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貧乏探偵 ロボを駆る─テン・コマンド・ノックス!─   作者: 我武者羅
4.常識的にあり得ない未知の薬物や、一般人の理解しづい難解な科学技術を事件に適用してはならない
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6.踏み出すは旅立ちの一歩

 ノックスが河に沈みながら光の粒となって消えていくのを、アニーは夢中で見つめていた。

 おとぎ話のような、幻想的な光景。それをまさしく目の前で見ているのだ。

 信じられないとか、そんなことも、考える間もなくただただ見いっていた。


 光が消えて、川の流れに元通りになっていても、しばらくはそのまま。それほどに、興味を引いていたようだ。


「消えちゃった……」

「呼んだゴルフォナイトは、送り返すこともできるのよ。あの錆びだらけは、そのまま置いていかれちゃったみたいだけどね」

「……かわいそう」


 ポツリと呟くと、しかりとユリエルも頷いた。


 赤錆は今も川底にその巨大な体を横たえているが、暗くなった今はもう見えない。

 ただ、周囲に散らばり流されたはずの赤錆の破片が、いまも時おり水流に現れて浮かぶことだけが、今もそこにあることを示していた。


 寝ているであろう辺りをみていると、座ぶりと、水面が盛り上がって人影が現れた。

 ロックだ。川岸から這い上がり、滴る水で盛大に地面を濡らしながら、ふたりのもとへと戻ってくる。


「はい、お帰り。さっさと拭かなきゃ風邪引くよ?」


 ユリエルが苦言を呈したのも、無理はなかった。

 ロックの服はびしょ濡れで、張り付いている。ユリエルの差し出した繁華りで顔を拭いたロックがシャツを絞るが、いくら絞っても絞りきれず、水が滴っている。


「それで、見つけたの?」


 ああ、とロックがズボンのポケットから出したのは、錆びだらけのブローチ。あの赤錆の騎士の”鍵”だ。


「これがなければ、ゴルフォナイトは動かない。呪文を知りでもしないかぎり、ゴルフォナイトを召喚も送還もできないんだ」

「良くできました」

「こいつは、警察にしっかり届けようか」


 そう言って弄ぶのをじっと見ていたアニーはポツリと呟いた。


「やっぱり、さっきの『マスクマン』はにいちゃんとねえちゃんだったんだ」

「おいおい、見てなかったのか?」

「見てた……けど」


 目の前で見ていたはzなのに、今でも信じられない。


「だけどな、そいつは──」

「──秘密にしてちょうだい、ね」


 合わせるように人差し指を唇に当て、そっとウインク。


「俺たちがマスクマンだとばれるのは面倒なんでな」

「なんで?」

「さぁ。だがたぶん税──」

「──そこはちょっとした秘密なの、ね」


 ロックの口を塞ぐユリエルの視線に押されて、自ずと下がる。そっかと、少し残念そうに呟いた。


「やぱり、泥棒はいけないことなんだね」


 反省でもしたような、しょげた言葉にロックは目を丸くする。


「なんでまた。誇りに思うようなことをいっていただろうに」

「でも、にいちゃんもねええちゃんも必死だったし、ずぶ濡れでも、その宝石を持ってきた──」


 ──あの”騎士”は、かっこ良かったし。

 最後の言葉は、つい呑み込んだ。


「そりゃ、人のものだからな。なにかしら思いはあるから、探したくもなる」

「だからって、みんながみんな、こうして探せるわけでもないのよね」

「だから、俺みたいなのがいるのさ」


 ロックが、胸を張る。

 その意味もわからず、アニーは首をかしげた。


「なんで?」

「──俺が探偵だからだ。物も、人も、真実もどうんかして見つけ出す。それが探偵だよ」

「探偵……」


 その言葉を、アニーは胸のうちで反芻する。


「また偉そうなことを言って」

「師匠もよく言っていたぞ」

「結局受け売りじゃないの」


 ああだこうだと言い合う二人に、納得するように頷いた。


「そっか。すごいね、探偵」


 ああ、とロックも頷く。


「なんだ、反省するのか?」


 こくりと、首を縦に振る。

 抵抗はあったけれど、ずいぶんあっさりと振れた。


「泥棒は……やめだい。誰かの大切なもの盗って幸せなんて、なんかイヤだ」

「それなら、これだ」


 その手をロックが取るとなにかを握らせた。見てみればそれは錆びだらけのブローチ。

 ロックが、沈む赤錆の騎士から持ってきたもの。


「一緒についてってやるから、ちゃんと君が届けるんだ」


 だが、アニーは背を向けた。ぎゅっと、大事そうに抱き締める。

 落とさないようにするのとは違う。放さないように、失くさないように。執着すら感じさせる抱き方だった。

 

「どうした?」

「……いやだ、渡したくない」

「どうして?」

「……探偵、さんでしょ? ずっと私なんかに、もう会わないでしょ。こんな、楽しいのに」

「なんだ、そんなことか」


 ロックはしゃがみ、その小さな頭を撫でる。

 その鳶色の瞳を、じっと見つめて、笑った。


「そこまでのことは気にしないよ。悪いことしたなら、しっかり捕まえるがね。だけど、やめるんだろ」

「じゃあまた会えるのかな。明日も、明後日も!」

「そこまで約束はできないが……きっと会えるさ。なんなら会いに来ても構わんぞ? なにせ同じマンチェスターに住む者だ」


 そばでユリエルも、微笑んでいる。

 ロックがハンチング帽越しに強く撫でてくるものだから、アニーはおもわず悶えた。


「じゃあ、そろそろ行こう──」

「ちょっと待ってよ」


 立ち上がろうとしたロックを、アニーが呼び止めた。

 アニーが帽子をはずしたかと思うと、ふわりと赤髪が視界一杯に広がる。次の瞬間、頬に柔らかな感触。

 一瞬漂った甘い香りに、ロックは思わず鼻を疑った。


「──約束、だよ」


 目をしばし瞬かせたロックに、顔を赤らめた”少女”が背を向けて、走り出す。


「ほーら、はやくー!」


 手を振る少女のあどけない元気な声が、届いてくる。


「あーらら、どうしたの、ロックさん?」


 からかうようなユリエルの声が、ロックの耳にこだまする。

 呆然と何度もさすると、ポツリとこぼすように呟いた


「…………女の子だったのか」


 うわぁ、とユリエルは辟易とした顔を隠さない。


「気づかないなんてひどいわね。探偵失格じゃなくて?」

「ぐぐ……いつ、から、気づいていた……」

「さぁーて、何時でしょう?」


 鼻で笑われても、ロックはなにも言えない。


「ええい、夜道の子供の一人歩きは危ないからな、さっさと追いかけるぞ!」

「はいはい」


 慌ててロックが走り出す。仕方ないと苦笑して、売り得るも追いかけた。





 マンチェスターの運河は長い。リヴァプールまでは37マイル(60キロメートル)にも及ぶ。


 その川沿いの道を走る馬車が一つ。

 外套を深く被った馭者が鞭を鳴らせば、いななき一つ。

 がらがらごろごろと、車輪が威勢よく回る。

 

 時おり小石を踏みつけては荷台が大きく揺れる。

 しっかり幌を閉じたそのなかから、時おり外を覗く目が二対。

 背後に”うるさい”追っ手がいないことを確認してほっと息を吐いた。


「”先生”、あのしつこいサツども、ようやく消えましたよ」

「そうかそうか」


 被った外套を下ろすと、深呼吸。窮屈そうに肩を鳴らし、首を解す。


「センセ、そんなに大変なら変わりますよ」

「良いや、構わんよ。私にやらせろ」


 手を伸ばしてきたノッポをあしらって、鞭を握り直した。

 

 ”先生”と凸凹二人が乗るのは馬車だ。それも上等な代物。

 馬の毛並みも力もそこそこに良いし、たいして穴のない幌までついている。

 旅をするにはもってこいの代物だ。


 グラントらから逃げる最中に奪ったものだ。

 どこぞの商人が荷下ろしを終えたのを見かけて、すぐさま乗っ取った。

 逃げてすぐの三人にそんなものを買う金などあろうはずもない。

 

 馭者台にのって鞭を一振りすれば、あっという間に警官たちは置いてけぼり。

 そして街を抜けてしまえば、人目を警戒することもない。

 悠々と川沿いを下る道のりを進められる。


 車輪と砂利音の他にきこえるのは、河のせせらぎばかり。

 もうすでに工場すら息を潜めるころだ。


 ぐう、と腹の虫もおさまらず、凸凹二人はため息をつく。


「お腹空きましたねぇ、先生」

「なんにもないよぉ……」


 わずかに残った荷は持ち主が使っていたであろう外套と固くなった黒パンくらい。

 寒さは凌げても、腹は満たされない。

 以前から慣れ親しんだこの状況でも、泣き言を漏らすことは止められない。

 そうした凸凹二人の愚痴を”先生”がああだこうだと文句をつけるのが、こんな時の三人の常だった。


 だけど、今回は少し違っていた。

 外套を羽織ったときも、半かけの黒パンをかじるときも、愚痴っている今このときも、空返事ばかり。

 しっかり前を見据えているはずなのに、心ここにあらずといった様子。


「どしたのかな、センセ」

「やっぱりショックだったんじゃないの? せっかく手に入れた虎の子はダメダメだしやられちゃうしで」

「──あぁ、そうか」


 首をかしげていた二人は、ふとしたように声をあげた先生を見た。


「思い出したんだよ、あの白いの。……──ロンドンに居たのに似てるんだ」

「ロンドン?……あぁ、居ましたねぇ」


 チビもまた、懐かしいように声をあげるが、ノッポは首をかしげたまま。


「なにかあった?」

「忘れたのか?前にロンドンで何度か現れた奴だ。暴れた騎士とも戦ったりしていたよ」

「──あぁ!」


 ようやくピンと来たのか、ノッポは手を打った。


 白銀の騎士だとか色々言われていただろうか、なぞの重騎士。ロンドンでも噂に囁かれる紳士。

 彼が相手にしたのはドイツも希代の悪党ばかりというから、劇場での題材にされることも多かった。


「前にも見たよ、テムズ川の大決戦! あれスゴかったなぁ」

「でも、ホントにそいつなんですか? ここ二三年は現れてなかったじゃないですか」

「良いや、ワシの眼に狂いはない!」


 ハッキリと断言するものだから、凸凹二人は顔を見合わせた。

 頷いて認識を確かめあって、口を開く。


「そんなのにやられちゃったなら、仕方ないですね」

「何が仕方ないだ! アレがポンコツだったのがいかんのだ!」


 はぁ、とため息を聞いて、耳聡くため息を聞き付けて睨みを聞かせる”先生”に、二人は首を振るばかり。


「それでも、あの騎士を置いてきたのはもったいないよねぇ」

「それこそ仕方ないだろ? あっさり倒されちゃったんだから」

「あんなボロボロじゃあねぇ」


 けらけら笑う二人に、舌鋒が飛ぶ。


「やかましい! 失くしたものの心配をしてどうする! 今はこの状況をどうするか考えるのだ!」

「どうするって言ったってですねぇ、こうして逃げて、どうするんですかこれから」

「そうそう。またそこらの池の魚を食べる生活はイヤだよぉ!」


 悲嘆の叫びをノッポがあげる。それにチビも同道してため息を漏らす。

 だけども、すぐに途切れた。”先生”から妙な含み笑いが聞こえてくる。


「なあに、心配するな。実はな、あの街でいくらか宝石をくすねてきているのだ。」

「いつの間にそんなことしてたんですかぁ!?」

「見せて、センセ見せて!」

「ははは、そうか見たいか!」


 気を良くした”先生”は高笑い。ごそごそと懐をまさぐる。


「ここにたんと……たぁんと……た、ん……」


 だが、手を動かすたびに言葉が、弱くなっていく。

 逆の胸を叩き、ズボンを叩く。

 いぶかしがる二人を他所に、”先生”の顔は青ざめていく。


「先生……?」

「──ない。ない、ない!?」


 慌てて馭者台の周囲に顔まで覗き込むものだから、事は明白であった。


「あーあ、落としたか」

「またぁ? いつだろうねぇ」

「泳いでいた時じゃない?」

「ええい、どこだ、どこにいったぁ!?」

「失くしたんじゃないですかぁ?」

「うるさぁい! お前たちも探さんかぁ!」


 ノッポの言葉に声を飛ばし吠えたてる。

 二人の呆れた顔も意にかさない。


「まったくもう──」

「ほれ、早く──ちぃ!」

「──うわぁ!?」


 そう言って後ろを向いていた”先生”はは舌打ち一つ、馬に鞭を走らせた。

 馬のいななきとともに馬車は急加速。腰を浮かせたものだから吹っ飛ぶ凸凹二人にも構わず、速度を増していく。

 荷台にしたたかに体を打ち付け顔をしかめた二人も、”その音”を耳にして顔色を変えた。

 明らかな焦りの色。


「げげ……」

「来ちゃったぁ……?」


 ”先生”は時おり後ろをみては、鞭を振るう。その後から迫るのはけたたましいサイレンの音。

 自動車や馬車と入り乱れている。警察だ。


「うへぇ、まだ追ってくるよ」

「あぁ、前のとは違う……ここの警察だぁ!」

「この馬車盗ったから!?」

「えぇいこなくそ!」


 鞭を振るえば馬がいななく。馬車の速度はぐんぐんと上がっていく。


「ちくしょぉぅ! 決めた、今決めた。ロンドンに帰るぞぉ!」

「先生、それはあとで、あとでぇ!」

「あぁ、ムチ、ムチがぁ!?」


 悲鳴が、運河のほとりに遠く響いていた。


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