかり”操縦者”に伝えるとするよ」

「そういうことね」


 クスリと、面白そうにユリエルは笑うので、ロックもつられそうになるのを必死に抑えた。

 ロックは、彼らの頼みをしっかり聞き届けた。


「さぁて、どうするかなぁ──……」


 努めて真面目に、ぼやいた。




 ──じっと、彼らを見つめる影が一つあった。

 控えの借家から出た『リンファ嬢を敬愛する友の会』が方々に散ってなお悠々とした様子の探偵らを見ていたかと思うと、裏路地の闇へと消えていった。

 ハンチング帽からこぼれた短い金髪が、隙間の光に当てられて煌めいた。

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