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貧乏探偵 ロボを駆る─テン・コマンド・ノックス!─   作者: 我武者羅
2.探偵方法に超自然能力を用いてはならない
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6.用意はできてる?

 細月昇る空は晴れ渡り、瞬く星がよく見える。煙に霞む都会では珍しくなりつつある、美しい光景だ。

 その下、暗闇の中、ランタンを照らして歩く影が二つ。ロックとユリエル。

 ざざりと草むらの波を切って進む二人は、空には目もくれず、ずっと足元を見ている。歩く度に草に手を伸ばし、掻き分けていた。


「本当に蛇がいるのかしらね」


 棒を草むらに突っ込んで引っ掻き回していたユリエルがぽつりと呟いた。


「ま、丘の牧場主が見たっていうんだ。なら探してみてもいいだろ。何かあるかも知れないし」

「ベルは、そんなことないらしいけどねぇ。庭師の人も知らないみたいだし」


 なんだろう、とユリエルは首をかしげている。


「事件の日の事、庭師の人もユリィと同じことを言ってたわ。寝た。轟音。悲鳴。飛び出た。おったまげた」

「そうか」


 何も変わらない。ロックは静かに頷いた。


「それでね、なんでも森の離れにも雑騎士が置いてあるんだって!」

「二機も持つとは、ずいぶんと太っ腹だな」

「でしょう。森向こうの石切場に使うんだって。明日はそっちを見に行くって話をつけたわ!」

「そうかそうか」


 捜査を忘れないでくれ、と釘を刺せば、目を泳がせながらも「当然」と答えてくれる。


「そっちは街にも出たんでしょ?」

「色々聞いたが、静かな街だったよ。閑静、というにはちょっとトゲがあったが」

「あんなに暖かだったのに?」

「ベルディにはな」


 ふーん、とユリエルは耳を傾ける。


「あんまりフラッツ氏はいい噂を聞かなかったね。女だの金だのトラブルばかりだ。ノーマン氏の言葉とは全然違う。ベルディからなにか聞かなかったかい?」


 暫し唸ったユリエルは、思い出すように言った。


「あんまり……家の人のことは話してなかったのよね。お兄さんがいるだなんて今回はじめて聞いたのよ」

「騎士に夢中で聞き逃しただけだったりしないか?」

「失礼ね!」


 ふん、と鼻を鳴らしたユリエルは唇を尖らせる。

 ざさりと草むらを薙ぐ鉄棒の動きは大胆になっていた。


「おいおい、それじゃ蛇が逃げちゃうよ」

「危ないから向かってくるよりいいんじゃない!?」


 それもそうかと、ロックは笑った。


 低い草を踏む度に、虫が飛び出して来る。掻き分けるたび、緑の匂いが鼻をくすぐった。

 そういえば、ここまでの自然の中を歩くのは、ずいぶん久しぶりのように思える。

 ──マンチェスターじゃ、ここまでの大自然は珍しくなったからな


 大樹の周りを歩き回ったりするも、虫はいれど、蛇の姿は見えない。

 ロックは根の隙間を覗き込み、落ち葉や茂み、芝生すら掻き分けて、探す。

 膝や肘に土がつくことも構わず、探し続ける。

 這いつくばって、それらしい穴には棒を突っ込んだ。

 苛立った兎が飛び出してくるのでロックが尻餅をつけば、ユリエルはクスクスと笑う。


 気づけば、ユリエルが呆然とした様子で突っ立っていた。

 ふらふらと、その頭は船を漕いでいる。


「──どうした、なにかあったか?」

「うぇっ! ああ、その、ぼおっとしちゃって!」

「本当に大丈夫か?眠いか?」

「だ、大丈夫よ」


 そうは言っても、あくびを一つ。にじんだ涙を擦るユリエルに、ロックはハンカチを差し出した。


「ずいぶん眠そうじゃないか」

「こ、このくらい……」

「先に戻るか?」

「大丈夫よ。ノックスの整備にこれくらいどうってことは……」


 ユリエルの頭がふらついた。

 倒れ掛けるのをロックが押さえ、抱き止めた。


「ほら、こうなる」

「でも、探してるんでしょ?私も、ここで探す」

「なら少し寝ていろ。その方が頭がすっきりするぞ」


 大樹のそばにもたらせる。

 木の肌の一部は磨かれたように滑る。そこを気に入ったのか、枕のように頬擦りしていた。


「ここなら、寝づらくないか」

「木の肌ツルツルだぁ……」


 まぶたも重くなってきた様子にユリエルに、ロックは脱いだコートをかけた。


「これでちょっとは寒さをしのげるだろ」

「……いいの?」

「俺だってイギリス紳士の端くれにして男子だ。この程度どうということはない。」


 そう言って、袖巻くりした腕を掲げて見せた。



 ぐっすりとユリエルが眠る間も、ロックは捜査を続けていた。

 居もわからぬ、蛇の捜索のために夜を徹する。

 ふと、ユリエルの寝姿を覗き込んだ。身じろぎもせずに、良く眠っている。

 またか、とは思えなかった。

 ──やはり、疲れていたのだろうか。

 ずっとはしゃいでいるようだったが、空元気だったのか。


「──」

「……ん?」


 ふと聞こえた言葉に、ロックは返した。


「──いまさらか、さすがにひどいな」

「……聞こえていたの?」

「『本当に探偵だったんだ』か?」


 見た先、大樹のそばでユリエルは身を起こしていた。

 曖昧に、ユリエルは笑う。間違ってはいなかったようだと、心のうちで喝采をあげた。


「探偵じゃなかったなら、おれは一体何だっていうんだ?」

「ああ、その、そんなことじゃなくて」


 起き上がり、ロックのそばへと寄っていく。

 少しでも眠ったせいか、ユリエルの言葉や足取りに眠気はどこにもなく、しっかりしていた。


「真剣に取り組んでいるんだなって」

「おれは常に依頼に真剣だぞ」


 知らなかったのか、と口を尖らせて、


「終わった事件を掘り返すのは、全てにおいて急がなきゃいけない。進行しているものと違って、犯人が逃げてしまうかも知れないからな」

「ロックなら、この事件も解決ね」

「なんでそうなる?」

「私の事件は、すぐに解決できたでしょ。だから今回の事件も解決、ベルディもノーマンさんも安心。回復……するわよね?」

「まあ、そこは自分でどうにかするしかないからな」


 ふーん、とユリエルは頷いて。


「自分の経験?」


 小首を傾げたその言葉に、ロックは眉を吊り上げる。

 空を見上げ、暫し考え込み、


「まあ……どうだろうな。師匠は消えたが、悲しむ暇もなかったからな……!」

「お金のこと、気にしてましたものねぇ……」

「今も中々危ないからね」


 ため息がこぼれるのを、ユリエルは心配そうに見つめていた。


「──お前は、何ともなかったのか」

「うえっ!?な、何で」


 だが話を振られ、その顔は一変する。

 自身のことに、急にユリエルは狼狽えた。


「ベルディは、心配していた。最近変だったと言っていたぞ」

「そ、そんなに……?」

「すまないが、細かいところは話せんな。知りたければそこは直接。彼女とは長い付き合いなんだろう?」

「ま、まあ、学校入ってからの同級生だけれど……」

「君の様子を気にかけていた。俺はまぁ大丈夫だろうと勝手に思っていたが、違うのか?」

「わ、私は……」


 ユリエルは目を泳がせる。

 戸惑うように指を弄んで、ポツリとこぼすように口を開いた。


「正直、辛いわ。おじいさまを殺したベロムズは、今も逃げている。なにかされるんじゃないかって、いつも不安。”騎士”で気を紛らわしていないと、すぐ沈んじゃいそう」


 祖父を殺されて、その犯人も脱獄して逃走している状況は、ユリエルには恐怖しかない。

 いつ襲われるかもわからない。すでに狙われてるかもしれない。

 常に怯えて暮らすことは、かなりの負担を心にかける。


「でもその二つがあるだけで十分に違った。資料を読んでいれば、おじいさまと討論していたような気がする。いじっていれば、一緒に向かっているようになる」

「そこでも騎士か。本当に大好きだな」

「──大好き?」


 その言葉に、意外そうに目を見開いた。


「違うのか?」

「ええ、そうかも──いえ、そうなのね」


 考え込むように、そっと顔を伏せた。はらり、と髪がしなだれる。


「──ふ、ふふっ」


 やがて、笑いだした。息を漏らしたようなものが、押さえきれずに口を開き、腹を抱えて笑いだす。


「──あは、はははっ!」


 転げそうなほどに笑う様に驚き、ロックが手を伸ばしても、いいからと笑って振り払う。

 ようやく収まった時には、息つくその顔はずいぶんと晴れやかになっていた。


「何にも、苦にならなかった、楽しいことだった。それは今も。騎士にすがっていられた」

「そこまで大好きだったか」

「ええ!」


 ユリエルは満面の笑みで、頷いた。


「物心ついた頃から文献に部品ととにかく騎士に囲まれていた。だから全然気づけなかったわ。ありがとう」

「勝手に踏み込んで、礼を言われるとはね」

「嬉しかったからいいの。良いこと気づけたんだから」


 クスクスと笑うので、ロックは困ったように頭を掻く。


「礼だけじゃ足りないわ。今日だって、ロックの手伝いもせずに騎士に飛び付いて、ごめんなさい。私はやりたいことばっかりやってて……」

「いいや、ずいぶんと助かっている」


 え、と潤んだ瞳がロックを見つめる。


「庭師の話を聞いてくれたし、ここの騎士がどんなものか、倉庫や裏手がどうかと教えてくれたじゃないか」


 ──それは捜査だ。

 しっかり、ロックが噛み締めるように言った言葉に、ユリエルは目をしばかせる。


「そっか」

「居候してるんだから、曲がりなりにも事務所の一員だ。ユリエルはちゃんとやれてるよ」


 そっか、とユリエルの顔は嬉しそうに笑顔に染まる。

 その顔を、ロックは見つめていた。


重騎士(ゴルフォナイト)雑騎士(ワークナー)……なにか、すがれるモノね」

「前を見れなくても、光明がなくても、そばに何かあるだけでも違うから──」


 ──きっと、ノーマンさんも。

 はにかむユリエルの笑顔が、ランタンの明かりに照らされて、眩しく輝く。

 つい空に目をそらしたのは眩しかったからに違いない。ロックはそう思った。


 不意に空を見上げれば、満点の星が瞬いている。

──俺は、何にすがっていただろうか。

 家賃、依頼、師匠、探偵。そうなのだろうか。

 星が何か答えてくれるわけもなく、瞬くだけ。

 隣で草むらに身を横たえたユリエルは、吐き出すように言った。


「ノックスをいじるのが楽しかったわけね」

「どれくらいやり合ってたんだ?」

「寝食惜しまず」

「よく寝るわけだ」


 そういえば、とユリエルも気恥ずかしそうに笑う。


「時間あるときは整備をしていたのだけれどね。大概は夜くらいだったから」

「整備していたのか。たまに抜け出してまで?」


 驚くようなロックの言葉に、ユリエルは憤慨する。


「当然よ! 私をなんだと思っているわけ?」

「お前さん、そのベロムズに狙われてもおかしくない身だろう」

「それでも、やりたかったからね」


 ため息一つ。ここ最近では一番大きいであろう。

 これ見よがしな仕草に、ユリエルも不満を漏らす。


「なんだと思ってた訳? 私が騎士以外でそんな無茶するとでも?」

「いや知らないが。それにノックスのことは何も言ってこなかったからな」


 呆れ混じりのロックの言葉に、答えはしばらく帰ってこなかった。

 ゆったりと目の前を蛾が通りすぎて、ようやく言葉が絞り出される。


「──あれ、そうだっけ……?」

「ノックスの話の度に話そらしただろう」

「そうでしたっけ!?」


 間違うものかとロックが胸を張り、口を尖らせユリエルが否定する。

 振り子を揺らし続けるような、何もならない問答は、しばらく続いた。





 草むらを漁ったりしながら、ロックは体が痛むのを感じた。

 さすがに長時間も屈んだままの作業に肩や腰が悲鳴をあげている。

 ユリエルに大口叩いた手前、苦労する姿はそう見せられないが、こっそり肩を回してみれば、疲れが少しばかりほぐれていく。

 誘惑に耐えきれず思いきり背を伸ばしてみれば、あちこちから威勢のいい音が鳴る。

 

 ふと見れば、ユリエルはしゃがみ込んでまで、必死にあちこちをさがしている。 


「寝たからってユリエルは良くやれるな……騎士をいじってるからか?」


 ──俺もやれば……いや、それは違うか。

 空を見ながら、ぼうっとしていた時である。

 空に瞬く星の光が、急に消えた。漆黒に染まった空は、どんどんと広がっている。


「──いかん!」


 駆け出したその瞬間、背後に大岩が落ちてきた。


「間一髪……!」

「え、何、なに!?」

「──また来るぞ!」


 転がったロックは、慌てふためくユリエルを抱え再び走り出す。

 ひゅう、と風切り音がしたかと思えば、また大岩が落ちてきた。


「い、いきなりなんですかぁ!?」

「落ち着け、攻撃だ」


 顔を赤く染め、手足をバタつかせていたユリエルも、ようやく落ち着いた。

 大岩は次々に降って、ロックに襲いかかる。

 必死に逃げていると、ユリエルがそっと口を開いた。

 その顔は、まだほんのりと赤い。


「これ、攻撃ですよね?」

「原っぱで落石なぞあってたまるか。どこかにいるはずだ──探せるか」

「──はい!」


 ロックの腕に抱かれながら、ユリエルは周囲を見渡した。 

 腕のなかは暖かく、動いて揺れても安定している。

 だが、捜索は難航していた。


 (投げられた岩が積み上がってる、これじゃ邪魔で見えないじゃないの)


 落ちて砕けた岩は瓦礫となって、積み上がっていた。


 (敵は絶対に騎士。雑になっているのは助かるわ。もう適当にばらまいているだけ。見えないのかしら)


 先に落ちた岩とぶつかり合い、砕け散る。

 そして、砕けた岩の隙間から、その姿が見た。

 

「────いました、月の真下、丘の上!」

「あそこか!」


 月の真下──ユリエルが示す丘の上に巨大な影があった。首のない巨人の姿はまさしくワークナー。

 またひとつ大岩をひっつかみ、空へ放り投げた。


「ユリエル、パイプは?」

「え、えっと……有りました!」


 小脇のポシェットから取り出されたパイプをひっつかむように手にとると、叫んだ。


「”ノックス”を出すぞ、合わせろ!」

「は、はい!」


 しっかりと、ユリエルは頷く。

 岩が砕けて石礫が飛び交い、岩が雪崩を打つように襲いかかる。


「──さて、始めよう」


 それでも構わず、その言葉を口にした。


「──彼は明白な(チェック)()である!(ワン)

「──これは至るには、超常(チェック)()無きも(ツー)のである!」

「──この解は、誤魔化し(チェック)()き明白(スリー)のものである!」


 息が途切れてくる。

 足場が荒らされた中、ユリエルを抱えて走りながらの詠唱だ。それも、砂塵が舞う中でのこと。


「──この解に至るは、明(チェック)()である(フォー)ものである!」 

「──この解に至るは妖魔(チェック)()わらぬ潔(ファイブ)白の道である!」

「──この解に至るは、偶然(チェック)()よらぬも(シックス)のである!」


 喉が痛む。砂利が口に入り込み、ざらざらと音をたてる。鼻はむず痒いし、鼻水が溢れてくる。

 そんな全身の違和感にも構わず、ロックは詠唱を続ける。

 ベロムズの悪意から守ってくれた光も粉塵までは手が回らないらしい。


「──この解に、我らに(チェック)()は微塵(セブン)も無し!」

「──ここに至る解法は(チェック)()てを明(エイト)かすことができる!」

「──此度の問いは(チェック)()こに全(ナイン)て明かされた!」


 目の前で輝く巨大な花弁にも、次々と岩がぶつけられる。

 倒されないか不安であったが、そんなことお構いなしとばかりに悠然とし、光を蓄える。


「──ここに在るは己(チェック)()闘いで(テン)ある!」


 二人を大きな影が覆う。蕾にぶつかり、弾かれた巨岩だ。せまる巨岩は、二人を押し潰そうとして──


「──ここに十戒(オールチェック)()果たされた!(グリーン)


 ──巨岩はひび割れ、光と共に砕け散る。

 溢れた光のなかに、ノックスの姿があった。


「ノックス、いくぞぉぉっ!」


 大岩の間をぬって、ノックスが走る。

 雑騎士が投げる岩も、その手に握る腕ほどの短い剣で、砕いてみせた。

 岩ではダメだと気づいたのか、雑騎士が狼狽えるように手持ちぶさたになってももう遅い。転がる大岩を足掛かりに一息に丘を飛び上がり、剣を振り下ろした。





「よし、命中!」

「まだよ、あの騎士、まだ動くわ!」


 手応えにを得たロックを、後ろに備えた椅子からユリエルが諌める。

 剣を受けたのは黄色の雑騎士(ワークナー)。大きくのけぞるが、踏ん張って持ちこたえた。

 わずかな月明かりだけが照らすなか、ロックは相手の姿をまじまじと見ることができた。


「ずいぶんと見やすいな。まるで日中だ」

「ノックスが調整して投影機に写しているの。それこそ真っ暗闇でも日向になるわよ!」

「いれたりつくせりなことで──もういっちょう!」


 一撃では終わらない。ノックスは剣を振り続ける。

 その度に火花が散り、黄色の雑騎士は躍り続ける。


「そろそろあいつは限界よ!」


 ユリエルが叫ぶ。

 だがさすがに黄色の雑騎士も慣れたのか、重ねた腕で剣を受け止めた。

 震える腕に剣が食い込む。

 しかしロックは動じず、その足を払った。


『う、わぁぁっ!』


 バランスを崩した黄色の雑騎士を一気に押し込み、仰向けに倒して見せた。


「ようし、抵抗はやめてもらおう──ん?」


 だが、突然操縦席に鳴り響いた甲高い音に、ノックスは動きを止めた。


「な、なんだ──」

「ロック、後ろからも!」

「──なにぃ!?」


 戸惑ったロックが後ろを見たときには、投影機一面に別の雑騎士の姿が写しだされていた。

 衝撃。

 ひっくり返されるような、かき混ぜられるような感覚が、二人を襲う。


「何が……」


 もうろうとしながらも、ロックは状況を確認する。

 ノックスはうつ伏せに倒れているらしい。

 恐らく二機目の雑騎士の体当たりで転がされた。

 突然の音は、その事を知らせる警報だったのだろう。ユリエルの方が早く気づいていた。

 動くのが遅れたのは、間違いなくロックのミス。


「知らなかったなんて、言い訳だな」


 周囲を良く見ることも、できたはずだ。

 宙を漂う手足をレバーに戻した。

 自分が椅子ごと宙に浮いているのも、操縦席にベルトで縛り付けているのが幸をそうした。

 ユリエルはシートベルトと、そのまま呼んでいたか。


「まだ、相手はいるんだろうな。ユリエル、無事か」


 呼び掛けても、返事はない。

 目の前の画面に、血痕があることに気づいた。

 振り向くと、ユリエルはシートベルトに押さえられたまま、手足をぶらつかせている。

 その額から、血が今も流れていた。


「──ユリエル、ユリエル!?」


 ハンカチで傷口を押さえながら、ユリエルに呼び掛ける。


「だ、大丈夫……椅子つくってて良かったわ……」

「あまり動くな。頭をぶつけている」


 そんなこと、といったところで、ユリエルもハンカチを当てられていることに気づいた。


「血なら大丈夫だって、角で切っただけだから」

「しかしな……」

「まだ、相手がいる」


 ユリエルの示す先、ロックの足元の画面は、背後の方から二基のワークナーが近づいてくる光景を写している。

 不安一杯だったロックも、引き締めざるを得なかった。


「捕まっていろ、動くなよ!」


 目一杯にレバーを引けば、ノックスが起き上がった。

 ノックスが振り向いた先で、二機が持ち上げていたのは、ツルハシとスコップ。

 鋭利な穂先が、月明かりに怪しく光る。

 ロックを──ノックスを見るために照らした黄色のライトが、眼光のように妖しく見えた。


 振り下ろされたツルハシを、小剣でいなす。

 スコップを腰だめに突くのを、後ろに下がってかわした。


 「さて、どうするか」


 何度か刃を交わして、ロックは次の手を考えていた。

 ツルハシの─黄色の方には驚異を感じない。やたらめったら振り回すので、危なっかしいだけだ。


(──むしろ注視すべきは、スコップの方)


 避けるノックスにせまるように、スコップを振るう。

 突き、叩き、動いた”ため”を狙ってきたりと、確実に攻撃をしようとしている。


「あの程度……ノックスなら、大丈夫」

「大人しくしていろ」

「大丈夫だって」


 頭の傷をユリエルはハンカチで押さえている。

 大丈夫だと、ユリエル本人は言っている。だが万が一も考えられる。

 ──あまり激しい動きはできない。

 また一歩下がろうとしたノックスが、止まる。腕にロープが絡み付いていた。

 ツルハシ持ちの黄色の雑騎士が投げたロープだ。


『来いよぉ!』


 黄色の雑騎士がロープを引っ張る。ロープを握る手が巻き取る動きは強力で、ノックスも足を止めた。

 ──いや、引きずられている。


「ロープで動けない、離れない!」

『来い!』


 業を煮やした黄色の雑騎士は、手で巻き取りながら走り、無理矢理近づいてくる。

 振りあげたツルハシが、月に照らされ光った。


「ちぃっ!」 


 小剣でロープを切るが、ツルハシは目前に迫っている。

 盾に構えた小剣がツルハシを受け止めたが、弾き飛ばされた。


「剣が!」

『丸腰だぞ!』


 乱暴に振られたツルハシが掠り、ノックスの胴鎧が火花を散らした。



『ちょこまか逃げるなぁ!』


 黄色の雑騎士の操縦者は、いささか苛立ちを覚えていた。

 こちらは二機、武器も持っている。なのに一機で手ぶらの相手に何もできていない。

 相手は逃げ続けるだけ。だが逃げ続けているのだ。


『さっさと仕留めてください、警察が来ます』

『わかっている!』


 スコップの操縦者に怒鳴り、飛びかかるようにして振ると、手応えを感じた。だが相手は横へ滑るように避けている。

 ひらひらと手を振って見せるその姿に、黄色の操縦者は自ずと頭に血が上っていく。


『またか!』


 さすがに飽き飽きだ、とうんざりしながらもツルハシを持ち上げようとして、操縦レバーに抵抗を覚えた。

 見れば、ツルハシが岩に食い込んでいる。最初にたくさん放り投げた大岩だ。


『チクショウめが!』


 急いで引き抜こうと両手を掛けようとする。

 『捨てろ』というスコップの操縦者の声に気づいたときには、遅かった。


 その太い腕をノックスが取る。足を払われた。


『ま、またかよぉっ!』


 勢いのままに回されて、仰向けに引き倒された。





「ようし、次!」


 黄色の雑騎士が倒れたのをロックはしっかり確認した。

 屈んだノックスを起こした瞬間、背後から警報音が鳴り響く。


「後ろから!」

「ああ!」


 背後に振り向けば、スコップの雑騎士がいた。腰だめにスコップを構えて、目前に迫っている。

 一気に突き出されたスコップを、ノックスは身を回すように避けた。

 先が腹の細い装甲を滑り、かすかに火花を散らす。

 その火花に照らされて、操縦者が驚いているのを、ロックは見た。


「──ほんとに、よく見えるな!」


 スコップを突きだす腕を、ノックスはつかんだ。ワークナーの勢いを消さないまま、その足を引っ掻ける。

 やったことは先ほどの黄色の雑騎士と同じだ。だが、今回は余計に勢いが乗っている。


「──今度は飛ぶぞぉ!」

『──ぐぅおぉぉっ!?』


 スコップの雑騎士は地面すれすれに飛んでいき、黄色の雑騎士に折り重なるようにぶつかって止まった。




 重なりあう二機の雑騎士。

 その操縦席は外枠が歪み、ガラスがひび割れていた。

 そのガラスが内から蹴り破かれて、操縦者が顔を出し、黄色の雑騎士から転がり落ちた。

 もう一人の方もほうほうの体で這い出ようとしていた。


 どこかから風切り音が聞こえてきた、次の瞬間。


「──ひいぃっ!」

「──わあぁっ!」


 互いの間に鉄塊が突き刺さった。よく見ればそれは、黄色の雑騎士が刺したままにしたツルハシだ。


『ようし、そのまま動くなよ、動かないでくださいよ!』


 腕を振り抜いた姿勢のノックスがゆっくり歩いてくるのを見て、二人は勘念したように腰を落とした。


「ちょっと、今のは……危なくない?」

「いや、つい……ね」


 ノックスから降りた二人は、拳銃を片手に二人に近づいた。拘束するためだ。


 その背後でノックスが光に消えていくのを、ロックは思わず見つめた。

 こうなっていたのかと、妙な関心を抱きながら、二人に近づいていく。

 ランタンも要らない淡い月光に照らされて、その顔がよく見えた。

 ユリエルは目を見開く。

 疲れきった様子で手を上げていたのは、使用人のバルロと、庭師の男であった。


「どういう、こと……?」


 拘束しながら、ユリエルは何度も聞いた。

 動揺を隠しきれていない。


「なんで襲ったのとか、色々あるけど、やっぱり()()よ」


 指し示したのは、黄色の雑騎士。


「なんで”庭師”が襲うのよ。私が整備したんだから見間違えようがないわ」


 《庭師》と呼ばれた雑騎士は、全身の手すりや板をはずされて、姿が一変していた。

 面影は色と腰に据えたワイヤードラムくらいのもの。

 そっちなのかとロックはあきれ、口を尖らせる。


「そりゃ、俺たちの口を黙らせたかったんだろ」


 ユリエルも、驚いたようすはない。

 信じられないのか表情を曇らせていたが、それでもロックは頷いた。


「今回の事件、犯人はこの二人だ」


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