4.一歩下がってお待ちください
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「警部、こちらの操縦者は二人とも無事です!」
「暴走犯も確保しました!」
「よくやった……!」
犯人確保も、部下の無事も、嬉しい報告。だがそれでもグラントは苦い顔を崩さない。
あっさりと改造雑騎士に倒された警察騎は、無惨な姿になっていた。
装甲は砕け、内部の”骨”も折れているように見える。
補修するよりも、新たに購入した方が安上がりかも知れない。そして、それに巻き込まれた倉庫街の惨状。
どれだけ上司に文句を言われるかと、脳裏によぎる。
だが、それは”終わってから”の話だ。事を万全に解決してから考えること。
一際響く轟音に周囲が身をすくませる中、グラントは吠えた。
「はやく野次馬を退かせろ! 奴等に近づこうなんて考えさせるな、吹っ飛ばされたら”オシマイ”だ!」
部下に叫びながらも、それを見やった。
「け、警部、あれ大丈夫ですかね!?」
「どうだかな……」
報告に来ていた部下の不安な声に、グラントは顎を揉む。
伸びっぱなしの無精髭が指を刺すかすかな痛みで思考を刺激しても、結果を予測できない。
怪訝な面持ちで、争う二体の”騎士”を見ていた。
──何故だ?
重騎士に新手の改造雑騎士が突っ込んだのは、先程のこと。
悲鳴をあげて逃げ出した野次馬もすでにまばらになっている。
なのに、二騎は未だに立っている。
それも改造雑騎士二機を圧倒した姿とはまるで異なる、防戦一方。
いくら棍棒で殴られ続けても、重騎士は動かない。
突如の救援に憎たらしくも沸いていた部下たちも、悲痛の面持ちでその戦いを見ている。
──何をしているんだ。
グラントが手出しできようはずもなく、歯噛みしていたその時、気づいた。
「──まだ、人が逃げ遅れているのか……!」
重騎士の背後。建物の屋上から人が逃げ出し、窓からは右往左往する人の姿が見える。
すぐさま、グラントは動いた。
「重騎士背後の建物に行くぞ、民間人を救出する!」
「戦闘中の騎士の足元を行くんですか!?」
「回り込むんだ! 飛び込んだ奴からはどうせあの重騎士がかばってくれる! 続けェ!」
教会の鐘のそばにいるような、強烈な金属音に耳を痛めながら、建物に飛び込んだ。
内部を一目見て、思わず息を呑む。まるで戦場の様な有り様であった。
壁や床はひび割れ崩れ、瓦礫となって積み上がっている。
グラント率いる警官らの行動は迅速であった。
逃げ惑う人々を誘導し、避難させていく。
転んだり、瓦礫に巻き込まれたりと怪我をした人は、警官が抱えて外へと運び出していく。
警官に先じて突入した勇敢な男らもいた。彼らの勇気に敬意を表し、後を継いだ。
「おぅい、メイちゃんやぁ、どこだぁい!」
グラントが叫ぶのは、幼子の名前。
はぐれてしまったという親から捜索を託されたのだ。
その親子の住むという部屋から、子供の鳴き声が聞こえた。
部屋の片隅で、少女が人形を抱えながら、縮こまって泣いている。
外での戦闘による衝撃が今も部屋を揺らし、その度に少女は悲鳴を上げている。
「ようし、もうだいじょうぶだ、おじさんが来たぞ、今助ける!」
なだめるように語りかければ、少女はそっと顔を上げた。
厳ついとよく言われる顔を必死に緩めて、微笑む。
余計に怯えたように見えたが、懸命に笑って近寄っていく。
潤んだ眼を開けて、グラントをしっかりと見たのを確かに見た。
その眼に、何かがキラリと光るのが映りこむ。
「──なにっ!?」
その先は外だ。
そのことに気づいたときには、窓を壁ごとぶち破って何かが部屋に飛び込んできた。
●
《メカニクナイトIII》の肩から、何かが飛び出してくる。
ロックが咄嗟に《ノックス》の腕を差し出したのは、偶然のようなものだった。
右腕にいくつも細いワイヤーがが絡み付き、そのまま建物の壁に縫い付けられた。
「なにっ!?」
『動きたくとも動けないようにしてやる!』
ノックスの右腕は拘束され、動かない。
煩わしいようにワイヤーを引き抜こうとして、
「抜いちゃダメっ!」
ユリエルの叫びに、その手を止めた。
殴られた衝撃にノックスが揺れるなか、子供の泣き声が聞こえてくる。
ユリエルが示す先、操縦席の画面が動き、ワイヤーの根本を注目して写した。
こんな機能が、と驚く間もなくそこに写るものに、ロックは目を見開いた。
崩れた部屋に、グラントがいる。部屋の隅で泣き叫ぶ少女へ向かって、部屋に突き刺さったワイヤーフックを掻い潜り、わずかに残った床を伝って近づこうとしている。
「──耐える。耐えきるぞ」
動くという選択肢は、ロックの中から消え去った。
メカニクナイトは変わらず棍棒を振るう。左腕だけで防ぎきれるわけもなく、何度も殴られる。
響く振動、きしむ装甲。じり貧の状況。
頭部を殴られ揺れる画面と操縦席に耐えながら、次の一手を考える。
だが、思い付かない。グラントも、少女も犠牲にする手段ばかり。
手だてはないのかと歯噛みして、
「──を千切って」
「何?」
ユリエルの言葉に、耳を疑った。
聞き返されても、ユリエルは表情も変えずに言った。
「ノックスの肩鎧の紐を千切って。そうすれば、簡単に肩が外れる」
──ノックスの手足はおじいさまの作ったもの。
ユリエルの言葉を思い出す。
ノックスは滅多うちにされて、手足は歪みへこんで、一部の鎧は剥がれてしまっている惨状。
だが、胴や兜は何事もないようにそこにある。確かに部材は違うらしい。
手足の装甲は幾分か弱いのだ。それなら、強引に千切ってしまうのも楽ではあるだろう。
しかし──……
「部品集めにひいこら言ってたのにいいのか?」
「ええそうね、正直嫌よ。ぶーたれたいほどイヤ」
「なら──」
「でもノックスが負けるのはもっとイヤ! 壊れたのなら直せばいい!」
「──わかったぁッ!」
真剣な眼差しとその言葉に、ためらいは吹き飛んだ。
胴と右肩に渡る紐に手をかけて力を込めれば、意外なほどあっさりと千切れた。
「前に出て!」
左手は、右肩に添える。ユリエルの声に従い、一歩踏み込むと同時に手を押し込む。
わずかな突っ張りを感じてももう一歩踏み込めば、大きな破断音。左手が軽くなる感触。右腕がノックスから引き剥がれた。
惜しむかのようにのけ反るわずかな余韻も無視して、さらに一歩踏み込む。
左の拳が狙うのは、メカニクナイトの胸。
拘束したことに油断してがら空きだった胸に勢いよく叩きつける。
乱暴なまでに厚い装甲は破れない。だが、甲高い音は響いた。
『ぃッ……がぁっ!?』
メカニクナイトの動きが鈍り、ふらついた。不意の振動と共鳴に喘ぐ悲鳴が漏れ聞こえてくる。
その横へと回り込んだノックスは、左の脇に棍棒を抱え込んだ。
そのままメカニクナイトを蹴れば、棍棒から手から滑り落ちる。そのまま、運河のほうへと放り捨てた。
──ノックスでは、この棍棒は扱えない。
「建物からは引き剥がした。これでやれる、とは言えるが……」
たたらを踏むメカニクナイトの胸甲は、脚の形にへこんでいる。
ただ、それだけだ。
ノックスの手足は悲鳴をあげている。
腕をなくした分、機体は軽くなったからと言って、それで勝てるものではない。
悠然と立つメカニクナイトは、ノックスへとつかみかかってくる。
手をとって組み合えば、背後へ押し込まれてしまう。
「やっぱり、パワーが違いすぎる!?」
「腕をなくしたから、余計だな!」
押して、引いて。押されて、引かれて。真っ正面からの押し合いだ。
片腕のノックスは、後ろに下がらないようにするのが精一杯。
やいのやいのと脇のビルでわめく野次馬をにらむ余裕もない。
『ははは、前とは違うな?』
メカニクナイトの左手は、ノックスの欠けた右肩を掴んでいた。自在な指が中をかき回し、嫌な振動が響いてくる。
その自由度の高さは、ユリエルもやはり驚かざるを得なかった。
『訳はわからぬが、腕をくっつけるとは面白い。やはりジルストはよく研究していたな』
ベロムスの口調は、興奮したように上がっていた。
『ワシは以前の反省をいかして、徹底的にパワーを上げた!あやつの研究のお陰だ、例を言おうぞ!』
「その爺さんの研究がなければ、できなかったんじゃねえか」
『ああ、そうとも。有意義に使わせてもらったよ──データは使うものだろう?』
なんとないように、ベロムズは言う。
『ジルストの研究とワシの研究が組合わさって、この機械騎士が生まれた。素晴らしいことじゃないか!』
研究が組み合わさって成果となる。そのことにはロックも頷くしかなかった。
何らかのデータが作られても、それ単体では意味がない。新たな研究に利用されてたり、分析されて、初めて意味が生まれる。
それはデータを調べた当人に限らない。他の人にとってもまた意味が生まれる。そこから新たな成果が生まれていくのだ。
『重騎士を倒し、その成果を見せてやろうと言うのだよ。ジルストにも見せてやりたかったわぁ!』
蒸気までも吹き出すメカニクナイトのパワーは、ノックスを圧倒する。
膝も、腕も、ノックスの全身が軋みを上げ、仰け反るまでに押し込まれる。
少しでもバランスを崩したら、一気に押し潰される。
余談を許さぬ操作を強いられ──
──ふと、きしむ音が弱まった。
『力が弱まった……?』
ノックスが押し込んでも、メカニクナイトは動じない。
『なあ、孫よ。ワシとともに来い』
唐突に、ベロムズが言う。
『腕一本で、メカニクナイトに耐えている。これもまた素晴らしいものだ。その技術、ワシのもとで活かさないか』
「……何を言っているの?」
小さな声で、ユリエルはいぶしがる。
その小声が聞こえるわけもなく。返答がないことも構わずに、ベロムズは続ける。
『お前もこの素晴らしい重騎士に携わったのだ。ワシとともに研究しようではないか。その技術力をいかし、新たな機械騎士を作り出そう。そんなものも圧倒する素晴らしい機体を!』
「冗談はやめてください」
我慢できないように、ユリエルは身を乗り出した。
「それならおじいさまを殺さなければいいものを、なんで今さら」
『やつがデータを渡さんのがいけないんじゃ。データは皆で使うものだろう!?』
「そんなあなただから渡さなかったんじゃ無いですか?」
きっぱりと言い張って、告げる。
「もう話したくはありません──首を切れ!」
『──きさまぁぁっ!』
ベロムズは激昂する。
蒸気の高ぶりと共にメカニクナイトの力が増し、再びノックスを押し込んでいく。
『そのままつぶれてしまえぇッ!』
メカニクナイトは、今日一番の蒸気を吹き出した。
一気に真っ正面から押し込んでいく。ノックスの肘も曲がり、腰も折れそうなほどに仰け反っていく。
──もうすぐ潰れる!
その手応えに、ベロムズはほくそ笑み──
「そいつを、待ってた!」
──ロックも、不敵に笑った。
ノックスは、抵抗を止め、勢いのまま背後に倒れ込んだ。
支えを失ったメカニクナイトは勢い余って前のめりになるが、それをとどめるほどに柔軟ではない。
その腹をノックスの脚が”支えた”。そして、膝の悲鳴をも構わず、突き上げる。
転びそうになる腹を支えられ、メカニクナイトは逆さまに宙を舞う。
その姿、東洋の体術に覚えのあるものならば、こう呼び称えるであろう──”巴投げ”と。
押し込む力をそのまま投げ飛ばされ、メカニクナイトは背から地面に叩きつけられた。
全身から蒸気と異音を吹き出している。もう動けそうにもない。
●
ノックスはメカニクナイトの腹に左手を突きいれると胸鎧を剥ぎ取った。
中から引きずり出されたのは老境に差し掛かった男。ベロムズだ。
「ま、まて、放せはなせぇ!」
捕まれたベロムズは、痛いだのと、わめいている。
その訴えが聞き届けられたのか、そっとメカニクナイトの傍らに解き放たれた。
安堵したベロムズは、横たわるメカニクナイトを見つめて、そっと闘志を燃やす。
「貴様ら、今度こそ倒して──」
ノックスに向かって再戦を誓わんと吠えるベロムズの肩を、誰かが叩いた。
煩わしいように払ってもしつこく叩いてくるので、苛立ちと共に振り向き、わからず屋に注意しようとして──
「何じゃ、いま体が痛いから後に──」
「それならじいさん、俺がいい保養所に案内してやろう──留置場と言うんだがな」
怯えるベロムズにグラントは、ぎらりと光る手錠を突きつける。
二つの輪が擦り合わされて鳴る音が、嫌に耳に響いてくる。
後ずさろうにも捕まれた肩は微塵も動かず、ベロムズをその場に釘付けにする。
「ま、待て、それは」
「”救貧院”よりは、ずっと良かろう?」
「そんなところに行かんとも、ワシはやっていけるわ!」
「ほう、逃亡犯のお前がか。スポンサーでもいるのかい?」
グラントが鋭い視線とともに問えば、ベロムズの虚勢は一気にしぼんだ。
しどろもどろで目線をそらす彼の顔を引き寄せて、その目を見つめた。
「そこも含めて、話は署で聞かせてもらう!」
手錠をかけられて、がっくりとベロムズはうなだれた。
●
ウェストサイドの朝は快晴であった。
窓辺に差し込む清らかな朝日を眩しそうにしながら、メアリーは気だるそうに寝床から身を起こした。
「もうこんなに日が高いや……」
朝日が”差し込む”のを見て目覚めるのは、ずいぶんと久しぶりだった。
昨晩は、どうもなかなか眠れなかった。
どこかで夜中に工事でも始めたのか、騒音がウェストサイドにまで響いてきて、ずっと騒がしかったのだ。
それがしばらく続いたものだから、メアリーも叩き起こされてしまい、止むまでずっと寝付けなかった。
どこから音がするんだと、近くの住人が犯人探しを始めたのもうるさかったけれど、それもしょうがない。
ガンガンと金属を叩きつけ合う甲高い音が町にずっと響いていたのだ。
今もその鐘のような音が耳に残る気がして、メアリーは顔をしかめた。
顔を洗って朝ごはんを、と思って立つと、小さな庭の前に、静かに馬車が止まったのが見えた。
馬車での用なんてないはず。寝ぼけた頭で覗き見て。
ふらつきながらも馬車を降りた男に、眼を奪われた。 礼儀に無理無茶全てを捨てて、一目散に部屋を出た。
弱った肺も、細い体が痛んでも、階段を転げそうになりながらも必死に走る。
そして、家を見上げて呆然としていた男の胸へ飛び込んだ。
「──お父さん!」
「おお、メアリー……!」
父もまた、涙ぐんでメアリーを抱き締めて、お互いを確かめ合うように寄り添っていた。
ぎゅっとメアリーを包む力と暖かさが、懐かしい。
厚い胸板のちょっと嫌な臭いも、今はずっと嗅いでいたかった。
「……お帰り」
「ああ……ただいま」
呟けば、言葉が返ってくる。
ふっと抱き締める腕の力が弱まったけれども、メアリーは逆に力を強めた。
まだこうしていたくて、顔を押し付ける。
大きな手が、ゆっくり、優しくメアリーの髪を撫でる。それがとても心地よくて、じっと受けていた。
やっと帰ってきた父に、メアリーは夢中だった。
父が降りてきた馬車が静かに走っていくことにも、気づかなかった。




