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砂上の老若  作者: クーズー
7/7

先輩

5レースは新馬戦という初出走の馬ばかりのレースが行われる。

鷹は考えていた。

一度も走ったことのない馬に◎や〇を打っている新聞は何を基にしているのだろうか。

「石川さん、何の情報もないのに紙面に印が打たれてるのは何故ですか?」

石川は競馬歴10年以上もあり、パドックの見方もそうだが知識が豊富だ。

「血統、調教、騎手とか値段かな。」

鷹にはどれもわからない。

「新聞には値段以外は書いてあるよ。聞いたことないか?ディープインパクトって。」

ディープインパクトは聞いたことがある。有名な武豊という騎手が乗っていたG1馬だ。確か皐月賞・日本ダービー・菊花賞を勝って3冠馬と言われフランスの凱旋門賞にも出たと記憶している。

なるほど2世タレントのようなものか、面白いかどうかは別として。鷹は自分なりに納得した。

調教や騎手は2人ともわからないので石川が教えてくれた。このコースが得意な騎手は田辺と北村、調教は坂路と呼ばれる坂道の練習場を先週52秒ジャストで走破したタイムを持っている5番が良さげということだ。

その後パドックへ降りて馬体を見ることにした。

午前中のレースに出ていた馬と比べると少し小さすぎるくらいの馬やお腹が出すぎているような馬が多いように感じた。

「この馬すごくないですか?」

大西が指差しているのは1番人気の5番の馬だ。

首を下げているがパドックの外目をまるで観客を挑発するような目付きでゆったり歩いている。

ディープインパクトの血統で騎手は北村、調教タイムも申し分ない。

「これにするか。俺は3連単の頭にこの馬だ。」

石川は3連単を買うと言うと大西は

「僕はこのレース、荒れると思うので穴を狙います!」

よくわからない奴だ。さっきは5番がすごいと言っておきながら本命にはしないようだ。

「5番は人気しすぎです。単勝1.3倍でしょ?1回も走ったことない馬がこんな人気はおかしい。逆に5番が来なかったら…ムフフですよ。」

なるほど確かに2番人気が単勝12倍というのはオッズが偏り過ぎている感じはある。

大西はブービー人気の6番を軸に3連複で20点購入した。

「僕も大西みたく穴馬狙いでいってみます。」

鷹はパドックで見た中で5番の次にパドックが良かった8番を軸に馬連を5頭流しで購入した。


5レースがスタートした。

良いスタートを切ったのは大西の買ったブービー人気の6番だ。スピードに乗って先頭に立っていく。

その後ろにつけたのは鷹の買った8番の馬だ。

1番人気の5番は中団馬群の最内にいた。

最終コーナーを曲がって最後の直線に入ってくる。

先頭はまだ6番が粘っていてリードは2馬身ほどある。

2馬身差で8番が追い上げてくるが後続馬も殺到してくる。

「頼む!こい!6番頑張れ!」

大西の祈りは届かず6番は急に失速して後ろに下がっていく。

「ああ〜!ダメか!」

最内にいた1番人気の5番は前にいた6番が急に下がって来たことで進路を塞がれてしまい結果5着となった。

1着は写真判定となったがハナ差で8番が残り、2着には人気薄の2番が入った。

「大西、お前の買った馬は色んな馬に迷惑かけて下がっていったな…。」

石川は少し怒っていた。

いかに足が早いウサイン-ボルトでもコース上で前が塞がってしまうと失速するのは自明の理である。

「当たりました!」

鷹は馬連で80倍の8-2が的中し、16,000円の払い戻しとなった。


5レースが終わったところで3人は一旦食事に行くことにした。4〜5レースまでの昼休憩は他の来場者とタイミングが重なって混雑するので少し時間をずらした方が空いていることが多いという。

洋食屋に入るとビールを頼んで3人は乾杯した。

「綾野、おめでとう!お前すごいな。誰か当たってくれなきゃ盛り上がらないし、楽しい雰囲気になって良かったよ。」

石川は優しい先輩だ。

他人の成功を妬む感情というのは人間誰しも心の中にあるものだ。その感情を抑えて他人の成功を一緒に喜べる人というのは本当に人間が出来ている。

自分のことだけに一生懸命だった鷹は少し恥ずかしくなり、将来こういう先輩になりたいと思った。

大西はまだ悔しそうな顔をしていた。

「あと100メートル短かかったら6番残ってましたよね?うーん惜しいな。」

石川は笑いながら

「大西、ギャンブルでタラ・レバの話する奴はカッコ悪いぞ。負けは負け、スッパリ忘れろ。彼女にフラれてあの日あの時あの場所でこうすれば…って友達に話してるのと変わらないから。」

その通りだ。

ギャンブルは結果が全てであり、ハズレは予想が間違っていたという結果である。

「でもな。」

まだ続きがあった。

「次に6番の馬が100メートル短い距離で出走してきたら買えばいいって、勉強になったろ?そういう記憶の積み重ねなんだよ競馬って。」

大西は苦笑いで

「石川さんは何回も経験されてるんですね。」

石川はニヤニヤしている。

「もちろん。昔は大西以上に愚痴ってたし勉強代も沢山払ったよ。タイキシャトルみたいな昔の短距離馬の走りを覚えているからこそ、その子供はスプリンターだとかマイラーだとか予想したりするんだ。」


その後は誰も当たりはなくメインである11レースG3のパドック周回が始まった。

鷹には午前中のような明らかに様子がおかしい馬は見受けられない。

「全部強そうなんですけど…。何が違うんでしょうね。」

大西も見渡す限り気になる馬はいなさそうだ。

「このくらいのオープンクラスになると差はそうないんだろうな。でもあれ見てみな。」

1番の馬が口から泡を吹いている。馬体重を確認するとマイナス20キロだ。

「あの馬は数時間かけて輸送されて来たんだ。そのストレスで食事を控えたり発汗で体重が減ったりする。」

1番人気の14番は新聞紙面上の騎手から別の騎手に変更になっている。どうやら10レースで落馬負傷して別の騎手に乗り替わりになったようだ。

「大西、どうするよ?」

鷹が隣を見ると大西はハイボールを片手にボーっとしている。酔いが回って眠いのだろうか、パドックの柵にもたれかかって目も虚ろだ。

その時だった。3人の目の前を歩いていた馬が突然鳴き声をあげて暴れ始め、尻っ跳ねをしたかと思うと厩務員の手を離れて逃げ出した。

虚ろな目をしていた大西の目は一気に見開く。

「なんやねん!?どうした?」

逃げたのは3番人気の16番だ。

パドックの端で厩務員らしき人達が数人で捕獲しようと取り囲んでいる。1人が口元の綱を掴むと馬は観念したのか大人しくなった。

獣医らしき人が駆け寄って馬体のチェックを始めた。

異常はなかったのだろうか、数分後に馬は再び周回を始めたがゼッケンの下からは汗が乾いて白い帯のような模様となっていた。

「これは出走前に波乱の予感だな。これだけの発汗はレースにも影響するだろう。」

石川はこのレースが荒れると踏んで穴馬を軸にするという。

「乗り替わりといっても1番人気はG1で2着ですからね、地力が違うと思いますよ。」

大西は1番人気の14番が軸馬だ。

鷹も14番を軸にして馬連を5点、今度は500円ずつ購入した。


メインレースのファンファーレが鳴りスタートを迎える。16番はゲート入りも嫌ってしまいスタートに時間がかかっている。

今から走らされるのが嫌だと反抗しているのだろうか、馬の気持ちはよくわからない。

ようやくゲートに収まりスタートが切られた。

全く人気の無い3番が先頭に立つ。2番手には1番人気の14番がつける。

「これはいい感じじゃないの。もう14番のゴールした姿まで見えるな。」

楽天的な大西とは対照的に石川は渋い顔をしていた。

「ハイペースだろ、バテるぞこりゃ。」

石川は人気薄の3番を買っていた。

芝1,800メートルの競争だが1,000メートルの通過タイムは58秒と発表された。

ハイペースのレースは終盤で逃げ馬がバテる可能性が高いので、後方から追い上げるタイプの馬がスピードに乗ったままで差し切る展開が多い。

逆にスローペースだと逃げ馬がスピードアップした後に後方の馬は加速するのにもたついて付いていけず、逃げ馬が粘り勝ちする展開が多い。

このレースは明らかにハイペースだ。

最終コーナーを回ったところで3番の馬は力尽き、代わって上がってきたのが14番だ。

「来た!いいぞ!そのまま押し切れ!」

大西の応援に熱が入る。

その時場内にどよめきが起こった。

最後方にいた16番がものすごい勢いで大外から追い込んできた。パドックで暴れて汗をかき、ゲート入りも嫌がっていたあの馬だ。

ものすごい勢いで先頭の馬を抜き去り、1着でゴール板を通過した。2着も後方から上がってきた追い込み馬で1番人気の14番は3着に残れたかどうか。

あまりの一瞬の出来事に場内は静まり返る。

「ウソだろ〜。あんな暴れん坊将軍が勝つのかよ。」

石川は16番だけは無いと踏んでいただけにショックは大きかったようだ。

大西も鷹も14番軸の馬連だったので全員ハズレという結果になった。

12レースは買わずに競馬場を出て、駅前にある居酒屋へ行くことにした。


「あ〜、ワイドで買ってればなぁ。」

帰り道で大西はまたタラレバの話を始める。もう師匠である石川の忠告を忘れている。

居酒屋のビールで乾杯し一気に流し込む。

「ふぅ〜、馬は予想を裏切るけどビールの味は期待を裏切らないねぇ!」

石川はサッパリしていた。

今日は鷹が3万円の勝ち、石川が1万円勝ち、大西は5千円の負けとなった。

「石川さんは他にも競輪とか競艇とかギャンブルがあるのにどうして競馬が好きなんですか?」

鷹は気になっていた。

「やったよ、他の賭け事も。でも競輪も競艇も人間関係に左右される要素が多いと感じてな。競馬は騎手の人間関係があったとしても最後に走るか走らないかは馬次第だ。公平かどうかはわからないが競輪や競艇よりは公平性が高いと思ったな。」

鷹も大西も頷いた。

確かに今日のメインレースのようなことが起きるのだから馬次第というのは納得できる。

「今日はありがとうございました。またどこか行く時は誘って下さい。」

鷹と大西は挨拶をすると石川と駅で別れた。


〝今日は〟勝てた鷹であった。






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