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貧乏探偵 ロボを駆る─テン・コマンド・ノックス!─   作者: 我武者羅
2.探偵方法に超自然能力を用いてはならない
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5.彼のお部屋にご招待

「ぶぇっくし!」

「ちょっと、窓を開けましょうか」


 ひさしを上げると、新鮮な空気とともに日の光が入り込んで、室内を照らした。タンスにベッド、机といった。家材道具一式が置かれただけの、簡素な部屋だ。

 この埃臭い部屋が、長兄フリッツが泊まった部屋らしい。


「いささか埃がひどいな」

「兄が帰ってくる前は物置にもしていたそうですから」

「物置と客間は無いのか?」

「物置はいちおう地下ですが酒蔵庫ですので、客間は──今はそちらが物置なんですよ」


 兄たっての希望で。にこやかな顔であったが、わずかに苦笑い。


「自分の部屋に泊まりたいなんて帰省の連絡と一緒に言ったそうなんですよね──準備に半日しか猶予はなかったそうで」

「手紙を送ってすぐきたのか」

「ええ、バルロは明らかに疲れていましたもの」

「本当に大変だな、執事というのは」


 全くです、とベルディも微笑んだ。





 それからしばらく。

 フラッツ氏の死体のあった現場から、彼が止まった部屋まで、玄関、階段、廊下と遡るようにたどっていく。

 最後にたどり着いた寝室でやることはシンプルだ。

 戸棚を開けては覗き込み、引き出しを開けてはかき回す。隅から隅まで、なめるように目を通していく。

 時には見映えなど気にしないように這いつくばり、虫眼鏡をかざして目を凝らす。

 端から眺めていたベルディは、沸き立つ埃を仰いで避けながら、ふとしたように呟いた。


「……思っていたのですが、警察の方々が隅までみたのに、何か見つかりますか?」

「無いですよ」


 棚の裏を覗きながら、ロックはなんとなしに言う。

 あっけらかんとしたその言葉に、ベルディは耳を疑った。


「新しく見つかることは、ほとんどありませんからね。たいした意味はありません」

「ええ……?」


 間違いではなかったことに、ベルディは首をかしげる。

 なぜだろう。探すために引っ掻き回しているのではないだろうか。 


「警察は探すことが何より大好きなものです。そもそも俺一人にたいして警察は何人もつれてくる。探すのは向こうの方が得意なんだ」

「では、なぜ探しているんです」


 ロックは棚に余計なものがつまってないことを確認して、一気に押し込んだ。

 ゆっくりと絨毯の上を滑り、奥へ隅へと押しやっていく。

 その作業は早く、ベルディが手を貸そうとしたときにはあっという間に終わっていた。


「なにか、探した後に変化が起きていることがある。あとは、気にしなかったような何かがないかと見つけるため──」


 そして、一気に絨毯を引き剥がした。


「──ほら、こんな所に」

「え、ここになにか……あ、床扉?」

「床下収納ですね。さすがに見つけてはいる……かな?」


 端の方にひっそり隠れるようにあった床扉を開けてみたが、中は空。


「何もない?」

「──いや、隅になにか……」


 隅の隙間に何か、長い金色のものが挟まっているのを見つけたが、ロックは上手く取れない。

 脇から覗き込んだベルディも手を掛けてみるが、爪にも引っ掛からなかった。

 ロックの懐のピンセットなら届きそうなのだが、あと一歩のところでうまくいかない。


「バルロならなにか道具を……って、騎士の方に行かせてるのでしたね」


 バルロは、ユリエルを雑騎士(ワークナー)の倉庫へ案内にいかせていた。

 もう結構な時間が過ぎている。もう戻ってきてもいいのではずだが。


「兄さんの部屋ですし、なにか道具が……」


 そう言って、机に引き出しに手をかけようとした時だった。


 カタリと、机の上で筆記用具が音を立てる。

 何かと見た瞬間、また振動がわずかに走り、今度は天井から埃が落ちた。


「あら?」

「……噂をすれば」


 そして窓から顔を出すと、そこには屋敷と同じほどの背丈の雑騎士の姿があった。

 角材か鉄骨を組み合わせたような姿は、まさしく一般的な雑騎士のものだ。

 変わった所と言えば腰に据えられたワイヤーの巻かれた大きなロールと、全身に取り付けられた柵のような鉄パイプと板。

 雑騎士のかなり後ろを、バルロがついてきているのも見てとれた。


『ローック、どうしたのー!』


 くぐもった能天気な声が、首の操縦席から聞こえてくる。

 ガラスに覆われた操縦席の中、男の肩から身を乗り出して手を振るユリエルの姿があった。


「終わったのか!」


 声を掛けると『ちょっと待って』とばかりに手をあげた。

 運転手といくらかやり取りすると、雑騎士が立ち止まり、腕がぐっと屋敷へ伸ばされて、窓の下に手を添えた。

 コクピット脇のはしごからユリエルが上ると、腕の上に並んだ板の上を跳ねるように渡ってくる。


「へへ、来ちゃった」

「危ないことをするな」

「そのくらいならいいでしょ?」


 窓枠から顔を出したユリエルに、ロックは苦い顔。

 ロックの差し出した手を手繰り、窓枠に腰掛けた。


「もう終わったの?」

「だいたい整備するだけですんでよかったわ。今は試運転して確認中よ」


 だから歩いてもらってるの、と振り向きながらに雑騎士へ声を掛ける。


「どうだった?」

『こりゃあパーペキですよぉ!こんなの始めてだぁ!』


 ユリエルの声に、威勢のいいダミ声が返ってきた。

 その声はとても喜んでいるのが、離れたロックにも伝わってきた。


「主な原因はこなれない整備。最近手首を酷使したのね。本当なら交換したかったけど、ひとまずは整備よ」

「だから言ったでしょ、ユリィはすごいって」


 ──わたしはわかっているわよ?

 そう言いたげな、誇らしげなベルディの顔は、とても嬉しそうだった。


 雑騎士の整備をするためか、ユリエルの姿は一変していた。

 動きやすく、飾り気もない厚手の作業着だ。

 ベージュの布には所々に黒く油が染みている。

 邪魔にならないよう纏めあげた髪の下、首筋には汗がにじんでいた。

 汗濡れをロックは見かねて、ハンカチを差し出した。


「そんなに汗をかいて、お疲れさま、だな」

「ありがとね」

「ずいぶんと動いたようだな。疲れてないか?」

「このくらい大丈夫だって!」


 そうか、と頷く。

 首筋、額と叩くように拭うのを見ながら、ロックは訊いた。


「ここの隅に落ちている何か小さいものを取りたいんだが、あいにくいい道具がない。何かないか?」


 指し示された床下収納をユリエルは覗き込んだ。

 ん、と一瞬考えるそぶりを見せたが、すぐに雑騎士の腕を走り、操縦席へと飛んで行った。

 操縦席の男と何やら言い合うのをみながら、ベルディに聞いた。


「ところであの騎士の腕の……あの”橋”は何だ?」

「あの雑騎士、『庭師』でもあるの。普通はあの腕で直接森とかそばの剪定したりしてるんだけど──」

「──細かいところは、あの橋に乗って人の手でやるんだってね」

「そりゃすごい」


 取って帰ってきたユリエルの言葉に、ロックは関心して頷いた。

 なるほど、あの腕の板は床、パイプは手すり。まさしく”橋”、足場だ。


「だからって走るな。危ないぞ」

「結構安定してるから大丈夫ね。手すりもあるし」

「転んだら隙間から一気に落ちそうじゃないか?」

「昔からあんな足場がなくても歩いていたわよ」


 不安げなロックに、自慢げな笑みを浮かべていた。





「で、これね……っと」


 ユリエルが持ち出したのは、もっと細く、長いピンセット。見事な手捌きによって、隙間の金は引き上げられた。


「──なにこれ……ネックレス?」


 ロックの差し出すハンカチの上で、ユリエルはピンセットの先でもてあそび、その姿をじっくりと見ていた。

 金の鎖の先に、細身の金細工は下がっている。ちょこんと乗る水晶がアクセントとして輝いていた。


「こんなのじゃ落ちるよね。ベルディ、隙間埋めとく?」

「あとでお願いしようかしら」

「こいつ……結構良い値がするんじゃないか?」

「かもしれないわね……ちょっと大人しすぎて趣味じゃないけれど」


 三人が囲むなか、ネックレスは埃にまみれながらもその輝きをしっかりと見せていた。

 なぜ床下収納のなかに転がっていたのだろうか。

 ベルディに覚えはなく『片付けのときにこぼしたのかしら』と言った。

 雑騎士で上がってもらったバルロも、ネックレスのことは知らなかった。


「亡くなられた奥方さまが身に付けておられるのを見たことはございませんし……」


 そう言って、首を捻るばかりだ。

 ネックレスの細工の作りはそう古くはないから、まさか数代前の忘れ物と言うこともないだろう。


「ひとまず俺が預かっても?」


 ロックの言葉に異議はなかった。


「じゃあ、私は戻るわ」


 そう言って、ユリエルはバルロと共に、雑騎士の橋を渡っていった。

 屋敷の周りを一周して、試運転は終わりだと言う。

 雑騎士が待ちかねたように身を起こす。

 身じろぎした雑騎士、その運転手と目が合い、挨拶とばかりにロックが手を振ると、運転手も答えるように手を挙げた。


「──ふうむ」

「どうしました?」

「いや、騎士から普通に部屋の中が見えるものなのだな」

「それは、見えますとも」

「だよなぁ……」


 遠ざかる雑騎士の背を見ながら、ぼやくように呟いた。



■◆■



 ロックは馬を借りて、ふらりと屋敷の外へ出掛けた。

 町を巡った末に戻ってきたのは、日が沈んでずいぶん経ってから。


 柔らかな絨毯と美麗な調度品に囲まれた豪華な食堂で、居心地悪く感じながらもロックは暖かな夕食を終えた。

 蝋燭の明かりを照らす品々に目を移らせていたユリエルも、差し出された食事にすぐに間に目を奪われていた。

 その姿に、ひそかにロックは気を引き締められる。

 見目麗しい高級品は慣れないもの。この程度気にするな、と師匠はよく言っていた。 


 食後の紅茶も終えて、すぐのこと。

 バルロがロックに声をかけてきた。ピンとした、かしこまった態度で、用件を告げられる。


「お客様でございます」

「客だと?」

「はい、裏口にてお待ちでございます」


 誰かいただろうか、と首を傾げた。





「よう、ボフマン牧場からお届けだ!」


 厨房そばの裏口には、ヘンリーが腕にチーズを抱えてそこに居た。厚く丸々としたものがなんと三枚。

 つい受け取ってしまい、腰と足を震えさせるロックを助けながら、ヘンリーはニヤリと笑う。


「うちのチーズはみっちりしてるだろう。うまいぞ」

「ああ……素晴らしいのがみてわかるけど、すまない。今は一枚ほどしか手持ちが──」

「あとの二枚はサービスさ」

「──何?」


 疑問に満ちたロックに、ヘンリーはにやりと笑った。


「一枚は、気に入ってうちに買いに来てくれたことへのサービス」

「もう一枚は」

「蛇の事、信じてくれたからな」


 ロックは眼を丸くする。


「そんなことで良いのか?」

「”そんなこと”だからさ!」


 破顔したヘンリーは大きく笑う。面白がって肩を叩き、抱きしめた。


「──ワシはな、どっちにしろいつかはああなるとおもっとった」


 ぼそりと、耳元で呟かれた言葉にロックは耳を傾ける。


「ベルディ嬢さんの手前言わなんだがな、フラッツはいけすかん奴だよ」


 いけすかない?

 考えるロックの無言を続きの催促ととったか、ヘンリーは再び口を開く。


「弱味を握って遊ぶんだ。女で遊んだり、金集めたりとやりたい放題さ。ワシの牛からミルクを勝手に絞っていかれた事もある。手癖の悪さはこの辺りの連中はみんな知ってるぜ?」


 神妙な顔立ちで、周囲をうかがうように、言う。

 ──この家の連中も、薄々気づいている。


「死ぬなんてヘマするんだ。親類の前じゃ隠していたが、久々に帰ってきて気でも緩んだんじゃないか? 」


 また来てくれ、と笑顔で言って、ヘンリーは牧場へと帰っていった。

 外は夜の帳が降り、赤と紫、青に染まった美しい空が見える。

 今も刻々と移り変わる鮮やかな空を見ながら、ロックはヘンリーの言葉を考えていた。

 嫌らしく遊ぶフラッツ。それは屋敷で聞いた慌ただしい姿とは、少々異なる。

 だけれども。


 ──それは、町の人に聞いてきたのと同じことだ。

 ずっしりと腕にのしかかるチーズの重さも気にならず、ロックは考えていた。この事件は、どのようなものなのか。

 そうして突っ立っていると、背後から声がかけられる。


「おや、ヘンリーさまはもうお帰りになられてしまいましたか」


 振り返ればバルロが立っていた。手に抱えた盆には、湯気のたつカップが二つ。

 重い音と共に脇にチーズを置いて、ロックは苦笑い。


「ちょうど行ってしまったよ。呼ぼうか?」

「それには及びませんが、残念です。紅茶をお入れしたのですが」


 覗けば、透き通った美しい赤がそこにある。


「もう少し引き留めるんだったかな」

「いえ、構いません。遅れてしまった私がいけないのですから」

「紅茶を雑に入れる方がダメじゃないか?」


 ですね、とバルロは嘆息するが、それはロックの掛け値無い本心だ。

 今回の紅茶もロックを呼んできてから用意したはず。

 そもそもヘンリーは言うだけ言ってさっさと帰ってしまったのだから、”入れ違い”ですむ早さはむしろ称えられる。


「せっかくだ、俺がもらってもいいか」

「このまま冷ましてしまいますよりは、いいでしょうな」


 カップをとれば豊潤な香りが広がる。そっと流し込み、深く頷いた。自ずと笑みが浮かんでしまう、”いい”ものだ。


「これはいいダージリンですね。どこのです?」

「マンチェスターのランケン通りの茶問屋が、インドから取り寄せたそうでです」


 その場所には聞き覚えがあった。


「うちの大家も同じ店の茶を出してたな」

「その大家さまはお目が高い方のようで」

「まったくだ」


 小さく笑うバルロに、ロックもつられて笑みを浮かべた。


「そういえば、聞きたいんだが」

「何でございましょう」


 思い出したように、ロックが訊いた。


「ここいら、電報はどの辺りで出せる?」

「少しばかり行った場所に局がございます。私めがお届けいたしましょう」

「じゃあ頼みましょう。今、言伝てを書いちゃいますんで。ロンドンの友人に届けたいんです」


 しっかりと、用事と送り先を強調して。

 バルロの視線がわずかに細まったのを、ロックは見逃さなかった。


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