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貧乏探偵 ロボを駆る─テン・コマンド・ノックス!─   作者: 我武者羅
2.探偵方法に超自然能力を用いてはならない
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7.ブロストン家の伝説

 探偵事務所にカタカタと、乾いた音が響く。

 ロックの叩くタイプライターの音だ。ユリエルが面白そうに見つめても、その早さは変わらない。

 事件記録を残しているのだ。ロックの師エリック・セイムズは携わった膨大な事件の記録を全て残していた。

 ロックもそれにならい、記録をつけている。

 肝心の保管室はユリエルの資料置き場兼私室となっている有り様ではあるが。


「『あの黄色の雑騎士(ワークナー)のロープを、大樹を回して、開けた表玄関から中に通す。その先にフラッツ氏をくくりつけたら、一気に巻き取る。ノックスが引きずられるほどに強力なんだ。さぞや勢いあっただろう』」


 事件から数日。記すのはやはりブロストン邸での事件。


「『大きな音は、まさしくフラッツ氏が扉にぶつかり外に飛び出した時のもの。残るロープも、慌てて抱き上げた時に外してしまえばすぐにはばれない。何せ暗い真夜中だ。あとは雑騎士が巻き取ってしまえばいい』」

「騎士を犯罪に使うなんて許せないわ!」

「使うもの次第だよ。そう思うのなら君はちゃんと使ってやればいい」


 憤るユリエルをロックはなだめる。


「『蛇を見た、なんて目撃証言かあったのは運が悪かったな。その蛇は巻き取られるロープだった』」


 騎士を犯罪に使ったから罰でも当たったんだろう、となだめすかすように言えば、ユリエルは安堵したように胸を撫で下ろした。


 警察騎を駆ってやって来た警察によって、執事のバルロと庭師は逮捕された。やがて彼らには裁判が待っている。

 新聞はすぐさま囃し立て、大きな賑わいを見せている。伝説になぞらえた殺人とそのトリックなんて小説モノ。地主のしもべが加害者で、地主の息子が被害者とあっては食いつかないわけがない。


「結局、伝説云々は無かったのね」

「全く、一体何やらさっぱりです」

「ベルが来たときには引き渡しも終わっちゃったからねぇ」

「──まて」


 指を止めたロックは、ゆっくりと”二人”を見た。

 ひらひら手を振るベルディに会釈を一つ。そして眉を潜める。


「……なんでベルディがいる」

「私の友達よ。別におかしくないでしょ」

「いつの間に」

「ロックが話してるとき」


 苦虫を噛み潰すようなロックの表情に、ユリエルは小首をかしげている。


「ここは探偵事務所なんだが、来たと言う話も聞いとらんが……せめてあとでもいいから話は通してくれ」


 「はぁい」と口を尖らせるのを、ベルディが背にかばう。


「また押し掛けてすみません。私も事件のことはもう少し詳しく聞いておきたいなって」

「伝説に仕立てあげたトリックは今話した通りだよ」

「あなたとユリエルを襲ったのは、捜査を中断させるため、と」

「そういうこともあるのが、探偵稼業の大変さだよ」


 ロックはため息を隠さない。

 でも、とユリエルは首を捻っている。


「なんだって伝説に沿わせるなんて回りくどい工夫をしたのかしらね」

「まあ、一番分かりやすいからかな」

「分かりやすい?」


 いまいちぴんときていないように、ユリエルに、ロックは指をたて言った。


「伝説になぞらえた殺人は、ほとんどは殺人のカバーストーリーだ。未知の恐怖は人を寄せ付けづらくする。だがそれ自体に意味を持つことがある。警告だ」

「警告?」

「今回の伝説を思い出せ」


──階段の騎士鎧は、時に人を外へと放り投げる。投げられるのは、侵入者。悪人。


「この『悪人』という一文が、執事のバルロと庭師のボッツ、彼ら二人にはなにより大切だった」


 二人の前に、紙束を示す。


「これ電報で頼んだっていうやつ?」

「そう。フラッツ氏のロンドンでの素行調査だ」

「そんなことやってたの」

「浮気と素行の探りは探偵の本分になっちゃってるからね」


 知り合いに頼んだ。ロックは得意気に胸を張る。


「フラッツ氏のロンドンでの状況は、かなりの借金と学費の滞納を確認できた。ずいぶんと遊んでいたらしいな」

「あらぁ、なにやっていたのかしら、あの兄さまは」


 ベルディは頬に手を当て困り顔。


「カードに酒に女。学費まで使い込んで滞納していたらしい。なんとロンドン市警にまで目をつけられて、学校からもうすぐ放り出される有り様だったようだ」

「なにやってんだかあのバカ兄は……」

「ベル、口調変わってる」


 頭を抱えたベルディを、ユリエルがなだめる。


「フラッツ氏はそこで帰省し、父ノーマン氏に金の無心をした。しかし繕った言葉で引き出せた金は学費には到底足りず、周囲の友人とその親族から”譲ってもらって”金品を得た」

「それ”ゆすった”って言いません?」

「そうとも言う」


 唇をひくつかせるベルディの言葉を、あっさりと肯定した。


「そうした譲渡品(金銀細工)を自室の床下にしまっていたが、作業中の”庭師”に窓から見られてしまい、深夜に問い詰められた。激昂したフラッツ氏は庭師に掴みかかったあげく、返り討ちで死んでしまったようだがね」


 深夜に庭師が向かったのは彼なりの配慮だったという。だがそれが、フラッツを逆撫でしてしまったらしい。


「その騒ぎを始めに聞き付けたバルロは、せっかくだから伝説通り『悪人』として放り投げられたことにしようとトリックを仕掛けた」

「それダメじゃない……?」


 その通りと、ロックも頷く。

 だがこうでもしなければならない程、ノーマン氏は愛息子を信じていたらしい。

 だから、と調査報告書をはたいた。


「こんな風に証拠を集めてれば良かったんだろうが……まぁ難しいわな」

「こんなの、昔からやってたでしょう?」


 二人に目を向かれ、ベルディは苦い顔。

 「すぐわかったでしょ」と肩を落とす。


「遅かれ早かれ不満は爆発してたかなぁ」


 否定もできず、三人ため息をつく。

 産業革命の灰の誘惑に負けず、健やかなる風の吹く街を守り抜いたノーマン・ブロストン。

 だけれども、その晴眼に一点の曇りが生じてしまったのが、長兄のフラッツであった。

 いたく溺愛したものの増長し、表父は善人を装い、裏でやりたい放題なった。


「大都会に行って少し変わると思ったのですけれどねぇ。大学を追い出されて泣きつかれても、父様はこれじゃ『奮起しろ』とでも言いそうです」

「ま、その結果露見したのが『悪人退治の伝説』ときたものだ。愛しの息子が死んだノーマン氏もさぞや肝を冷やしただろう」


 起きた事件を警察が伝説だと判断した。『伝説通りに悪人が投げ殺された』という噂が町中に拡がる。

 「そんなことがあった」「そういえばあんな噂が」伝説が。どんどん街に広がっていく。

 伝説を語ることをはばかることはない。ただの噂だ。”ほら話”はみな大好きだし、そんなことを封じるのはバカらしい。

 『ブロストンの息子が投げ殺された。悪人が投げ殺された』のだと、周囲に浸透していく。


「伝説通りのことが起きたからには、息子が悪人となってしまう。そうは認めたくはないから『息子は善人だから違う』と伝説を否定する。殺人だと主張する」

「……警察の方も伝説通りの事件だとか言ってたって話じゃなかったでしたっけ」

「よっぽどだったらしいな」


 ノーマン氏は息子は殺された、”悪人”では無かったと大喜びだと言う。

 ワインの瓶をいくつも開けて、勝利の(弔いの)酒に酔っているらしい。


「まあ、死をそこまで気にしてないと言うのは良かったか」

「悪人じゃないから大喜びってのはちょっとねぇ」

「殺されるなら悪人、でなければ善人。なんだかんだで伝説を信じていたようだな」


 ユリエルのうめきに、ロックは嘆息。


「でも結局、この事件もホントに伝説通りだったわね」

「……何がだ?」


 首をかしげるロックに、ユリエルは含み笑いをこらえきれていない。


「伝説は『悪人は放り投げられる』。”殺される”じゃない」


 だから、と。


「悪人は放り投げ出される。投げるは騎士──ロックは騎士ノックスで思いっきり放り投げたじゃない」

「ああ──そう言われれば、その通りか」

「思いきりね、二機とも」

「やったな」

「そう、そうよ」


 そうか、そうよと二人は笑い合う。

 何やらわからぬベルディは、キョロキョロと二人を見ていることしかできなかった。





「ところで、探偵さん」


 やがてロックに、ベルディは切り出した。


「ちょっとわがままかも知れませんが──それ、頂けませんこと?」


 指し示したのは、フラッツの素行調査報告の束。


「そろそろ、お父様を安心させてあげようかと思います。ロンドンでのお兄様のこと、お父様ならなんとしてもお知りになりたいでしょうから」


 書き写したものでもいいので。微笑むベルディの前に、紙束がもう一つ差し出される。


「ご用意してあります」


 あら、と口を覆ったベルディに、ロックは得意気にウインクを一つ。


「ですが、さすがに大胆すぎるかと。万一に備えて私がしっかり責任もって今から届けます。エスコートはお任せを」

「あら、嬉しい」


 差し出した手を、ベルディは取った。


「むむ……ずるい」

「ふふ、ごめんなさいね」

「ユリエル、留守は──」

「私も行く!」


 そして、もう一方の手をユリエルが取った。

 戸惑うロックにユリエルが得意気に笑い、ベルディも微笑んだ。


「さぁ、行きましょう!」

「大家さんに留守を頼みましょうか」


 わかった、とロックも嘆息する。


「両手に華とは嬉しいものだがね……精一杯エスコートしましょうか」


 ひとまず解放されたロックは、扉を開けた。



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