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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ワタシの罪〜死んだ友人と殺した友人〜

作者: 青木森羅


 ニュースの中で僕と同じ制服を着た少年少女達が話す。


「彼は昔から乱暴な行動ばかりで、クラスのみんなも困っていました」


 嘘だ。


「亡くなった彼もよくいじめられていて、僕達も何度も止めていたんです」


 嘘だ。


「僕達が守ってあげれたら、もっと違う結末になったんじゃないかと後悔しています」


 嘘だ。

 全部嘘っぱちだ。

 亡くなった彼はいじめられてないし、刺した彼は温厚だった。


「今日も休むの?」


 いつの間にか部屋に入って来た母の声に振り返る。

 その顔はニュースを見て歪み、僕を見て悲しそうに微笑んだ。


「うん、ごめんなさい」


「いいのよ、お友達が亡くなったんだもんね」


 その声は、涙で濡れていた。


 違うんだよ、母さん。



 彼のいじめは他愛のない事から始まった。


「へぇ、赤穂あかほ。いい点数、取ってるんだな」


 高二になり行われたクラス替え、その初めての定期テストが返ってきた時に高家たかいえ君は赤穂君の解答用紙を脇から覗き込んでいた。

 高家君はこの街の議員の息子で頭もよく、教師達からの心証も良い。

 けど、彼がそれだけじゃないのは学年の全員が知っていた。


「そんな事ないよ」


 赤穂君は答案用紙を隠していたが、高家君の目はずっとその用紙を睨んだままだった。



「赤穂くーん、なーにしてんのかな?」


 東条とうじょう君が赤穂君に声をかけていた。

 同じクラスの仲間なんだからそんな事は普通だろうけど、東条君の評判は良くなく真面目で温厚な赤穂君と関わりがあるようには思えなかった。

 東条君にはこんな噂があった。

 常に数人の取り巻きを連れて街を闊歩し、目の合った男性には誰彼だれかれ構わずにケンカをふっかけてはお金を巻き上げ、女性を見かけては半ば無理矢理に遊びに誘っているという。

 クラスの中でもその噂は知られており、取り巻きの人以外に自ら声をかけようとする人はいなかった。


「あ、うん。次の授業の準備をしようかと」


「へぇ、さすが頭のいい赤穂さんだ」


「そんなんじゃないよ」


 たったこれだけだった、赤穂君は東条君達に目をつけられた。

 翌日、学校に訪れた僕が目にしたのは黒板を一人で消している赤穂君の姿だった。

 その背は酷く落ち込んでいるように見えた。


「赤穂君、どうしたの?」


 隣の席に座るクラスメイトに声をかけると、彼女も困惑の表情をしていた。


「私もさっき来たばかりだから分からないの」


 僕らが話しているのを聞いていたのか、横を通りかかった高家君が僕たちの間に立って、


「なんでも赤穂の家はシングルマザーらしくて、その事が書いてあったらしいよ」


 その時に聞いた彼の声はいたって冷静だった。



 あれからひと月、赤穂君が包帯を巻いて現れたことがあった。


「赤穂君、どうしたの!?」


 クラスの女子が登校した彼に駆け寄ったが、


「赤穂君、ちょっと転んじゃったんだってさ」


 と、彼女と赤穂君の間を遮るように東条君が割って入る。


「君はそんなに心配しなくていいよ」


 やけにさわやかに笑う顔が、暗に近づくなと言っているようだった。


「そ、そう。なら、気をつけてね」


 それから赤穂君に近づく人はいなくなった。



 赤穂君が標的にされてから数か月、彼がどんどんとやつれているのが目に見えて分かったが、誰もそれには触れようとはしなかった。

 そんなある日、遅くまで学校に残っていると男子トイレから声がしてきた。


「ん~!」


 誰かが無理矢理口を押えられているかのような声だった。

 なんだろう? と、僕がトイレの戸を開けようとした時、


「どうしたんだい?」


 誰かに肩を掴まれ、ビクッ心臓が飛び上がった。


「た、高家君……?」


「こんな遅くまで残っていたら家の人が心配するんじゃないか?」


 肩を掴む手の力が強くなる。


「う、うん。そろそろ帰るよ」


「そう。さようなら」


 彼は肩から手を離すとトイレとの間に立ち、そこから遠ざけようとしているみたいだった。

 その場から背を向け去った背後から扉が閉まった音がした。



「赤穂。お前、実行委員やってみないか?」


 文化祭の役割を決める場で先生がそんな事を言った。


「実は赤穂はな、中学の時に生徒会長をやってたんだ。そんな彼になら任せてもいいんじゃないかと先生は思うんだが、どうかな?」


 赤穂君は立ち上がり、


「すいませんが、僕は……」


「僕もそう思います、先生」


 そう言ったのは高家君だった。

 その声に赤穂君はビクッと飛び上がる。


「なあ、みんなもそう思うよな?」


 東条が咳ばらいをした。


「え、ええ。それがいいわね」


「うん、賛成だ」


 みんながそんな事を言い出した。


「じゃあ、決まりだ。赤穂、頼むぞ」


 この時に僕が反対して止めていたら、結末は変わっていたのかもしれない。



 赤穂君が怪我押したと聞いたのは、文化祭三日前の事だった。


「赤穂が不注意で怪我をしてしまったんだが、誰か代わりに実行委員をやってくれないか?」


 赤穂君の怪我は作業中の不注意で、トンカチで腕を打ち左手を骨折したという。

 その場にいたのは高家君と東条君、発見したのは先生だったと後から聞いた。

 その日の作業担当じゃなかった高家君と東条君がその場にいた違和感を先生だって感じただろうけど、なにも言わなかったのは、先生も彼らを恐れていたからなんだろう。


 この時には、クラスのみんなが彼らを怖がってなにも言えなくなっていた。



 学校に戻ってきた赤穂君の様子がおかしいのは、誰の目にも明らかだった。

 目は常に伏せ、


「赤穂君、大丈夫だった?」


 誰の言葉にすら反応しない。

 ただ、ひとりを除いて。


「赤穂くーん、済まなかったね。僕と東条君が一緒に居たというのに怪我をさせてしまって」


 彼は無言で左腕を上げた、その包帯でぐるぐる巻きにされた包帯を。


「大丈夫だから」


 久しぶりに聞く彼の声は、冷たく聞こえた。



「さて、来年はとうとう三年だな。来年になったら受験で忙しくなるが、その前にみんなが楽しみにしてるモノが待ってるぞ。それは……」


 先生がわざとらしく溜めて言ってるのを、


「修学旅行!」


 とクラスの誰かが先に言った。


「おいおい、先生のセリフを取るなよ」


 クラスが湧く、一人を除いて。


「それでだ。準備を手伝って欲しいんだが、だれか手伝ってくれないか?」


 高家君が手を挙げる。


「高家、やってくれるのか?」


「いえ、赤穂君がいいと思います」


 その言葉に、クラス中の視線が赤穂君に集まる。


「いや、高家。赤穂は手を怪我したばっかりなんだから流石に難しいだろう。重い物を持ってもらわないといけないしな、今回は……」


「やります」


 先生の声を遮るように、赤穂君が言った。


「けど……」


「いいじゃないですか、先生。本人がやるって言ってるんですから。そうだよね、赤穂君?」


 その言葉に返事はない。



 修学旅行の準備が進むたびに、赤穂君の体に小さな傷が増えていった。

 修学旅行三日前、赤穂君は顔に大きな湿布を貼って現れた。


「ど、どうしたの?」


 たまらずに僕は声をかけた。


「……気にしないで」


「けど、それは」


「大丈夫だから」


 彼は一度もこちらを見ない。


「本当に? 何かあったなら話を聞くよ?」


「……もう少し早く、その言葉を聞きたかったな」


 その顔はいつもの彼だった、そしてこれが彼と僕の最後の会話だった。


 その日の授業が全て終わり、ホームルームの時間。

 事件が起きた。


「修学旅行まであと三日でワクワクしてる気持ちは分かるが、あんまり浮足立たないように気を引き締めるように。じゃあ、今日はこれで終了だ」


 担当のクラスメイトが「起立」 の声をかけようとした時、赤穂君が急に立ち上がった。


「どうした、赤穂? トイレならもうすぐ終わるから我慢しとけよ?」


 クラスの数人が笑う。

 けど、赤穂君は座らなかった。

 彼はゆっくりと方向を変え、歩き出した。


「おい、赤穂?」


 先生の声の後、女子の「ヒッ!」 と短い声が聞こえた。

 席と席の隙間から赤穂君の右腕に握られた何かが光っているのが見えた。


「先生! 赤穂君が!」


 彼は高家君の席の横に立ち止まると右手を上げた、握られていたソレはやたらと眩しく光を反射していた。


「ナイフを!」


 高家君からはソレが見えていないのか笑ったまま赤穂君を見ていた。

 

 白い教室の壁を真っ赤な液体が濡らす。


「キャー!!」


 一斉に教室の外へと逃げていくクラスメイト達、それを押してでも我先に進もうとする教師、高家君の方へと駆け寄る人は誰も居なかった。

 赤穂君は高家君の首筋を切ったナイフをそのまま彼の胸へと突き立て、何かを高家君の耳元で囁いたようだった。


「グゥ……」


 高家君は言葉にはならない音を鳴らす。

 その様子を僕はただ見ているしかなかった。

 その視線に気づいたのか、赤穂君はこちらへと振り向く。


 そして、寂しそうに笑った。


 赤穂君!


 僕がそう叫ぼうとする前に、彼は空いている窓へと足をかけて、落ちた。


 あの音は一生忘れない、忘れられない音だ。



 事件の次の日「高家君の親が学校に来た」 というクラスのグループメッセージがあった一時間後に、そのグループメッセージは閉じられたのを、今でも覚えている。

 数日後には授業が再開し、一週間後にはクラスは居なくなったふたりと僕を除いて元通りになったそうだ。


 それからずっとニュースでは赤穂君が悪かったように報道されている、そう先導しているのはクラスメイト達と先生、その裏には高家君の親が居るんだろう。


 保身のために友達を売る彼らを否定したかったが、僕にはその資格がない事も知っていた。



「ちょっと出かけてくる」


 心配そうな母さんの声に「大丈夫だから」 と、応えてひと月ぶりに家の外へ出る。

 ニュースで見た駅前へと向かう。


「息子は犯人じゃありません! そんな事をする子じゃないんです!」


 酷くやつれた顔をした女性が、マイクを持って道行く人に訴えかけている。


「息子はいじめられていたんです!」


 けど、その声に止まる人はいない。


「うるさいぞ! 殺人者の親が!」


 道行く人の罵声が響き、通り過ぎる人々も冷ややかな目をしている。

 看板にはにこやかに笑う少年の写真が貼ってあり、高家君のいじめを訴える言葉が書かれていた。

 看板を見ていた視界がだんだんと滲み、見えなくなっていった。


「僕は……」


 膝から崩れ落ち、その場で泣き崩れた。


 僕は、僕なら、赤穂君を、高家君を止められたのかもしれない。

 二人とも失わないで済んだかもしれない!

 

 けど、そうしなかった……


 僕だってクラスメイト達とおんなじだ!

 ただ、見てただけなんだ!

 これは僕の罪だ、一生懸けても償いきれない!

 僕は……もう……


「君、大丈夫?」


 顔を上げた先にはやつれた女性が立っていた。


「ごめんなさい……僕は……!」


「こんな所で泣いていては駄目よ。なにがあったのかおばさんには分からないけど、あなたはまだ生きているんだから」



「お願いします!」


 そう言って差し出すチラシを受け取ってくれる人は少なかった。


「……もういいのよ、息子が死んでからあれから十年も経つんだから」


 一緒にチラシを配る赤穂君のお母さんがそう言った。


「誰も息子の事なんて覚えてないわ……」


「……私が覚えています」


「……そうね」


 僕の罪を彼女に告白した時、彼女は私をはたいた。

 けど、こうも言った。


「あなたの罪が消えることはないわ。けど、息子の事を少しでも思っていてくれるのならば手を貸してくれないかしら?」


 それからずっと私は彼女を手伝っていた。


「……息子の事、重くないの?」


「……重いです。けど、覚えているんです。彼の寂しそうな顔を」


 その言葉に赤穂君のお母さんは咽び泣いていた。


「……もう少し早くその言葉を聞きたかったな」


 彼のその言葉がいつまでもずっと響いている。

 彼の贖罪は、続く……

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