癖
麻雀は萬子・索子・筒子の3種各1〜9までの数牌と7種の字牌を使う絵合わせのゲームである。
1種類の牌はそれぞれ4枚ずつ存在しており合計136枚の牌の中から14枚を組合せて点数を競うが、組合せの内容によってあがった際の点数が異なる。
ドンジャラに似ているが少し複雑なのは同じ絵柄を3個ずつ揃える他に例えば1・2・3や7・8・9のような連番で3個繋げる方法もありなのだ。
また、他人が捨てた牌と同じ牌を自分が2個持ってる場合には〝ポン〟左隣の人が捨てた牌が自分の牌2個に連番でつながる場合は〝チー〟という〝鳴き〟も可能である。
そして上がった際のドラ牌の数も点数に影響する。サイコロを振って出た目の人の前にある牌の山から13枚ずつ牌をとっていくのだが、その際に切り分けた山から逆に数えて3番目をめくってドラ表示牌を知らせる。実際のドラ牌はこのドラ表示牌の〝次の牌〟になる。めくった牌が1筒であればドラは2筒ということになる。字牌は東南西北の順なので南であれば西がドラ、白發中の順なので中であれば白がドラということになる。
鷹達はこのドラ表示牌以外に赤牌と呼ばれるドラの数牌(5萬、5筒、5索)を混ぜることであがった際の点数が高くなるようにしていた。
ゲームは4人がそれぞれ東南西北の家に分かれて親を反時計回りで東場1周、南場1周の2周(半荘)した時点で精算していくというもの。この間1度もあがれなかった人は焼鳥という点数とは別のポイントのペナルティがつく。また、最終的に1位・2位の人が3位・4位の人から追加で点数を受け取るサシウマというルールがある。
点ピンとは1,000点を100円換算とするルールで、この点数以外にチップのやり取りもある。チップは最終的に1枚100円で精算するので多く持っていれば自分の取り分が増えるという仕組み。
要するにギャンブル性を高めてお金のやり取りが高くなるように設定しているのだ。
仮に持ち点2万点ちょうど失って4位になり焼鳥だった場合は現金換算で4,000円程のマイナスになる。
東1局が大西の親からスタートした。大西は手慣れた様子でサイコロの目でどの山のどの場所で区切るかすぐに判断してすすめていく。
麻雀というのは早く役を作ることが目的なのだが、相手の当たり牌が何かを予想して振り込まないようにすることも重要なのだ。あと1牌であがれる状態でリーチを宣言することで他の3人は警戒しながら牌を捨てていくことになるが、リーチを宣言しない場合には雰囲気で相手がテンパイしているか察知しなければならない。
最初に配られる13牌の内容をあがれる形にもっていくよう順番に牌をツモるのだが、そのツモってきた牌が相手の当たり牌という場合もある。他の人が捨てた牌が自分のあがり牌であった場合は〝ロン〟を宣言する。自分でツモった場合は〝ツモ〟を宣言する。
相手の捨てた牌や考えている様子を観察しながらゲームをすすめていくので単に運だけでは勝てないゲームとも言える。
山崎も尾池も何も話さない。さっきの感じからして初めて会うので緊張してるという風には見えない。もともと口数は少ないタイプなんだろうか、と思っているうちに鷹にチャンスがきた。ドラが2つ入っておりリーチをかけると跳満(子は12,000点、親は18,000点)まである。鷹はリーチを宣言してリーチの千点棒を卓上に置く。
「お、早い段階でリーチか!これはまずいなぁ。」
苦笑いしながら大西は安全牌を切る。
基本的に自分が捨てた牌で他人からロンを宣言することは出来ない。大西は鷹が捨てた牌と同じものを切っているのだ。
山崎も尾池も最初は安全牌を切っていたが場に1枚も出ていない牌も出てくる。鷹がリーチをかける前に捨てていた牌を基にした予想だろうか、結局最後まで当たり牌は出なかった。流局になるが鷹はテンパイだったことを証明する為に手牌は倒して見せなければならない。
「うおっ!危なかった!跳満まであるね!怖い怖い!」山崎はテンパイしてなかったのでノーテンとして罰符で千点を鷹に渡す。尾池、大西もノーテンで千点ずつを鷹に渡した。
「出なかった〜、残念だわ。」
鷹は山を崩して自動卓の中へ牌を入れていく。その時山崎の崩した手牌に自分の当たり牌が何枚も入っていたのが見えた。これは偶然ではなく山崎は強いな、という気持ちが鷹を不安にさせる。
そして不安は的中した。結果は鷹と大西の2人が2半荘で5,000円ずつの負けとなった。
「ありがとうございました!またやりましょう。」山崎と尾池は自転車で帰って行った。
鷹には負けた理由が知りたかった。リーチをかけずにテンパイしていたのだが当たり牌は山崎や尾池からは出ず、あがりはほとんど鷹自身のツモしかなかった。
「あの2人上手だね。オレ自分のツモでしかあがれなかったよ。」
大西はニヤニヤしながら
「ラーメンでも食べて帰らへん?」
鷹もほとんどお酒ばかり飲んでいたのでちょうどお腹が空いていた。
「いいね、行こうよ。」
近くのラーメン屋へ入ると瓶のビールとラーメンを注文した。
「あの2人はオレの知ってる中でも普通くらいやで。」
鷹は自分が普通以下なのか、と思ってしまったが
「綾野はテンパったらわかりやすいな!それまで牌を手牌の上に乗せてから切るのに、テンパイだと乗せずに即切りやもんな。クセがすごいんじゃ!」
どこかの芸人のモノマネをしながら大西の解説が始まる。
ああなるほど、自分の癖をあの2人は何も言わずに観察してたのかと鷹は振り返った。
「来週またやるんやけどどうや?今度は朝までやるで。」
鷹は来週も参加することにした。
翌週の土曜日の夜に4人は別の雀荘に集まった。
尾池はお洒落なハットにグラサン姿で登場し、こんな時間にどこへ行くつもりなんだよと皆で笑った。
ルールは前回と同じだ。鷹は前回大西に言われたことを教訓にしてやり方を変えただけでなく、むしろ他の人の癖を観察した。
すると色々と面白いことがわかった。大西はテンパイすると貧乏ゆすりが止まる、山崎はテンパイすると捨て牌を綺麗に並べなおす、尾池は口数が減ってタバコを吸うペースが速くなる。
鷹はテンパイしていたがわざとツモ牌を上に乗せて切るようにした。
「尾池君、ロンです。」
鷹の手牌はリーチをかけてはいないもののドラが3枚入って倍満(子16,000点、親24,000点)まである役であった。
「えっ!?マジすか!?」
かなり驚いた様子だ。
4人打ちで倍満の手などそうそう入るものではない。しかもクセを読みきっていた相手から直撃されるとショックだろう。
だが山崎も尾池も気付いたのだろう、同じ嘘には2回引っかからなかった。
大西のクセは治らなかった。が、引きが強いのか自力のツモであがりを続けていた。
「普段何してる?」
鷹はただ無言で打つのも楽しくないので山崎に聞いてみた。
「トレーダーって知ってる?」
聞いたことはあるが実際何をやってるのかは知らない。
「株とか先物取引ですか?」
山崎は牌を並べながらタバコに火をつける。
「そうそう、株は塩漬けにしてる状態で最近はFXが多いかな。」
大西も知ってるようだった。
「オレもやってますよ、レバレッジ20くらいで長期でね。」
鷹と尾池は何それ?という顔をしていた。
「山崎さんはこれが本業なんや。もともと金融関係の仕事してたんやけど、本格的にこれでメシ食うて行くって始めたんや。」
大西には色々なことをしてる知り合いがいる。だが山崎の仕事の内容を聞くとほぼ博打のようだ。
FXとは外国の通貨を日本円で購入し、為替変動で動いた差額分が利益もしくは損益になる取引である。レバレッジとは例えば20で運用した場合、1万円だと20倍の20万円分の為替変動の影響を受けるという倍率のことをいう。この場合、1ドル120円50銭だとすると1万円で約1,660ドル分の影響を受けることになる。
仮に1ドルが121円50銭に変動した場合は約1,660円の利益が出ることになる。
もちろん逆のパターンもあり119円50銭になった場合は預けた1万円から−1,660円となる。
山崎はレバレッジ50での運用をしているということだったが生活するとなるとかなりの金額を預けているのだろう。
売りも買いもタイミング次第で大きく変わることがあり、山崎は頻繁に携帯でグラフのようなものを見ていた。
「それは誰でも出来るんですか?携帯からでも?」
鷹は興味を示した。
「銀行口座あれば出来るよ。会社は色々あるけどレバレッジとか手数料とか会社によって違うから、ちなみにオレは〇〇証券てとこを使ってる。」
話しながらではあったが気が付けばもう朝の6時だった。麻雀では鷹が順調にあがりを重ねて気付けば2万8千円程の勝ちになった。
「これで皆メシ食いに行きましょう、さっきの話の続きが聞きたいです。」
鷹が誘うと尾池は朝から草野球の予定があるということでパス、山崎も彼女と予定があるということで帰って行った。
「ラーメンでもええかな?」
大西がラーメン好きなのはわかったがこんな朝から開いてるラーメン屋など近くにない。
結局2人で近くの牛丼屋に入ってビールで乾杯した。
「〇〇さんの社員教育やけど、教える気ないよな!」酔っ払ってるが大西は入社して早々に会社の愚痴を言っている。
だが鷹はその時全く違う事を考えていた。