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砂上の老若  作者: クーズー
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変わりゆく自分

翌日鷹が目覚めたのは14時過ぎだった。

こんな時間に起きることは学生時代に徹夜でカラオケへ行った時以来だろうか。

台所に行って冷蔵庫から残り少ないオレンジジュースを出すとパックごと飲み干した。

ワイルドな感じだがコップに入れると洗い物が増えるという面倒臭さからの行動だ。

カップ麺に湯を注ぎながらPCのスイッチを入れる。

ヤフーのトップ画面から検索したキーワードは〝FX〟

昨日の山崎の話が気になっていたのだ。


調べてみると沢山の証券会社のFX向け口座開設の宣伝で溢れていた。山崎に聞いた〇〇証券は比較的人気上位の会社だった。

早速口座開設の手続きを行い、運用方法について調べてみる。

ドルと円の取引だけではなく、韓国ウォンや欧州のユーロにイギリスのポンド、ニュージーランドや南アフリカドルまで取引出来るようだ。口座開設まで1週間はかかるということだったのでその日は申込だけし、昨日麻雀で勝ったお金で彼女と少し贅沢な食事に行くことにした。


鷹には由美という名の彼女がいた。

百貨店の中にある婦人服のショップで販売の仕事をしているが土日は基本的に出勤の為、会う時間は夜か平日しか無かった。

出会いは友人の開いた飲み会だった。年は鷹より3つ程上だったが2人共好きなアーティストが同じで意気投合し、一緒にコンサートに行くうちに付き合うようになった。

鷹が学生だった頃は由美の予定に合わせることが出来ていたが社会人になると休みを合わせることが難しくなっていた。

「珍しいね、回ってないお寿司ご馳走してくれるって。」

仕事を終えた由美と待ち合わせたのは駅ビルの最上階にある寿司屋だった。

「ちょっと臨時収入があってね。」

麻雀だとは言えなかった。というのも由美がギャンブルをあまり好きではなかったからだ。

「ふうん、まぁスポンサー様には何も言いませんけど。」

由美とは昔一緒にパチンコ屋に入ったことがあったが音がうるさいこととタバコの匂いがきつい上に負けてお金も無くなったことで喧嘩になり、それ以降由美はギャンブルに対して全くいいイメージを持っていなかった。

「新しい会社、どう?」

実は鷹が転職した会社を見つけたのは由美だった。

インターネットで探しているとたまたま条件のいい会社を見つけたと鷹は教えてもらった。

「今のところは順調かな、まだ入ったばかりでよくわからないけど、面白い同期もいるし楽しくやっていけそうだな。」

由美は少し酔っているのか赤い顔をしながら

「それは良かった。出世払いでいいから時々こういうお店に連れて来てよ。」

学生時代にはアルバイトをするものの、社会人だった由美ほどの収入が鷹には無かったのでデート代はワリカンか比較的由美の方が多く出してくれていた。

時には2人で定食屋でデートする日もあったが由美はそのことに対して何も言わなかった。

「そうだね、たまには贅沢しよう。」

2人は酔いながら笑顔で店を出た。

由美は明日朝から仕事の都合で別の店舗のヘルプに向かわないといけないようだったので別々に帰宅することにし、鷹は駅まで彼女を送ると帰宅の途についた。


翌日の社内研修が終わると鷹は新しい配属先の上司へ挨拶をし、OJTがスタートした。

女性の上司だったが社歴は30年以上のベテランだ。

彼女の名は高田。

社内でもとても早く歩き、早く話すのが特徴的だ。

40代後半で既婚だがとてもそんな歳には見えないくらい若々しい感じだった。子供がいないことも関係あるかもしれないが。

色んな取引先に同行したが業界用語らしき言葉で何を言ってるのか半分も分からなかった。

これが小売とメーカーの違いなのかわからないが鷹はわからない言葉を全てメモした。

電車と徒歩で移動するタイミングだけが質問できる時間だった。

社内に戻ると他の先輩社員達が高田の帰りを待っていたようで、インタビューするように周りを囲んで何かを聞いている。この部署は誰もが40代以上の先輩で20代〜30代の人はいなかった。

鷹が何か質問しようとすると先輩に遮られる。

「お前さぁ、優先順位ってわかる?高田さんがお前に教えるのは手が空いた時。待っとけ!」

確かに会社としてはエースの活躍が利益を生むから最大限活用したいのだろう。

鷹の順番が回ってくるのは夕方になってからだったが

高田は遅くなっても鷹にはキチンと説明してくれた。

なぜこんな忙しい人を自分の教育担当に選んだのだろうか、鷹には会社の意図が分からなかった。


その週の木曜日に口座開設の通知が届いた。

早速鷹は口座に5万円を振り込んでスタートしてみた。買うのはアメリカドル、レバレッジはいきなり100を選択し5万円で500万円の運用をスタートした。スタート時点では113円程だったのだが、鷹が寝て翌日朝の起きた時には116円程に上がっていた。

「うわっ!?」

思わず鷹はベッドで叫んでしまった。昨日預けた5万円が18万円程になっている。今日は会社なので仕事中は売り買い出来ないだろう。この調子で売り注文を出さずに置いておくともっと上がるかもしれない。

そう思った鷹は仕事が終わってからチェックすることにした。


今日鷹は仕事で大きなミスをしてしまった。工場へFAXしたつもりが送付先を間違えてしまい納期どおりに取引先に商品が納入出来ない事態となってしまった。お客さんにも高田にも怒られてしまい消沈していた鷹だがその日は頑張って乗り切った。


仕事が終わって楽しみにしていたFXの状況をチェックする。1ドルは113円に戻っていて朝のプラス分がほぼ消えていた。

朝売り注文を出していれば18万円になっていたのに、という後悔の気持ちで一杯だったがその日は一旦売り注文を出して取引を終えた。

土日は証券会社が休日に入ってしまう為に注文は出せず、この間の注文内容は翌週の月曜日に処理されるようだ。

この間に鷹は情報を集めた。何がきっかけで為替変動が起こるのかを知ればそのタイミングで売買すればいいからだ。その週のイベントとして金曜日にアメリカ政府が雇用統計の発表をする情報があった。

その時間に合わせて鷹は再びレバレッジ100で5万円分の売買をしようと考えた。


金曜日の21時半頃に雇用統計が発表された。雇用統計は経済指標の1つで内容は労働者の失業率・平均時給・過労働時間といった10数項目の内容である。この中でも需要な要素になるのが〝失業率〟と〝非農業者部門雇用者数〟だ。この数字が良ければ景気か良いとみなされドル買いが増えるということになる。

前回よりもプラスの数値で出ていることを確認した鷹はすぐにドル買い注文を出した。

ものすごいスピードでチャートが動いている。わずか10分足らずで2円近く上昇したがここでしばらく動かない状態になる。また少し経つと理由はわからないが今度は少しずつ下がりはじめた。

一気に50銭近く下がったところで鷹は売り注文を出し決済した結果、6万円程のプラスとなった。

短い時間だったが心臓のドキドキが止まらない。プラスにはなったがなぜ途中から急に下がったのか理解出来ずいた。

プラスになった分はしばらくレバレッジを20まで下げてドルを買い様子を見ることにした。

翌週チェックするとドル安にふれていた。この間の出来事を調べるとアメリカ政府高官のネガティブ発言やスキャンダルに自動車メーカーの販売台数減というネタがあった。

何に左右されるかわからない不安定な状況にお金を置いておくことは得策ではない、毎月のアメリカの雇用統計発表のタイミングで大勝負してやろうと鷹は考えた。

翌月の第1週目の金曜日に鷹は口座に20万円を入れて発表の時間を迎えた。

前回より若干のプラス数値だ。ここで鷹は全額レバレッジ100でドル買い注文を出す。

ところが買ってわずか数分でドル安にふれ始めあっと言う間にロスカット決済となった。

ロスカットとは一定の損失を出すと強制的に決済される仕組みだ。鷹はロスカットレートを50パーセントに設定していたので10万円の損失が出たところで決済されてしまった。

鷹はその時なぜプラス数値で出たのにドル安にふれたのかわけがわからなかった。原因は事前にアナリストが分析している数値予想だ。この予想を遥かに下回る数値が公表されたことでドルへの不安が高まり売り注文が増えたことが原因であった。

わずか数分で10万円もの大金を失った鷹は疲れ切っていた。10万円あれば何が出来ただろうか。美味しい食事、新しい服、彼女や親へのプレゼント…。

悔しい気持ちと分析の甘かった自分自身へ腹が立った。


だが鷹自身はまだ自分の中に起きている変化に気付いてはいなかった。



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