6.憩いの一時
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──『真夜中の決闘 現金輸送馬車強奪犯人逮捕雑騎士 大暴れ』
──昨晩マンチェスター運河にて起きた”騎士”の戦闘を見た者は多いだろう。強盗犯の華麗なる手口もグラント警部によって見事暴かれた。”騎士”同士の戦闘にまで発展した末に、犯人も逮捕された──
「新聞一面にこうまで書かれてるのね」
「すごいじゃないのさ警部さんよぉ!」
「いやぁはっはっ、どうもどうも!」
大家が跳ねるほどの興奮とともに誉められて、グラントは鼻の下を伸ばしている。
新聞を手にしたマスターも、驚きからか顔が紅潮させて囃し立てる。
「いやはや、警部はすごい!」
「すごいわ!」
「まったく、やつはとんでもない男だった。病気の薬をあげるからと男を無理矢理働かせるとはな」
「まぁ、ひどい」
「結局今回の騒ぎで薬ビンも割れてしまったがな」
「それは残念よね」
「ああ、全くだ」
そうだったな、とグラントに目で示されて、ロックも合わせて頷いた。
「しかしそんな男を私が──と、言い切れればよかったのですがなぁ」
ため息をつくグラントを、一同はなだめる。
無事解決できたのだから、と言っても複雑に顔を歪めるのも仕方はない。
ほとんど第三者が片をつけたのだから。
「善意の重騎士とは、珍しいものだねぇ」
面白いものをみた、とでも言うようにマスターは新聞を叩く。
そこには《謎の重騎士》と見出しで銘打たれた、メカニクナイトと組み合うノックスの写真があった。
「いくら性能がいいからって町中じゃあまり使われることはありませんものねぇ」
「警察さんもやられちまったのを助けたそうだな。新聞にも書いてある」
「その通りだ……!」
グラントは頭を抱えた。
虎の子の警察騎がこうまで醜態をさらしてしまうとは!
「あっさり相手にやられちまったからな。操縦者も結局グロッキーだよ」
「すごかったんだねぇ、悪の雑騎士は」
だが、野放しになってしまう”悪の雑騎士”の前に立ちはだかった巨人こそ、”善意の重騎士”。
「いやはやもうすごかったんだからね! 迫り来る雑騎士を千切っては投げ、千切っては投げ!」
「そこまですごかったのか」
「そりゃあもう!」
興奮した様子のマスターは、鼻息荒く身振り手振りをまじえて動く。
やんやと囃し立てる大家に気を良くしたのかベラベラと口を回していく。
突如現れたかと思えばすぐさま捻りたおし、
しかし、グラントは首をかしげる。
「千切ったのは自分の腕だがな……」
「そう、そこなんだ!」
いいこと言った、とばかりにマスターはグラントを力強く指差した。
「重騎士は雑騎士が吐き出した糸で建物に拘束されたけど、すぐに脱出した。何故か自分の腕を落としてだが」
「あのとき、その拘束のせいで建物が崩れかかっていた。ちょうどそのなかに、俺が居たんだ。逃げ遅れた子供と一緒にね──重騎士はそこでどうしたか」
ほう、と貴重な当事者の話に集まる注目に、グラントも咳で調子を整えた。
胸を張りつつも、記者に向けるように落ち着いて、話を続ける。
「建物を崩さないため、拘束を残したまま腕をはずしたんだ。俺は誓ったよ。そこまでするなら、絶対に子供を助けて見せると」
「なるほど、それがこの写真ね」
マスターの手の新聞には、しょうじょを抱き上げるグラントの写真が載っていた。
「よく撮れてるじゃない」
「やめてくれと、言ったのですけどね」
また照れ臭そうに、グラントは頭を掻く。
うらやましいね、と小突くマスターは囃し立てる。
「だが、その重騎士は川に消えていってしまった」
「犯人を雑騎士から引きずり出したら、すぐに飛びこんじまうんだもんな。ほんと速かったよ」
「警察騎が無事なら追ったんだがなぁ……」
しかし警察騎は、すでにベロムズ一味によって破壊されてしまっていた。
余裕もなく、それも助けられた相手を追いかけるよう市民に頼むこともできず、ただ川の流れに消える重騎士を眺めるしかなかったのだ。
「ずいぶんと深手を負っているようだった。せめて礼だけでもと思ったが……」
「やっぱりそんだけやられてたかぁ……」
すごかったもんなぁ、とマスターは感慨深く何度もうなずく。
「──で、あなたは、そこに見に行っていたのね」
冷たい声にビクリと鳥肌を露にしたマスターは、椅子の上で後ずさり。背もたれに阻まれて、少し椅子の脚を引きずるだけに終わる。
大家が、にこやかな笑みをマスターに向けていた。
助けを隣のグラントに求めても、カップのコーヒーに舌鼓を打って、見向きもしない。
「……で、でももう閉店時間だったし……ちゃんと、店閉めたよ?」
「閉めただけ、でしょう? 後処理もせずに店の鍵を閉めただけじゃないの」
しゃんとおし。
言い訳も叩ききられ、釘を刺されて、マスターは項垂れた。
「はは、あのゴルフォナイトを見たやつはみんな災難だな。現場の連中は巻き込まれかけて、あんたはしかられて」
「警部さんは違うだろ? 俺はまたいつものこと」
「なら恥を知りなさい」
大家の振るったフライパンによって、マスターは頭を抱えた。
「……そ、それに比べりゃ、あいつらも災難、だな」
ああ、と大家とグラントが見つめたのは、店内の隅の暖炉。椅子に座って身を寄せ合う二人。
「……いやぁ、そんなことはあり──ばっしゅ!」
「ちょっと、汚い……ハンカチを使ってよちゅん!」
ほとんど黙って話を聞いていたロックとユリエルは、揃って大きなくしゃみをした。
毛布にマフラーを巻き、火に照らされながら真っ赤な顔でぼうっとする様は見事な風っぴき。
その惨状にはさすがのマスターも苦笑いだ。
「あーあーひでぇな。水被ったんだって?」
「火照って、水浴び、しただけさ」
「女連れ込んでか? やぁるねぇ」
「下世話よ」
大家がフライパンを振り抜いた。
突っ伏したマスターを横目に、ロックは口を尖らせる。
「別に、そういう訳じゃねえよ」
「私は庇ってもらったんですから、文句は言えません」
その荒れた鼻声に、グラントは悲痛の表情を浮かべる。
「いや、誠にすまん。まさか”運河に転がり落ちている”とは思わなかった。早く気づいて引き上げればよかったんだが」
「それだけ騎士の戦闘、激しかったのね」
「いきなり来たタクシー馬車から、ずぶ濡れの二人が降りてきたのはさすがに面食らった」
「あら、馬車だなんてずいぶん流されたのねぇ」
すべて終わっていたからよかったがね、とグラントも息を吐く。
「お前たちには本当に感謝しかない。あの情報がなければ手当たり次第の捜査しか出来ずに取り逃していた可能性が高い」
ありがとう、と深く頭を下げた。
ユリエルは、困ったように頬をつく。
「別に、気にしてはいませんよ。ほとんどロックさんのやったことですし」
「せっかくなら新聞に載れば良かったか?」
「こんなクタクタの姿は残したくないわよ……」
「そうか?」
「そうよ、恥ずかしい……」
「やりきったようでいいだろ」
ああだこうだと言い合う二人に、ひとまず心配は無さそうだとグラントがひそかに安堵した。
「まあ、載れなくても構いませんよ。俺は有名になりたくて探偵やってる訳じゃない」
「俺も、そうだな。別に新聞に載ろうとしたわけではない」
グラントも、深く頷いた。
嬉しいのは違いないが、と顔をほころばせるのはご愛敬。
「それじゃあ二人とも、とりあえずこれよね」
大家の運んだ紅茶から、ふわりと甘い香りが店中に広がっていく。
一口含んで、二人はほっと吐息を漏らした
「おぉ……」
「おいしいぃ……」
「なんだか、いい匂いがしますな」
「ふふ、これよ、これ」
鼻をグラントが鳴らす。
大家が抱えた小さなポッドの中から一匙持ち上げれば、滴るのは黄金に輝く雫。
「ハチミツですか!?」
「ふふ、ちょっと私の友達からもらったのよ。一つ混ぜればハチミツ茶……ってね」
そのまま紅茶のカップに滴らせかき混ぜれば、またも広がる甘い香り。
鼻を膨らませて嗅いでいたグラントのもとへと、差し出された。
「これは……」
「とっても頑張ったのでしょう? だから、ご褒美……ね?」
「おかみさん……!」
感涙極まったグラントも、一口すすればたちまち紅茶に夢中。岩のようにいかつく険しい顔も、ほころびていく。
その姿をじっと見つめる男が一人。マスターだ。
羨ましそうに大家のはちみつ壺を見つめたかと思えば、グラントに目が移り、ロック、ユリエルとぐるぐる目が回る。
「そんなに、欲しい?」
コクリ、とマスターは首を縦に振る。
「仕事をちゃんと出来ない人にはダメかなぁ?」
「──やるやる、やりまぁす!」
寂しそうにしていたマスターが猛烈な勢いで立ち上がったかと思うと、すぐにカウンターのなかに回った。
早速手に取った布巾を濡らし、店中の机を拭いていく。
「床と食器と机での違いはついてるようね、安心したわ」
「いやですね、オーナー。それぞれの専用布巾の区別くらい分かりますって!」
「じゃあマスター、そのままお願いね」
そっと、はちみつをマスターのカップに一垂らし。
喜びの声を上げたマスターに微笑んで、大家も自分のカップに匙を向けた。
喫茶店の扉が開いて、ベルが鳴る。
そこにいたのは親子らしい二人の姿。細身の少女を男が庇うように、支えていた。
「……おぉ?」
「あら……」
その姿を見て、ロックとユリエルの顔もほころぶ。
「いらっしゃいませ!」
二人の元へ笑顔で駆け出す少女を迎えるように、大家とマスターの声が、明るく響いた。




