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貧乏探偵 ロボを駆る─テン・コマンド・ノックス!─   作者: 我武者羅
2.探偵方法に超自然能力を用いてはならない
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4.細くて長くて──

 ロックの目の前には、手足を広げた人形を縁取る白線。

 今しがた出てきた屋敷と見比べて、首を捻る。

 22ヤード(約20メートル)は離れているとはいえ、屋敷からまっすぐに延びる道のなか。周囲をさ迷うように歩く内に、必然的に目にすることになる。


「それだけ離れていては、いくら力自慢でも平地ではそうはいかないな。ただの強盗が投げるには人は重い」


 なれば、そもそも殺された場がこの場所であるか、それとも運ばれてきた、と言うことになる。だがその考えにベルディは否定する。


「足跡は無いのです。前日には雨が降って地面が緩んでいたから足跡がよく残っていたけれど、屋敷から出ていく私たちの足跡しかありませんでした」


 今言っても、しょうがないでしょうけど。ベルディが頭を抱える。

 回りを見渡しても、地面は人形を囲うような足跡ばかり。どれが誰の靴かもまともにわからないような状況だ。

 ほとんどは似たり寄ったりな靴底の跡なので、警察のものだろう。一回り小さいのは、ベルディのもの。


 周囲を見渡しても、あちこちに足跡が延びている。

 屋敷からまっすぐ延びる道の先には鉄柵の門。左右から煉瓦作りの腰ほどの塀が、遠く稜線の先まで延びている。

 風に吹かれて枝葉をざわめかすのは、空高く、怪鳥のように枝を広げる大樹。

 遠くまで広がる草原はどこまでも青く、風にそよいで波打っている。

 時おり虫が飛び鳥が舞い、兎が顔を覗かせる、のどかな光景だ。


「いい場所だな」

「ええ、そうでしょう。私もここは結構好きよ」


 呟いたロックに言って、ベルディも風に身を任せるように目を細めた。


「お父様も、代々継いできたこの町の風景を好んでいるみたい。心が安らぐっていっていたから、すぐに良くなるわよ」


 きっと。その言葉はどこか弱いものだった。

 ロックは当初、ノーマン氏からも話を聞こうとした。だが部屋を叩いても反応はなかったのだ。

「さっきまで起きていたのに」とベルディは意外そうなだったが、今は気力が衰えたことと無関係ではないだろう。

 耳を澄ませば寝息と共に、時おりうなされるような声が聞こえてくる。

 先ほどまで起きてベルディと話して、寝てしまった。そんな、単純なこと。

「寝るのも早くなっちゃって」と、ベルディは寂しそうに呟いていた。


「──……うん?」

「あら、なにか有りました?」


 大樹の反対側、小高い丘の方をみて、ロックは影を見つけた。丘の天辺に立つ、大きな影。

 そのさきをベルディも見て「あぁ」と納得するように頷く。


「丘の上にも……あれは雑騎士(ワークナー)か」

「お隣のヘンリーさんですよ。丘の向こうで牧場をやってるんです。先程のサンドイッチのチーズもそこのですよ」

「へぇ、それは良いことを聞いた。あれは旨かった。俺も欲しくなったよ」

「聞いてみますか? 結構気のいい人ですから、出すものさえきちんとすればチーズも下さいますよ」

「あー……お値打ちですむことを祈ろう」


 いまでも、ロックの懐の余裕は少ない。

 それでも揺らぐくらいにはあのチーズは美味であった。





 恰幅の良い体格、着古したシャツとズボンに麦藁帽子と首に巻いたタオル。焼けた肌と無精髭。

 その装いは見るものすべてに牧場に長年務めているものだという印象を与える。

 それがヘンリー・ボフマンという男だった。 


 雑騎士の足元で牧草を集めていたヘンリーは、ベルディを一目見るなり髭まみれの角張った顔をほころばせた。


「よう、ベルディ嬢さんじゃないか。また戻ったのか?」

「お久しぶりです、以前は顔を出せなくてごめんなさい」

「良いってことよ。で、そっちの男は……良いやつか?」


 小指を立ててニヤリと笑うヘンリーに、違いますと一喝が入った。

 口をとがらせそっぽ向いたベルディに代わり、ロックが前に出た。

 

「どうも、探偵のロック・ロー・クラームです」


 名を口にするなり、ヘンリーの顔は険しくなった。疲れた、と言うような、相手にしたくないという様子。

 あまり歓迎されてないらしい。


「探偵か……フラッツのことは残念だったな。死んだのは悲しいことだ」

「そのことで、捜査をしています。なにかご存じないでしょうか」

「ああ、犯人、ワシは知っとるぞ」

「──なに?」


 思わず聞き返した。

 それほどに、あっさりとした言葉であった。

 ついベルディを見ても、彼女も同じようにロックをみて、視線が交わる。

 やっとの思いで、言葉を絞り出した。


「……いま、なんと」

「あの夜、犯人を見た」

「なんですって!」

「どういうことですか、ヘンリーさん!」

「まあまあ落ち着け若いの」


 興奮し詰め寄る二人をなだめたヘンリーは、咳払い。

 二人が息をのみ見つめるなか、満を持して──


「──犯人は蛇だ!」

「……蛇?」

「ただの蛇ではないぞ、細くてながーい大蛇だ!」

「……はぁ」


 思わず、二人は目配せしあう。下がった眉、眉間のしわにとどまらず、互いの顔は明らかな困惑に埋め尽くされていた。


 ロックは目一杯、絞り出すようにして聞いた。


「どういう、状況だったんです?」

「事件の夜のことだ。俺は雑騎士(ワークナー)に乗って見張りをしていたんだ」


 ──ヘンリー氏曰く。

 彼の牧場では家族内で毎夜当番で雑騎士に乗って牧場の見張りをしているという。事件の日の夜はヘンリーが担当していた。


 その深夜、屋敷の方から丘の上にまで響く大きな音が聞こえた。何事かと目を向けると、ランタンをもって慌てて走る人影と、明かりの先で倒れた人を見た。


 走る人影は慌てるあまりランタンを放り投げてしまったが、その時にあらぬ方向を向いた光の中に、細く長いものがうねるように影へと消えていくのを見たという。


「奴らが持ち出した明かりで影が見えた。駆け寄ったあの人影のそばをしゅー、と逃げていくのを見たんだ!」

「何か知ってるか」

「いいえ、まったく」

「見たんだよぉ!」


 ベルディは、心当たりはないらしい。

 だがそれを信じないようにヘンリーは発奮する。


「それ、警察の方には言いました?」

「言ったさ!なのにやつら、蛇に噛まれた傷はないだの言って聞く耳を持たん!」


 その事を思い出してか、怒りのあまり体を震わせて、天を振り仰ぐ。挙げ句の果てには、涙をほとばしらせていた。

 慌てて二人がなだめるが、声も体も震わせるばかり。


「どうせお前らも信じないんだろ、ワシがそんなに信用できんかぁ!」

「俺は信じる、信じるからさぁ!」

「わ、私もよ!」

「ほ……ほんとうか?」

「信じるからさ。だから、その蛇はどの方に行ったんだい?」


 広げた腕の先、屋敷の前を示すと、ヘンリーは自信たっぷりに指差した。


「あの大木の影に隠れていった!」

「ありがとう!」

「信じてくれるんだな、信じてくれるんだな!」

「信じますよ」


 そうか、と感慨深くヘンリーは何度も頷いた。よほど感じ入りやすい性格なのだろうか。

 ロッ二人が屋敷に戻ろうとして、ロックが立ち止まる。


「あ、そうそう──チーズ、売ってますか?」


 聞いたとたん、ヘンリーの顔色が変わった。

 涙でうるわせ緩んだ目尻が吊り上がり、引き締まっていく。


「ブロストンさんの食堂でいただいたのが美味しかったので、私もよろしければ頂きたいのですが……」

「どのくらい、いるんだい?」


 救われた弱者の表情はすっかり消え、自信に満ち溢れた職人の獰猛な笑みが浮かんでいた。

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